小説探偵

夕凪ヨウ

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Case133.救えなかった君へ③

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「九重警視長・・・・? な、何で・・・・?」
 玲央は、拳銃を持つ自分の手が震えているのが分かった。彼の胸の中にいる小夜は、荒い息を吐きながら浩史を見る。
「やっぱり・・・・そちら側についたんですね、九重さん。あなたがを私にした時から、こんな時が来ると・・・・そう、思っていたけれど・・・・ここまで酷い裏切りだなんて。本当に・・・・酷い人」
 小夜は、何を言っている? この状況は、一体何だ? 九重警視長は、確かに民間人に無断でテロ組織を見つけ出すために協力してもらうという、やってはならないことに手を出した。でも、それはあくまでテロ組織を炙り出すためだ。小夜を撃つ理由なんて、存在しないはずじゃないか。
「玲央。そこを退け。“標的”が仕留められない」
「・・・・本気で言ってるんですか?」
「当然だろう」
「ふざけないでください!」
 玲央は浩史を睨みつけた。拳銃を握る手に力が込もる。
「こんなことが許されると思ってるんですか⁉︎ あなたは警察官なんですよ⁉︎ 無抵抗の民間人を撃って、殺そうとするなんて・・・・!」
「お前も同じだろう? お前も、4年前に二階堂雫を撃った」
「それはーー」
 玲央は何か言おうと口を開いたが、浩史はすかさず告げた。
「合意の上だから問題ないとでも言うのか? 自分がやったことを棚に上げているだけにしか聞こえんが」
「そんなつもりはありません!私はただ・・・・!」
「ただ?」
「・・・・ただ・・・・この状況が、信じられない、だけで・・・・」
 俯く玲央に対して、浩史は言葉を止めなかった。
「また現実から逃げるのか? 自分の失態を悔いて一方的に龍から逃げ、江本君に説得され、仲を戻したお前が、今度は私から逃げるのか? 随分滑稽な話じゃないか」
 拳銃を落としそうになった瞬間、玲央の後頭部に銃口が当たった。視線だけを動かしてみると、いつのまにか早乙女が立っていた。
「遅かったな、
「少し邪魔が入ってな。まあとりあえず、この2人を消して・・・・」
「兄貴!」
 玲央は声のした方に視線を移した。龍の隣には海里とアサヒもいたが、居た堪れなくなり、彼はすぐに視線を逸らす。
 3人も、信じられないという顔で玲央たちを見ていた。海里は血を流す小夜を見て、真っ青になりながら言った。
「九重さん・・・・小夜さんの、傷は・・・・」
「私が撃った。急所は外したがな」
 その言葉と同時に、龍が拳銃を取り出し、早乙女に向けた。
 龍が早乙女に銃を向け、早乙女が玲央に銃を向け、玲央と浩史が銃を向け合っていた。海里とアサヒは何も言えず、呆然とその場に立ち尽くしていた。
「どうしてこんなことをしたんですか?その男は、あなたの奥さんを殺したんですよ? 当然、多くの警察官も殺した。それなのに、なぜそんな男に協力するんですか?」
 龍の質問に、浩史は微笑を浮かべた。
「・・・・そうだな。最も簡単な答えを言うならば、、と言っておこう」
「なっ・・・・⁉︎」
 小夜を除く全員が唖然とした。浩史は気にする様子なく続ける。
「まだ私の真意が理解できないようだし、少し昔の話をしようか。私と佑月が生まれた家庭と、道を違えた話だ。まあ・・・・面白くも何ともない話だがな」
                    
            ※

 39年前、都内某所。
「おい、水樹みずき!」
「な・・何・・・・? 利彦としひこさん」
「何じゃねえよ! 酒買ってこい!」
「で、でも・・お金がないわ。子供たちの学費を確保しなきゃいけないもの。
 女性ーー早乙女(旧姓九重)水樹は、奥で勉強している2人の子供を見た。男ーー早乙女利彦は舌打ちをし、水樹を殴る。
「きゃあ!」
「何逆らってんだ、てめえ! お前みたいな女と結婚して、ガキも2人産ませてやったんだぞ⁉︎ 黙って言うこと聞いてりゃいいんだよ!」
 私と佑月の父親は、他人をいたぶることでストレスを発散するクズだった。母は常に父の暴力に怯え、私たちは母の言いつけ通り、聞こえないふり、見えないふりをしていたよ。
「おい浩史! お前金ないのか⁉︎」
「・・・・あります。ちょっと待っていてください」
 最悪の家だった。母が働いていたから学校には行けたが、父はパチンコや競馬に金を使い果たして、次第に満足にご飯を取ることもできなくなっていった。自分が金を使うくせに、金を要求する父は、人ではない何かに見えた。
「わああん・・・・!」
「メソメソ泣いてんじゃねえ、佑月! たださえ、お前は貧弱なんだ! 性格くらいどうにかしやがれ!」
「父さん、やめてください。佑月は元々心臓が弱いんです。下手に心身に負担をかけたら・・・・」
 続きを言おうとした浩史を、利彦は殴り飛ばした。浩史は飛ばされ、壁に叩きつけられる。
「兄さん!」
「黙ってろ佑月! ・・・・なあ浩史。お前、いつからそんなに偉くなったんだ? 子供は親に逆らっちゃいけないって教わらなかったか? あのカスみてえな女の金がねえから、俺がわざわざ金を出してやってんだぜ。もうちょっと感謝してもいいんじゃあねえか?」
 父は暴力団の組員だった。私が子供の頃は、まだその辺の取り締まりが甘かったからな。父は組長に気に入られているらしく、汚い金をもらっては、自分の好きなことに使っていた。結局、母がどれだけ働いても、現状は変わらなかったことさ。
「・・・・感謝、ですか」
「そうだ。お前はいい目をしてる。赤子みたいにメソメソ泣く佑月とは違う、いい目をなあ」
 利彦に言われ、浩史は苦笑した。
「それは・・・・あなたに対する反抗の目ですよ。父さん」
「・・・・このクソガキ‼︎」
 暴力の日々に終わりはなかった。警察は暴力団を怖がって動かず、頼れる親戚はいない。そしてとうとう母は、私たちが10歳になった日に、父が出かけている時を見計らって逃げ出した。
「母さん・・・・どこに行くの?」
「私のお友だちのところよ。幼馴染みでね、家が隣同士だったの。駅で待ち合わせだから、もう少しだけ頑張って」
「うん。佑月、手、離すなよ」
「ありがと、兄さん」
 3人が駅に到着すると、改札の前で1人の男が顔を上げた。細身だが、眼鏡をかけて優しそうな雰囲気があり、水樹を見て優しく笑った。
「良かった。無事に逃げられたんだね」
「ええ。ごめんなさい・・・・真守まもる君。迷惑かけちゃった」
「いいよ。この子たちが浩史君と佑月君?」
「はい。九重浩史です。こっちは弟の佑月。父がご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「そんなにかしこまらないで。礼儀正しい子だね」
 水樹は苦笑した。真守こと久我島くがしま真守は3人に切符を渡した。
「取り敢えず僕の家に行って・・・・警察と児童相談所にも相談して、離婚なり逮捕なりの手続きを進めよう」
「本当にありがとう。さあ、行きましょう2人とも」
 その後、私たちは東京を出て母の友人ーー久我島さんの家で暮らし始めた。しばらくは平穏で、運転手として働いていた彼の弟が、学校の送り迎えをしてくれた。幸せな時間だったよ。
 だが、そんな日常は長くは続かなかった・・・・。父は、いや、早乙女利彦は、私たちを追ってきたんだ。
「よお、ガキども」
「「父さん・・・・!」」
 2人は怯えた声を上げた。利彦は不敵な笑みを浮かべながら2人に近づく。
「大胆なことやってくれたなあ。苦労したぜ? こんな遠くにいるなんてよ」
「今更・・・・何の用? 離婚届、母さんが置いていっただろ?」
「ああ。ちゃーんとサインしたぜ。これで、俺とあの女は他人だ」
 形だけの笑みを浮かべたまま、利彦はそう言った。浩史が眉を顰めながら後ずさろうとすると、突然突き飛ばされた。
 突き飛ばしたのは佑月だった。利彦は、自分の仲間を使って2人を拉致しようとしたのだ。
「佑月!」
 組員たちに拘束される佑月を見て浩史は叫んだ。しかし佑月は泣き叫ぶことも助けを求めることもなく、兄にこう言った。
「逃げて兄さん! 絶対に振り返らないで!」
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