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1 異世界へ
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しおりを挟む肉体的にも精神的にもギリギリだったのかもしれない。いつ何かが起きてもオカシクナイ異世界の宿屋で、体が痛くなるまで眠りを堪能してしまった。安全な国で育った僕が夜中に襲われた場合、うまく対応出来るのか疑問に思う?上に乗られ喉を切り裂かれる直前まで気付けないかもしれない。寝ている時に刃物で刺されたら痛みは起きていた時と比べてどうなんだろう。刺される事を前提に考えてしまうのはよくないのかもしれないけど、物語のように僕は相手の殺気で目を覚ました。とは絶対ならない様に思う。
良かったこともある。干し草の上にシーツを敷いただけのベッドは思った以上に寝心地が良かったことだ。柔らかすぎるから腰痛持ちにはきついのかもしれないけど、僕的には全然アリだ。アルプスで暮らす少女の気分も味わえるし二重にお得である。
すぐにベッドに飛び込んだから気が付けなかったけど、部屋には窓と呼んでいいのか分からない、ガラスの無い木製の小さな板戸がひとつあった。部屋が二階だからかもしれないけど、板戸には鍵も無く泥棒も入り放題な仕様だ。板戸を開けてみる。宿屋の前は大きな通りになっており沢山の屋台が並び多くの人で賑わっていた。壁の外に出れば魔物がいるわけだから、自ずと人は壁の中に住処を求める。人口密集度は日本より高いんじゃないだろうか、パッと見、渋谷や新宿まではいかないけど、ちょっとした地方の商店街並みには人がいる様には見える。
窓際に椅子を動かし、少しの間、異世界の街並みを見下ろしていた。町の人々は当たり前の様に金髪で、ちょっとだけ期待していた、モフモフ耳の獣娘も尖がり耳の超絶美少女なエルフもいない。個人的には健康的な小麦色の肌のダークエルフのSっ気姉さんがタイプなのだがいるはずはなく、メアリーさんが言う様に、僕の様なよそ者は珍しいんだろう。実際、道を行き交う人々の中には、窓から覗く僕を見つけて指を差す人さえもいた。
髪の色の違うだけで、差別は十分生まれるものだ。
布団の上に落ちた自分の黒い髪の毛を見て溜め息をついた。(やっぱり何度見ても黒髪だよな)部屋には鏡は無く未だに自分の姿は見れていないけど、髪の色が周りの人たちと違うのは確定してしまったわけだ。
寝るつもりはないけど、もう一度ベッドに横になった。どうも動く気にならないのだ。(僕はグータラな人間だったのかもしれないな)
ベッドの上でぐったりしていると、不意にドアがノックする音がした。
念のため剣に手を掛けたまま、ゆっくりと向かう。
「僕に何か用?」
ドアは開けずに、そう声を掛けた。
「あの……この宿屋の娘でラピスっていいましゅ、お母さんがご飯がなくなるから食べるなら早く降りて来てって言っているんですが」
(いいましゅ……噛んだのか?)静かにドアを開けた。
ドアの外には、どことなくメアリーさんに似た女の子が立っていた。年齢は五~六歳か?金髪に白い肌で青い目のお人形の様な女の子。(子供の頃って、体に対して頭が少し大きいよな)ラピスと名乗った女の子が人懐っこそうに笑った。歯の生え変わりの時期なのか前歯が抜けていてそれもまたカワイく見える。
「偉いね。お母さんのお手伝いかい」
ごくごく自然に女の子の頭を撫でた。(決して触りたかったとか、やましい気持ちは一切ないと神に誓える。幼女は恋愛対象などでは無く、その行動を見守って勝手に癒されるが僕の流儀だった……と思う)
「うんお手伝い!お兄ちゃん朝寝坊はダメだよ。早くご飯食べないとなくなっちゃうんだから」
〝めっ〟とほっぺを少し膨らませて怒ってみせるも、すぐにラピスは笑顔に戻り、〝早く早く〟と僕の手を引っ張りながら一階へと向かった。(子供ってこんなに可愛い生き物だったか、この宿屋を教えてくれた兵士に僕は一体いくら支払えばいいんだ……)つい、ラピスの行動に頬が緩む。
「あら、やっと起きたのね、朝食はいるでしょう?丸一日眠っていたんだから」
他のお客さんが食べる食事の匂いで、思わず腹が音を立てた。自然と僕の顔も赤らむ。
「はい。いただきます」
カウンターの席に座ると、メアリーさんの前に食事代の銅貨六枚を置いた。
「あれ一枚多いわよ?食事は一食銅貨五枚って昨日話したと思うんだけど」
メアリーさんは不思議そうな顔をする。
「呼びに来てくれ、たラピスちゃんへの感謝の一枚ですよ」
こういうチップ的なものを一度やってみたかったのだ。それにあの笑顔に銅貨一枚なら安いモノだろう。
「お兄ちゃん、ありがとう」
ラピスちゃんは眩しいくらいの笑顔でそう言った。(天使だ……ここに天使がいる)朝食は豆のスープと歯ごたえのあるパンにカラフルな葉物野菜のサラダ。サラダは野菜に塩を掛けただけのもので、市販のドレッシングの味を覚えているからこそ味気なく思えた。(こんな記憶ばかり残っているんだもんな、僕たちをこの世界に呼んだ奴らは本当に意地悪だ)
豆のスープは、癖の強い匂いはあるが味は悪くない。特に胡椒が効いていて塩味も丁度良い。異世界ファンタジーは中世のヨーロッパをベースにした物が多いから胡椒は高級品だったりするんだよな、この世界ではそんなこともないんだろう。胡椒は好きだからその方がありがたい。
メアリーさんに冒険者ギルドについて質問したところ、メアリーさんではなく周りで食事をしていた他の客から答えが返ってきた。どうやら僕に興味を持っていた様だ。
「あんたが噂の黒髪だろう、ちょうど話してみたいと思っていたんだ。ここで会ったのも縁だからな、ジャンジャン質問していいぜ」
手招きをされてしまい、僕は三人組のおじさんたちが食事をするテーブルに移動した。黒髪だからといって、みんながみんな僕のことを嫌っているわけではないらしい。
このパルグスの町は、シュリグアーニ王国と呼ばれる国の西の外れにある町で、人口もそこそこ多く、町の規模もシュリグアーニ王国では上から数えた方が早いんだぜ、とおじさんたちは自慢げに言った。
ただ、隣接する国の国境から遠く、特に目玉とも呼べる産業が無いことから、僕の様に他の国から人が来ることは珍しい様だ。〝商人は来るんだが、冒険者たちはダンジョンのある町を好むからな〟と、(ダンジョン。異世界に来たら一度は行ってみたいと誰もが思う場所だよな、千葉にある夢の国の様なモノだろうか)そんな閉ざされた環境のせいか住人の多くは、よそ者を嫌うらしい。
「嫌いだからといって害はねえよ、ここの住人たちは大らかな人間が多いんだ。だがな冒険者になると話は別だ」
冒険者は、お互いの能力を補いあうためにパーティーを組む。オンラインRPGなんかだと魔物の攻撃を防ぐ防御重視のタンカーがいて、魔物のHPを削る役目のアタッカー、これは魔物にも魔法に弱いタイプと物理攻撃に弱いタイプがいるため魔法使いと物理火力系の二系統を置くのが定石だ。後は回復職と補助職の後衛。ゲームによっては二つの能力を兼ね備えたクラスもあったけ。で後は枠次第で弓や斥候に長けたタイプを入れる。僕がやったゲームは弓の一撃が強くてヘイト管理が難しかったんだよな。
あくまでゲームなら、だけど。
おじさんたちの話を聞く限りパーティー構成は、ゲームの知識で問題なさそうだ。ただ問題は、この世界ではゲームとは違い本当に死んでしまうことも珍しくないということだ。
パルグスの町の冒険者たちは、顔見知りでパーティーを作る。そんな中に武器を持ったよそ者をいれてしまえば、下手をしたら後ろから刺されかねない。ちょっと考えただけでも僕がパーティーに入れる確率は低いだろう。
もう一つ分かったことは、この世界にも他の異世界作品同様、冒険者にランクがあることだ。ランクは上から、SSS、SS、S、A、B、C、D、E、F、Gの一〇段階あり、Dランクまではまじめに依頼を熟していれば問題なく上がるらしい、ただCランク以上になると試験だけでなく能力測定がある様で、Cランクに上がれずに引退を迎える冒険者は意外に多いんだそうだ。逆に個人の能力が高ければ、たいした実績がなくてもDランクから一気にSSSランクまで上がることも可能になる。実力主義ってやつだろう。
Dランクの冒険者までは普通の人間と大きく変わらないが、Cランク以上になると化け物になるとおじさんたちは声を揃えて言った。そしてCランクからは、一つ一つのランクの差がどんどん大きくなっていく。
Sランク以上の冒険者は国どころか大陸に数人といわれ、彼らは伝説級と呼ばれている様だ。
〝Bランク以上って時点で貴族並みの力を持っている奴も多いからな、会ったら逆らわない方がいい〟と教えてくれた。
まずは冒険者ギルドに行かないとな、所持金は心許無いが三人のおじさんには一杯ずつエール酒を奢って別れた。
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