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しおりを挟む十二月に入って、ゆっくりとニ人で時間の取れる日を申請してみたがどれも埋まっていてダメだったと朝永からメッセージが来た。
どうやらクリスマスが近いことから、相手もいないのに前もって色々仕込んでいるアルファが多数いるとのこと。もちろん番予約している人たちの予約もたくさんあるとのことだったが。
それより明日着ているカーディガンを夕食後に渡すと言われ、浮ついた気持ちのまま眠った。
翌日の夕食後の分かれ道で渡された、脱ぎたてのそれに、思わず顔をうずめてうりゃうりゃと鼻を擦り付けたくなる。が、椋地もいるため我慢だ。
「返さなくてもいいから」
「あ、ありがとう。そう言ってもらえると遠慮な……なんでもない」
「言ってくれていいのに」
俺の言うことが分かるのか、意地の悪い笑顔で見下ろしてくる。
部屋にもどってからは変態さながら、すーはーとカーディガンに顔を埋めて呼吸を繰り返した。なんだか発情が早まりそうな予感がしないでもない。
が、予想に反して発情期は予定を過ぎても来なかった。初めのころの授業で、オメガなりたてのホルモンバランスは崩しやすく、発情期もまだ落ち着かないものだと習ったため、そんなもんかと過ごした。
ただカーディガンの朝永の匂いが薄れてしまったのでそれだけがザンネンだった。
さらにザンネンだったのはクリスマス。朝永は親戚のおじさんが市長選に出るためそれについていかなければならないとのこと。そもそも兄がその役目だったが、王族と結婚したため選挙に出ることが不可になってしまったから、と。向こうの国では王族の政治利用と介入はご法度らしい。
しかし丁度よかったのか、冬休みに入ってすぐに三回目の発情期が来た。今回も自分で予感を察知し、自分で隔離部屋へ。
そして不思議だったのがカーディガンの匂い。あんなに薄れてしまっていた朝永の匂いだったが、発情期になった途端に威力を発揮。繊維の匂いと朝永の匂いを嗅ぎ分けられるくらい、なんなら警察犬よろしく朝永の匂い探知機と化していた。
初めての発情期のときと同じように顔にぐるぐる巻きにしてずっとふんふんと鼻を鳴らしてよだれをたらしていた。実にだらしない姿で自慰をしていた。とても朝永には見せられない姿。
六日にはボロボロになったカーディガンが一仕事終えたように横たわっていた……。どうやったら一週間でこんなに着古したようになれるのか。今回もありがとう。ナムっと拝んでから精液と涎まみれのカーディガンをビニール袋に入れ、閉じ口をきつく縛りつけてそっとゴミ箱に入れた。
発情開け。冬休みは夏休みのとき以上にアルファの生徒達が帰省していて、殆どオメガの生徒しか残っていなかった。
時折、継直と先輩の電話のやり取りも聞いていたが、世の中のカップルとはこんなに甘い会話をするのかと思うほどだった。
継直の声も心なしかいつもよりも大人しくて甘えていてかわいい。きっと先輩も同じことを思っているのだろう。そして俺はどうなんだろう。朝永といるときどんな声をしているのだろう。いたって普通に接しているつもりだが、知らない間に甘くなっていたりするのだろうか。はたから見るとちょっとウザい気がしないでもない。
そんなニ人の毎日のやり取りが急に止まったらしい。継直が面白く無さそうに口を尖らせていた。
朝永とほとんどメッセージのやり取りしかしていない俺からしてみれば、一日くらい……と思うが、継直は不満なのか。
それが数日続くと継直もさすがに心配な様子を見せた。
「既読無視なんだけど……どう思う?」
「え、えー。俺は先輩じゃないし分かんないよ」
「夜詩人は既読無視するときどんな気分のときなんだよ」
「えー。……返事しなくてもいいような内容のときとかかな」
「質問してるときの無視は?」
「そんなの、分かんないよ、無視したことないし」
「俺ならうざいと思ったときとかなんだよなー」
答え出てんじゃん。
でも継直をうざいなんて思わないような先輩だっただけに、それもピンとこなかった。継直も自分で言っていて否定の表情だった。
「明後日から学校始まるし、そしたら聞いてみれば、直接。具合が悪いとか、家の用事が忙しいとかあるかもよ。朝永も忙しくてここ最近、俺たちも電話なんて全然してないくらいだし」
「そうだな、三学期始まれば会えるか」
うんうん、と納得していた継直だが、ピタリと体の動きを止めた。眼が半眼で怖い。
「夜詩人、北原の番号知ってんの?」
「あ、あー、うん。でもつい最近だよ、教えてもらったの。ニ学期の終わりくらいかな、うん、そうだ、終業式の日だったかな。休みに学校からいなくなるからーって、教えてもらったんだよ」
ついうっかり話をしてないことまで話してしまい、べらべらと妖しい嘘が口から飛び出す。嘘だからなのか、焦って簡潔に話せない。しかも手が冷たくなるしじっとりとした汗が酷い。
継直は「ふーん」と納得したのか、してないのか、半眼のまま俺を一瞥し、また自分のスマホに視線を落とした。
あー、俺はこういうとこだよな……、と反省。
でもばれちゃったから、これで心おきなく朝永とのメッセージのやりとりも継直の前でできると思えば、結果オーライ。てことにしておこう。
ニ学期始業式の前日の昼食時、食堂へ行ってみればアルファの生徒の数が戻り始めていた。
でも朝永も先輩もいなかったので俺達に喜べるものは一切ない。
いつも通り継直とご飯を食べているとお膳に大皿のグリーンサラダと少量のパスタを乗せた古渓が継直の横にやってきた。
なにそのご飯。女子かな。
古渓は相変わらず痛みのないオレンジの髪の毛を輝かせていた。鼻もスッと高く、色素の薄い瞳は光を含んでいて濡れて見える。極めつけは簡単に女の子を落とせそうなその笑顔。自分の見せ方をよく知っている人だ。中身最悪だけど。
「有名人達久しぶり。年越しはどうだったかな」
「古渓さんと一緒に食べたくないんでどっか行ってください」
「つれなーい」
「人のことをからかって楽しんでいる人のことが理解できないので一緒にいたくないんです」
「まぁまぁ。そう言わずに。俺って口だけの人間だし、キミ達を晒すなんて非道なこと、実際には絶対出来ない人間よ? かわいいもんでしょ」
俺が古渓のご飯に注目している間、入っていけないニ人のやり取りが始まり、そして古渓はそのまま椅子にどっかりと腰を下ろした。
「なんなら、キミ達の疑問なんかも答えてあげられるよ。俺の経験からなる独断的な答えでもよければ。経験にないことは、そうだなー、適当に想像と願望と嘘でも入れておく」
にんまりと薄気味悪い笑顔を乗せ、サラダにザクザクとフォークを突き刺す。しかし実際は食べずに、その音を楽しんでいるかのように刺す行為だけを古渓は繰り返した。その行動も薄気味悪い。
俺はこの人が嫌いだ。
今までぼんやりと生きてきたせいか、明確に『この人が嫌いだ』と思う人間に出会ったことがないくらいだった。だが、俺は古渓が嫌いだ。
触られると不快でしかないし、この人のたった少しの行動しか見ていないけど到底許容できるものではなかったからだ。
はじめの時こそ、虫除けになるかな、なんて思ったが。この人の近くにいれば虫除けにもなるけどそれ以上に害だ。
……こんなに誰かを嫌いと思うことが自分の汚さを感じ取れて苦しくなる。
古渓の話しには一切耳を傾けず、ラーメンをすすっていると、あんなに攻撃的だった継直が話をし始めた。
まぁ、もともと社交的ではあるし、疑問はあまり放置しないタイプではあるけど。
「古渓さんさー、番見つかんないでしょ」
「えー、キミ達誤解してるけど、俺結構モテるんだよ」
「一部の馬鹿なオメガにでしょ」
「失礼だなー。俺ってセックスうまいからさー、嵌る人多いんだよ。みんな若いし。特に真面目な子が快楽覚えちゃったらヤバいね」
「やっぱり馬鹿なオメガじゃないか……」
「13番も俺とシテみたら分かるよ」
みんな若いって、お前もだろという突っ込みもしたい。
そして俺たちの名前を知っているだろうに、律儀に番号で呼んでくれるところが何とも言えず真面目に見える不思議。
「古渓さんはこの学校に何しに来たの? 番探しじゃないの?」
「そりゃあねぇ。でも、一生一緒にいたいと思えるオメガと出会えなければ、その辺の適当なオメガと番うなんてことは絶対にしないかな。それこそ、余りもののオメガなんて無理だねぇ」
「えー、反対でしょ。アルファが余ってんじゃん。選ばれないだけでしょ」
馬鹿にしたように継直が鼻で笑い、古渓もまだ気味の悪い笑顔を張り付かせていた。
このニ人、相性絶対悪いだろうに、なんで話が続くんだろう。よく分からない。チラチラとニ人を盗み見るだけで俺はこの間になんて死んでも入っていけない。
「13番って生意気だよね、ほんと。入学当時から思ってたけどさ」
「どうも。古渓さんみたいのに騙される心配もないのでいいことですね」
「あんな余り者アルファとくっつけちゃえるキミが心配ではあるんだよー?」
「……はあ?」
先輩の話をだされ、目に見えて継直の機嫌が悪くなった。温度が一度どころか数度下がった感じだ。
古渓は変わらずフォークを縦に、一定のリズムでサラダを刺し続けている。
「ああ、でも13番はまだ発情期すらないんだっけ。はは。余り者同士丁度いいんじゃん! でも残念だ、これ以上発情期なかったら、学年末の検査でオメガではない判定貰う可能性高いね」
「古渓さんっ、そのサラダいらないなら俺食いますっ! け、ど……」
古渓のセリフに、継直の呼吸が止まった気がしてとっさに割り込んだが、この割り込み方が正解だったかは不明だ。
そんな俺に古渓は面白そうに眉を上げた。
「14番は相変わらずだね。北原に囲われてなきゃ俺があの手この手で落としたかったんだけどなー」
「あ、いえ、何されても落とされないと思うんで大丈夫です……」
掌で制し、お断りを入れる。
するとどんぶりの横においていたスマホが震えた。
朝永からのメッセージだった。
なんと、今日帰ってくるらしい。嬉しい!
と喜んでいるとさっきから微動だにしない継直に、スッと古渓が透明のパッケージに入れられた何かを出してきた。中には金色のシートに入った緑色のカプセル錠。
「で、13番。発情期来て欲しくない? これさー、代々オメガの先輩たちから後輩に伝わる発情促進剤。興味あったら使ってみて」
「はぁ!?」
そして大声を出してしまったのは俺で。
「ちょ、それは、ダメなヤツじゃ!?」
「えー、先輩オメガも結構使ってた薬だよ。大丈夫でしょ。俺もこれ使ったやつと一回したけど何ともないよ」
「な、や、でもっ」
「じゃあねー。あ、サラダね。どうぞ」
フォークが刺さったままのサラダの皿を俺に差し出してきた。言った手前、食べなくてもそれは受け取ることにした。そしてカプセル錠をそのままに、結局古渓はパスタにも手をつけることなく去っていった。
残されたそれをジッと見つめる継直にかける言葉は見つからなかった。
継直がそれを手にしたとき“もしかして”とハラハラしたが、そのままゴミ箱に力いっぱい投げ捨てたのを見て、本当に心から安堵した。
そしてますます古渓が嫌いになった。
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