小説探偵

夕凪ヨウ

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Case81.カジノに潜む悪魔①

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 画面に示された相手を見た瞬間、迷うことなく通話ボタンを押していた。普段よりも強くスマートフォンを耳に押し当て、声を上げる。
「もしもし? どうされました?」
 事件であることはわかっていた。ただ、東さんから電話をかけてくることは珍しかった。兄と仲直りして以来、2人だけでも事件に向き合うことは可能だったから。
『急に悪いな。今、時間あるか? あるなら、今から言う場所に来てほしい』
 東さんの声は切羽詰まっていた。耳を澄ますと、電話越しにわずかな喧騒が聞こえる。胸がざわつき、思わずスマートフォンを強く握った。
「ええ、大丈夫です。事件ですよね?」
 そう尋ねたとき、私は電話が来ることを待っていたのだとわかった。不謹慎だと思いつつも、自覚してしまったものは仕方がない。
 東さんの返事が聞こえるなり、私は病院を飛び出し、梅雨らしい曇天の下を駆け抜けた。

    ーカイリ『カジノに潜む悪魔』第1章ー

            ※

 いつ雨が降り出してもおかしくない曇天だった。ゴールデンウィークからひと月ほど経った6月初旬、日本各地は揃って梅雨入りした。以来、晴天を見られたのは片手で数えられるほどであり、雨傘の携帯は義務と化していた。
 正午を過ぎると小雨が降り出したが、そんな折、都内の一角で、数台のパトカーから飛び出した刑事たちは、ある店に突撃した。
「警察だ! 全員動くな! 賭博罪の現行犯で逮捕する!」
 警視庁組織犯罪対策部(通称、組対)の犯罪収益対策課及び、暴力団対策課の刑事たちに続いて、捜査一課は多種多様のギャンブルが繰り広げられている店に突撃した。一部の刑事たちはオーナーを即逮捕して詰め寄り、即席の取り調べを始めている。残る刑事たちは逃げようとする者たちに手錠をかけ、男女問わず店外のパトカーへ連行した。
 龍は組織犯罪対策部の刑事たちに頼まれ、部下を動員して彼らの捜査を手伝っていた。彼は店内を見渡して机に散らばった札束やチップ、点在する煙草が山積みになった灰皿を見つめ、小さくため息をつく。アルコールの匂いも漂っており、混ざりすぎて名前のわからぬ臭いを発していた。彼に続けて店に入ってきた部下は、同じようにため息をついたあと、おもむろに口を開く。
「賭博罪、今月で5件目ですよね。いくら何でも多すぎませんか? それに、組対が大きく動いているのに、暴力団の影も掴めない。おかしいですよ」
「全くだ。ここまで来ると、偶然の一致とは思えないな」
 現場の検分や処理を終えて警視庁に戻った龍は、改めて開かれた捜査会議で、この一連の事件に関してさらに捜査を進めるよう要求した。
「この件が今以上に出回れば世間は混乱しますし、逮捕者が増え続けます。カジノの大小に関係なく、徹底的な取り締まり及び、捜査を許可してください」
「それは・・・1つ1つ調べるということか? 随分時間のかかる作業だ」
 上層部は苦言を呈したが、龍はすぐさま続けた。
「それは分かっています。しかし、1ヶ月で5件は異常です。時間のかかる作業であっても、やらないよりは成果が得られる。
 何より、そもそもの話ですが、日本で賭博は違法行為。取り締まりも捜査も、我々警察の仕事でしょう。量が増えようが、やるべきことであるのに変わりはない。暴力団はもちろんのこと、下手をすれば政界などが関与しているかもしれないんですから」
 その発言は的を射ていると同時に危険なものだった。上層部は一斉に顔を顰める。
「・・・・許可できない。情報が入ってから動け」
 その言葉には、龍を始めとして刑事たちも厳しい表情を浮かべた。龍は思わず歯軋りをし、苛立ちの声を上げる。
「そんなことを言っている場合ですか? ギャンブルに嵌まるのは非常に簡単で、抜け出すのは難しい。麻薬と同じ依存性があることくらい、ご存知のはず。しかも、昨今はオンラインでも気軽に行うことができ、子供でも手を出すことが可能なんですよ? それでもなお、情報が入ってから悠長に動けと?」
 龍は上層部を睨みつけた。他の刑事たちも、許可を求める声を上げ、視線を送る。だが、上層部は決して首を縦に振らなかった。検討するだの何だの、お偉いさん特有の言葉を口にし、逃げるように捜査会議を終わらせた。
 去って行く上層部を見て、組織犯罪対策部と捜査一課は揃ってため息をついた。捜査一課の刑事たちは龍に駆け寄り、尋ねる。
「どうしますか? 東堂警部。放っておくのは危険ですよ」
 部下の言葉にわかっていると答えたあと、龍は組織犯罪対策部の刑事たちと目配せをし、口を開く。
「・・・・俺個人で組対と協力して捜査する。お前たちは上の言う通りに動いておけ」
 思わぬ提案に捜査一課の刑事たちは目を丸くした。組織犯罪対策部の刑事たちも驚くが、龍個人の無茶であれば、捜査一課の協力が得られなくなることはないとも理解していた。
「よろしいんですか? 警部のお立場が・・・」
「そんなことは二の次だ。
 申し訳ありませんが、少し我儘に付き合っていただけますか」
 前半は捜査一課へ、後半は組織犯罪対策部へ向けた言葉だった。彼らは思い思いに頷き、龍の提案通りの行動を開始した。


「確かに、ここ最近の賭博罪の多さは異常だよね。まあ、筋の通っている言い分を上が否定するってことは、自分たちに心当たりがあるか、に捜査の手が伸びることを避けたいか・・・・。どちらにしても馬鹿馬鹿しいけど」
 昼食時に龍から事情を聞いた玲央は、容赦のない批評を口にした。彼は賭博罪の件を龍に任せ、他の事件を担当しているため、弟よりも遠慮のない物言いができた。
「こっちが敢えて口にしなかったことまで言うなよ。
 まあとにかく、何とかしなきゃならないのは確実だ。組対は協力してくれるだろうが、が個人で動いていると知られると、違う面倒ごとが起こる・・・・」
 龍はため息をついた。玲央は同意を示し、口を開く。
「凪頼んでおいたら? 法に違反はしていないし、上には上で対抗した方が早い。俺も色んな事件抱えているから、しばらくは動けないし」
「そうだな。どうせ細かいことをあいつには頼まないし」
 龍はお弁当の最後の白米を飲み込むと、スマートフォンを取り出した。2コール目が終わりかけるとき、「どうしたの?」という凪の声が流れる。
「久しぶりだな、凪。ちょっと頼まれてくれるか? いや、問題ない。主なことは、既にあっちに頼んでるから」
                    
            ※

「あら、海里君。元気になったの?」
 近所の花屋の店主が穏やかな笑みを浮かべて尋ねた。海里は数週間の間、病院に足を運ばなかったことが、既に知られているのだと実感して苦笑いをする。
「はい。もうすっかり」
「それなら良かったわ。心配してたのよ。いつも、忙しくても頻繁に行っていたから。真衣ちゃんも、心配しているんじゃない?」
「通り越して怒っているかもしれませんね」
 警視庁が賭博罪に慌ただしく対処している頃、海里は実家から戻り、元通りの生活をしていた。彼は小夜に許可を得て実家での事件を小説として発表し、ようやく自分の気持ちを落ち着かせたのだった。
 花束をまとめる間、店主と海里は談笑していたが、ふと店主は暗い顔をして言った。
「そういえば、最近警察の方をよく見かけるのよ。何かあったのかしらねえ」
 先日まで家にこもって小説を執筆し、テレビも見ていなかった海里は少し目を丸くして尋ねた。
「警察・・・この辺り一帯で、ですか?」
「ええ。でも殺人事件のニュースはなくて、賭博とかカジノとか、そんな感じらしいわよ。でも、そういうのって暴力団とかを連想するでしょ? みんな不安がってるのよ」
 賭博、と海里はつぶやいた。事件について何か考えようかとした海里だったが、それより前に花束が出来上がり、代金を払って真衣の病院へ向かった。
 久しぶりに来た病院は、なぜか真新しく見えた。気持ちの変化は見方を変えるのだと実感しつつ、海里は急足で真衣の病室へ足を運んだ。
「・・・・遅くなりましたね、真衣」
 海里は枯れかけている花を取り、買ったばかりの花を生けた。サイドテーブルの側にある椅子を引き寄せて座り、真衣に話しかける。
「最近、色んなことがあったんです。1度深く落ち込んで・・・自分のやっていることがわからなくなった。でも、そのおかげで、目を向けるべきことから目を逸らしていたことがわかって、変わる決心ができたんです。感謝してもしきれない人たちです。
 真衣が目を覚ましたら、その人たちに会わせたいんです。とっても優しい人たちだから、きっと仲良くなれますよ。1人は真衣と同じ歳ですから、話が合うかもしれませんね」
 真衣は静かに眠っていた。心音や脈拍を図る電子音は規則正しく聞こえている。以前は目が覚めないことに大きな不安を覚えていた海里だったが、今では妹なら、きっと大丈夫だと思うようになっていた。真衣の長い黒髪からはシャンプーの香りが漂い、花の香りがするものを使っているという看護師の発言を思い出していた。


 どれほどの時間が経っただろう。近況を報告し終えたとき、海里のスマートフォンが鳴った。龍からの電話だとわかると、海里は一旦病室を出て通話可能エリアで応じた。
「もしもし?」
『急に悪いな。今、暇か?』
「ええ。妹のお見舞いも終わって帰ろうと思っていたところです。ーー事件ですか?」
 後半の一言は、少し声を潜めて尋ねた。龍はすぐに応じる。
『ああ。場所はーー』
 龍が口にした場所は、やはり賭博が行われている建物の一室だった。海里に予想はついたものの、現時点で深く考えることはなく、彼は改めて真衣の顔を見たあと、病院を飛び出して、現場に向かった。
「やあ。元気そうだね、江本君」
 現場の外には玲央が立っていた。見知らぬ刑事たちの顔が多いので、知り合いの彼が敢えて立っていたとわかる。
「お久しぶりです。それで・・・何が?」
 海里の質問に玲央は顔を顰めた。顎で扉が開きっぱなしになっている建物内を指し示し、それに応じて視線を動かした海里は息を飲む。
 扉から見えるだけでも、複数の遺体が見えた。血溜まりの中からは苦悶に歪んだ顔が垣間見え、刑事たちの密やかながらも緊縛した声が聞こえる。
「なっ・・・一体、何があったんです?」
「俺たちにもよく分からねえよ」
 一時的に現場から戻った龍は、血のついた手袋をしていた。新しい手袋に付け替えながら、彼は続ける。
「近所の住民が大勢の悲鳴を聞いて通報したらしい。電話の声があまりに切羽詰まってたんで、急いで来てみたらこの有様だ。犯人らしき人物は見当たらない」
「殺害方法は何だった?」
「近距離からの狙撃」
 龍の言葉に玲央は顔を顰めた。
「厄介だね。銃刀法違反に留まらず、ここまでの人間を殺すとなると、死刑は確実だ。加えて、ここ最近起きている賭博罪と無関係とは思えないし・・・・」
「賭博罪? お花屋さんの店主さんがおっしゃっていましたが・・・最近多いんでしたっけ? 実家から戻ったあと、テレビを付けずに過ごしていたので、詳しいことを知らないんですが」
「警察内部でも情報が錯綜していて、実態は掴めていないんだ。ただ、今月に入ってから5回、賭博罪で逮捕状を出している。現在は組対・・・組織犯罪対策部と捜査一課が協力して捜査に当たっている最中で、ここは以前から賭博を行っているとの噂があったから、潜入捜査まで視野に入れていたんだよ。そんなときにーー」
 龍は振り返って現場を見つめ、目を細めた。野次馬の中には、スマートフォンを向ける者が大半だったが、柄の悪い者たちも少なくなかった。内容までは聞き取れなかったが、海里たちの耳には組や親父など、がわずかに届いた。
 やがて、龍は改めて海里に向き直って口を開いた。
「過去の事件を始めとした諸々の事情で、俺たちは上を完全に無視して動くことはできない。江本、第3者であるお前の力を貸してくれ」
 その言葉には切実な響きが込められていた。海里は強く頷いて答える。
「もちろんです。私はお2人の力になると決めていますから」
 迷いのない力強い言葉に、玲央は嬉しそうに微笑んだ。その表情は家族を見つめているようでも、同志の存在に心強さを感じているようにも見えた。
「前の調子が戻ってきたみたいだね。それとも、生まれ変わったと言うべきかな?」
 海里は答える代わりに笑みを返した。それだけで彼らには十分だと、言葉にせずともわかっていたから。
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