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天羽家嫡男誘拐事件
お嬢様が心を壊した理由
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「幸彦様。足元にお気を付けて」
「分かった」
公英と幸彦は手を繋いで暗い通路を通り抜けた。幸彦の手が汗ばんでいる。幸彦は優秀で大人びているが、やはりまだ10歳である。暗闇が怖いのだろう。
「公英は優しいな」
幸彦は公英の顔を見ながらポツリと呟いた。
「そうですか?」
「匂いもそっくりだ」
「僕が誰とそっくりなんですか?」
公英が尋ねると、幸彦は黙ってしまった。聞いてはいけなかったのだろうか。
「姉上には好いた男がいた」
幸彦は突然公英に爆弾発言を放り込んできた。
「えっ?」
公英の心臓がドクンと跳ねた。お嬢様に好きな男? 一体誰なんだろうか。
「姉上と姉上が好いた男はとても仲が良かった。しかし、身分が違うため、お互い密かな恋だった」
「誰ですか? その男は」
「さあな。終わったことだから教える気はない。しかし、ひとつだけ言えるとすればその男はお前ととても親しい人物だということだ」
公英に親しい人物か。一人だけ心当たりがある。その男はよく自宅の庭の花を摘んで、いそいそと天羽家に出勤していたからだ。
「そして、その男は僕のたった一人の信用出来る執事だった」
幸彦は懐かしむように微笑んだ。
「優秀で穏やかで上品でとても優しい男だった。僕の執事だったが、僕の姉上によく花を贈っていた。おそらく男の方も姉上のことを好きだったのだと思う」
幸彦は大丈夫か?というように公英の手をぎゅっと握った。幸彦は意外と優しい所もあるようだ。しかし、公英の手はショックで氷のように冷たくなってしまっていた。あの人がお嬢様と恋仲だったなんて考えたくなかった。
あの人はいつでも公英の憧れであり、目標だった。決して自分の立場を見誤らない人だった。その人が自分の立場を超えてお嬢様と恋仲になったということは……それだけお嬢様に本気だったのか。
「しかし、ふたりの関係は長くは続かなかった。正妻になった僕の母上に見つかったからだ。僕の母上は姉上が好いた男の前で姉上を虐待した」
公英ははっと息を飲んだ。あの人が亡くなる一月前からあの人が夜に密かに泣いていたのは公英の気の所為ではなかったのか。
あの人は強い人だった。あの人が泣いている姿を見たことはないし、公英と違って優秀だから泣くことはないと思っていた。
だから、あの頃はまさかあの人が泣くなんて想像もしなかったから、公英はあの人の泣き声が聞こえてもあの人が泣いているという事実を受け入れることが出来なかった。
公英があの時声をかければ、未来は変わったのだろうか。
もしかしたら、あの時もっとあの人に寄り添っていれば、あの人を失うことはなかったかもしれない。
「母上の子どもである僕から見ても、姉上への虐待は異常だった。使用人達の前で水をかけて折檻したり、つるし上げたりしていた」
「なんということを……」
お嬢様はそんなひどい虐待を受けていたのか。そんな虐待をされていたら、心を壊してしまってもおかしくはない。そんなお嬢様の姿を見たら、公英は耐えられないだろう。しかし、耐えられないと思っても、使用人の身では何も出来ない。自分の不甲斐なさにあの人が泣くのも無理はないと思った。
「そして、事件が起きた。姉上はその事件で完全に心を壊してしまった」
「事件ですか?」
公英と初めて会った時のお嬢様は心を壊していたから、人を寄せ付けなくなってしまっていたのだろうか。お嬢様は強い人だが、そのお嬢様が耐えられないほどの事件が起こったのか。おそらくあの人の死に関係しているのだろうと公英はぼんやり思った。
「詳しいことは僕の口からは言えない。もっと詳しい話が聞きたいなら、そうだな……」
幸彦は公英の頬にそっと触れて、顔をのぞきこんできた。
「教えてやっても良いが、ひとつだけ条件がある」
「なんでしょう?」
「僕に仕えろ。公英」
幸彦は新しいおもちゃを見つけたような表情で公英を見つめてにやりと笑った。
「分かった」
公英と幸彦は手を繋いで暗い通路を通り抜けた。幸彦の手が汗ばんでいる。幸彦は優秀で大人びているが、やはりまだ10歳である。暗闇が怖いのだろう。
「公英は優しいな」
幸彦は公英の顔を見ながらポツリと呟いた。
「そうですか?」
「匂いもそっくりだ」
「僕が誰とそっくりなんですか?」
公英が尋ねると、幸彦は黙ってしまった。聞いてはいけなかったのだろうか。
「姉上には好いた男がいた」
幸彦は突然公英に爆弾発言を放り込んできた。
「えっ?」
公英の心臓がドクンと跳ねた。お嬢様に好きな男? 一体誰なんだろうか。
「姉上と姉上が好いた男はとても仲が良かった。しかし、身分が違うため、お互い密かな恋だった」
「誰ですか? その男は」
「さあな。終わったことだから教える気はない。しかし、ひとつだけ言えるとすればその男はお前ととても親しい人物だということだ」
公英に親しい人物か。一人だけ心当たりがある。その男はよく自宅の庭の花を摘んで、いそいそと天羽家に出勤していたからだ。
「そして、その男は僕のたった一人の信用出来る執事だった」
幸彦は懐かしむように微笑んだ。
「優秀で穏やかで上品でとても優しい男だった。僕の執事だったが、僕の姉上によく花を贈っていた。おそらく男の方も姉上のことを好きだったのだと思う」
幸彦は大丈夫か?というように公英の手をぎゅっと握った。幸彦は意外と優しい所もあるようだ。しかし、公英の手はショックで氷のように冷たくなってしまっていた。あの人がお嬢様と恋仲だったなんて考えたくなかった。
あの人はいつでも公英の憧れであり、目標だった。決して自分の立場を見誤らない人だった。その人が自分の立場を超えてお嬢様と恋仲になったということは……それだけお嬢様に本気だったのか。
「しかし、ふたりの関係は長くは続かなかった。正妻になった僕の母上に見つかったからだ。僕の母上は姉上が好いた男の前で姉上を虐待した」
公英ははっと息を飲んだ。あの人が亡くなる一月前からあの人が夜に密かに泣いていたのは公英の気の所為ではなかったのか。
あの人は強い人だった。あの人が泣いている姿を見たことはないし、公英と違って優秀だから泣くことはないと思っていた。
だから、あの頃はまさかあの人が泣くなんて想像もしなかったから、公英はあの人の泣き声が聞こえてもあの人が泣いているという事実を受け入れることが出来なかった。
公英があの時声をかければ、未来は変わったのだろうか。
もしかしたら、あの時もっとあの人に寄り添っていれば、あの人を失うことはなかったかもしれない。
「母上の子どもである僕から見ても、姉上への虐待は異常だった。使用人達の前で水をかけて折檻したり、つるし上げたりしていた」
「なんということを……」
お嬢様はそんなひどい虐待を受けていたのか。そんな虐待をされていたら、心を壊してしまってもおかしくはない。そんなお嬢様の姿を見たら、公英は耐えられないだろう。しかし、耐えられないと思っても、使用人の身では何も出来ない。自分の不甲斐なさにあの人が泣くのも無理はないと思った。
「そして、事件が起きた。姉上はその事件で完全に心を壊してしまった」
「事件ですか?」
公英と初めて会った時のお嬢様は心を壊していたから、人を寄せ付けなくなってしまっていたのだろうか。お嬢様は強い人だが、そのお嬢様が耐えられないほどの事件が起こったのか。おそらくあの人の死に関係しているのだろうと公英はぼんやり思った。
「詳しいことは僕の口からは言えない。もっと詳しい話が聞きたいなら、そうだな……」
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