竹一族の記憶

夕凪ヨウ

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母の御魂は四つ辻に眠る 〜竹一族の記憶(五)〜

十二

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「あなた、どうしたの。顔色が悪いわ」
 父の部屋から戻るなり、今にも倒れそうな私を見て、律子に心配をかけた。だが私は、どうしても本当のことを言えなかった。
「奏子さんのことで、お義父様はあなたを呼んだのよね。何か仰っていた? 全て話してしまったけれど、本当に良かったのかしら」
「・・・・確かに少しはやり過ぎたもかな。だけど、後には引けない・・・・」
 本当にその通りだった。もう後には引けなかった。私は、奏子を追い出すことなどできなかった。子供たちが懐いているから、律子が打ち解けているから、じゃない。彼女の人生を壊す選択肢を取れなかった。
 しかし、それを選ぶことは律子に傷を負わせることだった。妊娠している彼女に、余計な負担をかけるべきではないことは、もちろんわかっていた。だが、話さずにやり過ごすこともできなかった。誠実、不誠実以前の問題だ。
「・・・・逃げてしまてば」
 どうにかして、奏子を逃してしまえば。この一族から解き放ってしまえば。そうすれば、誰も何も傷つかないんじゃないだろうか。いや、ダメだ。逃したところで、安定した生活なんて与えられない。ここに来るまで以上に、酷い生活を強いることになる。だったら、この家にいてもらうべきだ。だが、そうすれば私は彼女と・・・・。
「本当にどうしたの、あなた。今日は仕事を休んだら? 私が代わりに出るわ」
「え? いや、大丈夫だ。お腹に子供がいるんだから、体を第一に考えてくれ」
「そう? 無理しないでね」


 悩んでも悩んでも、結論は出なかった。
 仮に奏子が私との子供を産んだところで、向けられる眼差しは厳しいなんて一言で表せるものじゃない。何より、父はそれを自分が指示したなどと口にはしない。全てを私に背負わせ、産まれた子供は道具としてしか見ない。そんな未来の、どこに幸せがある? 何より、彼女の不安が的中したらどうするんだ。
 だが、記憶を弄るーー最悪消した挙句、追い出すなんてあり得ない。自分の名前も過去も何もかもわからなくなってしまえば、より生きていくことが困難になる。そんな道を与えることはできない。できるわけがない。


 私は当時、零士さんの悩みに気がつくのが遅れてしまった。お腹に宿っていた子を第一に考えていたから、というのが理由だけど、もしかしたら・・・・心のどこかでは何かに気がついていて、知らないふりをしていたのかもしれないわ。
「ねえ、お母さん。さいきんね、お父さんこわい顔してるの。あんまりお話ししてくれないんだ」
 違和感をいち早く気がついて話したのは一樹だったわ。6歳で小学校の入学も控えていたから、しっかりし始めた頃でもあったの。
「きっと忙しいのよ」
「そうなの? でも、お父さん、ずっと奏子さんとお話ししてるよ。2人とも、こわい顔なの。けんか、しちゃったのかなあ」
「あの2人は喧嘩なんてしないわ。お仕事のことでしょう。あなたは何も気にしないでいいの。大丈夫だから」
 大丈夫じゃないと知ったのは、その日の夕方のこと。お義父様に急かされたのか、個人的に悩むのに限度があると思ったのか、零士さんは全てを私に話した。
「・・・・どうするつもりなの」
 卑怯よね。全部を零士さんに押し付けて、自分は被害者だって言い張るような態度を取った。きっとどこかで気がついていたのに、そんなことお首にも出さなかった。
「奏子をここから追い出すことは、彼女に死ねと言っているのと同じことだ。彼女に何も罪はない・・・・出て行けとは言えない」
「だから子供を作るの? 私以外の女との間に?」
 醜い嫉妬だわ。許嫁で始まった関係に、今更そんなことを言うなんてって、心のどこかで馬鹿馬鹿しいと思った。だけど、あの時は言わずにはいられなかった。
「すまない。間違っているのはわかっている。違う選択があるんじゃないか、父を説得したらいいんじゃないか・・・・何度も何度も考えて、奏子に分家の人間との結婚話をそれとなく促すこともした。
 だが、ダメなんだ。違う選択などありはしないし、父を説得できるはずもない。それに、彼女は・・・・」
「奏子さんが、何なの?」
 尋ねなければ良かったのかもしれない。そうすれば、私は知らずに済んだんだもの。
「・・・・もし子供を産むなら、私以外と産む気はない・・・・と」
 本当にお笑い草だわ。1年間も一緒に過ごして、零士さんに向けられた感情にすら気がつかなかった、なんて。
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