剣も魔術も使えぬ勇者

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第7章「旅の終わり」

第29話「解放」

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「えっ、だって親は関係ない」

「それはボク達の国の話で、この国ではそうじゃないんだよ。ほら、次の処刑が始まるから大人しくしてて」

 そうやってビアード君達を諭すように言うレッドさんの言葉に、アリアが反応した。
 僕は立ち上がろうとするアリアの肩を掴む。

「アリア。お願いだから待って」

「……ッ! エルク!」

 アリアから向けられた、初めての敵意だった。
 いつもと同じ無表情だけど、刺すような殺気を感じられる。
 でも引くわけにはいかない。今ここで飛び出すわけにはいかないのだから。

「アリア。僕を信じて……お願いだから」

「……分かった」

 そう言ったアリアだけど、いざ処刑が始まれば即座に飛び出すだろう。
 止めようものなら、僕だってお構いなしに斬りかかって来るかもしれない。
 今の状況は、彼女にとってそれほど許しがたい事なのだろうから。

 大丈夫。その時は僕も一緒に飛び出すから。
 もう少しだけ、もう少しだけで良いから待っててほしい。

「そんなの、おかしい!」

 隣ではビアード君が立ち上がり、地団太を踏み始めていた。
 レッドさんが何とか言い聞かそうとするが、何を言っても「違う!」と言って聞かない。

 もしビアード君達がそれを認めてしまえば、自分たちは生まれたこと自体が間違いだと認めてしまうようなものだ。認めるわけがない。
 レッドさんも、そんなのは百も承知で言っている。
 やがて、アクアちゃんやチョロちゃんもビアード君に賛同するように「そんなのは違う!」と騒ぎ始める。

「ちょっと」

 そう言ってレッドさんが手を出して、ビアード君を諫めようとした時だった。
 ビアード君が処刑台へ向かわされている子供たちの元へ向かい走り出した。その後をアクアちゃんとチョロちゃんが追いかけていく。

「やめろ!!!」

 人ごみをかき分け、ついには兵士たちの前に出たビアード君がめいいっぱい手を広げる。
 その後ろで、アクアちゃんとチョロちゃんも同じように立ちふさがった。

「何だこのガキは?」

「おい、やめろ。こいつらドワーフとホビットだぞ」

 手を出そうとした兵士に、他の兵士がそう言って止める。
 お互い顔を見合し、困ったような笑顔を作りビアード君の目線に合う様に屈みこむ。

「ぼうや。悪いが退いてくれないかな?」

「おじさん達は別に意地悪しているわけじゃないんだ」

「いやだ! 僕は絶対に退かない!」

 無理やり退かせたいが、ドワーフ族やホビット族にケガをさせようものなら、どんな処罰が下るか分からない。
 なので必死にあれこれ言って、ビアード君達を退かせようとしているようだ。

 隣のレッドさんが立ち上がり、嬉しそうな顔で僕に頷く。
 どうやら待てはここまでで良いようだ。さてと、それじゃあ行きますか。

「アリア。手伝ってくれる」

「うん」

 なおも押し問答をしている兵士たちの前に出る。
 顔には「また厄介なのが増えた」と書かれている。
 まぁ、向こうもこれがお仕事だから仕方ない。だけど、お仕事だからって見過ごしたくはない。

「すみません。この処刑はやめておいた方が良いと思います。これは感情論で言っているわけではありません」

「あぁ? 何言ってんだ。やめられるわけないだろ」

「えっとですね」

「説明はいいから、さっさとこの子達を退かしてくれないか」

 さて、説明をしようにも、話を聞いてくれる様子ではない。説明を聞いて貰えるようにしなければいけないな。
 おっと、アリア。その物騒な物を出そうとするのはやめようか。慌ててアリアが鞘から出そうとする手を止めたけど、兵士たちの目の色が変わっている。
 抜けば最後。彼らに僕らを排除する口実が出来る。そうなれば会話は不可能だ。

 処刑が中断され、ざわめく観衆。その人混みがゆっくりと割れていく。
 そこにはこちらに向かって来ている数人の兵士と、ゲイルさんの姿が見えた。

「邪魔をしている輩が居ると聞いてきたのだが、エルク君。何をやっているんだ」

 ゲイルさんは呆れつつも、他の兵士が飛び出そうとするのを制止してくれている。
 話を聞いてくれる、という事だろう。

「このまま処刑すれば、この国にとって不利益になりかねません」

「どういう事だ?」

「はい。アインでは親の罪で子を罰してはいけないと言う掟があります。もしここでアインへの贖罪として犯人とその家族を処刑にしましたと言えば、彼らは貴方達、ひいてはこの国へ嫌悪感を抱くと思います」

 そうだよねと確認するようにレッドさんを見ると、彼女は力強く頷いた。
 ゲイルさんがレッドさんやビアード君達を見回す。

「ううむ」

 顎に手を当て、思案しているようだ。
 僕の言う通りなら、家族を処刑するのは悪手だ。だけど、それが本当かどうか判断が付かない。
 僕らが子供だから、正義感から出まかせを言っているのではないか。と半信半疑と言った所か。

「せめて、上の人に掛け合ってもらう事は出来ませんか?」

「すまない。君達の言い分は分かるが、私の権限では中止にする事も、上に掛け合う事も難しい」

「では、その権限を持つ方を呼んできてもらう事は出来ないでしょうか?」

「出来なくはないが……。分かった。キミを信じよう。その代わり期待しないでくれ。俺が報告に行く間も、処刑は執行され続けてしまうから」

 そんな……。
 その間にどれだけの命を奪われるのか。
 それではビアード君達は退かないし、アリアだって納得してくれないだろう。

「それなら、私の権限で中止にさせよう」

「ティラさん!?」

 使用人の肩を借り、リンと共にティラさんが来た。
 その言葉を聞いて、ゲイルさんも「分かりました」と言って、部下の兵士に処刑中止の伝言を出すように命令している。 

「エルク。なんで最初からティラさんを頼らなかったですか?」

「それをしたら、ティラさんに迷惑がかかると思って」

 最初からティラさんの名前を出していれば、話はもっとスムーズに進められただろう。
 だけど、ティラさんは可哀そうな獣人を自分で作り、優しくする事で周りへの名領主をアピールしてると噂されたりもしている。
 もし今回の処刑をティラさんの名義で辞めさせようものなら、どんな噂が流されるか分からない。だから出来るだけ迷惑をかけたくなかった。

 本当にどうしようも無くなったら泣きつくつもりではあったけど、出来れば力を借りる真似はしたくなかった。
 ティラさんの悪評が流れれば、サラも傷つくだろうし。
 でも結局、ティラさんの力を借りる事になってしまった。

 次々と枷を外されていく様子を、ビアード君が見ている。
 彼の後姿からは、どんな表情をしているか見えない。小刻みに震え、時折しゃくり声を上げている。
 今はまだ顔を見ないであげた方が良いだろう。彼も男の子なんだし。

 そんなビアード君を、レッドさんが後ろから優しく抱きしめる。
 アクアちゃんとチョロちゃんもビアード君にくっ付く。

「よく頑張ったね」

「当たり前だろ。僕はキバ兄ちゃんの弟なんだから」

「そうだね。キバに似て、立派だったよ」

 そう言って、レッドさんは何度もビアード君の頭を撫でていた。

 彼らは身長が他の種族よりも低い。それに子供だからなおさら低い。
 それなのに、自分の倍近くもある大人たち相手に立ち向かったんだ。本当に立派だ。

 後日、レッドさんを迎えに来たストロングさんが、アインの代表として話を付けてくれた。処刑を取りやめて欲しいと。
 アインからの要望ということで、解放された人たちは身辺調査をして、問題が無いと判断されれば釈放されるようだ。
 

 ☆ ☆ ☆


 帰ってから、父さんにはしこたま怒られた。

「もうちょっと段取り良く立ち回りなさい」

 全くもってその通りだ。
 僕としてはレッドさん達が出て来て、ゲイルさんと話した時点で解決すると思っていたのだから。

 こってり叱られた後、部屋に戻って来た。
 特にする事も無いし、寝ようか。そんな時だった。 

 ‐コンコン‐

 ノックの音がした。

「ボクだけど、良いかな?」

「うん。今鍵を開けるね」

 ドアを開けると、寝間着姿のレッドさんが居た。
 髪が少し湿っているから、お風呂から出たばかりなのだろう。

「昼間の件で、どうしてもお礼を言っておきたくってさ」

「いえいえ。そういえば前に言ってたお願いって、こうなる事を予測してだったのかな?」

 一週間前、レッドさんから頼まれたお願い。

『今度の処刑の時に捕まった人たちの家族も死刑になるらしいけど、出来れば限界まで何もしないで見ていて欲しいんだ』

 急にそんな事を言われた時は驚いた。
 家族とはいえ、無関係の人達が処刑されるのを黙って見ていて欲しいと言われたのだから。

 本音を言えば断りたかった。
 本当に処刑されそうならボクもエルク達を止めない。そういう条件で僕は了承した。

「あぁ、うん。その、詳しく話すと長くなるから。ちょっと中に入っても良いかな?」

「ごめん。気が利かなかったね。どうぞ」

 部屋に招き入れ、二人でベッドに腰を掛ける。
 レッドさんは宙を見ながら、髪の毛を指先でくるくるといじっている。

「合流した時、ビアードは冒険者さんに剣を教えて欲しいって言い出したんだ」

 しばらくしてから、ポツリと語りだした。  
 
 合流したビアード君達は元気そのもので、酷い事をされた様子はなかった。
 再会の喜びを分かち合いながら、スクール君達の護衛の下、ティラさんの屋敷へ向かっていた。
 その時、ビアード君は冒険者(多分ランベルトさん)に剣を教えて欲しいと懇願したそうだ。 
 家族を守るため、健気だと最初は思ったそうだ。

 だけど、違っていた。
 ビアード君の口から出る言葉は「復讐してやる」「キバ兄ちゃんを殺した奴は絶対に許さない」ばかりだったそうだ。
 
「ボク、怖かったんだ。誰がキバを殺したか分からないのに、復讐の為に剣を振るおうとするビアードが」

 見るとレッドさんの肩が震えていた。 

「このまま復讐を口にするビアードが人族や獣人族をキバの仇と言いださないか。それで関係ない人たちに剣を向けたりしないか……エルク達に襲い掛かって、そして死んだりしないかって思うと怖くてどうしようもなかったんだ」

 ボロボロと涙を流しながら、レッドさんは両手で自分を抱きしめている。
 今回の件は、ビアード君の目を覚まさせるために仕向けていたのか。罪の所在を明らかにするために。
 こんな手段に出ないといけない程、レッドさんから見たビアード君は危うかったのだろう。
 
「レッドさんもビアード君も、立派だな」

「そんな事ないよ。ボク、キバの事なんて忘れてビアードの事ばかり考えていたんだから」

「キバさんが命を懸けてまで守ろうとした大事な兄弟を、レッドさんは守ったんです。十分立派ですよ」

 キバさんもきっと喜んでいます。とか、復讐なんてやめよう。なんて口には出せない。
 それを口にするのは、酷く無責任に感じた。

「レッドさんだって、家族を守るために頑張ったんですから」

「エルク。ごめん、ちょっとだけ良いかな?」

「なにかな?」

「ちょっとだけで良いから、胸を貸して。泣きたいから」

「はい。分かりました」

 そう言って僕の胸に飛び込んできたレッドさんは、声を上げて泣いた。
 キバさんが亡くなって悲しいのに、それでも兄弟の前では気丈にふるまわなければならないんだ。
 だから、せめて今くらいは……。

 ゆっくりと頭を撫でる。
 レッドさんが落ち着くまで、僕はそのままで居た。
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