竹一族の記憶

夕凪ヨウ

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42首目に潜む待ち人 〜竹一族の記憶(三)〜

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 曇り空の奥に見える夕陽は、今にも消えそうなほど小さかった。一面灰色の空と地平線は、世界の終わりを示しているかのようだ。静かな波の音に反する雄大な末の松山は、息を呑むほど美しい。
「非現実的っていうか、夢みたいな景色だな。こんな景色を見ながら、“客人”は幽霊を見たのか・・・・」
「そうみたいね。晴れていたらもっと美しいでしょうけど、この景色はこの景色で良い思い出になるわ」
 そんなことを言いながら、姉さんはスマートフォンで撮りすぎなほど写真を撮っていた。その表情には、明らかな高揚が滲んでいる。相変わらずだと思いつつ、俺も何枚か写真を撮った。東北なんて、頻繁に足を運ぶところじゃない。訪れた理由は何にせよ、記念は記念だ。
「それにしてもーー直衣と烏帽子を身につけた、平安貴族らしき男の幽霊・・・・か。百人一首の作者じゃねえの?」
「違うと思うわ。話したでしょう? あの歌は、作者が人の気持ちを代弁したものなの。つまり、自身の恋愛体験ではないってこと。歌に詠むほど知られていた場所だとしても、本人が幽霊となって現れる理由はないのよ」
「確かに、そうか。でもそうだとしたら、幽霊の正体は誰なんだろうな」
 姉さんも俺も首を傾げた。今の時点では、これ以上の情報は得られない。
 そもそも、俺は幽霊や怪異と呼ばれる存在を視ることができず、声を聴くことが主だ。だから正直、幽霊を視たという依頼には致命的に向いていない。それでも姉さんが俺を同行者に選んだのは、息抜きをしろということだろう。まあ、受験生とはいえ高校生が放課後も週末も問題集と睨めっこなんて、心配されて当然だな。姉さんの言葉に出さない思いやりは、昔から変わっていない。それが、変わらず嬉しい。


 俺を現実に引き戻したのは、どこか厳しさを帯びた姉さんの声だった。
「目を閉じなさい」
 ゴールデンウィークに初めて1人で依頼をこなした時、姉さんは兄さんから、俺が怪異を視たことで耳が聞こえなくなった話を聞いている。警戒するのは当然だ。俺も同じ思いは御免なので、すぐに閉じた。
「・・・・探している・・・・?」
 か細い声は姉さんの耳には届いていなかった。後で伝えればいいと思いつつ、俺は現れているのであろう幽霊の声に耳を澄ませた。




 どこに行ってしまったんだ・・・・私を置いて・・・・。私はまだ・・ここに・・・・


 やっぱり誰かを探している。姉さんの呼吸が少し荒くなったから、姉さんにも聞こえたんだろう。姉さんは少しずつ近づいている。幽霊に危害を加える様子はないし、姉さんも流石にまだ祓う気はないみたいだ。
 それに気がついて安堵した瞬間、何の前触れもなく幽霊の声が大きくなった。


 約束したじゃないか。


 怒鳴っているわけじゃない。思いの丈を口にしているだけだ。ただ、声に切実さがこもっている。この幽霊は、誰かとここで待つ約束をしていたのか?
 ん? 嗚咽? あ、幽霊が泣いているのか。静かな泣き声だ。大きな感情を堪えるような、そんなーー


 わかっている。わかっているんだ・・・・。あなたはもう、ここには来ない。私よりも前に、命を落としてしまったから。でも・・約束を忘れることなんてできない・・・・あなたを、いつまでも・・・・


 悲哀に満ちた声の後、幽霊は、今日1日で何度も聞いた和歌を口ずさんだ。
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