小説探偵

夕凪ヨウ

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Case83.カジノに潜む悪魔③

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 よく通る声。それが、彼女に対する第一印象だった。だけど、耳を澄ますと、その声に異様に引き込まれた。
 ずっと聞いていたいと思い、同時に、これ以上聞いてはならないと思う。それはまるで、毒を持った美しい花のようだった。
「何も出ないかもしれないから、あまり期待はしないでくれよ」
 東さんの声で我に返った。ふふっという軽い笑い声が聞こえ、ようやく彼女の姿を視界に映す。
 余すことなく内巻きにされた黒いボブカット。恐らくライトブラウンと呼ばれる色をした瞳。筋の通った鼻と、ローズピンクの口紅が塗られた唇。健康的な肌色。
 彼女を形作る全てが魅力的で、魅惑的だった。目を逸らせなくなるほどに。

    ーカイリ『カジノに潜む悪魔』第3章ー

            ※

「この間と合わせて12人か」
 現場に到着するなり、玲央は遺体の数を数えてそうつぶやいた。見張りをしていた警察官は、全員銃で脳天を撃ち抜かれており、外した様子はなかった。
「一昨日の事件と同じ傷跡だ。銃殺という点はもちろん、弾丸の種類まで被っていると報告を受けた。ここまでの腕前、そういない。同業者を疑いたくなってくる」
「同意見だよ。江本君はどう思う?」
 玲央の質問に海里はしばし考えたあと、おもむろに口を開いた。
「・・・・少しだけで構いませんので、お2人の拳銃を見せて頂けませんか?」
 海里の言葉を不思議に感じつつ、2人は銃を見せた。日本の警察官が扱う拳銃は何の変哲もないように見え、特別な点は感じられなかった。海里は2人の拳銃を見つめつつ、言葉を続ける。
「警察官が所持している銃と比べると、殺害に使われた拳銃よりも弾丸が小さいように思えます。専門家でもないので、確信はありませんが」
「ああ、確かに、殺害に使われた弾丸の方が少し大きいね。別の銃であることは確かだろうけど、種類は後々わかるだろうから、一旦置いておこう。ただ、連続で撃っていると思うから、リボルバー式の銃だとは思うけどね」
 玲央はそう言いながら拳銃をしまった。龍も同じことをしあと、遺体の側に屈んで手袋を嵌め、警察官全員の胸元を探った。彼は一人一人の拳銃を取り出しては残弾数を確認し、5人目の拳銃を確認し終えるなり、ため息にも似た息を吐く。
「どれも弾丸が減っていない。普通、犯人が拳銃を所持していることに気づけなかったとしても、1人撃たれた時点で構えないか? 街中で無闇に発砲しろとは言わないが、威嚇射撃が必要な状況ではあったはずだ」
「そうだね。眠っていたわけでもないとしたらーー」
?」
 玲央の言葉を海里が継いだ。玲央が頷くと、海里は続ける。
「警戒しなくてもいい、という仮説が正しければ、犯人は民間人である可能性が高いですね。明らかに武装した人間であれば、拳銃を抜かずに殺害されるとは思えない。逆に、民間人が拳銃を所持しているとは思わないはず。犯人はその隙に乗じて、5人の警察官を殺害したのかも・・・・」
 そう口に出しつつも、全員が撃たれるまで何もしないなんてことがあるのかと疑問を抱いた。早撃ちという可能性もあるが、見張りをしている以上、電灯で自分の周囲くらいは見えるのだから、異常が発生したことがわからないはずはなかった。
 そして、困ったことに、現場には犯人の痕跡が存在しなかった。指紋や皮膚片、足跡など、犯人に繋がる証拠となりうるものが、何もなかったのだ。犯人が自ら消したと思われたが、徹底した用心深さを感じた。
 海里はその場に屈み、遺体周辺を見渡しつつ、眉を顰める。
「ごく普通のコンクリートで、やはり足跡はありませんね。泥汚れも見当たりませんし、血液も飛び散り方から警察官のものだけだと思います」
「そうだな。何か違う方向からーーん?」
 突然突拍子もない声を上げた龍に、玲央は首を傾げた。
「どうしたの?」
 龍は答えず、遺体の前方にある木の欠片を拾い上げた。ただ、木の欠片と言っても、植物から剥がれ落ちたと言うより、加工されて磨かれたのか、薄い肌色をしていた。表面を撫でると、やすりをかけたように滑らかである。落ちていた周辺を凝視すると、同じ色の欠片が散らばっていることがわかった。
「・・・・何かを地面に強く打ち付けて、その弾みで取れたように見えるな」
「確かに、そんな感じだね。一応、鑑識にーーって・・・江本君、どうしたの。そんなにこれが気になる?」
 海里は屈んだ姿勢のまま、龍の手の平に乗っている木の欠片を凝視していた。その顔は歪んでいると言うより、何かを真剣に考えているようだった。
「はい。最近、どこかで同じような色をしたものを見た気がするんです」
 海里の言葉に2人は目を丸くした。おもむろに立ち上がった海里は、曇天を仰ぎながら考える。ここ数日間の記憶をできる限り遡り、答えに行き着く。
「杖・・・」
「杖?」
 2人が同時に声を上げた。海里は続ける。
「はい。先日、私が待ち合わせの時間に遅れてきたでしょう? その時、ご老人の荷物を持っていたことを話しましたよね。その木の色・・・ご老人が持っておられた杖と同じ色なんです。随分綺麗で新しい杖だと思ったんですよ」
「老人の名前や特徴は分かる?」
 玲央がすかさず尋ね、海里はすぐさま答えた。
「特徴ならわかります。髪は短髪で東堂さんと同じくらい、色はグレーでした。眼鏡をかけている上、左目近くの前髪だけ伸びていて、全体的に顔がよく見えませんでしたね。後はーー」
「左目を隠していた?」
 詰問するような玲央の声に、海里は驚いて視線を移し、さらに驚いた。玲央が、なぜか目を大きく見開き、冷や汗を掻いていたからだ。
 海里はその様子にたじろぎつつ、軽く頷く。
「は・・はい。それが、どうかされたんですか?」
 海里の質問に玲央ははっとし、あからさまに視線を逸らして言った。
「・・・・いや、何でもないよ。続けて」
 何でもないなどと言うことはないだろうと感じたが、海里は追及することなく再度口を開いた。
「腰は曲がっていましたが、背は高いと思います。お若い頃は東堂さんや玲央さんに引けを取らない身長だったのではないかと。人当たりのいい、優しい口調と笑顔でしたよ。服装は白い半袖のワイシャツに、薄い黒の長ズボン、黒の革靴とシンプルでしたね」
 海里の記憶力に半ば呆れつつ、龍が言った。
「よく覚えてるな。1回会っただけだろ?」
「まあそうなんですけど、ご老人ですし、転んでもいけないと思って、駅まで様子を見ていたんですよ」
「親切だか好奇心だかわからないな。まあいい。
 兄貴、取り敢えず本庁に戻ろう。色々報告しなきゃならないことがある」
 龍の言葉に玲央はぎこちなく頷き、両足を引き摺るように動かした。


 警視庁に戻った3人は、真っ先に鑑識課へ向かった。海里は龍と出会って以来、何度も警視庁に来ていたが、捜査一課以外の課へ足を運ぶのは初めてだった。  
 鑑識課には複数の警察官がおり、各々パソコンに向かったり顕微鏡等で何かしらの証拠品を調べたりしていた。現場でよく見る作業服は、大半が椅子にかけられている。海里が職業体験に来た学生のような気持ちで仕事場を見渡していると、2人は迷うことなく歩を進め、パソコンに向かっている女性警察官に声をかけ、木の欠片を調べて欲しいと頼んだ。
 声をかけられた女性警察官は、龍が手渡した木の欠片を見つめつつ口を開く。
「こんな小さな物が気になるの?」
 興味津々と言わんばかりの声に、海里は弾かれたように振り向いた。聞き覚えがあるわけではない。ただ、声に引き込まれただけだった。
「相変わらず視野が広いじゃない、龍」
 親しげな口調でそう言うと、女性警察官はふふっと笑った。海里は自身の耳が彼女の声に囚われているような感覚を覚え、呆然とする。
 龍は安堵のような息を吐き、答えた。
「そりゃどうも。まあ、何も出ないかもしれないから、あんまり期待はしないでくれよ」
「あら。あなたが持って来るものって、結構“イイ”わよ?」
 龍の声で我に返った海里は、彼が玲央以外の警察官にここまでの軽口を叩く姿を見たことがないことに気がついた。思わず首を傾げると、玲央が「江本君は初対面だったね」と言って続ける。
「彼女は鑑識課の西園寺さいおんじアサヒ。龍の警察学校時代の同期で、元捜査一課。現在の階級は俺たちと同じ警部だよ。
 とても優秀な警察官で、捜査一課時代も今も、色々な面で助けられているんだ」
「ありがたいお言葉ね。私は仲違いしていたあなたたちが、民間人の協力で仲直りしたって聞いて驚いたわ。人生、どう転ぶかわからないわね」
 内巻きにされた黒いボブカットに、ライトブラウンの瞳。筋の通った鼻と、ローズピンクが乗った唇。健康的な肌色。日本人女性の括りで見れば高身長であることは、座っていても一目瞭然だった。
 小夜が神秘的な美しさを持っていると評するなら、アサヒは魅惑的な美しさを持っていると、海里は感じた。聞く者を惹きつける声、何気ない視線やふとした動作。全てが、相手を捉えて逃がさない。逃げられない。怪しくとも溺れたいと思う姿は、どこか玲央の第一印象と似ていた。
 海里が呆気に取られて言葉を失っていると、龍はやれやれと言わんばかりの笑みを浮かべた。アサヒが側の椅子を2つ引き寄せると、龍は礼を言って1つに腰掛けた。
「せっかくだから、江本君はアサヒの仕事を見てみるといいよ。俺は用事があるから、少し外すね」
「あ・・・はい。ありがとうございます」
 何とか礼を言った海里は慌てて空いているもう1つの椅子に腰掛けた。アサヒのその姿を見届けると、立ち去る玲央の背中を見つめ、何事かをつぶやく。
「何か言ったか?」
「別に何も? 耳が良すぎて変な音でも聞こえてるんじゃないの?」
 アサヒは揶揄うように言うと、改めて海里と視線を交わした。彼女は特に彼の容姿に驚く様子はなく、寧ろ彼の方が、あまりに真っ直ぐな視線にたじろいだ。
「あなたが小説探偵カイリーーいいえ、江本海里よね。もし良かったら、これまでの話を聞かせてくれない? 2人からも話は聞いていたけれど、本人からも聞いてみたいから」
 魅惑的な声に海里は頷き、龍との出会いから話を始めた。
                    
            ※

「九重警視長。私です」
 鑑識課を立ち去った玲央は、浩史の仕事部屋に来ていた。浩史は誰かを確かめることなく入室を促し、玲央は「失礼します」とだけ言って部屋に入った。
 浩史は扉に背を向け、窓の外を見ていた。しかし、扉が完全に閉まったことを音で確認するなり、ゆったりと振り向く。
「進展があったのか?」
 何の前触れもない言葉を理解できるのは、玲央だからだった。彼は眉を顰め、囁くような声を出す。
「進展というより・・・・不安、です」
 そう言いながら、玲央は胸ポケットから取り出したメモ帳を浩史の机に置いた。彼はいつのまにか、先ほど海里が言った老人の特徴を書き留めていたのだ。浩史は無言で手を伸ばしてメモ帳を手に取り、開かれたページを一読する。
 そして、浩史もまた、“左目を隠していた”という言葉に目を丸くした。
「これは」
「確証はありません」
 玲央は遮るように言ったあと、ただ、と続ける。
「可能性はあります。
 あの時、私はああすることで小夜を守り切ることができた。彼女は怪我を負った私を心配しましたが」
 そう言いながら、玲央は自分の左腕をさすった。浩史は彼の言葉に頷きつつ、どこか上の空に見えた。
 少しの沈黙を経て、浩史が口を開く。
「江本君が出会った男が私たちの追い求めている者だとしても、そうでなかったとしても、殺人犯に変わりはない。彼が見た姿を元に徹底的に探せ。情報が足りなければ私も調べるし、アサヒにも協力してもらえ。
 それはそれとしてーーどうするつもりだ?」
 その質問の意味が分かるのは、玲央ただ1人だった。浩史は静かに続ける。
「彼女はずっと探している。情報を共有しても構わないが、再び命の危機に陥ることは免れない。それでも教えるのか? 彼女のために」
「いいえ。今はそれが最善だと思わないので、教えられません。しかしそれでも、万が一、小夜に何かあれば、責任は全て私が取ります」
「・・・・わかった、仕事に戻れ」
 玲央の足音が聞こえなくなると、浩史はスマートフォンを取り出して小夜に電話をかけた。何度かコール音がしたあと、通話が始まる。
『何かありましたか? 定期報告以外は連絡を控えるはずですけど』
「確かにそう決めたな。だが、話しておかなければならないことだ。君が、何よりも望んでいる話だよ」
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