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結果発表

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 ふぇええ、駄目だったよぉ。

 紅花の獲得した点数は51点と決勝に残った八人中最下位で、ここに来て大魔法料理対決の厳しさを身をもって味わった。上には上がいるのだ。

 ところで、今俺の隣を歩いている紅花は嬉しそうに微笑んでいる。何故、必ず優勝すると息巻いていた紅花が優勝を逃してもニコニコしているのか。その理由は彼女が大事そうに抱えているトロフィーが教えてくれる。

 これは「審査員特別賞」のトロフィーである。一人でマッシュオークを加工、調理した紅花の行為はやはり長い大魔法料理対決の中でも前代未聞だったらしい。その斬新さと、オンリーワンの尖った能力が審査員達に認められ、今回の受賞に至ったのだ。また、総評の中には「マッシュオークの処理に新たな光を見出した」と付け加えられていた。

 あの審査員達は本当にただアヘってただけではなく、冷静に、客観的な審査を行っていたらしい。



 賞金も出た。もちろん借金の全額返済には程遠いけれども、紅花に言わせると

「この金額があれば、返済の期限を延ばしてもらえる」

 そうだ。それなら今回の目的は達成したに等しいのではないだろうか。これで一先ず紅花のお父さんが身売りせずに済む。



 それだけではない。紅花はマナ国の高級料理店と、地元炎武の貴族家から同時に就職のお誘いを受けた。どちらも紅花が卒業するまで待ってくれるらしく、待遇もかなりのものらしい。急に進路が決まりそうになった本人はかなり戸惑っており、もう少し待って欲しいと先方には伝えたようだ。贅沢な悩みといううやつだろう。



 そして俺達は今、調理棟に向けて歩いている。紅花が調理棟に取りに行きたい物があるというので、それに付き添っているのだ。

 空はオレンジ色に染まり、いずれ日が沈むだろう。

 辺りには誰も居ないが遠くで喧噪が聞こえる。大魔法料理対決はこれからが本番なのだ。何せ大会で作られた料理が全て観客達に振舞われるからだ。会場内はさながらお祭り騒ぎの様相を呈していることだろう。ニックも「全部俺が食ってやる」と息巻いていた。



「おい」



 不意に後ろから声がした。振り返ると、栗色の髪の少年が首を前後に動かしながら立っている。



「アーサー」



 紅花が不審そうに彼を見る。そんな目で見てあげるな。



「おい闇魔道士! お前、ちゃんと俺の卵は使ったんだろうな?」

「卵?」



 俺は首を傾げた。アーサーの卵とは何のことだろう。まさかアーサーの吐き出した卵を料理に使うなんて、そんなラリったことをする奴がいたらドン引きだが。俺の反応が鈍いのを見たアーサーは目を伏せた。



「あ。いや。知らないなら知らないほうが良い」



 今度はぐあっと顔を上げ紅花を半ば睨みつける。真剣な眼差しだ。



「おい、紅花、その、あの……俺は、お前が」



 お、告白か? 恐らく紅花の決勝戦での活躍を見て本人もテンション上がったんだろう。やるなら今日だと思ったに違いない。頑張れ! 頑張れアーサー! 鶏にされても折れないお前の気持ちを今! 紅花にぶつけるんだ! 



「何ヨ」

「お、お、お、お前の力で優勝出来るわけないだろ! 残念だったな! バーカバーカ!!」



 あーあ。照れ隠ししようとして完全な悪口になっちまってるよ。



「ちょっと審査員に褒められたからって調子に乗るなよ! あいつら全員世界的な料理人だだからってよ!」



 褒めたいけど素直に褒められない感じだ。



「本番で100%の力を出し切ったからって満足してんじゃねえぞ! 俺だって100%出し切ってニワトリなんだからな!」



 何が言いたいんだこいつは。



「あと良い就職先から声かけられておめ、調子に乗るなよ!」



 今祝福しかけたな。素直になれば良いのに。



「お前の今の力で渡っていけるほど料理魔法界隈は甘くねえ! 仕方ねえから俺が放課後練習に付き合ってやるよ! 次の大魔法料理対決に向けてな!」



 おお! 最終的にちゃんと告白したぞ! やるじゃないかアーサー! 紅花はどんな反応をするだろう。

 紅花はキョトンとした顔でアーサーを見ていた。その表情が一気にストンと落ちる。



「え、普通に嫌です。私あなたの事嫌いです」



 めっちゃ敬語でキレてる!! これネタ抜きに本気で怒ってる奴じゃん!

 紅花からすごい勢いで拒絶されたアーサーは一瞬身体をビクンと振るわせた後固まってしまった。まるでメデューサを見て石にされてしまったかのようである。これは、相当ショックを受けてるんじゃ……。



「おっ、おっ、おっ」



 オットセイかな?



「おい闇魔道士ぃ! 覚えとけよおおおおおお!」



 と捨て台詞を吐いた彼は、俊敏に首を前後に動かしながら走り去っていってしまった。どうでも良いけど何で恨む対象が俺なんだよ。









 ***







「クラウス、ありがとうヨ」



 紅花はさっきまでの凍てつくような真顔ではなく、柔和な笑顔で俺を見ている。機嫌を直してくれたようでほっとした。その笑顔が見れたんなら手伝った甲斐があったというものだ。



「ククク……我は無敵の闇魔道士並びに料理を生業とする者……当然のことをしたまで」



 俺はいつものように左手で右目を隠し、ポーズを取った。いつものようにと言ったがこの動きをするのは何だか久しぶりな気がする。

 ふと紅花の頬が赤いことに気付く。夕日に染まっているのか、それとも紅潮しているのか、俺には判断が付かない。



「大好きヨ」



 紅花は掠れるほど小さな声で呟いた。

 紅花の潤んだ瞳と、普段とは違う甘い囁きに俺もドキッとする。

 彼女はいつも俺やニック、そしてメランドリ先生に対しても気軽に「好き」と言う。今回もそういったフランクな物だと思う一方、何だか少し特別な意味が籠っている気もする。そう感じさせる紅花の表情だった。勿論俺の気のせいかもしれないが。



「クラウス、また一緒に料理してくれル?」



 紅花の声はやはり甘い。



「ククク……我らは血の盟約により結ばれし同胞はらから。いつでも召喚するが良い」



 大魔法料理対決は終わった。だが、紅花の料理人人生はこれから始まるのだ。俺も彼女の人生に、少しでも力を加えられたら幸いなことだ。

 急に紅花が俺の手を握った。柔らかな手が俺の手をふんわりと包み込む。突然のことだったので俺は驚いて跳ねそうになった。手汗がダラダラ出ていて紅花に申し訳ない。



「行こ?」



 紅花はいつものすべてを溶かすような笑みを浮かべ、俺の手を引いた。調理棟の方へ引っ張って行く。いつもの笑顔なのに、この暗闇だと何だか妖しいな。

 俺は引っ張られて進みながら空を見上げた。





 夕闇は紫に落ちかけており、夏の生ぬるい風が俺達の頬をかすめていく。

 夜の虫が涼しい声で鳴く中、俺達二人の足音が響いていく。

 いよいよ夏が来る。







 大魔法料理対決編 おわり
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