学園の姫君と騎士の青春は御法度です

ROCA

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18_衝突

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 こんなことをしでかしたらもちろん大事になる――と思いきや、翼としては変に荒立てるつもりはなく、警察沙汰にしないでほしいと訴え、秘密裏に処理をお願いした。
 当然学校側も大きな騒動にしたくはないので、翼の意向に沿った対応をしてくれた。

 翼は午後からの授業を全て欠席し、一連の騒動の経緯を説明する。

 その前にナイフで切られた手を治療をしてもらったが、毎日木刀を握っている分、手の皮が厚く傷はそこまで深くなかった。

 切られているにも関わらず、表情を全く変えない翼に対して、妙に思う大人たちは多かっただろう。
 翼当人としては、思いのほか鍛錬が身についているんだなとしか思わなかった。

 大事にも犯罪沙汰にもしないという合意を経て、即刻加害者の3人の停学処分が決定した。

 しかし『指紋と血の付いたナイフ』という証拠を無視することはできないので、主導した男に関しては追ってさらに退学処分を検討するとのこと。

 あの3人は令嬢の顔色を気にする程度なので、もう校内で大それたことはできないか、いずれは自主退学するだろう。

 ただ話していた通り、退学濃厚の男以外の2人についてはそれとなく口添えしておく。

 刺されたにも関わらず相手側に対しても冷静な意見を述べる翼の様子に、ここでもまた教員たちは表情を曇らせていた。



 そうして諸々事後処理の対応をしていれば、ちょうど終礼で戻ることになり、周りに戻ったことがバレないようそーっと席についた。

 もともと独りなので話しかけてくる人はいないのと、包帯を巻いた手はポケットに突っ込んでいれば見られる心配はない。
 心桜との勉強会も今日は昼に逃げたのでお流れにして、明日にでも包帯を取ればいい。

 そう翼は思っていた。

「手を見せろ」

 終礼後、翼が帰り支度をしていると、いつの間にか机の前に凛乃が立っていた。

「……なんのことでしょうか」
「アリアから聞いている。見せろ」

 内心冷や汗ダラダラな状態でとぼけてみても、確信を持った声に押さえ込まれる。

(理事長の娘……情報が早すぎるっ)

 アリアという情報通から凛乃に騒動が伝わり、そのまま今に至るのだろう。
 あまりの仕事の速さに絶望していると、アリアも遅れて翼の前にやってきて、何かを押し殺すような作り笑いを浮かべている。
 それを見て、さすがに逃げられないと翼は悟った。

 周りに見えにくいように鞄を盾にしながら、おずおずと包帯を巻いた手を見せる。

 それを見た凛乃の表情が一層険しいものになっていく。

「どこまでが想定内だ?」
「いえ、えっと」
「嘘をつけばブン殴る」
「ぜ、全部、です……いっ!?」

 翼が答えた瞬間、凛乃に顎を掴まれ、彼女の顔が近づいて無理やり目を合わされた。

 『ヤバい目立つ!』と翼は焦って急いで包帯を巻いている手を引っ込める。

「ど阿呆が」
「す、すみません」
「二度とするな」
「…………」
「返事は」
「その、約束はできないと言いますか……」

 この期に及んで抵抗を試みる翼の言葉を受けて、凛乃の瞳がすっと狭まり、「あ、終わった」と翼が顔を青ざめ――

「どうしたんですか!?」

 次に凛乃が何かを言う前に、何事かと心桜が駆け寄ってきた。

 その声を受けて凛乃の手が翼から離れ、彼女は心桜の方へ「なんでもない」と告げた。

 そうやって2人が話している隙に、今まで黙っていたアリアが翼に耳打ちしてくる。

「それで、君は主人に対してはどうするのかな?」
「……伏せておいていただけると」

 翼の切なるお願いを受けて、浮かべていた笑みを無表情に変えたアリアは、抑揚のない声で答えた。

「ダメに決まってるでしょ。場所変えるよ」
「はい……」



「と、いった感じで収束しました」

 内容が内容なので誰もいない場所を選び、4人は校内の中庭で話している。
 昼にはそれなりに人がいる場所だが、今は放課後なので周囲に人気はなかった。

 不快感マックスで立っているアリアと凛乃を見れば、誰しもが何事かと思うはずなほどに雰囲気は最悪だった。

 翼が全てを話し終えたのちに、事情を知っていた2人は大きくため息をついた。

 心桜はというと、腰を下ろしている翼の横で無言のまま、包帯に巻かれた翼の手を握っている。

 翼の手を見るなり、彼女は迷いなく手を取り、寄り添うような距離感で翼の隣に座った。
 肩が触れ合いそうなほど近く、彼女の良い香りに加えて、手の温もりや柔らかな感触までもが伝わってくる。
 それをどうしても意識してしまい、翼は顔を向けるのが気まずくて、彼女の方を見れなかった。

 必然的に2人の方を見ることになるのだが、言いたいことが山ほどある形相でアリアが口を開いた。

「加害者は停学か退学、自分は怪我してもいつものことで終わり。めでたしめでたしって感じ?」
「はい」
「はいって……君さぁ。ああもう頭ごちゃごちゃしてきた」

 あっさりと認めた翼を見て、アリアはそう言いながら額に手を当て空を仰いだ。

 彼女が自分の内側を整理している間に、凛乃の視線がじわりと厳しさを増しながら翼を射抜く。

「お前が傷に慣れているのは知っている。だが、痛みはあるだろう」
「……それが?」
「自分を傷つけるな。悲しむ人を考えろ」

 凛乃にそう忠告されても、翼の表情は浮かなかった。

 悲しむ人、と聞いても心は揺れず、むしろ決意がいっそう強まるだけだった。

「護衛はそういうものですが?」
「はぁ?」

 真っ向から言い返した翼の言葉を受けて、アリアが不機嫌そうに聞き返してくる。

「ですから、傷ごときで躊躇っていては護衛など務まりません」
「あのさぁ、そういうことを言ってるんじゃないんだけど。どうして分かんないわけ?」
「落ち着けアリア」
「……なんで凛乃ちゃんは落ち着いていられるの」
「お前ほど姫に入れ込んでないからな」

 苛立ちを隠せないアリアに対して、なだめるように凛乃が声をかける。

 しかしそれを受けても、アリアは「そうですか」と吐き捨ててなおも翼を睨みつけている。

 そんな2人の張り詰めた空気を取り持つため、凛乃が間に入って静かに言葉を紡いだ。

「お前の考えはさておき、優先事項を間違えるな。今のお前は姫の護衛だろう」
「…………」
「次に同じようなことがあれば当然立場が危ぶまれる。護衛が姫以外のことで問題を起こすな」
「……おっしゃる通り、です」

 こういう時には理知的に諭してくる凛乃に、その点は迂闊だったと頷く翼。
 中学時代で対応に慣れていたとしても、今の翼は心桜の護衛だ。

 次はもっと慎重にやろうと考え直した翼に対して、何か続きの言葉を飲み込んだ凛乃の表情は晴れなかった。

 そんなやりとりが気に入らなかったのか、アリアはさらに感情をあらわにして凛乃に食ってかかる。

「問題はそこじゃないでしょ。もっと大事なことがあるって」
「今こいつにそれを言っても変わらん」
「うるさい。凛乃ちゃんは黙ってて」
「……好きにしろ」

 静止を諦めた凛乃を押しのけ、アリアはまっすぐ翼の前に立った。

 そして翼の横にいる心桜を気遣わしそうに見ながら、アリアが怒りを抑えた声で翼を責める。

「小宮くんが傷ついたから……心桜ちゃんが悲しんでる」
「…………」
「もう君が傷ついて、心桜ちゃんを悲しませないで。次やったら絶対に許さないから」
「それは同意できかねます」
「……は?」

 何を言われたか分からなかったかのように、アリアの表情が固まった。

 さらに話がこじれるのはわかっていても、ここだけは譲る気は毛頭なかったため即答する。
 前に心桜に話したことと同じように、翼の信念は揺るがない。

 そう示すかのように、覚悟を言葉に乗せて、翼はまっすぐに語りかけた。

「襲撃があったことはご存じのはずです。おれはあの日死んでもおかしくなかった。またいつ起こるかも分からない……護衛をやっている以上、死は常に覚悟しています。無傷のままいられるとは思ってません」

 その貫くような決意を受けて、正面にいるアリアは絶句していた。

 翼が死生観について言及した際に、横にいる心桜の体が大きく揺れたような気がしたが、それでも翼は止めるつもりはない。

 心桜にまた嫌な思いをさせてしまうが、このいじめの騒動を受けて、改めて言うべきだろうと翼は考えていた。

 前回は翼の話を聞いても、心桜は翼を独りにしないよう動いてくれた。
 それに対して感謝と恩義を感じている自分もいる。

 それでもやはり翼の考えは変わらなかった。

 考えを変える変えないというよりも、護衛任務によって翼の命は常に危険に晒されるのだから、現実問題として受け入れるほかにないだろう。

 どうにもならないということを伝えるため、感情をできるだけ殺して翼は言葉を続けた。

「むしろ、ご心配いただいてる現状が間違っているかと思います。今一度、距離感を考え直すいい機会になったと思いますが」
「こん、の、分からず屋が!!」

 そんな翼の様子を見て、アリアが初めて怒りを見せた。

 今までためていたものが決壊したかのように怒鳴り散らかすアリアを、凛乃が後ろから押さえる。

 アリアの怒号を受けても全く怯まないどころか、さらに決意を固めて翼の顔は無感情になっていく。

 凛乃はそんな翼を見てか、まずアリアに諭す声音で止めにかかった。

「それ以上言うな。また遠ざかる」
「っ……分かったよ……」
「姫、お前はどうする?」

 アリアをなだめた凛乃は次に、俯いたままの心桜へ声をかける。

 彼女に短くそう問われて、心桜はビクッと肩を震わせた。

 数秒の沈黙のあと、彼女はかすれた声で言葉をこぼした。

「……分かりません」
「そうか。時間をかけるといい」
「……はい」

 心桜はそう答えながら、翼の手をぎゅっと握りしめた。

 振り払うわけにもいかず、どうするかと翼が迷っていると、凛乃が全員の表情を窺った上で場をとりなす。

「今日は解散にするぞ。これ以上は意味がない」

 その一言で区切りとなり、ようやく詰まっていた息を吐いた翼は、ゆっくりと立ち上がる。

 立った際に離れた手の温もりが、ひどく寂しげに感じた。
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