小説探偵

夕凪ヨウ

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Case139.進学校に潜む影③

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「二之宮校長。しばらく学校は休校にしてください。業者を呼ぶのも禁止に。」
「そ、それは無理です!」
「無理?なぜ。」
「3年生は今年受験なんですよ⁉︎少しでも学校で勉強をする時期です!」

 大和は大袈裟とも言えるほどの溜息をついた。

「ガラスが散乱して蛍光灯が落ちた“程度”のこと、気にしている場合ではないんです!」
「なるほど。では二之宮校長。あなたは、生徒が死んでもいいと?」
「そんなことは言っていません!学生の本分は勉強であるというだけです!」

 その言葉に被せるかのように、大和はすかさず口を開いた。

「その本分である勉強をさせてあげたいのなら、学校は安全な場所でなくてはなりませんよね?今の状況で、そんなことができるとお思いですか?」
「しかし・・・!」

 二之宮校長は粘ったが、大和は淡々と述べた。

「実際に生徒が自殺している。この時点で、学校の安全性や信頼性は著しく下がっています。これ以上それらを下げることはできない。ここからは、僕たち専門家と警察の方だけで調査を行います。」
「霊などいるわけないでしょう!」
「根拠のない物事は考えるべきなんですよ。少なくとも、僕はそうしています。」

 大和はそう言うと、職員室の方を指し示し、言った。

「荷物をまとめてお帰りください。必要事項があれば随時連絡します。」
                   
            ※

「よろしかったんですか?大和さん。あのようなこと・・・・」
「ああいう“威信”が全ての輩は、はっきり言わないと聞かないんです。ここまで大規模なことが起きた以上放っておけませんし、誰であろうが調査に口を挟まれる謂れはありません。それにこの状況なら、あなた方と俺たちが両方いても支障はないどころか、俺と圭介はあなた方の“協力者”として居座る権限がありますから、何も問題ありません。」

 龍と玲央は唖然とした。ここまで無茶苦茶な人などそういない。玲央はこめかみを抑えながら大和に尋ねる。

「情報収集・・というのは一連の事件のこと?それとも何か別の?」
「両方です。と言っても、事件の方はあなた方がやってくださいましたから、それを参考にします。もう1つは、この学校の歴史です。過去に何か因縁があって、居座っている・・・そういう霊なら祓いやすい。そうでなくとも、調査は必要になるでしょう。」 

 大和の言葉に、海里はハッとした。

「因縁と言えば・・・蓼沼さん。先ほど、昔自殺した生徒がいたと仰いましたよね。あの話、信憑性は?」
「んー・・・どうだろ。俺たち生徒の間じゃあくまで“噂”だからな。ただこの学校、歴史が長いから、本当かもしれないけど。」

 大和はその言葉を聞いて、腕を組んだ。圭介が置いて行ったトランクを開け、ノートパソコンを取り出す。

「持ち歩いてるんですか?」
「除霊の時は、一応。今回みたいに大規模なものだと、歴史的建造物とか・・・そういうのが多いんです。そして、それらには大体色んな噂が付きまとう。その噂の信憑性も、確かめる必要があると俺は思っています。根拠なしに除霊をしたところで、無駄な時間と労力を費やすだけですから。」
「はっきりしてるんですね。」
「よく言われます。」

 軽口を叩きながらキーボードを叩く大和は、調べ物の最中一切海里たちの方を見なかった。しばらくして、彼はふと手を止める。

「あった。20年前の9月1日の新聞記事。」

 海里たちは一斉にパソコンを覗き込んだ。そこには、


 『俊逸高校で男子生徒飛び降り自殺!いじめか?』


「よく見る記事ね。いじめは否認?」

 アサヒの質問に、大和は頷き、答えた。

「みたいだな。よくあることだ。死亡したのは当時高校1年生のKさん・・・・やっぱり実名はないか。」
「今回の騒動に関連しているんですか?」
「確証はありません。もう少し学校内部を調査しないと。」

 大和はそう言ってパソコンを閉じ、スマートフォンを取り出した。

「圭介。聞き込みは終わったか?」
『大体な。これから戻る。』
「ああ。そうしてくれ。ただ、調べ物が増えたからすぐに出てもらう。20年前・・この学校で1人の生徒が飛び降り自殺をしている。いじめの可能性もあるようだから、被害者遺族の所在を調べててくれ。アポが取れるなら話も聞いて欲しい。」
『はあ⁉︎新聞記事だけで特定しろっていうのかよ?』

 文句を言う圭介に、大和は呆れながら言った。

「馬鹿か。そんなことは言ってない。第一、お前は機械音痴だから調べるのに失敗する可能性の方が高い。」
『喧嘩売ってんのかよ。』
「事実だろ。いいか?この事件は警察と協力体制をとって解決する。過去のいじめがあるなら、今回もあったかもしれない。そこら辺は警察の仕事だ。だから警察と協力して調べろ。それくらいはできるだろ。」

 すると、アサヒは何かを察したように溜息をついた。大和は軽く頷く。

「話は以上だ。聞き込み終えたら戻って来て、すぐに行け。」
『本当、人使い荒いな。』
「人を動かすのが上手いと言え。」

 大和は電話を切ると、龍たちの方を向いた。

「お願いできますか?」

 龍たちか頷こうとすると、アサヒは馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに腕を組んだ。

「殊勝になってんじゃないわよ。元から私にしか頼まないくせに。」
「何だ。分かってるんじゃないか。」
「うるさいわね。」

 突然始まった軽口に、海里は首を傾げた。龍が尋ねる。

「・・・・アサヒ、お前・・神道と知り合いなのか?」

 龍の質問に、2人は声を揃えて、こう言った。

「従弟よ。」「従姉です。」
「はあ⁉︎」

 海里たちは唖然とした。アサヒは髪を掻き上げながら口を開く。

「父方の方のね。大和の母親が、私の父の妹。あ、弟・・・圭介は違うから。」
「圭介さんは養子でしたっけ。」
「そっ。お陰で、この史上最悪に口が悪くて、偉そうなお医者様しか従弟がいないのよ。やになっちゃう。」
「人のこと言えないだろ。この職務怠慢。」
「面倒な指示を無視してるだけよ。失礼ね。」

 いずれにせよ、仲は良くないらしい。そうこうしているうちに、圭介が帰って来た。車を降りると、証言を記録したレコーダーを大和に渡す。

「じゃあもうひと頑張りして来てくれ。」
「兄貴がやればいいじゃん。」
「却下。お前はすぐに除霊しようとするから今ここにいても邪魔なだけだ。分かったら早くしろ。」
「ちぇっ。」

 2人が去って行くと、大和は窓枠に手をかけ、校舎の中に入った。

「これから何を?」
「一通り見て校舎の部屋の位置を覚えます。あと、多少の片付けを。手伝ってくださいませんか?」
「力仕事かなあ。」

 玲央が苦笑いを浮かべると、龍も仕方がないと言わんばかりに頷いた。

「だろうな。取り敢えずガラスは片付けないと、できる調査もできやしねえ。」
「あ・・俺も・・・・」
「蓼沼さんは無理しなくて構いません。ただそのやる気に応じて、やっていただきたいことがあるんですが。」
「やって欲しいこと?」

 大和は頷き、鞄から取り出したメモ帳とペンを蓼沼に渡した。

「病院に行って、生徒たちに学校にまつわる怪談などがないか聞いて来てください。あれば出来るだけ詳しく話を聞いてメモを。今回の騒動に関連している可能性もありますから。」
「分かった。」

 蓼沼が走り去っていくと、海里たちは手袋を嵌め、校舎の中に入った。

 かくして、大規模な調査が始まったのである。
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