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空と先輩3
しおりを挟む「あー……、俺、ぶどうジュースでも飲みたくなったから、ちょっと自販行ってくるわ」
さすがにこの雰囲気に耐えられなくなったのか、喜田さんがゆっくりと後ずさりしていた。
悪いとは思うけど、自分の気持ちを抑えられなかった。
「あ、ああ。そのあと教室にいろよ。俺、ちょっとこいつと話しするわ」
グイ、と腕を引かれ入り口から少し離れた場所へと移動する。
小さくため息が聞こえたけど、こうおかしい関係になったのは一学期のとき先輩が必要以上に俺にかまったせいだ。
俺は逃げていたんだ。それを先輩が捕まえた。
でも……。
「なあーに拗ねてんの?」
クソ暑い屋上、ど真ん中まで来て立ち止まり先輩は言った。
努めて冷静に、そんな風に思えた。
俯いていたから表情は見なかったけど、あのいつもの軽口を叩く口調と同じものだったから。
さっき想いを告げたときの先輩の苦しそうな顔は本当のものだったと思っているから。
多分迷惑だったんだ。
多分じゃなくて絶対だ。
海で言ってくれたのも俺を落ち着かせるために言っただけかもしれない。そしていつまでも俺は合ったときだけ弄る都合のいい後輩。
それで随分と悩んだりもした。
でも俺の気持ちを知ってほしかった。
「タイスケ?」
上は太陽、下はアスファルトからの熱でお互いの呼吸は荒かった。それでも息を殺した。自分が何をしたいのかも分からなくて目を閉じた。
情けなくて、顔なんて上げれない。きつく握った拳には汗で酷いことになっていた。
「しょうがないなー」
いつまでも顔を上げない俺にじれたのか、先輩は呆れた声を出した。
それからすぐ、あの匂い。先輩からしか香ったことのない、あの匂い。大好きだ。
懐かしくて、薄く目を開けたら先輩の顔がドアップにあって驚きで体を引いた。
つかさず先輩が一歩俺に近付く。
「今更逃げんな」
「いっ!」
機嫌悪そうに言われ、上唇を噛み付かれた。
痛かったけど初めは我慢できる痛みだった。けれど少しずつ力が加わってきた。
「あだだだ、……あだいっ」
体を引こうにも噛み付かれた部分が痛いだけだし、先輩の髪の毛を掴んで止めてくれと引っ張った。
しかしその手は先輩に捕まえられ身動きできなくなる。
鋭い痛みに涙が出そうになったとき、やっと離してもらったと思ったら今度は下唇。
しかし甘噛みをしてくるだけに終った。
上唇はジンジンと痛んで熱い。多分腫れている。違和感があった。
痛みで何か色々吹っ飛んだ気がするけど、すました笑顔のこの人は一体なにを考えているんだ。
Mじゃないって言ったばかりの気がするんだけど。
いらない体力を使った俺は肩で息をしながら先輩を睨むので精一杯だった。
「あちぇーなー。お前熱いよ」
本当、頭にくる。
俺になだれかかるように抱き付いて楽しそうに声をあげて。
抱き付かれるのは嬉しいけど、さっきの噛まれた痛みと先輩から抱きついているのにさも俺が悪いような言い方、本当ムカつく。
でも好き。だから憎たらしい。
「お前って本当に俺のこと好きなのねー」
「……好きで悪いですか……」
「いやー趣味悪いなーって」
自分でも自覚があるんだ。
耳元でクスクス笑うからくすぐったくて仕方ない。
甘い時間だと思った。
暑いけど、ずっとこのままでいたかった。焦がれていたぶん、今の時間が奇跡のようにもおもえてくる。
汗に混じった先輩の匂いを間近で嗅ぎ、うっとりとしてしまう。そんな俺は先輩と同じくらい変態になったんだと思う。
「せっかく逃がしてやろうと思ったのにねー」
耳に唇を付けながら言われ、その近さにゾクゾクして言葉の内容なんてほとんど聞いてなかった。
「バカだねー。俺もお前も」
バカ?
うん、俺は自分でもバカだと思う。
ただそんなことを思った。
先輩が本当は何が言いたかったのかなんて全然知るわけもない。
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