小説探偵

夕凪ヨウ

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Case122.悪の巣窟④

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「昨日、小鳥遊さんの遺体があった側の植え込みにこんな物を見つけました。」

 龍が取り出したのは、袋に入れられた髪ゴムだった。

「この染みは血痕です。調べた結果、小鳥遊さんのものでした。そして、ゴムに付いていた指紋はあなたのもの。」
「小鳥遊さんの物では?」
「それはあり得ません。彼女は髪が短かった・・・・ゴムは不要なんです。しかし、あなたは必要ですよね?長い髪を留めるため以前に、仕事をするために。」

 海里は1度言葉を止めた。彼女は笑顔を崩さず、首を縦にも振らない。すると、小夜が言葉を継いだ。

「おかしいと思ったんです。昨日、ガラスで怪我をした私たち教師を手当てしている時、どうして髪を括っていなかったんですか?あなたは養護教諭。手当ての邪魔にならないよう、髪を括る必要がある。でも、昨日は括っていなかった・・・いいえ、ゴムを捨てて括れなかったでしょう?」

 小夜の言葉に國村はゆったりと尋ねた。

「・・・・天宮先生。どうしてそうお思いになるの?疑われるなんて心外ですわ。」
「根拠は指紋と皮膚片の件です。でも、あなたが元々髪を括っていたことは分かっていました。だって、髪に段が付いていたんですから。」

 そう言いながら小夜は自分の髪ゴムを外した。髪が解け、三つ編みをしていたことが一目瞭然に分かる段が付いている。

「私も邪魔にならないようきつく括っていますから、解くとこうなるんです。國村先生も、普段はきちんと括られているでしょう?」
「・・・なるほど。ご立派な推理ね。男性に分かるとは思わなかったけど・・・・」

 國村は玲央を見て、力のない笑みを浮かべた。

「きちんと見ていなかった私も私ですわね。でも、私は昨日天宮先生としか会った覚えはありませんわ。」
「私の部下が保健室から出る小夜と彼女を見送るあなたの姿を見ていました。私たちは、部下を通してあなたのことを聞いています。」
「なるほど・・・偶然とはいえ、抜け目のない。“あの時”も・・そんな警察官であったら良かったのに。」

 國村の言葉に、海里たちは首を傾げた。彼女は深い溜息をつく。

「私が彼女を手にかけたのは、かつて親兄弟を殺された復讐よ。彼女の両親は、社会的地位を利用して、私の家族を壊した。」
「壊した・・・?」
「ええ。天宮先生、あなたなら・・この意味、お分かりになるでしょう?」

 皮肉めいた笑みに、小夜は険しい顔をして頷いた。

「・・・ええ。嫌になるほど。」
「どういうことですか?小夜さん。」
「簡単な話よ。上流社会にいる人間は、自分たちの害になる者を決して許さない。小鳥遊家は代々大手の企業で社長を務めて来た。でもその裏で、多くの一家が粛清されて行った。」

 小夜は軽く目を伏せた。國村から視線を逸らし、彼女は続ける。

「成績の良い新入社員、その社員の腕を買った上層部、キャリアを盾に会社経営に口を出す重鎮たち・・・國村家は、粛清された一家の1つです。」
「知っていたのか。」

 龍が少し厳しい声を出した。小夜は頷く。

「はい。でも、彼女が犯人だとは思わなかった。ただ、過去の経験があるのにここにいる理由が分からなかっただけ・・・・」
「嘘はいけませんわ、天宮先生。分かっていたはずですよ。私が犯人であると。」

 國村の言葉に、小夜は眉を潜めた。海里は思わず立ち上がる。

「確信が持てなかったの。小鳥遊家に恨みを抱いている人間は数多くいる・・・その中でも私が知っているのが國村先生だったというだけ。だから疑った・・・犯人だと確信していたわけじゃない!」

 小夜は叫んだが、海里はすかさず口を開いた。

「でも髪の件はあなたも分かっていた。私たちが髪ゴムを見つけた時点で、真相に辿りついていたのでは?」
「・・・・本当、優しくない人ね。少しくらい遠慮してくれないの?」
「できません。人が1人亡くなっているんですよ?私たちに捜査協力を依頼した時点で、知っている情報の開示をする必要があったはずです。」

 海里の言葉に小夜は苛つきながら答えた。

「黙秘権くらいあるでしょう?第一、あなたは警察じゃない。私は“警察”に捜査をしてくれと頼んだ。“探偵”のあなたじゃないわ。」
「物は言いようですね。」

 2人は睨み合った。龍は2人を刺激しないよう間に入り、言った。

「復讐だったとしても、あんたの罪は消えない。俺たちは刑法に従ってあんたを逮捕する・・それだけの話だ。國村家に非が無かったことは認めるが、あんたの殺人を正当化する理由は存在しない。」
「家族を壊されたのよ?勇ましかった父も、優しかった母も兄たちも、大好きな弟も、みんないなくなった。元凶は小鳥遊家。それが真実じゃない。どうして復讐がいけないの?復讐しないと私は前に進めなかった。」

 龍は何も言わなかった。現に、自分たちも家族を殺した者に会えば復讐してしまうかもしれないのだ。しかしそれでも、彼は続けた。

「命を絶つことが復讐だとは思わない。他の方法があったはずだ。過去の事件であっても調べて真実が明らかになれば、俺たちは必ず対処した。これだけは断言する。」

 國村は一瞬目を見開き、そして、諦めたように首を横に振った。その顔には、自嘲的な笑みが浮かんでいる。

「そう・・そうなのね。あなたたちみたいな警察官も・・・・昔に出会っていたら、私はこんなこと・・・。ああ・・でも、もう・・遅いわね。犯した罪は、消えないんですもの。」

 会議室に、手錠をかける音が響いた。
                    
            ※

 その日、ニュースで怜悧学園の事件が明るみになった。同時に、小鳥遊家を含む多くの富裕層が隠蔽して来た事件が明らかになったという。

「やっぱり何かしていたんだね、小夜。」
「これが私なりの復讐よ。理不尽な支配を敷いて来た人間への、ね。」

 小夜は笑った。どこか安堵したような笑顔だった。

「帰っていいよ、って言いたいところだけど警視庁に来てくれない?協力者として話を聞かなきゃいけないからね。」
「ええ。」

 学園の門扉に龍の車があったので、4人はそれで警視庁に戻ることにした。

 だが、門をくぐり、車に乗り込もうとした瞬間、“それ”は起こった。

「小説探偵が出て来たぞ!」
「えっ・・・?」

 4人の前にはマスコミがいた。海里たちは意味が分からず、唖然とする。すると、龍のスマートフォンが鳴った。浩史からの電話だ。

「九重警視長?すみません、今ちょっと・・・・」
『マスコミだろう?今警視庁にも来ている。』
「は・・⁉︎なぜそんなことに・・・・」
『分からん。だが、彼らが探しているのは江本君と天宮君の2人だ。まさかとは思うが、2人と一緒にいるのか?』

 龍は押し黙った。電話の向こうで軽い溜息が聞こえる。

『とにかく、警視庁には戻ってくるな。何とかその場を乗り切って安全な場所へ行け。言っておくが、自宅も多分知られている。凪の店も無理だ。』
「・・・・分かりました。何とかします。」

 龍は電話を切ると、乱暴に車の扉を開け、後部座席に海里と小夜を押し込んだ。玲央は急いで助手席に入り、龍も運転席に座る。

「どこに行くの?」
「さあな。取り敢えずこの場を離れる。」

 龍はエンジンを入れてアクセルを踏み、車を飛ばした。背後からシャッター音や質問が飛び交っている。

「お2人の自宅には行けないんですか?」
「多分割れてるだろうね。俺は1人暮らしだし、部屋が無い。」
「私は何とかなります。小夜さんだけでもどこかに泊められませんか?」
「うーん・・・あっ、そうだ。アサヒに聞いてみよう。自宅は知らないけど、助けになってくれるかもしれない。」
「そんな・・・悪いわ。」

 小夜が申し訳なさそうな顔をしたが、玲央は屈託のない笑みを浮かべた。

「大丈夫だよ。彼女面倒くさがりだけど根は優しいから。信頼している人間には全力で協力してくれる。」

 玲央はスマートフォンを取り出し、アサヒに電話をかけた。

『急にどうしたの?』
「実はーーーー・・・・」

 事情を話すと、アサヒは深い溜息をついた。

『また面倒事に巻き込まれたのね。まあ、2人くらいなら大丈夫よ。1人暮らしだから家族も滅多に来ないわ。住所教えるから来て。話し合いましょ。』
「ありがとう。助かる。」
『どういたしまして。住所は・・・・』

 アサヒの言った住所を聞いて、玲央は思わず手を止めた。

「え?あ・・ありがとう。とにかく行くよ。」
                    
            ※

「こ・・ここが、アサヒさんの家、ですか?」

 海里たちは唖然とした。目の前にあるのは、天宮家の家と何ら変わりない豪邸だった。中世ヨーロッパを思わせる、壮大な邸宅。白を基調した家で、黒い門扉がそびえ立っている。

「江本様と天宮様ですね?お嬢様から話は聞いております。どうぞ中へ。」

 中に入ると、大理石の床と数々の彫刻や絵画が海里たちを迎え入れた。目の前には2階へと続く巨大な階段があり、そこからアサヒが降りて来て、4人を手招きする。

「早かったわね。とりあえず部屋に行きましょうか。」
「ありがとうございます・・・アサヒさん、あなた一体・・・・?」
「落ち着いたら説明してあげるわ。まずはあなたたちの方よ。マスコミに追われるってどういう状況?何かまずいことでもしたの?」

 2人は同時に首を振った。アサヒはそうよねと言いながら4人にホットミルク渡した。

「ありがとうございます。この件、刑務所にいる小夜さんのご両親はご存知なんですか?」
「さっき九重警視長が直接話したらしいわ。だいぶ驚いていたって。」
「まあ刑務所にいる以上、あいつらには無理だろうな。一体どこから・・・?」
「・・・・状況とタイミングから考えて、怜悧学園の不和理事長だと思うわよ。自分の立場を奪われたのが面白くないんでしょうね。」

 小夜の言葉に、3人は納得した。彼も逮捕された1人だったのだが、彼は連行されながら、恨みがみしい目で海里たちを見ていたのだ。

「やってくれるな、あのジジイ。マスコミは面倒だ・・・。だがそもそも、あいつらが追っている話は何なんだ?」
「聞いたところ、天宮家が崩壊した事件の話らしいわよ。しかも家族間の話だって。」

 小夜の肩がびくりと震えた。海里たちの目が変わる。

「まさか・・そんな・・・。あの話は天宮家と一部の警察官しか知らない話のはずです。」
「だったら話は早いわ。その警察官の誰かが情報を売ったのよ。じゃなきゃ警視庁にマスコミが押しかけるなんてあり得ないでしょ。」

 龍が大きく舌打ちをした。アサヒは苦笑する。

「勝手な警察官もいたものね。正義だの何だの言って、利益しか考えてない。どれだけの地位を持とうとも、所詮人は人を貶めるためにその地位を・・・・」

 その瞬間、アサヒの顔に影がかかった。龍が不思議そうに彼女を見る。

「アサヒ?」
「何でもないわ。とにかく2人はしばらくここにいて。部屋は有り余っているし、使用人たちも口が硬い人間しかいないから。」
「ありがとうございます。」
「いいのよ。でも龍、玲央。あなたたちは大丈夫なの?」

 不安げな顔をしたアサヒだったが、2人はあっけらかんとした顔で言った。

「ん?まあ何とかなるだろ。」
「同感。幸運なことに、昔の話は知れ渡ってないしね。」
「あなたたちって・・・意外に楽観的よね。」

 2人は笑った。椅子から立ち上がり、息を吐く。

「俺たちは帰るから、何かあったら連絡して。」
「ええ。気をつけて。」
「言っとくが江本。しばらくは事件に首突っ込むなよ。お前のことだ・・・興味本位でふらっと事件現場に来てもおかしくない。」
「分かってますって。」

 海里は思わず苦笑した。龍もつられて笑う。

「ならいい。またな。」
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