仮)銀の魔物模倣師と黒剣のペルギアルス。

たゆ

文字の大きさ
5 / 18
1 異世界へ

しおりを挟む
 
 どれくらいの時間走り続けているんだろう、走っているのは僕じゃなく狼たちなんだけど、走りはじめてから数時間は経っているというのにまったくペースが落ちていない……僕の方がそろそろ手も内腿も限界だ(それにしても、模倣の魔物って本当に疲れしらずだな)そろそろ休憩を入れるべきかと悩んでいると全身に痛みが走った。狼にしがみ付く手にも限界がきていたんだろう、狼から放り出されて、そのまま背中から地面に激突した。
 内から湧く痛みに、背中の痛みも加わり、ただただ苦痛の表情を浮かべた。
 (何が起きたんだ?奇襲?……三日間は攻撃されないんじゃなかったのか)
 何とか体を起こし、自分の体を見る。背中の痛み以外に特に外傷は見当たらない、それでも体の中から痛みが広がる。病気か何かなのか?
 自分の今の状態に気が付くのに、数十秒はかかったと思う。模倣の魔物が受けたダメージの五%を僕が痛みとして受ける。

 周囲を見る。大きい……目の前にいたのは一匹のクマだった。狒々ひひやドゥームアナコンダを見た後だけに驚くほどの大きさではないけど、人に比べれば十分大きいし、動物園の動物たちとは違う殺気を宿した野生の猛獣。クマは二本足で立ち上がると模倣の灰色大狼の首を銜え宙づりにした。更に激しく痛みが走る。
 模倣の魔物自身には痛覚はない。でも……受けたダメージは痛みとして使用者である僕に返る。クマは両腕で狼の体を強く締め付けた。全身を締め付けらえる強い痛み。
 (狼たちはナゼ?クマの接近に気が付けなかったんだ)模倣の魔物は生前の生き物の全てを模倣する。(狼だってそこそこ鼻がいいはずだ。他に強い匂いがクマの匂いを掻き消したのか)
 考える時間はないようだ。更に強い痛みが全身を襲う。(五%でこれなのか)激痛に耐え切れずにその場にしゃがみ込む。模倣の灰色大狼のHPが尽きてしまったのだろう、クマに宙づりにされていた狼の体がガラスが割れる様に粉々に砕け散って消えた。
 クマも何が起きたのか理解できていないんだろう。あれはそういう表情だ。
 (狼たちではあのクマには勝てそうもない)クマが標的を別の狼に切り替え襲い掛かる。クマが狼に辿り着く前に、狼は黒い炎に変わり一瞬で燃え尽きて消えた。
 狼を消したは良いが、最悪のタイミングだ。クマは僕の目と鼻の先にいる。一瞬で飛び掛かってこれる距離だ。そっと手を腰の剣に伸ばす。クマと目があった……様な気がした。クマは目の前の僕が見えない様に顔をあちこちに動かし鼻を鳴らす。僕の体に付いた血の臭いはわかるのか。
 臭いは分かるが、その臭いの発生源がどこか分からない。
 恐らく、これが三日間生き残るために与えられた特典。こちらから攻撃しないかぎり相手から襲われることはないということなんだろう。
 ただ、恩恵を受けるのはあくまで僕個人。条件の中に模倣の魔物たちは含まれていない。だから狼たちは攻撃されたんだ。このままじっとしていれば、いずれクマは諦めて立ち去るかもしれな。(そんなに待てるか?下手したら二、三日奴は僕の匂いを追ってくるかもしれない。何より狼を出さなければ森の出口が分からない)

 目の前にいるクマからは、目を逸らさずに考える。そして……
(やるしかない。模倣の魔物に攻撃命令を出せば。先制攻撃をしたとみなされるかもしれない。それでも……)
「出てこい狒々、目の前のクマを殺せ」
 僕の前に光の玉が現れた。クマにも光の玉は見えている様だ。きっちり二秒、光の玉が電撃を纏いながら大きな巨大な狒々に変化する。模倣の魔物の出現時間は強さや数に関わらず固定のようだ。
 光の玉目掛けて突っ込んで来たはずのクマが大きく後方に吹き飛んだ。模倣の狒々がファイティングポーズを決めている。軽く殴っただけに見えた。クマがあんなに遠くに吹き飛ぶなんて。
 これならクマは問題無く倒せそうだ。そう、安心したのが気の緩みに繋がったのかはわからない。
 恐らく初めて来た異世界で、極度の興奮状態に陥りランナーズハイの様な状態になっていたんだろう。全身を一気に疲労感が包み、解体用ナイフで裂いた生き物の腹からこぼれ落ちる内臓を思い出す。自分の体にこびり付いた血の匂いを嗅ぎ気持ち悪くなった。胃の中の物が一気に上へと上がる。酸っぱいモノが喉を満たした。
「うぅ……」
 堪えきれずにその場で、胃の中の物を一気にむせながら吐いた。
「ぐぅわぁーおぇえ……ぐ…」
 胃液の嫌な臭いが周囲を包む。近くにあった太めの木の枝を拾い、自分が吐いた物を土の中へと埋める。吐しゃ物の匂いが他の魔物を呼ぶことを恐れたのだ。(どおりで何匹もの生き物の腹を裂いても匂いが気にならなかったわけだ)死と隣り合わせの世界に来て精神が耐え切れず気付かないうちに無理をしていたんだろう。それが今完全に緩んで切れた。狼がクマの接近に気が付けなかったのも、恐らく僕が大量の血を浴びていて臭かったからだ。
 ……疲れた、頭が痛い、立ち上がりたくない。この世界の恐怖が急に拒否反応の様に一度に襲い掛かる。僕は知らないうちに泣いていた。毎週楽しみにしていたTV番組も二度と見れない。漫画もラノベもアニメも好きな音楽さえもこの世界には無いんだ。

【LVが上がりました】空気を読まない様に、頭の中に声が響く。
 (狒々がクマを倒したのか)狒々が次の命令を待つ様に僕の前に来た。
「僕をクマの死体の前まで運んでくれないか」
 体に力が入らなかった。狒々は無言で僕の体を抱きかかえるとクマの死体の前へと運んだ。クマの死体を急いで『アイテムボックス』の中に入れる。(この大きさの魔物になると一匹で二枠も使うのか)
 こっちに来てから自分のステータスを確認していないことを思い出した。
「僕を降ろして、周囲の見張りを頼む」
 狒々は優しく僕の体を、その場に降ろした。

「ステータス」
 空中に自分のステータスが浮かぶ。ゲームで良く見る白い枠のあれだ。
名前:未定 種族:人間 性別:男 年齢:一七 クラス:なし LV:二
HP:八三/一〇七 MP:五/二五 筋力:一三 器用度:一〇 耐久力:一〇 敏捷度:一三 知力:一三 幸運:一〇
スキル(パッシブ)
『剣術』
スキル(アクティブ)
『鑑定』 『死者の模倣』 『アイテムボックス』 『生活魔法』 『死体探索』
特殊スキル
異世界人ボーナス:HPとMPの自然回復小。

 HPが減っているのは、狼の背中から落下した時に受けたダメージだろう(ゲームの様にLVアップで全回復とはいかないか)ステータスには幾つかボタンがあり簡単な説明も載っていた。筋力や器用度みたいな基本ステータスは、全員一〇前後スタートで、幸運以外の基本ステータスはLVが上がれば少しずっつ上昇する。能力アップにはクラスが重要でクラスは所持スキルの成長で決まると(ん?肝心な名前が未定、年齢も随分と若返っているし、鏡がないから確認は出来ないけど顔や体格も変わっているんだろうか?触った感じ髭のチクチク感もないな、そろそろ伸びはじめる時間のはずだけど)困ったことに自分の名前は一切覚えていなかった。好きなアニメのタイトルは覚えているのに、自分の名前だけじゃなく死んだ両親の名前、知人や友人や親戚の名前も一切思い出せない。名前だけじゃなく顔も、自分に関する記憶がごっそりと抜け落ちている。
 大切な思い出もあったはずなのに……。

【メッセージがあります】……ボタンを押した。
「このメッセージは、この世界で初めてステータスを開いた時にだけ表示されます。あなた方は、もう二度と元の世界には戻れません。残された地球での記憶は、何も考えずに異世界へ続く穴へと飛び降りた自分たちへの戒めだと思って下さい。この世界は、あなた方が今まで経験してきた当たり前が通用しない世界なのですから」
(意地悪いな、自分に関する記憶があれば、元の世界の嫌なコトをバネに異世界で頑張って生きて行こうと思えるのに、これじゃあ未練しか残らない。異世界への穴に自分から飛び込んだ時点で幸せじゃなかったとも想像出来るけど、後悔する人は多いだろうな)

 他のボタンも押してみる。
スキル名称:死者の模倣 LV一 登録可能数 五/五
登録リスト
模倣の灰色大狼:三体 必要MP:三 / 模倣の狒々:一体 必要MP:一〇 / 模倣のドゥームアナコンダ:一体 必要MP:一二
※呼び出す時のみMPを使います。呼び出している間はMPは消費しませんが、MPの自然回復も出来なくなります。(記載されたMPは一体辺りの召喚に必要なMPです)
 単純に強い魔物程MPが多く消費する感じか。召喚……テイマー従魔師よりもサモナー召喚師に近いスキルだと判断されたってことなのかな。

名称:生活魔法 LV:一
リスト
明かり 一時間ランタン程度の明かりを灯す         消費MP:一
飲み水 一度に五〇〇mlの水を出せる。クールタイム一時間 消費MP:一
種火  小さな火を出す。                 消費MP:一

 リュックから取り出した木製のコップを手に『飲み水』の『生活魔法』を使ってみた。器の大きさに関わらず五〇〇mlの水がキッチリ出てしまう仕様らしく、コップの中から水が勢いよく溢れ出す。(カルキ臭くないし水道水よりは美味しい、浄水器無で飲める水は助かる)
 一度泣いたせいか、気持ちが妙に軽く感じた。ここまで生活環境が急に変わってしまったんだ。当分は情緒不安定気味になるかもしれない、当面は自分自身が爆発しない様に気を付けないと。

 やるべきことを整理する。
 まずは町に行くことだけど、LVと一緒に上がるわけじゃないみたいだし、個々のスキルのLV上げの法則みたいなものを見つけないと、あとはお金か、異世界作品で当たり前のようにある冒険者ギルドみたいなモノがあれば助かるな。
 考え事をしている間も度々生き物の気配は感じたが、どの生き物も近寄っては来なかった。(狒々やドゥームアナコンダは、この森の食物連鎖の上位にいる魔物なのかもしれない)
 その後は、恰好が悪いが狒々の背中におんぶしてもらい移動した。狒々が片手で僕のお尻を持ち上げてくれたおかげで狼の時より移動速度はだいぶ落ちるけど、かなり楽だ。
 いつの間にウトウトしていたのか、狒々の背中で眠っていた。(朝日だ……)空を見上げた。太陽が青い。空の色よりもずっと濃い深い青。
 思わず周囲を見て驚き落ちそうになった僕の体を狒々がしっかりと押さえてくれた。
 狒々は高い木の上に立っていたのだ。そして、目の前には、石を積み上げた強固な壁に囲まれた大きな町が見えた。世界遺産に登録されたヨーロッパの街並みに似た大きな町が、広がる景色に異世界に来たことを改めて実感した。
 
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす

蒼月よる
ファンタジー
七日後、この港に神罰が落ちる。 追放された元観測士イオナだけが、その事実を知っていた。 しかも災害は自然現象ではない——誰かが、意図的に引き起こそうとしている。 港の上層部はすでに手を打っていた。「下層区画を緩衝被害区として切り捨てる」秘密契約。被害を最小限に見せかけ、体制を守る冷徹な計画だ。 イオナは元護送隊長ガルム、荷運び組合長メラとともに動き出す。 犯人を暴き、証拠を公開し、住民を逃がし、工廠を止める——すべてを七日で。 被害を「選ぶ」管理か、全員を「残す」運用か。 追放観測士の、七日間の港湾カウントダウン・サスペンス。 この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。 ・世界観・設定の管理補助 ・プロット段階の壁打ち ・作者による執筆後の校正

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 【ご報告】 2月28日より、第五章の連載を再開いたします。毎週金・土・日の20時に更新予定です。 また、誤字脱字の修正および一部表現の見直しを行いました。ただし、記載内容の趣旨に大きな変更はございません。 引き続きよろしくお願いいたします。

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

処理中です...