小説探偵

夕凪ヨウ

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Case61.鮮血の迷宮美術館②

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20XX年2月4日(日)に東京都某区の迷宮美術館にて発生した殺人事件の報告書

午前10時25分、美術館の一室で被害者の頭部を発見。周囲には第一発見者と居合わせた警視庁捜査一課の東堂龍・東堂玲央両警部のみであった。東堂龍警部が警視庁に通報して事件が発覚、捜査一課の到着が13分後の午前10時38分。
被害者の息子であるA(未成年のため仮名)に事情聴取を行い、Aと逸れた後に殺害されたことを確認した後、被害者の胴体を捜索。指揮を取ったのは両警部であり、美術館館長に協力を依頼。
捜索の後、被害者の胴体は午前10時50分に発見された。発見場所はーー

           ※

「おじさんたち・・おそいね」
 ようやく泣き止んだ少年は、十分以上経っても帰って来ない2人に対し、そう呟いた。美希子は相槌を打ちながら答える。
「あの部屋は広いから、大変なんじゃないかな。でも大丈夫! 2人なら、きっと見つけてくれるから!」
 美希子が少年に笑いかけ、少年も笑顔を返した時、パトカーのサイレンが聞こえた。美希子の隣に座っていた凪はギョッとしてソファーから立ち上がり、窓から外を見る。数台のパトカーが美術館の前で停車したのを見て、彼女は息を呑んだ。
「嘘でしょ・・・?」
「生憎、嘘じゃないよ」
 近づいながらそう言った玲央を、凪は恐怖に満ちた瞳で見つめた。
「玲央・・・・まさかーー」
 凪の言葉に玲央は静かに頷いた。彼女は自分の口元を抑え、少年の方を見る。少年の前には龍がいた。
 少年はパトカーを不思議そうに一瞥した後、龍に尋ねる。
「おじさん、お母さん見つかった?」
「・・・・ああ。でもな、お母さん怪我してるんだ。だから・・・」
 必死に取り繕おうとする龍を、美希子が制した。彼女も事情を察しており、必要以上のことを述べてはならないと分かったのだ。
 龍はおもむろに頷いて立ち上がり、それ以上少年に何も言わなかった。同時に鑑識や捜査一課の刑事たちが美術館に入り、東堂兄弟の姿を確認する。
「東堂警部! お待たせしました!」
 少年は警部が警察官の階級と知っているのか、不思議そうに首を傾げた。
「おじさんたち・・・けいさつなの?」
 龍は頷き、玲央と揃って警察手帳を取り出した。
「警察です。全員その場から動かないでください」
                     

『殺人事件?』
「はい。すみません、九重警視長。お忙しい時に余計な心配をかけてしまって。美希子を巻き込むような形になってしまいましたし」
『仕方のないことだ。
 美希子に関しては、凪もいるし心配していないよ。お前たちは事件の解決に集中してくれ』
「はい」
 龍は捜査の合間を縫って浩史に電話をしていた。浩史は重々しい声で続ける。
『しかし、何よりの心配ごとはその少年だ。少年は母親の死を理解しているのか?』
「・・・・恐らく」
 深い溜息が聞こえた。龍は顔をしかめる。
『心の傷になることは避けられないが、下手に刺激しないように気をつけて接しろ。後は任せる』
「分かりました」
 電話を終えると、龍は少年の方を見た。少年は呆然とした表情でソファーに座り込んでおり、警察の姿も、周囲の人々の姿も、目に入っていないようだった。
 美希子は変わらず少年の隣に腰掛けており、明る過ぎず暗過ぎない声音で尋ねた。
「君、お母さんと一緒に来ていたんだよね。お父さんはどこかな?」
「・・・・いない。ずっと昔から、お父さんはいない。お母さんだけ・・・・」
 その言葉は、龍たちだけでなく捜査一課の刑事たちにも突き刺さった。
 そして、そう言い終わるなり、少年は静かに涙を流し、流したそばから自分の服の袖で拭いていた。美希子はそっと少年を抱きしめ、頭を撫でる。少年は涙を止めることができず、小さな嗚咽を漏らしていた。
 東堂兄弟がその様子から視線を外した時、2人に近づく人影があった。
「警察の方ですか?」
「はい。あなたは?」
「館長の遠山祥一郎と申します」
 随分と若い男だった。海里より少し上くらいだろうか。短い茶髪と、すらりとした身体。上品そうな雰囲気があり、真っ黒なスーツがよく似合っている。口を堅く引き結び、その体は微かに震えていた。
 東堂兄弟は遠山に向き直り、龍が口を開く。
「申し訳ありません。すぐに解決いたしますので」
「警察の方が謝られることはございません。私どもの管理が行き届いていなかっただけでございます」
「管理の不届きで済ませられる事件ではないでしょう」
 玲央が強い口調でそう断言した。彼は「失礼」と前置きして続ける。
「今分かっていることは、館内に殺人犯が潜んでいるということ。そして、被害者の胴体が行方不明であることです。
 この騒ぎで外に出たとは思えませんから、犯人が館内に隠している可能性が高い。私たちが作品に直接触れることは憚られますし、遠山館長の手もお借りしますよ」
「もちろんです。ご協力します」
 龍は凪と美希子に少年の側を離れないよう頼み、玲央と共に捜査に向かった。


「鏡の間は、いつからあるんですか?」
 廊下を歩きながら玲央が尋ねた。遠山は澱みなく答える。
「開館当初からございます。アイデア自体は今は亡き副館長のものでして。名前を決める際も、それを売りにするために迷宮と」
「なるほど。しかし、あの部屋は灯りがありませんでしたね。鏡で道が分からない上、暗くするのは危険では?」
「ええ・・・以前は電気をつけていました。しかし、鏡の反射も相まって、お客様から目が疲れるという意見が相次ぎ・・・鏡を減らしても効果がありませんでしたので、キャンドルを置くことになりまして」
 玲央は釈然としない様子で頷いた。彼が何を思ってそんな顔をするのか、龍には分からなかった。
 玲央は続けて尋ねる。
「副館長が亡くなったのはいつですか?」
「ちょうど半年前のことになります。急な病で、呆気なく」
「今、副館長は?」
「おりません。この美術館が開館して5年ーーずっと共にやってきた仲でしたから、新しい人を雇う気も起きず」
「・・・・そうですか」
 問答をしている間に鏡の間に到着した。玲央は元ある電球を復活させるよう伝え、遠山は指示に従った。
 2人が遠山と共に鏡の間に入ると、宝石の山に放り込まれたかのように、凄まじい光が四方八方から放たれていた。2人は思わず目をも細める。
「確かに眩しいな。遺体があったのは、あそこか」
 まだ血溜まりが残っている場所に龍がしゃがみ込んだ。手袋をはめ、周囲の鏡に触れる。背後でその様子を見ていた玲央は、短く尋ねる。
「どう?」
「無いな」
 2人の会話を遠山は首を捻りながら聞いていた。龍は振り返らずに説明する。
「隠し部屋がないか調べているんです。犯人がスタッフにせよ客にせよ、胴体を丸ごと持ち去るのは難しい。バラバラにする手もありますが、血の量から見てここではバラしていない。名前も“迷宮美術館”ですし、そういう遊び心もあるかと思いまして」
 遠山は感嘆した溜息をついた。龍はあまり当てにならないと思ったのか、黙々と作業を続ける。
 玲央は遺体の周辺を歩きながら呟く。
「金属の臭いがしない。犯人はピアノ線か何かで首を切断した可能性が高いかもしれないね。まあ、隠し部屋が本当にあって、そこから自動で移動したりするなら、話は別だけど」
「その可能性も捨て切れないな。だがそうだとしたら、犯人は限られる」
「そうだね」
 玲央は視線を遠山に動かした。遠山は胸の前で勢いよく手を振りながら、「わ、私ではございません! 顔も把握していないお客様を殺すなんて・・・‼︎」と言った。玲央は頷きつつ答える。
「1つの推測ですよ。スタッフの可能性も捨て切れませんから」
「そ・・そうですか」
 遠山が安堵の息を吐くと同時に、龍が声を上げた。
「ん? 兄貴。ここ変だぞ」
 龍の言葉を聞いて、立っていた玲央もすぐに屈んだ。彼が指し示している床を見ると、微かな凹凸が確認できた。板張りであることに変わりはないが、高さが違ったのだ。玲央は周囲の床を見渡し後、首を傾げる。
「他の床は均一だから、ここだけ高さが違うことになるね。設計ミスの可能性もあるけど、いまいち釈然としないな」
「ああ。遠山館長」
 龍は立ち上がって口を開いた。遠山館長は首を傾げる。
「はい?」
「この美術館に制御室はありますか? 電灯や扉の開閉は、機械がやっているでしょう。もしあるなら、ご案内して頂けませんか?」
「は・・はい。こちらです」
 制御室に着いた瞬間、3人は鼻を押さえた。中から、凄まじい血の臭いがするのだ。玲央は遠山に鍵を開けるよう頼み、彼は扉の前に立って右手を中央に当てた後、数秒間その場で停止し、鍵を開けた。そして解除を確認するなり、玲央は勢いよく扉を開ける。
「なっ・・・⁉︎」
「おい・・冗談だろ」
 玲央は目を見開き、龍は頭を抱えた。遠山は、口を押さえて後ずさる。
 各々が、目の前の光景に驚嘆の声を漏らさずにはいられなかった。彼らの目の前には、行方知れずだった被害者の胴体があったから。
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