仮)銀の魔物模倣師と黒剣のペルギアルス。

たゆ

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1 異世界へ

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 よそ者と呼ばれた時点で嫌な目で見られる覚悟はしていた。『月見草の雫亭』を出て冒険者ギルドへ向かう途中、僕を見る人の目の多くは冷たかった。日本に暮らしていた僕にとって、差別というのはどこか他人事だったんだと思う。ただ国によっては差別が根強く残っていたのも知っている。貴族制が残っているこの世界なら、差別意識は更に大きいはずだ。僕を見て鼻を抓む人もいた。ただ、これに関しては頑張って拭いてはみたモノの、今も魔物の血で黒ずんでいる革鎧が単純に臭いだけかもしれない。
 こっちに来てから風呂に入らず体を拭くだけだから、自分が汗臭いのか、鎧が臭いのかすらいまいち分かりかねてしまう。不自由な世界だからこそシャンプーやリンスやトリートメントやボディーソープは、魔法よりも偉大な物に思えてしまう。僕と同じようにこの世界に来た人たちは、どう感じているんだろう。
 本当は、冒険者ギルドに行く前に屋台で買い食いをしてみたかったんだけど、僕が近付くだけで屋台の店主たちは怖い顔をした。僕が買い物をすることで他の客は来なくなる。営業妨害ってやつだ。こんなに沢山の屋台なんてお祭りでも見れないのに、ウインナーとか肉の串焼きとか物凄く美味しそうに見えるんだよな。
 あの地図に転がした丸い石は、確かに僕の希望を酌んでくれた。こういう差別的なことが起こることまでは予想していなかった。完全に抜けていたのだ。頭に少しでもあったなら希望に多種族国家の安全な町に行きたい等も加えていたと思う。
 その後も、冒険者ギルドに到着するまで、僕を見る嫌な視線はつきまとった。それでも手を出されないのは、この町の人々に差別意識はあるが、それを害そうとまで考える悪意がないからなのかもしれない。

 冒険者ギルドの建物に到着した。古い要塞の遺跡を連想させる石造りの大きな建物。建物の中央には冒険者ギルドのシンボルである盾と剣と魔法使いの杖が描かれた旗が掲げられていた。
 冒険者ギルドの扉を開ける。ここでも冒険者たちの視線を集めたが、ここでは差別的な視線というよりも、僕の技量を推し量る様な視線が多い様に思えた。流石は冒険者ギルド、屈強な男たちが多い。大半の人は、黒く汚れた革の鎧を見た瞬間興味を失い視線を外した。この辺りの判断基準は日本と変わらないんじゃないだろうか?人はまず相手の服装を見てその人となりを想像する。実力のある冒険者ならこんな汚い鎧は身に着けないだろう、実力のある冒険者であればこんなにも返り血を浴びるような戦い方はしないはずだ。
 はっきりとは覚えていないんだけど、あっちで仕事を頑張ってお金を貯めて高級車を買いに行って、あまりにも不釣り合いに見えたのか相手にしてもらえないことがあった様な……変な事ばかり思い出せるのは、記憶を消した奴の趣味なんだろうか?
 冒険者ギルドの一階は酒場も兼ねている様で、朝から酒を酌み交わす冒険者が意外に多い。(冒険者って駄目な大人が選ぶ職業なのか……冷静に考えるとキチンとした仕事に就かずに一攫千金狙いって感じだもんな)
 受付と書かれた窓口は五つあり、どれも女性が座っていた。可愛い系もいれば美人系もいたりと基本的に顔立ちが整っている人が多い。冒険者のやる気の向上なんかも狙っているのかもしれない、ハーレム系作品の多くは、冒険者窓口が出会いの場として描かれていたりもする、ここは迷わず自分の好みのタイプの女性が座る窓口へ並んだ。……五分も待たずに順番が回って来た。
「見ない顔ね」
 窓口の女性の第一声は、こうだった。見た目クールなお姉様タイプ。僕は自分の身分証を見せ、冒険者登録を希望している旨を伝える。どうやら僕は、タイプの女性を目の前にすると何も話せなくなってしまう極度のあがり症の様だ。
「あなたがグルザンランド地方から来た噂の黒髪君ね。スキルはアイテムボックス持ちって聞いたけど間違いないかしら」
 どう答えていいのか分からずに、必死に頭を縦に振った。手続きは事務的に進んで行く。目の前の女性は二〇代後半くらいか、日本にいた頃ならたぶん年下?この辺りも曖昧なんだけど……、今の僕は見た目一七歳なわけだから相手から見れば完全に子供だろう。脈無だろうな。
「グルザンランド地方の人たちは当然の様にアイテムボックスを持っているんですね。冒険者として一人前になればその能力を生かした依頼も沢山入ってくるでしょう。この町では見た目の違いから苦労することも多いと思いますが、頑張ってください」
 彼女の名前はリデリアさん。表情は無表情だが説明はとても分かり易く親切だった。彼女は普通に仕事をこなしているだけなんだろうけど、金髪の女性が流暢な日本語(実際は違うんだろうけど)で丁寧に説明してくれるだけで僕の中での好感度が上がっていく。僕が今回貰うのはGランク、Gランクは冒険者見習いを現すランクでFランクには割と早く上がることが出来る様だ。予め倒していた魔物についても依頼にはカウントされるようでE~Gランクのおススメ依頼として【灰色大狼討伐依頼】があった。
 灰色大狼は物凄く強い魔物で、実はチートでした、的な夢の展開は砕かれたわけだ。【灰色大狼討伐依頼】は常時依頼ということで、早速依頼の清算をお願いした。
「死体はアイテムボックスの中ですね、すぐ隣に解体所が有りますので、そこに灰色大狼の死体を収めて来てください。状態が悪くても買い取りは出来ます。灰色大狼の相場は一匹銅貨六枚から一五枚。損傷の度合いで買い取り価格が変わります」
 それと、灰色大狼の死体が本当に七匹分あるなら、冒険者ランクは早速Fランクに上がる様で冒険者用プレートと呼ばれる首飾りの配布は〝ランクが上がってから渡しますね〟と一時お預けとなってしまった。
 リデリアさんから貰った木の札を持ち、隣の解体所へと向かう。

 一度外に出てから解体所の扉を開ける。濃厚な血の匂いと肉の腐る臭いが混ざる空気に、思わず口に手を当てて吐きそうになるのをグッと堪える。
「見ない顔だな新入りか。ここの匂いは新入りにはキツイだろう。まーこれが仕事になればすぐに慣れるさ」
 大柄な男が目の前に立つ、彼の名はエバンスさん。この解体所の責任者だそうだ。
 解体所の天井からは沢山の鎖が伸びており、その先に付けられた鉤爪に魔物の頭を引っ掛けて、吊るしながら魔物の解体を行う様だ。血だらけエプロン姿の職員たちがせっせと解体作業を行っている。顔にはゴーグルとガスマスクの様な物を付けていた。臭いや返り血への対策だろうか?アンコウの吊るし切りを思い出す光景だ。
「ここには冷蔵庫はあるんだけどな、冒険者が運ぶ際は常に常温だ。持ち帰るまでに日数がかかることも珍しくないからな、腐っちまうことも多いんだよ。多少腐っても焼いて食べりゃー問題ないけどな」
 冷蔵庫?見た目は飲食店の銀色の業務用冷蔵庫に似ている。翻訳機能で最も近い名称で冷蔵庫になっているのかは不明だけど、当たり前のごとくコンセント等は無く、魔力で動く仕組みの様だ。魔道具ってモノなんだろう。
 僕は、エバンスさんに木札を渡すと案内された大きな鉄製のテーブルの上に七匹の灰色大狼の死体を並べた。死んでからどれも二日は経っている。冷蔵庫の中に置き忘れ少し腐った肉の懐かしい匂いがアイテムボックスから取り出した瞬間顔を包んだ。
 それでもエバンスは平然と死体を見つめる。
「顔や体が潰れてるのが多いな、石で殴って殺したのか?灰色大狼は肉は筋が多くてイマイチなんだが、革は弱い魔物にしては良い方なんだ。次からは腰に吊るした剣を使うか、砕くんなら頭だけにしてくれよな」
 〝すみません〟と小声で謝りながらも、狒々とドゥームアナコンダの戦闘に巻き込まれて死んだことは伏せた。
「七匹で銅貨五四枚だな。どーする?」
 査定は軽く見ただけで終わり、三〇秒もかからなかったんじゃないだろうか。
「お願いします」
「新入りの兄ちゃん声が小せえなーちゃんと飯食ってんのか?ほらよ、木札をもう一度窓口に見せれば金が貰えるはずだ」
 投げられた木札を慌てて掴む。
「ありがとう…ございます。それともう一匹クマも仕留めたんですが」
 そう言うとエバンスさんは、クマの死体も出す様にと言ってきた。
「兄ちゃん、やるなレッドベアじゃないか。こいつは一匹銅貨三〇枚~六〇枚にはなる美味しい獲物だ。まーこれだと銅貨四三枚……んー……灰色大狼と合わせて新人祝いだ!全部で銅貨一〇〇枚で買い取ろう。それと解体スキルを持っていないなら明日昼の鐘が鳴る時に冒険者ギルドに顔を出しな、銅貨一〇枚は出さなきゃならないが【新人訓練】に参加できるはずだ」
 エバンスさんはそう言いニコッと笑う。顔は怖いけど……。
 その後僕は、もう一度リデリアさんの元に並び木札を渡し銅貨一〇〇枚とFランクと文字が入った冒険者プレートを受け取った。
「レッドベアも倒していたのね、大したものだわ【レッドベア討伐依頼】も一つ完了ね。それとエバンスさんから伝言よ。掲示板に【新人訓練】の内容が簡単に書かれているから読んでおくようにって」
「ありがとうございます」
 僕はそう言うと、掲示板に書かれた【新人訓練】の内容を読み、その日は宿屋に戻ることにした。
 
 
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