小説探偵

夕凪ヨウ

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Case147.小さな手の向かう先⑥

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「一紀さん!大丈夫ですか⁉︎」

 海里は駆け寄り脈を取った。少しだが、脈が打ってる音が聞こえる。

「まだ息がある・・・!」

 海里は台所にあったタオルを裂き、一紀の脇腹を止血した。凶器は残されておらず、犯人らしき人間も見当たらなかった。

「東堂警部!被害者がいました!」

 部下の指した方を見ると、拘束され、眠っている紗凪がいた。顔色が悪く、寒そうに震えている。信義は起き上がって紗凪を抱えた。

「紗凪!しっかりしろ!」
「2人とも病院へ連れて行きます。龍、連絡を。」

 慌ただしく2人が病院へ運ばれた後、海里たち3人は現場に残った。

「どういうことだ?なぜ犯人が襲われた?」
「分かりません。ただ、この部屋は色々とおかしかった。電気はついておらず、寒い日だというのに暖房もついていない。紗凪さんは軽い凍傷がありましたから、長い時間この部屋にいたことになります。
 一方、一紀さんの体はそこまで冷えていなかった。加えて、マフラーと手袋をしたまま倒れていました。つまり一紀さんは、部屋に入った直後に刺されたということ。」
「約束の時間になったから部屋に入ったという話は頷けるね。でも、坂藤紗凪が長時間放っておかれた理由が分からない。渋谷一紀は彼女を殺すつもりはなかったはずだ。」
「だが部屋に代車などの後はない。確実にこの部屋で刺されたはずだ。」

 龍は身を翻し、紗凪が閉じ込められていたクローゼットの前に立った。中に手を入れると、すぐに冷気が手を包んだ。中は物が散乱しており、紗凪は適当に放り込まれていたことが分かる。

「分からないな・・・。渋谷一紀を傷つける=坂藤紗凪の救出だと思ったんだが・・・見つけられなかったのか?」

 龍の言葉に海里は曖昧な答えを返した。

「どうも納得できません。この部屋は広いですが、子供が入れる場所は決まっている。見つけられないことは考えにくいでしょう。」
「となると・・・咄嗟に傷つけてしまって出て行ったのが妥当だね。現場を保存して、鑑識に来てもらおう。」

            ※

「面倒になったわね。」
「全くだ。で、調べはついたか?」
「ええ。まず、坂藤優奈は信義の後妻だったわ。快斗と紗凪とは血が繋がっていないのよ。」

 アサヒの言葉に、3人は目を丸くした。彼女は続ける。

「坂藤信義の前妻は坂藤愛羅っていうんだけど、この人がまあ、酷い人だったらしいわ。」
「酷い人?」
「会社の金を横領するし、子供たちに躾と称して暴力を振るうし、浮気三昧で家に帰らずとか諸々・・・。調べによると、紗凪が生まれた直後に離婚したんですって。その際、警察に虐待の件を相談したんだけど、社長という立場から有耶無耶にされて、警察を信用しなくなったみたい。」
「警察がそんなことを・・・。それが今回の事件に関係しているんですか?」

 アサヒは少し間を開けた後、言葉を続けた。

「・・・聞いて驚かないでね?なんでも、坂藤愛羅の浮気相手の1人が渋谷一紀だったらしいわ。」

 海里は心底呆れた顔をした。龍と玲央も思わず呆けている。

「無茶苦茶な話でしょ?しかも紗凪を誘拐した理由は、“自分の子供である可能性があるから”、なのよ。」
「おいおい・・・。汚らしい大人の問題で誘拐?冗談もほどほどにしてくれよ。」
「文句を言いたいのは私も同じ。あと、渋谷瑠璃の母親・若葉は海外に赴任とかじゃなくて、単に別居してるだけ。まあ要するに、信義の前妻が蒔いた種ってこと。」

 全員が呆れて何も言えなかった。

 その時、海里はふと神社での快斗と瑠璃の会話を思い出した。

「ああ・・そうか。あの2人は・・・自分の両親が浮気相手同士であることを理解していたんですよ。瑠璃さんが快斗さんのお母さんを庇おうとしたのは、自分の父親が悪いと思っていたから・・・。子供たちの方がよほど大人ですね。」
「全くだ。大の大人がこんな茶番をかますとはな。」
 
 龍は溜息をついた。しかしすぐに真顔に戻り、彼は言った。

「だが、“こっち”は別だ。渋谷一紀を刺したのは、現状から考えて・・・」
「坂藤快斗か渋谷瑠璃だね。仮に快斗がここを知らなくても、瑠璃に教えてもらえば済む話だよ。」

 海里は考え込む風に俯いた。顎に手を当て、現場を見回す。

(傷は意外に浅く、血液は少し凝固していた。襲われてから少し時間が経っていることは明白・・・。
 でも、紗凪さんは凍傷まで起こしていた。なぜ?クローゼットには開けた後はなく、鍵はない。何着かコートもかかっていたなら、一紀さんはあそこを開けるはず。元から犯人が潜んでいないと、あの状況で刺される理由がない。)

「管理人さんと話をしてきます。」
「気になることが?」
「はい。すぐに済みますので。」

 海里が部屋から出ていくと、鑑識の仕事が始まり、龍と玲央は部屋の中を探り始めた。

「うーん・・・やっぱり不思議だなあ。子供2人がビルから逃げるなら、時間がかかるはず。あの2人はいつ一紀さんを刺して、どうやって凶器を持って出て行ったんだろう?」
「出て行っていないとしたら?」

 アサヒはそう言って、ビルの監視カメラの映像を見せた。裏口とエレベーターらしい。

「気になる時間を見返したけど、2人の姿は映っていない。当然、子供だから映りにくいこともあるけれど、全く映っていないのは妙じゃない?」
「じゃあ・・・あの2人はまだビルの中にいるのか?」
「可能性としてはあり得るわ。第一、龍。あなたが江本さんと2人を見たのって何時?」

 アサヒの言葉に龍は記憶を思い返した。

「昼食を取っていたから・・・13時半頃だな。その後、月山神社に行って、巫女に見つかって逃げて行く2人を見た。」
「月山神社からの距離を考えると・・・14時~19時くらいが犯行時刻かな。ビルに潜んでいるなら、ここを探す必要があるけれど・・・。」

 そうこう話していると、海里が戻ってきた。なぜかコートに埃をつけ、銀の髪がわずかに汚れている。

「今管理人さんに確認してきました。405号室には今朝から誰も帰っていない。このビルは1階のロビーで鍵を渡される仕組みなので、鍵が借りられていないことは分かるらしいです。加えて、今日の昼頃から暖房器具の調子がビル全体で悪くなっていたと。」
「えっ?ビル全体?」
「はい。暖房器具が凍って止まってしまったらしいんです。復旧のため業者を呼んでいて、今修理中だと。」

 海里の言葉に頷きながら、龍は台所へ足を運んだ。棚や引き出しを開けたりして、何かを探している。

「・・・見つけた。」

 龍は棚から1本の包丁を出した。彼は無言で刃先を指さす。よく見ると刃先が少しかけており、わずかに赤い染みがあった。

「血痕ね。乾いてる?」
「ああ。江本、神道大和に連絡してくれ。被害者の体から金属片が出て来たか知りたい。」
「分かりました。」

 海里はスマートフォンを取り出し、大和と電話をした。

「あったそうです。一紀さんが目を覚ましたそうですから、病院に行きましょう。」
「でも、2人がまだ見つかってないよ?」

 心配そうに玲央が言ったが、海里は首を横に振った。

「大丈夫ですよ。幼い子供が逃げたとしても、そう遠くには行かない。その包丁は血痕こそありますが指紋はついていないのでしょう?意外に落ち着いていたのかもしれませんね。」
「だからって・・・探さないつもりか?」
「はい。多分、病院に来ます。一紀さんを殺そうとしても、紗凪さんのことは心配でしょうし、瑠璃さんにとっては父親ですから。」

            ※

 病院に行くと優奈が来ていた。紗凪はまだ眠っており、体を温めている最中だと言う。海里たちは彼女の隣でベッドに横たわっている一紀に向き直った。

「自分の娘だと疑ったから誘拐した・・・。動機はこれで合っていますか?」
「半分は合っている。もう半分は、ただの当てつけだ。会社の運営を失敗した社長への、な。」
 
 一紀は苦笑した。海里は息を吐く。

「あなたを刺したのは瑠璃さんと快斗さんですか?」
「・・・・子供に大人が刺せるわけがない。」
「“子供だからこそ”、刃が奥まで届かなかったんですよ。だからあなたは助かった。・・・中途半端な力で刃を立てたから、刃先が折れ、そこにしか血が付着しなかった。」
「あの2人がやった証拠がどこにある?」
「ここにあります。」

 海里がそう言うと、病室の扉が開き、快斗と瑠璃が入って来た。海里はゆっくりと2人に近づく。

「握っている手の中を見せてくれますか?」

 2人は一瞬顔をこわばらせたが、すぐに諦めたように溜息をついた。小さな2人の手の平は、真っ赤に染まっていた。

「俺が悪いんです。隠れていたのがバレて、焦って・・・。気づいたら・・・・‼︎」
「・・・・紗凪さんがいたことは知っていましたね?探さなかったのも、焦っていたからですか?」
「それもある、けど・・・人を刺したってことが怖くて、悲しくて、思わず逃げた。」

 快斗は俯いた。瑠璃が口を開く。

「・・・私は父様が刺された直後に家に入ったんです。私は、なぜか分からないけど落ち着いていて、指紋を拭いて、包丁を仕舞って物置に隠れていました。みなさんの会話が聞こえたので、急いで快斗君とここに・・・。」

 2人の言葉を、海里は頷きながら聞いていた。龍と玲央は険しい目で2人を見ている。

「ごめんなさい!人を刺すなんて、許されることじゃない・・・!俺は、紗凪が大切だなんて言いながら、自分のことしか考えてなかった‼︎本当に・・ごめんなさい・・・!」

 快斗は泣いて頭を下げた。瑠璃はそっとその背中を撫でる。

「私も逮捕してください。私は・・彼が“罰”を受ける機会を奪おうとした。自分の父親を、見捨てた。こんなこと、許されない・・・。許されていいわけがない。」

 2人は無言で両手を差し出した。一紀も同じようにする。龍と玲央は苦しそうな顔をしながら手錠を取り出す。龍は背後にいる部下に一紀へ手錠をかけるよう言った。

「坂藤快斗、渋谷瑠璃。傷害罪で逮捕する。」

            ※

「そうですか・・・。少年院と少女院に。」
「うん。一紀さんも、誘拐罪として治療が落ち着き次第、刑務所に行くことになったよ。」

 玲央の言葉に、海里は良い顔をしなかった。龍は煙草に火をつけ、煙を吐く。

「子供の事件は嫌になる。子供が悩んで苦しむ理由は、大体大人だ。」
「そうだね・・・。あの子たちは、早く大人になり過ぎた。子供の時間が短かったのかもしれない。」

 海里は頷いた。そして、どうしても知りたかったことを尋ねた。

「お2人に聞きたかったことがあるんです。あの日・・・九重さんが託したスマートフォンには、どう言った証拠が入っていたんですか?」

 2人は黙った。やがて玲央が口を開く。

「・・・・4年前の、真実・・かな。俺たちは何もしていないという証明がされていた。あの人は、単身現場へ赴き、ずっと調査をしてくれていたらしい。」
「その結果、俺は背後からテロリストの仲間に殴られて気絶したこと、雫を撃ったのは別の場所で待機していたスナイパーだと分かったんだ。かくして、俺たちの無実が証明されたってわけさ。」

 龍は笑っていたが、その目に光はなかった。彼は煙草を握りしめる。

「感謝はしている。だが・・・今更だ。生きているうちに話してくれれば、何度でも感謝の言葉を述べた。あの人の悩みを聞いて、共に進んで行ったのに。」
「まあ、仕方ないんだけどね。九重警視長は最後に“兄”であることを選んだ。俺たちは、その決断を間違いと言い切ることはできない。それだけだよ。」

 2人の言葉に海里は頷いた。

「・・・そうですね。私もあの日・・理解しました。九重さんの決意を、想いを。だから、お2人と共に進みますよ。九重さんの代わりにはならなくても。」

 2人は笑った。安堵の表情である。

「そりゃあ、ありがたい話だな。」

 ゆっくりと落ちていく夕日が、3人の姿を眩く照らした。
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