学園の姫君と騎士の青春は御法度です

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14_勉強会

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 食堂への同行を始めた日の放課後――心桜は翼の家の前でそわそわと落ち着かない様子を見せていた。

 翼としても現状を受け入れたくなかったが、これには致し方ない事情がある。

 食堂の同行に伴って、心桜より『翼の勉強を手伝う』という交換条件があった。
 その時翼は特に深く考えておらず、放課後に教室でやるのだろうと思っていた。

 しかしクラスに心桜がいると人が寄ってきてしまうため、教室に留まる事はアリアに即刻禁止される。

 変に声を掛けることができるタイミングを作ってしまえば、また決闘やら告白やら言い寄ってくるやらで面倒ごとになるのは想像に難くない。

 じゃあどうしようかと考え込む翼に、心桜からこんなことを提案される。

「あ、あなたのおうちでお願いできますか?」
「えっ、いや、男の家ですが」
「手当の時に一度お邪魔しましたし……」

 このままだとまずいと翼は脳をフル回転させる。

 他に思い浮かぶ選択肢としては、まず心桜の家。
 しかし女性の家に入るのはもっての外だと除外。

 では外で勉強するかと言うとそれも有り得ない。
 襲撃が起こった以上、何があってもおかしくないため、絶対に避けるべきだとすぐに却下する。

 ――となれば、消去法的に残るのは、翼の家しかなかった。

 理詰めで導き出したその答えは、ある意味自滅にも等しい。

 心桜ももちろんそこまで考えていたからこそ、慌てることなく提案してきたのだろう。

 しかし翼としては言い分は分かるが、さすがに狼狽を隠せない。

「わたしに約束を守らせてください」

 そういってぺこりと頭を下げる心桜を見れば、もう言えることは何もなかった。

 買い物以降心桜の押しがすさまじく、翼はずっと動揺している気がしてならない。

 心桜は一度こうと決めたら控えめながらも譲らないし、『恩には必ず報いる』という状態に入るとまさに猪突猛進だ。

 流されるままでいいのかと思いながらも、主人をずっと立たせるわけにもいかないので、翼は観念して自宅のドアを開けた。

「ど、どうぞ」
「……お邪魔します」

 翼の方が緊張で声を震わせながら、心桜を自宅へ招き入れる。

 玄関から廊下を抜け、ドアを開けてリビングに入れば、カウンターキッチンとそのすぐそばに4人掛けの広いダイニングテーブルがある。

「今お茶をお入れします」

 心桜にはひとまずそのテーブルに座ってもらって、翼は逃げるようにキッチンでお茶を用意する。

 ただキッチンの目の前にテーブルがあるので、心桜が部屋を見渡してキョロキョロしているのが見えてしまった。

 やましいものは一切ないが、部屋をじっくり見られるのはそれはそれで思うところがあるので、なるべく早くお茶を持ってテーブルに戻ると、心桜は感心したかのように声を漏らす。

「……すごいおうちですね」
「な、何もなくてすみません」

 そう言われても翼としてはどこか気恥ずかしい思いでいっぱいだ。

 というのも、広いリビングに対して、家具と呼べるものはこのテーブルとイスくらいのもの。

 あとは“脳筋”と評されても仕方がないような代物ばかりが並んでいるのだ。

 この物件は令嬢の心桜も住むマンションなので、かなりの広さがある。
 ただ1LDKと部屋数は少なく、その代わりリビングが非常に広い。

 そしてそのリビングの大部分は、トレーニング用のマットが敷かれている。

 まるで家というより、ジムとしか思えない異様な空間だった。

 トレッドミルにパワーラック、ダンベルベンチ、人型のサンドバッグ……挙げればキリがないほどのトレーニングギアが並び、さらには模擬戦ができるほどのスペースも確保されている。
 天井も高めなので木刀を振る事ができ、翼の鍛錬はここで全て完結していた。

 はたして女の子を、それも主人を招き入れるのに相応しいかと言われれば、あまりにも場違いすぎる。

 そんな気まずさから翼は縮こまっているが、心桜は翼を見てふわりと笑った。

「いえ、あなたの人となりがよくわかります。本当に、すごい」
「お恥ずかしい限りで……」
「ちょっと緊張してましたが、これなら勉強に集中できそうです」

 そんなふうに、心桜はすっかりいつもの調子に戻っていた。

 色気が全くないといった意味で彼女の緊張が解けたということなら、良かった……のか?と翼は心の中で首をひねる。

 そんな彼の思考をよそに、早速という感じで心桜は勉強道具を広げ始め、翼に声をかけた。

「では始めましょうか」
「……よろしくお願いします」

 やる気十分な心桜に導かれるように、ふたりの共同勉強が始まった。

 まずは翼の現在の理解度を確認し、そこから疑問点の解消、さらには今後の学習計画まで、1つ1つ丁寧に整理していく。

 というふうに始まってしまえば意外とすんなりいくもので、翼の緊張も次第になくなっていった。

 勉強が進めば進むほど、心桜の知識量に感心させられっぱなしで、少しでも食らいつこうと勉強に集中する。
 


 そうしておよそ1時間が経ち、昼休憩と同じぐらいの時間を消化した。

 自分1人でやるよりも明らかに効率が良く、心桜が先を見通して要点をまとめてくれることで、理解もスムーズだった。

 そのあまりのわかりやすさに、翼は思わず礼を述べる。

「お嬢様、ありがとうございました。とても分かりやすくて助かりました。さすがですね」
「小宮さんも、学校でしか勉強していないのに理解が早くて驚きましたよ」

 お互い称え合っているが、翼としては授業中に生まれた疑問点を挙げ、それを心桜に解消してもらっただけという感覚だった。

 もちろんそれが成り立ったのは、心桜がすべての内容を完璧に理解していたからこそである。
 やはり彼女の力あっての成果だと翼は素直に思った。

 短い時間ながらも、かなり集中して取り組めたことに、翼は満足感を感じていた。

 そして心桜が教科書を閉じると、自然と勉強会は区切りを迎えた。

「では今日はこれぐらいにしましょうか」
「……今日は?」
「これからもお昼についてきてくださるなら、続けますよね?」

 そう当然かのように続きを示唆する心桜。

 だが翼としてはこのあたりで一度、互いの認識をすり合わせておく必要があると思い、躊躇いながらも口を開く。

「あの、お嬢様。私に気を遣う必要はありませんよ」

 そう翼が告げれば、心桜はきょとんとした顔を見せた。

 主人と護衛という関係で言えば、彼女は明らかに親身になりすぎている。

 翼がやっていることはあくまで仕事であり、見返りは期待していないし必要ない。
 そのことだけは、きちんと伝えておくべきだと思った。

「昼のことも護衛としてやるべきことをやっているだけです」
「あなたはそうかもしれませんが、わたしはそれに感謝しています」
「これは仕事でしかないので感謝など不要です」
「……感謝してはいけないと?」

 少し突き放すような言い方になってしまったせいか、心桜は眉を下げてしまう。

 彼女を悲しませたいわけではないので、その表情を見た翼は罪悪感で思わず言葉に詰まった。

「い、いけないわけではありませんが……」
「では聞き方を変えます。その、迷惑でしたか?」
「迷惑などでは!すごく助かりました!」
「ならよかった。わたしが続けたいので問題ありませんね」

 先ほどの曇った表情はどこへやら、心桜はほっと胸をなでおろしている。

 ただ翼としてはそう言い切られても、まだ晴れない後ろめたさが残っていた。

 その気配を察したのか、翼が何かを言いかけるより早く、心桜が言葉を重ねてくる。

「勉強はわたしの唯一の得意分野なので、任せていただけないでしょうか?それとも……わたしといるのは嫌、でしょうか」
「そういうわけでは!主にさせることではないというか」
「主だからといって感謝を忘れるようなことはしたくありません」
「お嬢様……」
「わたしはちゃんと感謝を形にしたい。だから、これぐらいはさせてください」

 ここまで言わせてしまっては、もう翼には返す言葉がなかった。

 彼が黙ったまま何も言い返さなかったのを、肯定の意と受け取ったのか、心桜は言葉の代わりに少しだけ申し訳なさをにじませた微笑みを浮かべた。
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