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1 異世界へ
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しおりを挟む転送は一瞬だった。一呼吸も終わらないうちに薄暗い森の中にいた。町の近くにある大きな森にピンを刺してみたけど、本当に森の中に出た。さっきまで着ていたバスローブ風の服も無く、立派とは言い難い革の鎧と『剣術』を生かすための鉄製の剣が一本腰のベルトにぶら下がっている(いかにも初級装備て感じだけど、銅の剣じゃないだけましなんだろうか)
のんびりする暇も無く、木が倒れる大きな音と共に一斉に鳥が飛び立ち、動物たちは悲鳴を上げた。普通、知らない森の中で急に大きな音がしたら腰を抜かしてもおかしくはない。僕はこんなにも肝が据わっていただろうか、やはり何かがおかしい。でも今はやることがある。
三日間相手から襲われることがないボーナスタイムを生かすためにも、急いで音のする方向へと走る。森の中は思った以上に走りにくかった。落ち葉で足を滑らせ、地面に顔を見せる根に躓き何度も転びそうになる。
僕とは逆に音を出す存在から逃れようとする動物たち、慌てているはずなのに動物たちは大木を避ける様に僕の体を器用に避けた。
次の瞬間、木の間から大きな岩が空を飛んでくるのが見えた。急いで大きな木の影へと隠れて身を低くする。岩が直撃した木は倒れ、地面に落ちた岩の衝撃で土煙が舞い上がった。
土煙が止み顔を出すと割れた岩の破片に当たったのか、動物たちの死体が転がっていた。死体の中に倒れた木の下敷きになった大きな狼を見つけた。恐る恐る静かに近寄る。
『死者の模倣』のスキルを試すため狼の死体に向かって死者の模倣と叫んでみた。スキルは発動しない(どう使えばいいんだ)狼はまだ死んでいないのかもしれない。脈を調べようと人間の手首に触るように狼の足を掴む。頭の中に文字が浮かんだ【死者の模倣を使いますか? YES / NO 】迷わず〝ハイ〟と心の中で呟いた。
【失敗しました】という言葉が浮かんで、狼の死体がキレイに消える。
五〇%の確率なら失敗もある。発動条件は分かったんだから気落ちせず次にいこう。
その後も近くで死んでいた狐やシカに触れ何度か『死者の模倣』を試したがことごとく失敗。(本当に成功率五〇%もあるのか……)と思わず愚痴る。成功率を疑いながらも新しい狼の死体を見つけて試してみた。
【灰色大狼の死者の模倣に成功しました】ついに成功だ。模倣の魔物を呼び出してみたいという気持ちに駆られながらも我慢をし、音の発生源へと急ぐ。
そこから一〇〇メートルも進まないうちに、岩を投げた犯人を見つけた。
異世界に来たことを実感させる二匹の大きな生物。一匹はアナコンダに似た大蛇で、体は電柱の様に太く長さも七~八メートル以上ある。普通のアナコンダとの違いは、額から一角獣に似た角が伸びていることだろう。もう一匹は大きな岩を軽々と持ち上げる巨大なマントヒヒ。三メートル以上あるのに動きが素早く口からは大きな牙が飛び出ている。二匹の巨大生物の戦闘は、ファンタジーというよりはB級パニック映画といった方がしっくりくるのかもしれない。
それから、僕は離れた場所で二匹の化け物同士の戦いを見守ることにした。(中途半端に欲を出して手を出せば、恐らく死ぬのは僕だ)巨大ヒヒは大きな体と素早い動きを生かした格闘型の魔物で、木を抜いて武器にしたり岩を投げる賢さもある。分類するなら近接格闘型アタッカーだろう。
逆に大蛇はとにかくタフだ。何度殴られても岩をぶつけられても一向に怯む様子はなく攻撃の機会を窺っている。動きは早くはないが、あの太い体に巻き付かれたら逃げ出せなくなるだろう。こっちは重装備タンカーの魔物版だ。一定の距離をとりボクサースタイルで応戦し木や岩を投げて戦う巨大ヒヒに対して、大蛇はひたすら締め付けようと接近を試みる。状況が大きく変化したのは大蛇の角が巨大ヒヒの体を傷付けてからだった。巨大ヒヒの動きは鈍り大蛇はついに巨大ヒヒを捉えたのだ。大蛇はヒヒの体をどんどん締め付けていく、骨が砕ける嫌な音が聞こえてきた。
出来れば食べないで立ち去ってもらえれば巨大ヒヒの死体に『死者の模倣』が試せるのだが、大蛇は動かなくなったヒヒの体を解放して丸のみにしようと目一杯口を開けた。ヒヒはまだ生きていた。死んだふりだったんだろう、自由になった手で大蛇の頭を掴むと巨大ヒヒはそのまま首目掛け噛り付く。
勝ったのは巨大ヒヒだった。必死に暴れ続けた大蛇も血を流しすぎたのか、今は完全に動きを止めた。夢中になってしまったんだろう、格闘技を見る感覚で僕は歓声を上げていた。〝ヒヒすげーぇ〟と、姿の認識は出来なくても声は聞こえたんだろう。巨大ヒヒが慌てて僕を見る。
(逃げないと……)その場を立ち去ろうとした瞬間、巨大ヒヒが盛大に吐血した。そして白目をむいたままその場で痙攣をはじめると最後はそのまま仰向けに倒れてしまった。
掠っただけで三メートル近い生き物を殺す毒、毒を持つ大蛇なんて地球にはいなかった。死体に触らなければ『死者の模倣』は使えないし、それに早くしないと二匹の血の匂いで他の魔物が来てしまうかもしれない。幼女から貰ったリュックを『アイテムボックス』から取り出すと、中に入っていた手袋を手に着けた。まずは巨大ヒヒの体に触れて『死者の模倣』を使う。
【狒々の死者の模倣に成功しました】狒々…猿じゃなく狒々か、黒色の巨大マントヒヒかと思ったんだけど別の生き物だった様だ。狒々は日本に伝わる大猿に似た怪力を持つ妖怪の名前だ。異世界でなら日本の妖怪が魔物として登場してもおかしくはないのかもしれない。
次は、この茶色強めなアナコンダに似た大蛇だけど(触った途端毒で死んだりしないよね)大丈夫だった。
【ドゥームアナコンダの死者の模倣に成功しました】念の為、手袋はすぐにその場で捨てた。
二匹の戦闘に巻き込まれたんだろう、他にも生き物の死体が点々と転がっている。
血の匂いに獣が集まって来る心配もあるが、まだ試したいことがある。生息数が多いのか灰色大狼の死体が一番多い。ゲームでも初期村周辺にいる敵は狼系のモンスターが多かったが関連はあるんだろうか。
気になってしまった。これだけ多くの生き物の死体を見て、辺り一面に充満する血と内臓の匂いを嗅いで、僕はナゼ平然としていられるんだ。
体験談になるが、昔一から刺身を作りたくてカツオを丸ごと一本買ってきてことがあった。ネットを見ながら捌くことはエ来たんだけど、自分で捌いた魚の内臓を見たら気持ちが悪くなってしまって、そのまま刺身を食べる気が失せてしまったのだ。その日のカツオは、結局刺身では食べずに冷凍庫に入れ、後日フライパンで焼いたり、衣を付けて油で揚げてフライにして食べることになった。せっかく新鮮なカツオ買ってきたのに……。
そんな僕が、これだけの生き物の死体を前に平然としていること自体がオカシイのだ。
幼女は何かを成すことでスキルが手に入るとがあると言っていた。リュックの中から解体用のナイフを取り出す。『アイテムボックス』は、大き目のリュックにモノをまとめて入れれば、中に何個アイテムが入っていようとも一個のアイテムとして認識する。逆に魔物を解体してしまうと足や手や頭といった感じで一つだったモノが複数に増えてしまう。同じように一つの袋に入れれば済む話なのだが、血だらけのバラバラ死体をリュックの中に詰め込むのは流石になしだ。ここから考えられるのは、スキルは使い方次第で大きな可能性を引き出すことが出来る。
取得可能なスキルリストの中に『解体』があった。目の前の死体を使って『解体』のスキルが手に入らないかを試す。
岩が当たり頭が潰れた灰色大狼の体にナイフを入れる、スーパーで買う肉とは違い狼の肉は臭かった。せっかくだし『鑑定』スキルも使ってみる【灰色大狼の肉】(大きさ部位に関係なく鑑定結果は肉や骨になるみたいだ。スキルLV一では大雑把な情報しか分からないんだろう)
その後も、ひたすら疲れるまで死んだ狼やウサギや狐の体をナイフで切ってみたが『解体』のスキルは得られなかった。(単に死者を弄んだだけか……)
『解体』の取得は諦めて『死者の模倣』で模倣の魔物作りに集中する。五体目となる灰色大狼の『死者の模倣』に成功した時だ。【模倣の魔物の数が上限に達しました】と文字が頭に浮かんだ。ゲームのメッセージの様なモノなのだろう。(こういうゲームぽさは異世界モノの定番だな)ちなみに一度模倣の魔物の解放は出来なかった。もちろん、スキルLVが上がれば創り出す模倣の魔物の数も増えるかもしれない。そういう意味じゃ『死者の模倣』を考えなしで使い過ぎたのかもしれない。
狒々とドゥームアナコンダがそこそこ強い魔物であるコトを祈ろう。
「出てこい、灰色大狼」
僕がそう言うと、三つの小さな光の玉が現れてバチバチと電気の様な物が弾けたあとに三体の模倣の灰色大狼が出現した。時間にして二秒程度。同種族であれば一度に複数の模倣の魔物を呼び出すことも出来るようだ。(日も暮れそうだし、このまま狼の背中に乗って移動するか)
街灯ひとつない森の中は暗い。ここまでの暗闇を今まで経験したことは無いかもしれない。僕は灰色大狼の背中に振り落とされない様にと必死にしがみ付いた。町を目指して走れと命じたものの、狼たちが町の位置を知っているのか心配になってくる。
灰色大狼は暗闇の中でも目が見えるのだろう、背中にしがみ付く僕の気持ちを考えずに物凄いスピードで森の中を走り続けた。
模倣の魔物は疲れることもなければ制限時間もなさそうだ。そのせいで背中にしがみ付いてるだけの僕の方がどんどん疲れていく。(馬車っていくらくらいかな……)必死に掴まる手と狼の背中を挟む股がとにかく痛む。心配なのは、何も考えずに解体の真似事で頭から血を浴びたが、門番が大人しく町の中に入れてくれるかどうかだ。(日本なら絶対通報レベルの不審者だもんな)イロイロ聞かれる可能性を考慮して七匹の灰色大狼の死体は『アイテムボックス』に入れておいた。
売れればたぶんお金にもなるだろうし、上手くいけば冒険者ギルドのクエスト的なもので、〝あ!その魔物ならもう倒しました〟と死体を出して、クエスト即達成という異世界あるあるを予想しての行動だ。
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