生徒会書記長さん

梅鉢

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第二章

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「お、佐野君じゃん。佐野君もコスプレしてくれんの?」
「え、ああ……」

この鬼気迫る生徒達が溢れる教室で、のんびりとした口調で話しかけられてなんだか気が抜けた。
垂れた眼はこの人物を穏やかに見せているA組の新堂くん。

「北村に着ぐるみもあるって聞いたから」
「えー。勿体ない。違うのにしなよ。んー……コレとか!」

近くのハンガーラックから適当に選んだだろう新堂くんが持った衣装は上下紺色のシンプルなスーツだった。
腹が立つのはそれがミニスカートだったことだ。
思わず新堂くんの頭にチョップを加えてやるとだらしなくヘラヘラと笑いやがった。

「佐野君イケるって、絶対。コンセプトは女教師! 眼鏡もかけてね。ミスに選ばれちゃうかも~」
「選ばれなくていいんだよ」
「え~。衣装は1時間単位で貸すことも出来るよ~1時間1000円の追加料金で。これで校内練り歩けばいいのに~」

新堂くんを無視して中に足を薦めた。
眼が血走っている生徒もいて、気後れしてしまう。やっぱり帰ってしまおうか。
そんなとき目の前に大きな魚が飛び込んだ。
魚の着ぐるみだ!

嬉々として着ぐるみに飛びついた。
でかい青魚の着ぐるみは思ったより硬くて重かった。

「着ぐるみってより、ゆるきゃらのかぶりもんみたいですね」
「だよなー。着てみたいんだけど……」

着てみたい、でも…。魚の部分は俺の胴体までしかなくて、下半身は白いタイツがついているのが分かってテンションが下がる。
さすがにタイツは履けない。

腕を組んで他にもないか、ごった返した教室内を見渡すが目だったものがない。それよりもさっきから騒いでいた生徒がチャイナドレスを着ていることに驚きだ。
本気のやつらを目の前に、なんだか自分が場違いの気がして熱も冷めてしまっていた。

「やっぱいいや。なんか、タイツとか嫌だし。たこ焼きでも食べようかな」
「いいんですか?」
「いーよ」

冷めてしまった俺は人の間を縫って廊下を目指したところでブレザーの裾を引っ張られた。
引っ張ったのは吉岡だったが、吉岡は顎を触りながら考え込むように下を向いていた。

「何だよ」
「あ、いえ、すいません」

手を離した吉岡は、自分で俺を引き止めておきながら“どうぞ”と前へ促すしぐさをした。
いったいなんなんだと今度こそ廊下へ出た。



たこ焼きのクラスはどこだったかなと、ポケットに入っている地図を出そうかと思ったけど俺には優秀な補佐がいた。

「たこ焼きって3年何組だっけ」
「E組です」
「さんきゅー」

3年は1階のため、もと来た道を戻っていく。
階段を下りきったところで行き交う人が多くなった。この近くにミスターコンとミスコンの投票所があるためだろう。

「どうする? ミスターコンとか。投票しとくか? 俺ら10ポイントあるし」
「どちらでも」
「ふーん」

あまり興味のなさそうな吉岡だったが、確かに吉岡が誰かに投票する姿が想像つかない。
吉岡なりのいい男というのもちょっと気になったりする。

立ち止まってしまった俺に覗くように首を傾げ、「佐野さんが投票するならどうぞ」と言われ、朝日山を思い出してその言葉に頷いた。

角を曲がって玄関横の踊り場に設けられた投票所へ行く。

「本当に投票するんですか?」
「え、してもいいって言ったじゃん」
「そうなんですけど。佐野さん、こういったものに興味がないと思っていたので」
「いや、興味ないけど友達の同室のやつが賞品狙いで頑張るって言っていたし。今回の賞品を気に入ったかどうかは分からないけど、一応な」
「ああ、なるほど」

納得したように頷く吉岡を見て笑ってしまう。同じようなことを考えていたなんて。

投票所には専用の機械が5台あり、それぞれの台に数名ずつ並んでいた。
俺がその後ろに並ぶと吉岡も俺の後ろに並んだ。投票するのだろうかと見上げれば、俺の思考を読み取ったかのように首を横に振られた。
俺に付き添うだけのようだ。

待って1分もしないうちに前にいた小さめな生徒が俺に気がつき、クワっと眼を丸くした。

「さ、佐野さん! どうぞ、お先どうぞ!」
「え~ありがとー。俺時間ないから助かるわ」
「そそそ、そんな、いえいえ」

学年章が青色、1年のそいつは顔を赤くしながら俺の後ろへと回った。するとそのまた前にいた生徒まで俺に場所を譲ってくれる。3年だというのに。書誌長パワーってすごいわ。
しかし自分でも言ったとおり時間が限られているため遠慮なく好意をいただいた。もらえるもんはもらう、それが俺の流儀だ。

海を割るあの神話のように開かれた道を進む。
カードキーを出して差込口に挿入した。タッチパネルに映し出されたミスコンを選択後、クラス、名前の頭文字も選択していく。2-Dには“あ”から始まる生徒が2人いた。そのうち“朝日山”を選択し、あとはOKを押して終了。画面にはポイントが残り0となってカードキーが戻ってきた。

「よし、終わり」
「ミスターコンは投票しないんですか?」
「しないね。どうせ松浦だろうし」
「やっぱり俺も投票していいですか?」
「ん? いいけど」

今度は吉岡が機械の前に進んで、吉岡もミスコンを選択した。
横で眺めていると吉岡の手が止まり、俺をじーっと見下ろしてきた。

「何だよ。後ろ並んでるんだから投票しとけよ」
「見るんですか?」
「吉岡だって俺の投票見てたじゃん」

眼を合わせたまま少しの沈黙を置いて、ため息をついて吉岡は操作を続けた。
ゴツゴツした手はその外見と違って綺麗なしぐさで画面をタッチしていく。

“2-B”
頭文字は“さ”を選択したところでさすがに俺も「おい」と言わざるを得なかった。

「俺の投票なんで佐野さんは黙っていてください」
「いや、お前」

2-Bには頭文字“さ”の生徒は3人いる。
“佐藤”が2人。
“佐野”に俺の名前が映しだされ、吉岡は何の迷いもなく“佐野 市也”の名前を選択し、すぐに投票ボタンを押した。

あっという間に映し出されたポイント0。
どういうつもりなんだと睨みつければ、涼しい顔の吉岡は俺の腕を取って歩き出した。
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