上 下
67 / 157
第4章「ヴェル魔法大会」

第4話「エリーのために」

しおりを挟む
 男性恐怖症か。
 グレンの性格を考えると、エリーさんがもじもじして頼りなくモンスターの接近を伝えたとしても、「あん!?」とか言う感じで声を荒げてしまうだろう。
 そうなったら男性恐怖症の彼女は泣き出すか、何も言えなくなってモンスターが接近してても教えれなくなってしまう。その結果グレンが更に怒り出す悪循環だ。
 一緒に居た剣士風の男性も、村人っぽい男性――多分彼が勇者だろう――も、彼女に対して庇ったりしようとした様子が無いのを見る限り、あまり良い印象を持っていないように思える。それはヨルクさんやベリト君もだ。
 女性の居るパーティに入れれば解決だろうけど、そんなパーティがあったら既に入れて貰ってるはずか。

 パーティ分けでこっちの男性陣が僕、ヨルクさん、ベリト君なのは、比較的性格が温和な男性を選んだわけだな。エリーさんが少しでも男性に慣れる為に。
 ランベルトさんの意図を考えると、リンやローズさんに慰められながら隣でシクシク泣いてエリーさんと、出来るだけ話したほうが良いんだろうけど、正直話しかけるたびにビクビクされたり泣かれたりするのはやだなぁ。
 ヨルクさん達も出来るだけ彼女と接触しないようにしてるし、ローズさんと喋りたいってのもあるだろうけど。

 そうだ、ローズさん達が冒険者になるっていうんだから、彼女をそこのパーティに入れてもらえば解決じゃないか!?
 いや、卒業まで二週間以上ある。卒業してすぐに冒険者を始めるとは限らないし。そもそも学園に通うほど裕福な家の親が、学園から帰ってきた子供が「冒険者になります」と言って「はいそうですか」と答えてくれるとは思えない。もう少し時間がかかるだろう。
 
 遠巻きでこっちを見ているヨルクさん達が何とか出来れば良いんだけど。
 僕の「どうにかしましょうよ?」と言う目線に、ヨルクさんは愛想笑いを浮かべて軽く会釈をして、ベリト君は風の家庭用魔法で軽い風を吹かせてなにやらポーズを決めてるだけだし。
 そして遠くで風に髪をなびかせて、サラサラとした黒く長い髪から微かに見える彼のその素顔は、やはりブサイクだった。
 前は10メートル位離れていればイケメンに見えるかもしれないと思ったけど、10メートルじゃ足りないから、もう10メートル離れてもらいたい。
 ちなみに普段は左目に付けている眼帯を、今日は右目に眼帯を付けていた。ずっと片方に眼帯を付けてると視力が悪くなるから定期的に眼帯の位置を変えてるそうだ。じゃあ外せよと思うけど。

 その時、一つ案が思いついた。
 ローズさん達に近づいていくと、僕の姿を見つけたエリーさんは一瞬ビクっと体を強張らせて目を伏せている。
 リンとローズさんは、いかにも「策があります」と言った表情の僕が頷くと、頭に「?」を浮かべながら、お互いに一歩ズレて、彼女への道を開けようとする。
 一歩ズレたローズさんの後ろに隠れるようにして、僕の対面に立とうとする彼女に対しローズさんが困惑の表情を見せるが、手の平を前に出して「そのままで大丈夫」とジェスチャー。

 さっきまでエリーさんは、弱気ではあるけど話せていた。
 でも僕から話しかけると泣き出してしまった。つまり男性と面と向かって話すのがNGなのだろう。
 彼女が話しかける時も、どちらかと言うと独り言のようにボソボソ言ってたり、リンやローズさんを見ながらだった。

 ならば、これならどうだろうか!?
 僕はリンの後ろに立ち、彼女の肩に両手を置いて、彼女の影にすっぽり収まるようにしゃがみこむ。
 リンが「何やってるです?」と怪訝な表情で、僕をチラチラ見てくるので「エリーさんの方向を見ててあげて」と言うと、素直に頷いてエリーさんに視線を向けてくれた。

「エリーさん、これならお話し出来そうですか?」

 出来る限り優しく、ゆっくりとした口調で語りかけてみる。
 僕はリンの背中に居るから、彼女がどんな表情をしているかわからない。

「あ、はい。大丈夫……だと思います」

 消え入りそうな声だったが、ちゃんと会話が成立した。

「じゃあリンの方を向いて、お話してみようか」

「えっと、はい」

「じゃあ、もう一度エリーさんの自己紹介を聞いても良いかな?」

「はい。えっと、エリー14歳です。職業は斥候をやっています。昔パパに狩りを教わったので弓をちょっと扱えます」

 たどたどしい感じだったけど、先ほどの消え入りそうな声ではなく、普通に話す感じで喋れている。
 その後リンやローズさんも入って他愛もない会話を続けれた。慣れるにしたがって、時折冗談も言ったりしていた。
 同年代の女の子と中々話す機会が無くて段々暗くなっていただけで、もしかしたら元々は明るい性格だったのかもしれない。
 
 調子に乗ってリンを操り人形のように動かそうとしたら、リンに顔面キックをお見舞いされて悶絶したが、そんな僕を見てエリーさんはクスリと笑っていた。目が合うとまたビクビクとした感じに戻ってしまったけど。
 最後にもう一度リンの後ろに回って、彼女に確認しておきたい事だけ聞いておこう。

「ねぇ、エリーさんはグレン達の事。嫌いですか?」

「ううん、私こんなんだから迷惑かけてるし、文句いっぱい言われるけど。仕事の報酬はちゃんとくれるし、見捨てないでいてくれるから、その……好きです」

 まぁグレンは文句は多いけど、見捨てるようなタイプじゃないからな。文句は多いけど。
 色々問題があるけど、リーダーとしての自己犠牲精神だけはちゃんとある。前もキラーファングを見た時に逃げ出さずに立ち向かおうとしてくれたし。

「それなのに私、皆の役に立てないし。ローズさんみたいに綺麗じゃないから」

「そんな事ないよ? エリーさんは可愛いと思いますよ」

 リンに思い切り足を踏まれた、別に変な事言ってないよね!?
 見た感じ可愛らしいし、おどおどしてはいるが、少し涙目で上目遣いをするしぐさも相まって女の子していると思う。僕の周りの女の子達がグイグイと積極的だから、消極的な彼女は新鮮に感じる。
 実際に”そういうお店”で働かせようとする人が居るという事は、僕以外の人が見ても容姿が良い証拠だと思う。

「それに私、胸ペッタンコだし」

「それは関係ないんじゃないかな?」

 こっそりリンの背中から顔を出して、確認してみる。確かにリンよりも無いな。その瞬間リンのゲンコツが僕の頭にさく裂した。

「やっぱり男の人って、胸が大きい女性の方が好きなんですね……」

「そんな事無いよ! 少なくとも僕はどんな大きさでも構わないし!」

「うわぁ……エルク君って女の子の胸なら何でもいいんだ」

 リンの背中に居る僕からはローズさんの表情はうかがい知れないが、これは確実に侮蔑の目で見られているのはわかる。
 話がどんどん変な方向に行ってるし、そろそろ戻したいんだけど。それにさっきからリンの足癖がどんどん悪くなっていく。

「この前も、モンスターに驚いちゃって。私服を汚してしまって、近くの川で水浴びさせてもらった時に、誰も覗こうとすらしなかったから。やっぱり私の体魅力ないんです」

 グレン、あいつ紳士か!?
 彼女が覗こうとしたかどうかわかるのは、多分『気配察知』の能力のおかげかな。覗きがいるのかもわかるって便利だな。
 覗かれたら覗かれたで嫌なのに、覗かれなかったらそれはそれで凹むとは。これが乙女心と言うやつか。

「それは違うよ、皆エリーさんの事が好きだから覗かなかったんだよ。もし好きでもないなら覗いてたと思うよ」

「えっ、でも」

「覗いてエリーさんを傷つけたくない。だから覗かなかったんだよ」

 僕が「そうだよね?」と言ってヨルクさん達を見ると、彼らは「えっ?」と言う表情の後に、慌ててうんうんと頷いていた。多分話の流れがわかってないな。
 すすり泣く声が聞こえる、多分エリーさんの物だろう。内気になった彼女は、彼らに嫌われていると思っていたから、尚更塞ぎこんでしまったのだと思う。
 そんな彼らが彼女に対して好きだと思っている、その気持ちが分かっただけでも十分だろう。本当に好きかはさておき。
 まぁパーティに女の子が居るってのは、それだけで嬉しいだろう。冒険者ってのは男だらけだ、女性の存在は貴重で、女日照りの無い冒険者にとってパーティに女性が居るというのは、それだけでステータスであり、モチベーションに繋がる。
 実際彼らはローズさんにデレデレしてるわけだし。エリーさんとも話せるようになれば、今度はエリーさんにデレデレし始めるはず。
 
「でも、私ちゃんと話せないし」

「うん、そうだね。だから、何とかする方法を思いついたんだ」

 その瞬間、彼女はガチっとリンの両肩を掴んでいた。僕がリンの両肩に手を置いているから、その上からだけど。
 興奮気味に「本当ですか!?」と何度も繰り返して、掴んだリンの肩を前後に揺らしていた。「任せて!」と言いながら、僕も悪ふざけでリンを揺らしたところで、リンがプッツンした。
 

 ☆ ☆ ☆


 気がついたら僕は地面に仰向けで横たわっていた。
 リンの後ろ回し蹴りをまともに食らい、気絶していたようだ。頬が痛い。
 痛むヵ所を擦りながら体を起こすと、ヨルクさんが治療魔法をかけてくれて、痛みは幾分引いた。
 
 エリーさんは、少し離れた所で申し訳なさそうにチラチラとこちらを伺うように見ている。目があったらそらされてしまった。
 僕の隣で腕を組んで僕を見下ろしているリンに「ごめんごめん」と頭を撫で立ち上がる。リンには「チッ」と舌打ちされたが、手を退かそうとして来ないから、多少は機嫌が直っていると思う。後でちゃんと謝ってご機嫌を取っておこう。

「それで、エルク君がさっき言ってた方法って何?」

 ローズさんはへの字眉毛で困ったような表情に見えるが、興味津々と言った感じだ。

「実はローズさんの協力が必要なんだ」

「うん、私で良ければ力になるよ。それで何をするの?」

 彼女の協力があればいけるはず、僕は笑った。
 多分他の人から見たら、今の僕は相当いやらしい笑みを浮かべただろう。 

「ベリト君を女装させよう」

「はっ!?」

 皆が僕の言葉に戸惑い、固まっている中、一人だけ動いていた人物がいる。
 勿論ベリト君だ。

「ちょっ、ちょっとベリト。勝手に行ったらダメだよ」

 ヨルクさんが必死に叫ぶが、ベリト君は止まらない。

「もしベリト君が逃げたら、ヨルクさんにやってもらう事になりますが」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 僕が言い終わる前にヨルクさんが凄い勢いで走り出していた。シアルフィの魔法がかかっているのだろう、一瞬でベリト君に追いついている。
 ベリト君に後ろからタックルを決め、まるで取った獲物を自慢するかのように、そのまま頭の上に持ち上げて、凄い勢いでこちらに戻ってきた。
 必死に暴れて「やめろ」と叫びながら抵抗するも、ローズさんが顔を近づけて「大人しくしてて、お願い」と言ったら、顔を赤らめてすぐに大人しくなった。チョロイな。

 以前スクール君が彼を女の子と勘違いしたことがあったから、もしかしたらいけるのではと思っていたが、ローズさんの手によって化粧を施されたベリト君は、見事にベリトちゃんに変わっていた。
 女性は化粧で変わるというけど、男でもここまで変わる物なのか。
 サラサラとした黒い髪の奥に見える、おびえたような瞳は可憐な少女そのものだった。
 始めは指をさして笑っていたヨルクさんも、段々と変わっていくベリトちゃんを真顔で見ていた。

「ベリト君。いや、ベリトちゃん。ちょっとエリーさんと話してみてもらえる」

 一瞬殺意の目で僕を見たベリト君だが、色々諦めて悟ったような目でエリーさんの前にのそのそと歩いて行く。
 ローズさんの後ろに隠れている彼女は、少しびくびくとしながらも「あの、こんにちわ」と自分からベリト君に話しかけ、その後も何とか会話が出来ている。どうやら成功のようだ。
 見た目さえ女の子になっていれば、会話が出来る。これは大きな一歩だ。

 僕はリンにそっと目配せする、それに気づいたリンが軽く頷き、ヨルクさんに後ろから延髄チョップを食らわせて気絶させた。どうせなら彼女と話せる人間は多い方が良いよね!
 気絶している間に化粧を施したヨルクさん。彼はビックリするほどのバケモノになっていた。
 思わず笑ってしまう。というか笑うしかないレベルだ。
 そんな風に笑っていたから僕は気づかなかった、彼がリンに対して目配せをしていたことに。

 目が覚めると顔に違和感があった、皆が口を押えて笑いを堪えているのを見て、僕は全てを理解した。
 バケモノになってしまったヨルクさんは、温和な表情で僕の肩を叩き。僕はそれに対して笑顔で答え。そしてお互い噴き出していた。

 ちなみにこの状態でエリーさんと話せるか試そうとした所、目が合った瞬間に泣き出された。
 僕も泣きたい気分だよ、チクショウ。
しおりを挟む

処理中です...