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1 異世界へ
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しおりを挟む高い木を降りた後狒々を戻して町の正門へと歩いた。ほっとした……生きていることに、門まで後一〇メートル、腰が抜けた様に崩れてしまう。
慌てた二人の兵士が走り寄る。
「随分と血だらけだな、大丈夫か?しっかりしろ」
頭から浴びた魔物の血がプラスに働いた。幼女の言っていた通りだ。彼らの言葉がキチンと理解できる。見た目はヨーロッパからの旅行客にしか見えないのに、僕の耳には彼らの言葉は流暢な日本語に聞こえた。これもスキルのおかげなんだろう。
これを見せれば町には問題なく入れるはずだと渡されていた身分証を急いで取り出す。リュックの中の身分証に触れた瞬間【名前を決めてください】とメッセージが流れた。
ゲームっぽい世界だ。案外日本人が作ったゲームやラノベを見た神様が興味本位で創った世界なのかもしれないな。
自分の本当の名前は思い出せないし、アーサー王と円卓の騎士の物語は好きだけど同じ世界から来た人にすぐ同郷だとばれそうな気がする。北欧神話はどうだろうか?異世界行きに憧れて穴に飛び込んだ人がほとんどだと思うし、僕よりも神話に詳しい人も多いか、それなら……個人的に凄く好きな響きの名前がある。白鳥の湖に登場する白鳥と黒鳥の名前だ。オデットとオディール。オデットは女の子ぽい響きが強いし、名乗るならオディールが良いな。【名前:オディール】登録。
「旅の者で、森に迷い込んでしまって狼に襲われてしまいました。名前はオディールと言います」
そう言い身分証を見せる。
「森に入っちまったのか、そいつは災難だったな。森の奥地にはヤバい魔物が多くてな、凶暴な灰色大狼やレッドベアが強い魔物から逃げる様に、森の浅瀬に顔を出すこともあるのさ。……身分証は問題ないな、ほーログリットとは、随分遠い町から来たんだなー、さては冒険者志望か」
ログリット……聞いたことのない町だ。幼女が怪しまれない様に予め町の名前を設定してくれていたんだろう。(冒険者?やっぱりあるんだな職業の中に普通に冒険者が)僕はこの世界で何がしたいんだろう……考えてもすぐには浮かばない。今はすぐにでも町の中に入りたいと首を縦に振ることにした。
「疲れているところ悪いんだがなー兄ちゃん。台帳に名前の記入とこのパルグスの町の入場料として銅貨一〇枚を収めてもらう必要がある」
何とか自分の足で立てる様になり、立ち上がると目の前の台帳に名前を書いた。
「いえ、最低限のマナーですから従います」
僕は『アイテムボックス』の中から再度リュックを出し、中から銅貨一〇枚を取り出し兵士へと渡した。
「兄ちゃんアイテムボックス持ちなのか」
「はい、珍しいでしょうか?」
『アイテムボックス』のことを知られたらまずかったのかと、嫌な汗が頬を伝う。
「少しな、この辺りでは百人に一人持っていればいいってスキルだからな、ログリッツトがあるグルザンランド地方の様に多くの人がアイテムボックスが使えるのとは違うのさ」
(出身地によって使えるスキルに差がでるのか、血筋?)ログリットとグルザンランド地方という名称は覚えておかないと。
町への入場の許可を待つ間、ふいに額にクリスタルの棒の様なモノを押し当てられた。
思わず驚いて声を上げる。
「すまないな、これは兄ちゃんが悪人かどうかを判別する魔道具だ。これも決まりでな」
目の前の兵士は笑いながら、頭を掻いて〝すまないな〟と頭を下げた。
「慣れてなかったので、僕の方こそ大声を出してすみません」
その後、兵士たちに、門の近くの井戸の場所を教えてもらい血だらけになっていた体を拭いてから予備の服に着替えた。汚れた格好では、宿屋に入れてもらえないかもしれないとアドバイスを貰ったからだ。
ついでに兵士たちに安く泊まれる宿屋が無いか尋ねたところ、門から一番近くにある『月見草の雫亭』という宿屋を紹介してもらえた。しかも、血の匂いがするよそ者が急に訪ねても面倒が起きる可能性があると、宿屋への紹介状まで書いてくれた。異世界モノでこれだけ最初から優しい兵士は珍しいんじゃないだろうか?
『月見草の雫亭』に到着すると、忙しそうに女性が一人朝食の準備に追われていた。年齢は四〇歳前後だろうか?兵士たちが危惧した通り、僕の姿を見た女性ははじめのうち怪しいモノを見る様に顔を顰めたが、兵士の紹介状を開き表情を変える。
「大変な目にあったんだね、うちは家族経営の宿屋でね相部屋なら一泊銅貨二〇枚、一人部屋なら銅貨四〇枚よ、食事は別で一食につき銅貨五枚でやってるわ」
女性は、この宿屋の主人の奥さんで名前はメアリー。物語ではチラホラよく見る名前だ。メアリーさんが顔を顰めた理由についてだが、このパルグスの町には滅多によそ者は来ないんだそうだ。〝黒い髪のお客さんは初めてだったから〟とメアリーさんは笑う。
泊まらないという選択肢は無かった。この時はとにかく早く横になりたかったのだ。もちろん、この世界には、スプリングが入った寝心地の良いベッドマットも低反発マットや高反発マットも無いだろう。
それでも、すぐに眠りたかった。
「疲れているもので、二泊ほど一人部屋を取りたいんですが?目が覚めたら食事もお願いすかもしれません」
「食事は朝食か夕食の時間に起きてくれば出せるけど、時間次第じゃ出せないこともあるのよ。その時には安くて旨い食堂を紹介するわね、それにしてもあんた随分と丁寧な言葉遣いをするわね」
(目上の人には敬語を使うものなんだけど、あっちの常識は通用しないんだろうな)
「僕の故郷はこんな感じなんです」
僕は鍵を受け取ると、二階に上がりメアリーさんから言われた『二〇三』の番号の部屋の中へ入る。部屋は思っていた以上に広かった。ベットと木製の机と椅子があるシンプルな部屋だ。ベットは干し草にシーツを被せただけのものだが寝心地は悪くなかった。
メアリ―さんや兵士のみんなの対応に、親切過ぎやしないかと不安にもなったが、そんな気持ちよりも今は眠気が大きく勝った。
目を閉じながら、寝ている間に襲われて奴隷落ちとか……身包み剥がれ追い出されたり、身に覚えのない罪を着せられて罪人行きってパターンもあるんだよな……注意しなきゃ……な。
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