学園の姫君と騎士の青春は御法度です

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19_ひとりぼっちの体育祭

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 それからというもの、翼は入学当初のような独りの生活に戻った。

 心桜との会話も、アリアや凛乃との交流も一切なくなり、行き帰りに心桜の後ろを黙って歩くくらいしか、人との関わりはなかった。

 当然ながら心桜との放課後の勉強会もなくなり、帰りも終始無言で、なんなら朝に挨拶すらしなくなった。
 そういった意味では入学時よりも距離が離れたといえる。
 
 心桜の様子を見ていても、元気がないのは明らかだった。
 表情に影が差し、心なしか誰かと笑い合う姿も減った気がする。

 翼としても罪悪感はあるが、二度までも遠ざけた自分が、今さら手を伸ばすことの方がよほど身勝手だと思った。
 いずれ時間が解決してくれるはずだと信じ、ただ黙って距離を保つことを選んだ。



 完全にぼっちのまま、日は流れて体育祭を迎える。

 体育祭ともなれば学年を問わずの交流となるので、姫君の警護を徹底せざるを得ない。

 偶然か、それとも裏で手が回ったかは分からないが、心桜と同じ組になった。
 そのおかげで、近くにいやすいのは正直ありがたかった。

 心桜と距離を取りつつも護衛を続けていると、想像以上に心桜へ上級生が近寄らないのを不思議に思って、周囲を見渡す。

 そこで翼が気付いたのが、他学年、特に3年からは心桜というよりも、翼が見られている気がしてならない。
 さらに言えば、翼に向けられる視線は、どこか怯えを含んだものが多い印象を受けた。

 おそらく例の騒動で急に3人が処分されたことで、翼が何かしたと思われているらしい。

 うち1人は退学処分になっていることから、3年での退学となれば相当なインパクトがあるはずだ。
 さらには立場の強いはずのいじめっ子が突然消されているので、警戒されるのは当然かと翼は納得した。

 翼の噂を流したのはあの3人で、初めて接触した時のやりとりを見ている人がいたこと、さらに彼らは教室で翼を貶していたらしく、それらもあって因果関係は切れなかった。

 心桜までもが孤立するのは忍びないので、さらに翼が距離をとると、やはり視線が自分に向かっているのを感じて、翼は困ったように小さく息を吐いた。



 そんな中でも、体育祭の競技には義務として参加することになる。

 翼は個人競技に近いリレーと障害物競走、小柄だからという理由で選ばれた騎馬戦に出場することになった。

 リレーも障害物競走も特に印象に残らない。
 ただ走って、前にいた人を全員抜いてゴールしただけだ。

 騎馬戦も大したことはなかったが、少しばかり雰囲気が違った。
 開始直後から、複数の騎が露骨にこちらを狙ってくる。
 なんでも『姫君』だの『双花』だの『ずるい』だのよくわからない事を口走っている。

 押すわ引くわの大騒ぎで、戦術というよりただの突撃だったが、それなりの気迫は感じた。

 それでも、翼としては特に思うところもなく、ひとつひとつ簡単に処理していく。
 所詮素人集団であり、馬よりも翼だけを重点的に狙ってきたので、次々相手をしていれば自然と最後まで生き残っていた。

 しかしどれも勝ちに貢献したにもかかわらず、騎馬戦のメンバーには微妙な空気が流れ、リレーのチームメイトからも、どこか距離を置くような雰囲気を感じる。
 勝ったのになぜか引かれており、翼にはそれがいまひとつ解せなかった。



 体育祭も終盤になり、閉会式を待つ頃。

 いつも通り心桜の近くに立っていた翼に、ある生徒が声をかけてきた。

「……何かあったんだよな?」

 突然のことで驚きつつも、翼は相手の顔に見覚えがあることに気づいた。

 そうやって躊躇いがちに尋ねてくる彼は、あの時いじめられていた3年の先輩に違いない。

 学年問わず交流できるこの体育祭だからこそ、迷いながら最後の最後で声をかけにきたことを察する。

 ただ、大事にしないため学校側と示し合わせて隠蔽しているので、詳しく説明することはできない。
 翼が彼に答えられずにいると、もう包帯を巻いていない翼の手を彼は心配そうに見つめていた。

「……手、大丈夫?」
「……もう何ともないですよ」

 心桜に隠す必要もなくなっていたので、数日包帯を巻いていたのを見られたのかもしれない。
 しかしもう完治済みで影響は全くないので気を病まないでほしかった。

 はぐらかすように翼が笑顔を向ければ、彼は申し訳なさそうに目を伏せた。

「ごめん……」
「あなたが謝ることではないです」
「……うん、そうか。そうだな」

 気遣わせてしまったことに対して、無関係だと跳ね除ければ、彼は完全にではないが納得してくれた。

 しかしまだ何かを思い残しているのか、彼は翼へまっすぐに向き直った。

「でもこれは言わせてくれ」

 彼はどこか後ろめたさをにじませながら、翼を見て一言告げる。

「ありがとう」
「……どういたしまして」

 そんな一歩を踏み出した彼に報いるため、翼は素直に礼を返した。

 誰かのためにやったわけじゃない。

 だとしても、こうして『ありがとう』と言われたことが、どこか胸の奥に静かに響いていた。

 彼を見れば、ようやく伝えられたことに安堵を滲ませていた。

 翼が彼の様子を眺めていると、ぱちくりと目が合う。

 そんなやりとりが照れくさくて、お互いに軽く笑い合った。

「じゃあな」
「はい」

 礼はすんだのか、翼の元を離れていく彼の背中を見送る。

 さっぱりとした別れではあったが、前を向いて歩き出す彼を見ているうちに、翼も自然と気持ちを切り替えていた。

 視線を心桜へと戻すと、こちらを見ていたらしく、わずかに横顔が見えたと思った瞬間、彼女はそっと顔を背けた。

 彼とのやりとりを見られていたことが、少しだけ気恥ずかしかったが、それでも気を取り直して、心桜のそばへと足を運ぶ。

 それ以降、彼女がこちらを振り返ることはなかった。

 その横顔の奥に、どんな表情が隠れていたのか――翼には、知る術はなかった。
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