25年目の花畑の下には秘密が埋まっている〜探偵ごっこがお好きな見捨てられたお嬢様は見習い執事に愛される〜

八朔バニラ

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幽霊の二重奏

エピローグ

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 午前零時が近付いた。
 生まれたばかりの可愛い息子と長年日陰に置いてしまった愛しいひとの寝顔を見るために山沼家当主、山沼正一やまぬましょういちは寝室に向かう。
 山沼正一は去年、妻を亡くしたばかりだった。

 亡き妻との間には息子は出来なかったが、愛しい人との間には息子が出来た。
 これも神の思し召しであろう。
 山沼家にようやく後継ぎも出来て、愛しい人を誰にも気兼ねせずに傍に置くことができる。

 山沼正一は今が人生で一番幸せだった。
 亡き妻は名家の出だったので政略結婚としては不足なかったが、生涯を共にする女としては不足があった。

 突然、亡き妻が愛用していたピアノが置いてある部屋から音がした。
 僅かに何かが軋む音が聞こえる。

 「カチリ」

 何かのゼンマイの音とほぼ同時に、蓄音機のターンテーブルが静かに回り始める。
 誰もいないはずの部屋で蓄音機の針がレコード盤に落ちたようだ。

 やがて、レコード盤の導入部がピアノとよく似た重厚な和音を奏でた。
 蓄音機のホーンスピーカーからこぼれるピアノ曲は優雅に夜気と混じり合う。
 ああ、この曲は亡き妻が好んでいた曲だ。
 曲名は確か……
 山沼正一が曲名を思い出そうとした時、突然別の音が響いた。

 「ポロン」

 妻が愛用していたピアノが鳴った。
 まるで幽霊が目に見えぬ指で鍵盤を叩いたのだというように。
 まるで幽霊と蓄音機の二重奏である。

 亡き妻の幽霊であろうか。
 まだこの世に未練があるのか。
 まったくしつこい女だ。
 家柄と見た目だけの張りぼてのような女のくせにまだ俺に纏わり付くのか。

 山沼正一は怒りで真っ赤になりながら、妻の幽霊の仕業かどうか確かめるために部屋に入ろうとした。
 亡き妻の幽霊ならさっさと成仏するように説教してやろう。

 部屋のドアの隙間から微かな刺激臭が鼻を突く。
 どこかで嗅いだことのある甘ったるい臭いがした。

 ああ、亡き妻の香りだ。
 この幽霊は妻に間違いない。

 扉のノブに手をかけた瞬間、不意に目まいがした。
 視界が揺らぎ、床と天井が一つになり、重い闇が意識を飲みこんだ。

 そして部屋では蓄音機が回転を止め、蓄音機の針はレコード盤の最後でカタカタと跳ねていた。
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