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しおりを挟む新学期も始まり、朝永とも食堂で毎日会えて嬉しい日々。
あれだけ心配していた継直も、先輩は体調を崩しまくって連絡するのも億劫だったという話だった。先輩から継直に一言あればよかったのにと思わなくもないけど。たった一言くらい。
なので継直もあれだけ古渓に酷いことを言われたけれども今のところは復活している。
そう、先輩と会えて復活したけれども、先輩の卒業というものが近づいてきてきた。そのためか継直がぼんやりとしていることが増えた。
きっと、継直としては新たな道に進む先輩に、色んな出会いと共に誘惑もあって自分のことが薄れていくのが心配だろう。でもそれは先輩も同じことだ。アルファだらけのこの歪んだ隔離世界にオメガを置いていくわけだから。
俺と朝永は学年が一緒であるため、一緒に卒業できないなどの問題は発生しない(留年しなければ)。継直を見ているとそれはとても幸せなことなのだと思えた。
俺が悩んでも一緒に考えても、何かいい方向へと向かいそうもないので、二人のことは黙っていることにした。
年が明けたら部屋の申請がすんなり通りそうだけど、遊びに来る? と朝永から連絡があった。椋地もいるけど、と。
二つ返事で行くことを返した。
そして急だけど、今日はどう? と追撃メッセージもきて。
本当に急だ。でも門限までまだニ時間あって暇だったためそれにも行くと即答した。
すぐにオメガ棟の入り口まで朝永が迎えに来てくれて、数ヶ月ぶりに朝永と椋地の居室に足を踏み入れた。
「おじゃましまーす」
「どうぞ」
黒いソファに足を組んで悠々と座っている椋地を発見し、手を振ってみたが無視された。ひどい。
テレビは柔らかな音楽が流れており、少ししたら英会話が聞こえてきた。なんと。映画のようだが字幕も吹き替えでもない。べらべらと英語しか流れないとは。恐るべしアルファの見る映画。
「夜詩人、その辺座っていて。お茶持ってくるから。冷たいのと温かいの、どちらがいい?」
「あ、寒いから、温かいのだと嬉しい」
「じゃあ少し待っていて」
「うん」
椋地の前で名前を呼ばれてドキリとしたが、そうだった、晒されていたからほとんどの人間が知っているんだったと詰めた息をゆっくり吐いた。
相変わらず黒だらけの家具。ニ人がけの黒ソファは二つ。L字に設置されているので椋地が座ってないソファに、それも少し離れたところに座った。
「よくアルファの部屋にのこのこ入ってこられたね」
「え、え?」
無視をされたのはいつもの意地悪な感じでいるのかと思った。でもこれは俺が考えている以上に歓迎されていないのでは。
「俺たちだから大丈夫だろうとか、考えていたんでしょ」
椋地がいつもの無表情で、あの綺麗な無表情を張り付かせてゆっくりと立ち上がって近づいてくる。そしてそのまま俺が座るソファへ片膝をついた。
「素行の悪い馬鹿なアルファが集団でいたらどうするの」
椋地の影が俺へと伸びて思わず体を仰け反らせたが、初めから端っこにいる俺にもう後ずさる場所はなくて。
朝永がわざわざ迎えに来てくれたのに、アルファがここに集団でいるなんて考えたこともなかった。朝永はそんなことしない。ここは朝永と椋地の部屋なのになぜこんなことを言うのだろう。
「捕まえた」
両手をそれぞれに捕らえられた。少し引いてみたが、こんな中性的な美人顔だというのになんだこの力。確かに朝永よりも少しくらい身長もガタイもよさそうには見えたけど。俺が腕を捕まえられただけでその腕を少しもひねることも出来ないなんて。
「あの、椋地」
「非力だよね、オメガって。驚くほど非力」
「え……」
「結局アルファの中の非力な俺にすら抵抗できないでいる」
「オメガとアルファじゃ、だって、体の構造が……」
「特に発情期の始まったオメガなんて日ごろから鍛えていないと今までの筋肉も自然と落ちていくから、体育もないんだし筋トレくらいしたら。多数のアルファはこの非力すらかわいいなんて言うけど、少しくらい自分で身を守れるようにはしなね。他力ばかりではダメだと思うよ」
「は、はい……」
「椋地」
俺を見ていた切れ長の瞳がスッと、視線だけ横にずれた。
低く、けれど囁くような小さな声で椋地を呼んだ朝永は、もう一度、今度は腹の底に響くような低い声で「椋地」と言った。
椋地は無言で俺から手を離し、何事もなかったかのようにもとの位置へと戻っていった。
「紅茶でよかった?」
「あ、ありがと」
あんな怖い声で『椋地』と言った朝永。俺が顔を見たときには俺に笑顔を向けていたため、どんな表情でそれを発したのかは分からなかった。が、単純に怖かった。
てっきり朝永に何か聞かれるかと思ったけれど、何も聞かれず、それどころか今のやり取りがなかったかのような振る舞いのニ人。
なんだ。なにが普通なのかが分からない。椋地も俺をどうこうしようとしたものでもなくて、ただ俺にオメガとして忠告してくれただけっぽいし。やり方はどうかと思うが、まぁ、内容的にはありがたく受け取った方がいいことなんだろう。
でも、傍からみたら、あんな格好のニ人、どう見ても襲われているようにしか……。朝永に否定したいけど、朝永も今のは襲われているってことじゃないのを知っているから何も言わないのか、聞いてこないのか。
テーブルに置かれた、茶色と灰色の焼き物の和風マグカップ。少しざらざらとした光沢の一切のない表面に、なんとなく浮ついたものがなくてこの部屋の雰囲気に似合っていた。
気まずさを感じながら手を伸ばす。三人静かに紅茶を飲むが、気まずすぎて味なんてしなかった。きっとそんなことも俺だけだろう。
コト、と朝永がカップをテーブルに置いたが、手持ちぶさたになるのが怖くて俺はずっとマグカップを握っていた。
「別に食堂で言っても良かったんだけどさ、四月になったら俺の弟がここにくることになって」
「弟?」
「そう。年末にアルファ判定出たらしくて」
「そんなにアルファって産まれてくるものなの?」
「母がオメガだしね。ただ、今のところアルファ率百パーセントなのは確かにすごいことみたい」
「ふーん」
朝永の弟か。
お兄さんもいるって言っていたし、兄弟たくさんいて楽しそうだな。俺は一人っ子だから兄弟のことはよく分からない。近所の俺と仲良かった兄弟はいつもケンカばかりしているくせに、いつも一緒にくっついて遊んでいた不思議な関係だった。
朝永が普通のトーンで話題を出してくれたことで心なしか部屋の空気が和らぐ。
「でも、アルファ判定なったらここに入れるんじゃないの? 朝永は中学の途中で来たんだよね?」
「俺はね。オメガと違って基本的にアルファは志願制。親は弟がここに来るにはまず中学を卒業してから、と判断したようだね」
「へー。朝永はなんですぐに入れられたの? 自分から行きたいって言ったの?」
「中学生の時には随分落ち着いていることが出来ていたらしいし、兄が早めにここに寄越してオメガの空気を浴びせたらって父に言ったんだ」
「空気を浴びる?」
どういうことだろう。
困ったように眉を下げた朝永は少し考えるように下を向いた。
「兄曰く、中学生の癖に俺が落ち着いていて、アルファ判定出てからさらに世の中知ったような態度が生意気だったらしいよ。オメガのオの字も知らないくせに、って」
「なんとなく分かるような、分からないような」
「まぁ、生意気だったんだと思うよ。さっさとオメガに出会って衝撃でも受けろってことだったんじゃないかな」
「衝撃、ねぇ」
ここへきて朝永がはにかむ笑顔になり、こて、と首を横に傾げた。ああ、それ、好きなやつ。
「受けたよ、衝撃。夜詩人の発情期は本当に参った」
「あー。……ははっ」
朝永のかわいい仕草に、くれる笑顔に、つい赤面してしまう。が、いつものニ人きりの甘い空間ではないので気が気でない。椋地の気配を感じながら乾いた笑いをしてその場を誤魔化した。
「と、朝永は生意気だったのか」
「まあ、それに輪をかけて生意気なのが弟だけど。でも生意気なのも俺と違って落ち着きがないから、高校入学と同時にここへ来させるって連絡があって。俺と同じ三月生まれで、まだ十四歳ってこともあるし」
「そうなんだ」
手の中にあるマグカップを唇によせ、ふーとひと吹きした。やっと心も落ち着いてきて、紅茶の香りも楽しめるくらいになれた。
「だから、四月に弟がきて、きっと夜詩人のことも目にいくと思うんだ」
「どうして?」
純粋に疑問をなげれば、朝永はまた眉を下げて困った風だ。
「そこの兄弟、好みが似ているんだよ。例えば、そばにおきたい使用人だったり、懐く習い事の先生だったり」
今までまったく聞いていない素振りを見せながら、椋地が口を挟んできた。
まあ、聞いているだろうとは思ったけど。そしてなかなか知ることが出来ない朝永の情報まで。ありがたい。
「キミを弟に取られないか心配をしているんだよ、北原は。俺はさすがにそんなことはないと思うけど。そこまでキミに、北原の人間数名を虜に出きる要素なんてないと思っているし」
俺に失礼なことを言っているが、まぁだいたい合っているだろう内容だけに言い返せない。
「うーん、まぁ、簡単に言うと。心配。弟は俺と違って明るいし」
腿に肘を置いて頬杖を突いた朝永、少しだけ唇を尖らせていた。
なんだその心配。かわいすぎる。俺が弟を好きになるとでも思っているのか。しなくてい心配事に頭を使うなんて朝永らしくない。そして俺の気持ちも疑われているようでちょっとヤではある。
「俺、朝永が好きなんだけど」
「ああ、うん。分かってる」
「分かってる」と、もう一度呟いた朝永は視線を下にした。尖った唇はそのまま。こんな姿初めて見るだけに面白くてつい凝視してしまう。いつもの余裕がない。
朝永が年相応に見える、というか、それよりも幼く見えてしまった。それこそ、まだ十五歳。俺より下だ。
「そういうやり取りは俺のいないところでして」と椋地に言われるまで朝永を見つめてしまっていた。
「そう言えば、椋地は朝永の弟のこと知っているみたいだったけど、ニ人は昔から知り合いなの? だからご飯とかも気軽に作ってんの?」
「ああ、言ってなかったかな。同室はたまたまだけど、俺たちの母方の婆さん同士が姉妹なんだ。つまりハトコ。多少の血縁でしかないから、祖母達の生家の前御当主が亡くなられた際に初めて出会ってさ。そこで通夜や葬儀の間はニ日ほど子供だけで集められていて、同い年ということもあってなんとなく馬があって。八才の時だね。気を使わなくていい雰囲気が初めての気がしなかったなぁ。そこから連絡を取るようになっていったんだ。ご飯は、まあ……。椋地の将来を俺が保障してやるってことで、契約みたいなもんかな」
「えー。血縁者だったのか。似てないね。んー、でも顔の綺麗な感じは似てなくもないかな」
「血だってずいぶん遠いけどね」
ジロジロと不躾にニ人を見やる。それもここぞとばかりに。
俺もこんな美形に生まれてきたら人生イージーすぎて、人生舐めきっていたかもな。そう考えるとこの二人って結構まとも。俺に言われることでもないけど。
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