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Case82.カジノに潜む悪魔②
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人助けをした、とそのときは思っていた。そう思わない方がおかしい状況だった。
「どこまでですか?」
私の言葉に対して、好々爺を想起させる笑みは疑念の2文字を消した。駅を指し示されたので頷きつつ、手にした荷物の重さに微かな違和感を覚える。
「どうしてこんなに重い物を? 差し支えなければ教えていただきたいのですが」
踏み込みすぎたと思ったが、老人は嫌な顔ひとつせず答えた。
だからこそ気づかなかった。気づけなかった。この一連の行動が全て、私という人間を図るためのものであることに。
ーカイリ『カジノに潜む悪魔』第2章ー
※
「はい。ここ1ヶ月で起きた5件の賭博罪の資料。足りないところは、自分でお願いね。私の推測が大半だから」
「ありがとうございます、凪さん」
殺人事件発生の翌日、海里は浩史の妹・凪が経営するバーに行き、事件の資料を受け取っていた。2人は以前海里が拉致された一件以来の対面であり、必要以上の会話を交わさなかった。
海里はありがたく資料を受け取りつつ、民間人の推測が多分に含まれている物を民間人が受け取って警察に伝えるという流れに疑問を覚える。すると、そんな彼を見かねてか、凪は口を開く。
「そんな不安そうな顔しないで。私はあくまで仲介役っていうか、個人的に協力したいから、やってるだけ。江本さんみたいに推理はできないし、報道されている以上のことを多く知っているわけでもないから」
「あ、いえ、凪さんを疑っているとか、そういうわけではないんです。ただ、改めて不思議だと思っただけで。
変に感じたのであれば、すみません。九重さんを信頼しているのは間違いありませんから」
海里の言葉に凪は安心したように笑った。海里は鞄に受け取った資料を入れ、席を立つ。別れの挨拶を交わし、機会があればバーに行くと言って立ち去った。
凪のバーを後にすると、海里は警視庁への道を歩み始めた。元々、彼女から資料を受け取ったら、警視庁で話し合いをする予定だったのである。本来であれば東堂兄弟のどちらかが凪に会うはずだったが、突然事件の風向きが変わって多忙になったため、海里が受け取ることになり、今に至っていた。
警視庁が視界に大きく映る寸前、聞き覚えのない声が海里の耳を捉えた。
「そこのお兄さん。すみませんが、少し手伝ってくれませんかのう」
「えっ?」
驚きを滲ませた声を上げながら呼ばれて振り返ると、右手に杖をついた1人の老爺が海里を見ていた。眼鏡をかけており、左目付近の長い前髪と立派な口髭も加わって、顔がよく見えない。さほど腰は曲がっていなかったが、大きめのショルダーバッグと共に、両手に唐草模様の風呂敷に包まれた大きな荷物を持っていた。海里は納得したように頷き、失礼しますと声をかけてから2つの手荷物を持ち上げた。その瞬間、両手に図鑑が乗ったかのような重さが走る。
「これは重いですね。どこまでお持ちしましょうか」
「あそこの駅までお願いできますかな」
そう言いながら、老爺は警視庁近くにある駅を指し示した。幸い、大した距離ではない。
「わかりました。差し支えなければお答えいただきたいのですが、どうしてこんなに重い荷物を2つも? ショルダーバッグも軽くないように見えますけれど」
海里の言葉に老爺は苦笑いを浮かべて答えた。
「はは。まあ、年寄りが持つ物ではありませんからなあ。実を言いますと、その2つの荷物は友人からの貰い物でして。何とかここまでは持って来れたのですが、杖があるとどうも疲れましてなあ」
「そうだったんですか。確かに、貰い物を持って頂くのは気が引けますよね」
そんな軽口を叩きながら、海里は駅の改札前まで荷物を運んだ。老爺は礼を言って荷物を受け取り、海里に深く頭を下げた。
「突然の頼みを聞いてくれてありがとうございます。助かりました」
「いえいえ。お気をつけて」
※
「遅かったな。何かあったのか?」
予定時間より5分ほど遅れた海里に、龍は連絡の不備を口にせず心配げな声をかけた。海里は「人助けをしていたんです」と言い、東堂兄弟に事情を説明した。
「なるほどね。まあ、それを断るのは気が引けるよね。天気や気温的にも、長時間外にいるのは憚られるし」
玲央は普段通りの声でそう言った。龍も同意を示し、先ほどまで部下たちと話し合いをしていたので連絡があっても気が付かなかったと思うと話した。
お互いの事情を話し終えると、海里は凪にもらった資料を取り出して開封し、机に中身を並べた。2人はざっと目を通し、特に元々事件に関わっていなかった玲央はより長く資料を見つめていた。
「なるほど・・・事件の概要はこんな感じか。でも、ここまで賭博が出回っているなんて知らなかったな。1件目の逮捕直後から捜査一課と協力体制を取ったとのことだけど、逮捕までの経緯は?」
「店の近くを通りかかった住民の通報だ。“お金を賭けて怪しいことをやっているが違法じゃないのか”みたいな内容だったらしい」
「へえ・・・随分具体的に現場を見た口ぶりだけど、通報者と話はしたの?」
龍は首を横に振った。玲央は即座に眉を顰め、なぜかと尋ねる。龍は当時を思い出しながら答えた。
「該当する人間がいなかったんだよ。捜査一課でもかなり探したんだけどな。結局、通報のおかげで逮捕にこぎつけたから、一旦置いておこうって話になった」
海里は相槌を打ちつつ、どこか納得いかない表情を浮かべて尋ねた。
「その後は、どのように逮捕を?」
「大方、同じだな。ただ、3件目と4件目は捜査一課も協力して潜入捜査をしていたから、そっちから連絡を受けて逮捕した」
「それで先日の5件目に至るってことだね。通報者は?」
「また不在だ。1、2、5件目は警察関係者以外が通報してるから、話を聞くに越したことはないんだが・・・・」
龍は頭を掻いた。玲央は資料を見直し、通報者が“近所の住民?”と書かれた箇所を見つめる。
「その3件の被害者はどこから現場を見て通報したの? ここにはそれが書かれていない」
玲央は資料を指で叩きながら言った。龍は溜息をつく。
「ああ・・・それも曖昧なんだ。“現場近く”の一点だよ」
「しかし、それだと妙なことになりませんか? この5つの賭博場は、全て地下にあります。通報できたということは、わざわざ地下に行って、部屋の中を見なければならない。現場の建物にいたことは確実です。
そう考えれば、通報者は逮捕者の仲間で、責めを追うのが怖くなって通報した、という方がしっくり来ます。まあ、何度も同じことが起こっているのは不思議ですが・・・・」
「それは同意見だ。だが、それ以上探る術がない。江本の意見は捜査会議でも上がって、番号に掛け直したんだが、どれも繋がらなかった」
龍の言葉に、玲央はますます首を傾げた。
「繋がらなかった? ちょっと待って、龍。話が無茶苦茶だよ。元仲間にしても通報者だろう? 警察から電話が来れば意味が分かるはずじゃないか。通報した以上、仲間に裏切りとみなされても警察なら恩赦を与えることはできる。それが狙いで通報してきたはずだ。
それにも関わらず相手が電話に出ないなら、その番号自体偽物ーーいや、もし同じ通報者だった場合、複数の番号を持っているなんて話になる」
「分かってるって。その場合でも違う通報者でも、おかしいってこともな。だが、誰も姿を見ていないから、声と番号しか手がかりがない。どっちも追えない以上、曖昧に終わらせることしか今はできないんだよ」
海里は顎に手を当てた。軽く俯いて資料を読み返しつつ、つぶやく。
「現場から鑑みても、逮捕者の仲間である通報者が裏切って通報した可能性が高いですよね。でも、その場合は警察からの恩赦がないとは言い切れないから、警察に姿を見せた方が通報者の得になる。ただ、それを理解した上で通報したはずなのに、決まった時間に掛け直していないにも関わらず、電話に出ないのはおかしい話です。
仮に何か事情があるとしても、同じ通報者なら番号が複数あることになるし、違う通報者でも同じことが起こっているのは違和感を覚えます。賭博に手を染めていたとしても、通報者は“ただの”民間人とは思えません。
何より、賭博罪から始まった一件が、突然の大量殺人に結びつけることはできませんよ」
海里はため息混じりに締め括った。玲央は同意して口を開く。
「個人での揉めごとにしては事件が大きくなりすぎている。暴力団やそれに類する組織が動いている可能性は非常に高いね」
「だろうな。だが、可能性に留まっている曖昧な話を上が聞き入れるわけがない。3年前の事件も含めて、俺たちはすっかり目の敵にされている」
その言葉に海里は違和感を覚えつつ、ムッとした表情を浮かべた。いたずらをして怒られた子供が拗ねているような表情だった。
「なぜですか? あれは不運な事件でしょう。お2人は何も悪くありません」
「“自分の身辺すら守れない人間に警察官の資格はない”。それが上の言い分だ。守れなかったことを否定はしないが、資格だの何だのは、言われたくないな」
龍は苦笑した。玲央も隣で呆れ笑いを浮かべている。海里はそれを見て、目を丸くした。
「どうして受け入れられるんですか? そんな言葉、あまりにも理不尽です。突然起こってしまった事件で責められることなんてないはずです。誰であろうと防げなかった悲劇くらい、世の中にはいくらでもある。それなのに・・・・」
江本君、と遮るように玲央が声を上げた。彼は穏やかな笑みを浮かべている。
「俺たちはね、これ以上誰かを恨みたくないんだよ。恨むのは、俺たちの大切な人を殺した人間だけでいい。
それに、守れなかったことは事実。突然起こったことであっても、警察官が連続して殺害された事件と地続きになっている可能性が高い以上、防げたんじゃないかって思うよ。そういう意味では、上の言い分は正しい。否定するだけ疲れるだけだよ」
「ああ。どの道、俺たちは出世に興味はない。最前線で働けたらいいさ。それで救われる命があるなら、失った大切な存在に多少は顔向けができる」
2人の考えに海里は驚くばかりだった。達観している、という言葉が浮かんだが、そこに至るまでに悩み抜いた時間があることは想像ができた。その時間を、自分は決して知ることができない以上、下手に踏み込むべきでないことも。
海里は気持ちを切り替えるように息を吐き、納得したように頷いた。
「話が逸れましたね、失礼。とにかく、今回の事件はあまりに不可解です。また現場に行って調べを続けます。何か分かれば連絡しますね」
「悪いが頼む。部下に話して一緒に調べてくれ。今回の事件は重大だが、他にも解決すべき事件もあるからな」
翌日、玲央は耳にした事件が信じ難く、警視庁に戻るなり捜査一課の仕事場に直行した。
「龍! あの話本当なのか⁉︎」
騒めきを破るほどの声で玲央は尋ねた。中央に立って頭を抱えていた龍は、重々しく頷いて口を開く。
「本当だよ。一昨日の事件現場に民間人が立ち入らないよう、警備していた警察官5人が全員殺された。目撃者は今のところーーゼロだ」
警視庁は大騒ぎだった。すぐに緊急の捜査会議が設置され、龍たちの報告のみで事件に深入りしていなかった捜査一課長をまでも出席するよう指示が出された。上層部は身内が殺害されたことに混乱と激怒を現し、指示を無視した捜査を行った組織犯罪対策部と龍を責め、謝罪を半ば強要した。
「待ってください。それは流石にやりすぎです」
黙って話を聞いていた玲央だったが、謝罪の一言が放たれるなり、そう声を上げて止めた。彼は自席から立ち上がり、今回の事件は全貌が掴めない中で捜査を続けており、2件の殺人を容易には予測できなかったと口にした。
「確かに、逮捕者や警察官を殺害されたのは失態かもしれません。ですが、優先すべきは事件の解決です。皆さまも、それは同じでしょう?」
玲央は警察上層部や政界に賭博を行っている人間はゼロではないと確信しつつ、そう尋ねた。上層部は答えに迷ったものの、状況的に玲央の言葉を否定することはできずに頷く。
「そうだ。だが、失態は失態であってーー」
粘ろうとする上層部に対し、玲央は発言を遮って続けた。
「そう思われるなら、謝罪や始末書云々に時間を取っている場合ではありません。それらの対応は事件の解決までお待ちください」
「待つだと?」
「はい。一先ず時間をください。先ほどもお話しした通り、今回の事件は全貌が掴めていない。綿密に捜査をしつつ、これまでの情報とのすり合わせが必要になる。
これは当然のことですが、殺人事件が起こった以上、我々捜査一課も正式に捜査に参加します。不鮮明だった情報が出てくる可能性は捨てきれない。とにかく今まで以上に捜査を続けますから、謝罪は後にしてくださいませんか」
内心、玲央はこんな説得に時間をかけている場合ではないと感じていた。そもそも、上層部が捜査を許可しようがしまいが、2件の殺人事件は起こっていた可能性が高いのだ。謝罪を強要したところで、何も解決することなどなかった。
「その意見には納得できる。だが、謝罪も何もないのは誠実さに欠ける」
ーー誠実さなんて説ける立場か?
吐き出しそうになった言葉を、玲央は寸前で飲み込んだ。上層部を一瞥し、隅に腰掛けてどこかを見ている様子の捜査一課長に向けて口を開きかける。直後、会議室の扉が前触れなく開いた。
「いいじゃないか。謝罪は置いておけば」
「九重刑事部長⁉︎」
全員がギョッとし、上層部は一斉に立ち上がった。同時に、玲央は視界の端で捜査一課長が手元の資料に視線を動かす姿を確認する。合点が言った彼は、黙って浩史を見た。
浩史は玲央、龍と視線を合わせたあと、上層部に視線を巡らす。
「1ヶ月でどうだ?」
唐突な言葉に上層部は「は?」と素っ頓狂な声を上げた。浩史は穏やかに笑って続ける。
「事件解決の期間だよ。普通に考えれば短いし、設けるべきではないとは思うが、君たちはその方が安心するのだろう?」
玲央と説得と浩史の機転が功を奏し、組織犯罪対策部と捜査一課は1ヶ月の猶予を手に入れることができた。しかし、浩史の言う通り十分と言い切ることはできないため、会議が終わるなり、龍はすぐさま海里に電話をした。
『すぐ現場に向かいます』
「連日、悪いな」
『お2人のためですから』
この時、彼らはまだ知らなかった。この事件が、仕組まれたものであることに。
「どこまでですか?」
私の言葉に対して、好々爺を想起させる笑みは疑念の2文字を消した。駅を指し示されたので頷きつつ、手にした荷物の重さに微かな違和感を覚える。
「どうしてこんなに重い物を? 差し支えなければ教えていただきたいのですが」
踏み込みすぎたと思ったが、老人は嫌な顔ひとつせず答えた。
だからこそ気づかなかった。気づけなかった。この一連の行動が全て、私という人間を図るためのものであることに。
ーカイリ『カジノに潜む悪魔』第2章ー
※
「はい。ここ1ヶ月で起きた5件の賭博罪の資料。足りないところは、自分でお願いね。私の推測が大半だから」
「ありがとうございます、凪さん」
殺人事件発生の翌日、海里は浩史の妹・凪が経営するバーに行き、事件の資料を受け取っていた。2人は以前海里が拉致された一件以来の対面であり、必要以上の会話を交わさなかった。
海里はありがたく資料を受け取りつつ、民間人の推測が多分に含まれている物を民間人が受け取って警察に伝えるという流れに疑問を覚える。すると、そんな彼を見かねてか、凪は口を開く。
「そんな不安そうな顔しないで。私はあくまで仲介役っていうか、個人的に協力したいから、やってるだけ。江本さんみたいに推理はできないし、報道されている以上のことを多く知っているわけでもないから」
「あ、いえ、凪さんを疑っているとか、そういうわけではないんです。ただ、改めて不思議だと思っただけで。
変に感じたのであれば、すみません。九重さんを信頼しているのは間違いありませんから」
海里の言葉に凪は安心したように笑った。海里は鞄に受け取った資料を入れ、席を立つ。別れの挨拶を交わし、機会があればバーに行くと言って立ち去った。
凪のバーを後にすると、海里は警視庁への道を歩み始めた。元々、彼女から資料を受け取ったら、警視庁で話し合いをする予定だったのである。本来であれば東堂兄弟のどちらかが凪に会うはずだったが、突然事件の風向きが変わって多忙になったため、海里が受け取ることになり、今に至っていた。
警視庁が視界に大きく映る寸前、聞き覚えのない声が海里の耳を捉えた。
「そこのお兄さん。すみませんが、少し手伝ってくれませんかのう」
「えっ?」
驚きを滲ませた声を上げながら呼ばれて振り返ると、右手に杖をついた1人の老爺が海里を見ていた。眼鏡をかけており、左目付近の長い前髪と立派な口髭も加わって、顔がよく見えない。さほど腰は曲がっていなかったが、大きめのショルダーバッグと共に、両手に唐草模様の風呂敷に包まれた大きな荷物を持っていた。海里は納得したように頷き、失礼しますと声をかけてから2つの手荷物を持ち上げた。その瞬間、両手に図鑑が乗ったかのような重さが走る。
「これは重いですね。どこまでお持ちしましょうか」
「あそこの駅までお願いできますかな」
そう言いながら、老爺は警視庁近くにある駅を指し示した。幸い、大した距離ではない。
「わかりました。差し支えなければお答えいただきたいのですが、どうしてこんなに重い荷物を2つも? ショルダーバッグも軽くないように見えますけれど」
海里の言葉に老爺は苦笑いを浮かべて答えた。
「はは。まあ、年寄りが持つ物ではありませんからなあ。実を言いますと、その2つの荷物は友人からの貰い物でして。何とかここまでは持って来れたのですが、杖があるとどうも疲れましてなあ」
「そうだったんですか。確かに、貰い物を持って頂くのは気が引けますよね」
そんな軽口を叩きながら、海里は駅の改札前まで荷物を運んだ。老爺は礼を言って荷物を受け取り、海里に深く頭を下げた。
「突然の頼みを聞いてくれてありがとうございます。助かりました」
「いえいえ。お気をつけて」
※
「遅かったな。何かあったのか?」
予定時間より5分ほど遅れた海里に、龍は連絡の不備を口にせず心配げな声をかけた。海里は「人助けをしていたんです」と言い、東堂兄弟に事情を説明した。
「なるほどね。まあ、それを断るのは気が引けるよね。天気や気温的にも、長時間外にいるのは憚られるし」
玲央は普段通りの声でそう言った。龍も同意を示し、先ほどまで部下たちと話し合いをしていたので連絡があっても気が付かなかったと思うと話した。
お互いの事情を話し終えると、海里は凪にもらった資料を取り出して開封し、机に中身を並べた。2人はざっと目を通し、特に元々事件に関わっていなかった玲央はより長く資料を見つめていた。
「なるほど・・・事件の概要はこんな感じか。でも、ここまで賭博が出回っているなんて知らなかったな。1件目の逮捕直後から捜査一課と協力体制を取ったとのことだけど、逮捕までの経緯は?」
「店の近くを通りかかった住民の通報だ。“お金を賭けて怪しいことをやっているが違法じゃないのか”みたいな内容だったらしい」
「へえ・・・随分具体的に現場を見た口ぶりだけど、通報者と話はしたの?」
龍は首を横に振った。玲央は即座に眉を顰め、なぜかと尋ねる。龍は当時を思い出しながら答えた。
「該当する人間がいなかったんだよ。捜査一課でもかなり探したんだけどな。結局、通報のおかげで逮捕にこぎつけたから、一旦置いておこうって話になった」
海里は相槌を打ちつつ、どこか納得いかない表情を浮かべて尋ねた。
「その後は、どのように逮捕を?」
「大方、同じだな。ただ、3件目と4件目は捜査一課も協力して潜入捜査をしていたから、そっちから連絡を受けて逮捕した」
「それで先日の5件目に至るってことだね。通報者は?」
「また不在だ。1、2、5件目は警察関係者以外が通報してるから、話を聞くに越したことはないんだが・・・・」
龍は頭を掻いた。玲央は資料を見直し、通報者が“近所の住民?”と書かれた箇所を見つめる。
「その3件の被害者はどこから現場を見て通報したの? ここにはそれが書かれていない」
玲央は資料を指で叩きながら言った。龍は溜息をつく。
「ああ・・・それも曖昧なんだ。“現場近く”の一点だよ」
「しかし、それだと妙なことになりませんか? この5つの賭博場は、全て地下にあります。通報できたということは、わざわざ地下に行って、部屋の中を見なければならない。現場の建物にいたことは確実です。
そう考えれば、通報者は逮捕者の仲間で、責めを追うのが怖くなって通報した、という方がしっくり来ます。まあ、何度も同じことが起こっているのは不思議ですが・・・・」
「それは同意見だ。だが、それ以上探る術がない。江本の意見は捜査会議でも上がって、番号に掛け直したんだが、どれも繋がらなかった」
龍の言葉に、玲央はますます首を傾げた。
「繋がらなかった? ちょっと待って、龍。話が無茶苦茶だよ。元仲間にしても通報者だろう? 警察から電話が来れば意味が分かるはずじゃないか。通報した以上、仲間に裏切りとみなされても警察なら恩赦を与えることはできる。それが狙いで通報してきたはずだ。
それにも関わらず相手が電話に出ないなら、その番号自体偽物ーーいや、もし同じ通報者だった場合、複数の番号を持っているなんて話になる」
「分かってるって。その場合でも違う通報者でも、おかしいってこともな。だが、誰も姿を見ていないから、声と番号しか手がかりがない。どっちも追えない以上、曖昧に終わらせることしか今はできないんだよ」
海里は顎に手を当てた。軽く俯いて資料を読み返しつつ、つぶやく。
「現場から鑑みても、逮捕者の仲間である通報者が裏切って通報した可能性が高いですよね。でも、その場合は警察からの恩赦がないとは言い切れないから、警察に姿を見せた方が通報者の得になる。ただ、それを理解した上で通報したはずなのに、決まった時間に掛け直していないにも関わらず、電話に出ないのはおかしい話です。
仮に何か事情があるとしても、同じ通報者なら番号が複数あることになるし、違う通報者でも同じことが起こっているのは違和感を覚えます。賭博に手を染めていたとしても、通報者は“ただの”民間人とは思えません。
何より、賭博罪から始まった一件が、突然の大量殺人に結びつけることはできませんよ」
海里はため息混じりに締め括った。玲央は同意して口を開く。
「個人での揉めごとにしては事件が大きくなりすぎている。暴力団やそれに類する組織が動いている可能性は非常に高いね」
「だろうな。だが、可能性に留まっている曖昧な話を上が聞き入れるわけがない。3年前の事件も含めて、俺たちはすっかり目の敵にされている」
その言葉に海里は違和感を覚えつつ、ムッとした表情を浮かべた。いたずらをして怒られた子供が拗ねているような表情だった。
「なぜですか? あれは不運な事件でしょう。お2人は何も悪くありません」
「“自分の身辺すら守れない人間に警察官の資格はない”。それが上の言い分だ。守れなかったことを否定はしないが、資格だの何だのは、言われたくないな」
龍は苦笑した。玲央も隣で呆れ笑いを浮かべている。海里はそれを見て、目を丸くした。
「どうして受け入れられるんですか? そんな言葉、あまりにも理不尽です。突然起こってしまった事件で責められることなんてないはずです。誰であろうと防げなかった悲劇くらい、世の中にはいくらでもある。それなのに・・・・」
江本君、と遮るように玲央が声を上げた。彼は穏やかな笑みを浮かべている。
「俺たちはね、これ以上誰かを恨みたくないんだよ。恨むのは、俺たちの大切な人を殺した人間だけでいい。
それに、守れなかったことは事実。突然起こったことであっても、警察官が連続して殺害された事件と地続きになっている可能性が高い以上、防げたんじゃないかって思うよ。そういう意味では、上の言い分は正しい。否定するだけ疲れるだけだよ」
「ああ。どの道、俺たちは出世に興味はない。最前線で働けたらいいさ。それで救われる命があるなら、失った大切な存在に多少は顔向けができる」
2人の考えに海里は驚くばかりだった。達観している、という言葉が浮かんだが、そこに至るまでに悩み抜いた時間があることは想像ができた。その時間を、自分は決して知ることができない以上、下手に踏み込むべきでないことも。
海里は気持ちを切り替えるように息を吐き、納得したように頷いた。
「話が逸れましたね、失礼。とにかく、今回の事件はあまりに不可解です。また現場に行って調べを続けます。何か分かれば連絡しますね」
「悪いが頼む。部下に話して一緒に調べてくれ。今回の事件は重大だが、他にも解決すべき事件もあるからな」
翌日、玲央は耳にした事件が信じ難く、警視庁に戻るなり捜査一課の仕事場に直行した。
「龍! あの話本当なのか⁉︎」
騒めきを破るほどの声で玲央は尋ねた。中央に立って頭を抱えていた龍は、重々しく頷いて口を開く。
「本当だよ。一昨日の事件現場に民間人が立ち入らないよう、警備していた警察官5人が全員殺された。目撃者は今のところーーゼロだ」
警視庁は大騒ぎだった。すぐに緊急の捜査会議が設置され、龍たちの報告のみで事件に深入りしていなかった捜査一課長をまでも出席するよう指示が出された。上層部は身内が殺害されたことに混乱と激怒を現し、指示を無視した捜査を行った組織犯罪対策部と龍を責め、謝罪を半ば強要した。
「待ってください。それは流石にやりすぎです」
黙って話を聞いていた玲央だったが、謝罪の一言が放たれるなり、そう声を上げて止めた。彼は自席から立ち上がり、今回の事件は全貌が掴めない中で捜査を続けており、2件の殺人を容易には予測できなかったと口にした。
「確かに、逮捕者や警察官を殺害されたのは失態かもしれません。ですが、優先すべきは事件の解決です。皆さまも、それは同じでしょう?」
玲央は警察上層部や政界に賭博を行っている人間はゼロではないと確信しつつ、そう尋ねた。上層部は答えに迷ったものの、状況的に玲央の言葉を否定することはできずに頷く。
「そうだ。だが、失態は失態であってーー」
粘ろうとする上層部に対し、玲央は発言を遮って続けた。
「そう思われるなら、謝罪や始末書云々に時間を取っている場合ではありません。それらの対応は事件の解決までお待ちください」
「待つだと?」
「はい。一先ず時間をください。先ほどもお話しした通り、今回の事件は全貌が掴めていない。綿密に捜査をしつつ、これまでの情報とのすり合わせが必要になる。
これは当然のことですが、殺人事件が起こった以上、我々捜査一課も正式に捜査に参加します。不鮮明だった情報が出てくる可能性は捨てきれない。とにかく今まで以上に捜査を続けますから、謝罪は後にしてくださいませんか」
内心、玲央はこんな説得に時間をかけている場合ではないと感じていた。そもそも、上層部が捜査を許可しようがしまいが、2件の殺人事件は起こっていた可能性が高いのだ。謝罪を強要したところで、何も解決することなどなかった。
「その意見には納得できる。だが、謝罪も何もないのは誠実さに欠ける」
ーー誠実さなんて説ける立場か?
吐き出しそうになった言葉を、玲央は寸前で飲み込んだ。上層部を一瞥し、隅に腰掛けてどこかを見ている様子の捜査一課長に向けて口を開きかける。直後、会議室の扉が前触れなく開いた。
「いいじゃないか。謝罪は置いておけば」
「九重刑事部長⁉︎」
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「1ヶ月でどうだ?」
唐突な言葉に上層部は「は?」と素っ頓狂な声を上げた。浩史は穏やかに笑って続ける。
「事件解決の期間だよ。普通に考えれば短いし、設けるべきではないとは思うが、君たちはその方が安心するのだろう?」
玲央と説得と浩史の機転が功を奏し、組織犯罪対策部と捜査一課は1ヶ月の猶予を手に入れることができた。しかし、浩史の言う通り十分と言い切ることはできないため、会議が終わるなり、龍はすぐさま海里に電話をした。
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シスターヴレイヴ!~上司に捨て駒にされ会社をクビになり無職ニートになった俺が妹と異世界に飛ばされ妹が勇者になったけど何とか生きてます~
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