小説探偵

夕凪ヨウ

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Case134.救えなかった君へ④

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「母さん!久我島さん!」
「浩史?どうしたの。今から迎えに行こうと思ってたのよ。」
「佑月があいつに拐われた‼︎あいつ、ここまで追って来たんだ!」

(母はすぐに警察へ通報し、私たちは佑月を探した。だが既に暴力団の手が回っており、捜査は中断。佑月は見つからなかったよ。)

「佑月・・嘘、嘘よ。こんな・・・!」
「母さん・・・ごめん。俺がもっと気をつけていれば・・佑月は・・・・」
「謝らないで。あなたのせいじゃないわ。」

 水樹は優しくそう言ったが、諦めきれない表情がありありと浮かんでいた。浩史は拳を握りしめ、涙を堪えて勢いよく顔を上げた。

「母さん。俺、警察官になるよ。警察官になって、佑月を見つけ出す。当然これからも探すけど、今の俺には力がない。だから、力をつける。佑月を見つけ出す力を・・・!」
                     
            ※

 時は流れて、4年前。この日、浩史たちは彼の妻・怜を含む龍の妻子と二階堂雫の葬儀に出ていた。

「お母さん・・どうしてっ・・・⁉︎どうしてお母さんがこんな目に遭わなきゃいけないの⁉︎やだ、やだよ・・‼︎」

 泣き崩れる美希子を、凪がそっと抱きしめた。浩史は棺から離れ、呆然と2人を見つめていた。

(また、救えなかった。弟も失い、今度は妻・・・?美希子が生きていてくれて嬉しいが、失った悲しみが喜びを押し潰している。力をつけるために警察官になったはずなのに、なぜ私はこうも無力なのか。)

「浩史兄さん。あの人、誰かしら。」

 凪が示した方向を見ると、小夜がいた。浩史は不思議そうに彼女を見つめ、分からないという風に首を振った。
 怪しい人間だったら困るので、浩史は小夜の元へ行った。

「君。名前は?」
「・・・・天宮小夜です。二階堂さんの知り合いだったので・・お悔やみを。」

(その後は、以前話した通りだ。天宮君の話を聞き、テロリストたちのことを知った。思わぬ話もそこで聞けたよ。)

「早乙女佑月・・・⁉︎」
「はい。4年前、私の命を狙った男です。でも代わりに親友が死に、私は生き延びました。今回の一件も、元の計画はその男が企んでいました。私は軽い復讐として作戦を乗っ取っただけ。でも、これくらいで済ませるつもりはありません。あの男の命が潰えることが、私の望みですから。」

(彼女の話を聞いて、私は不安と喜びで揺れ動いた。平気で人を殺めようとした者が、弟だと思っていいのか分からなかったからだ。)

「くだらない話をしましたね。どうしますか?九重浩史さん。ここで私を逮捕しますか?直接手をかけていなくても、彼女たちが死ぬよう仕向けたのは私・・・逮捕の理由としては十分では?」
「・・・・それが君の望みなのか?」
「望んではいないけれど、その方がすっきりするかもしれませんね。あんな家に住み続けるくらいなら・・・・。」

(何もかも諦めようとしていた彼女だったが、私はその類稀な頭脳に希望を見出した。)

「・・・なるほど。天宮君。」
「はい?」
「私に協力してくれないか?君のその頭脳、私に貸してくれ。もし貸してくれたら、私は早乙女佑月を含むテロリストたちの情報を君に送ろう。」
「取引ってこと?」
「そうだ。」

 小夜は苦笑した。

「あなた、変な人ね。まあ、私1人じゃ限界を感じていた頃だし・・・・協力しましょう。」

(運命とは実に数奇なものだ。天宮君と話をした数日後、私は凪の店の近くで佑月と再会したのだから。)

「佑月・・・?」
「兄さん・・・⁉︎」

(嬉しかった。何年も、何10年も、生きているかも分からないまま探し続けて・・・・お互いの風貌は全く違うのに、一目でお互いを認識できた。)

「佑月・・生きていたんだな。ずっとお前を探していたんだ。」
「ありがとう。でも・・・もう・・そんな呼び方をするな。私は、兄さんが思うような人間じゃない。」
「事件のことなら知っているよ。お前が今、何をしているのかもな。」

 佑月は、目を見開いた。浩史は敢えて小夜の名前は出さず、笑った。

「少し話さないか?佑月の話を聞きたいんだ。」

 2人は近くの酒場に行き、個室で話をした。

「・・・・あの後、私はあの男に暴力団のアジトに連れて行かれたんだ。」

 佑月は過去を懐かしむように、天を仰ぎながら話し始めた。2人は椅子に腰掛け、背もたれに体を預けた。

「そこからは・・・まあ、一言で言うなら地獄だったな。銃やナイフの鍛錬に加え、人を殺す鍛錬をした。お陰で、嫌になるほど殺したよ。暴力団を出たのは確か・・30歳くらいだった。その後は普通に就職しようとしたが、殺人術しか知らない私にできるはずがなかった。」
「そして気がついたら、テロリストの一員になってました、ってことか。」
「ああ。兄さんは・・兄さんは、どんな人生を歩んで来たんだ?」

 佑月に聞かれ、浩史はふっと笑った。

「特に変わった話じゃない。母さんは真守さんと再婚して、凪が生まれて・・・お前も見たと思うが、今は酒場のマスターさ。凪が生まれたことは知っていたのか?」

 佑月は頷いた。だがすぐに顔に影がかかる。

「今更会うことはできない。血縁上、兄であることに変わりはないが、血塗れになったこの手で、近づくことなど許されない。」
「だったら正体を明かさなかったらいい。凪自身もお前のことは知らないから、仮に出会っても、私に似た人くらいの認識だよ。いつか、美希子にも会ってやってくれ。」

 浩史の言葉に、佑月は驚いて尋ねた。

「本気で言ってるのか?兄さん。私は兄さんの妻を・・・美希子の母親を殺させたんだぞ。」
「それは分かっている。もちろん、その事に関しては許せるわけじゃない。だが美希子と同じように、お前のこともずっと大切なんだよ、佑月。」

 2人は笑いあった。彼らは、10数年ぶりに、“兄弟”として語り合ったのだ。

「これからどうするつもりだ?テロリストを辞める気はないのか?」
「ない。暴力団で鍛えられた信念を曲げることができないからな。天宮小夜の命ももらうし、邪魔立てする者も殺す。それだけだ。」

 そう言って、佑月は立ち上がった。肩越しに振り返り、微笑を浮かべる。

「会えて嬉しかったよ、兄さん。もう2度と会えないと思うけど・・・幸せになって・・・・」
「待ってくれ。」

 浩史は立ち上がり、佑月の肩を掴んだ。いつのまにか逞しくなった弟の体に驚きながら、彼は続ける。

「協力させてくれないか?お前のボスが何を望んでいるのかは知らないが、私は・・・もう2度とお前を1人にしたくないんだ。」

 佑月は笑った。呆れた笑みだった。

「兄さん・・・馬鹿なことはよせ。私はテロリスト。兄さんは警察官なんだぞ?私に協力していることが知られれば、兄さんだけじゃなく、残った家族にも火の粉がかかる。よく考えてから物を言え。」
「考えたさ。だがそもそも、私が警察官になったのは佑月。お前を見つけるためだったんだ。会えたことは嬉しかったが、お前の現状を知ってこのままにしておけない。」

 まだ心配そうな顔をした佑月に向かって、浩史は優しく微笑んだ。

「大丈夫だ。警察官になって、いつのまにか警視長になっていたが・・・・私が引退しても問題ない。優秀な部下がいるんだ。だから、協力させてくれ。」

 佑月はしばらく考えた後、深い溜息をついた。

「1度言い出したら話を聞かないのは相変わらずだな。でも・・・ありがとう。兄さん。」
「礼なんていらないよ。今までお前にしてやれなかった分、これから何かしてやりたいんだ。大丈夫・・・私たちは1つだ。これから死ぬまで、ずっとな。」
                     
            ※

「・・・・その日から、私の暗躍が始まった。天宮君に協力しながら、佑月と協力して彼女を狙った。そして今、江本君。君の命も奪う時が来た。その命、私たちに・・・・」

 浩史の言葉を、怒りに満ちた表情で龍が遮った。

「馬鹿なことを言わないでください、九重警視長。そんな要求を、本気で俺たちが呑むとでも思ったんですか?江本の命も、天宮の命も、奪わせない。1人の人間として、俺たちには守り抜く義務がある!」

 強い言葉に、浩史はどこか安心したような笑みを浮かべ、言った。

「そうか。ならば、力づくで奪うしかないな。」
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