小説探偵

夕凪ヨウ

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Case148.天才科学者の証言①

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「朝から寒いですね・・・。もうすっかり秋ですか。」

 海里は自室の窓から外を見て呟いた。

「ちょっと兄さん!まだ寝てるの?仕事でしょー!」
「今行きますよ、真衣。」

 リバビリが終了し、退院した真衣はすっかり元気になっていた。彼女は現在近所のレストランに就職し、店員として働いている。

「あまり無茶をしてはいけませんよ。まだ万全じゃないでしょう。」
「心配性だなあ。大丈夫だってば。」
「それなら良いんですが・・・。」

 海里は朝食の焼き魚を頬張った。真衣は幸せそうな顔でご飯のおかわりをしている。

「相変わらずよく食べますねえ。」
「兄さんが少食なの。もっと食べたら?」
「お昼が食べられなくなりますから、このくらいで丁度いいんですよ。ごちそうさまです。」

 身支度を整え、海里は家を出た。今日は先日の事件を元にした原稿の打ち合わせがあり、近くのカフェに足を運んでいた。

「おはよう、海里君。」
「おはようございます。こちら原稿です。お願いします。」
「はいはい・・・ちょっと待ってね。」

 編集者が原稿に目を通している間、海里は外を眺めていた。木枯らしが吹いているが、道行く人は多く、穏やかな日である。

(九重さんのことを聞いたのは良かったけれど・・・あの日のあの人の笑顔が、脳裏に焼き付いて離れなくなっている。“2人を頼む”という遺言も、頭の中でこだましているのが分かる。家族以外とは深く関わらなかったはずなのに、東堂さんと出会ったことでこんなにも変わるなんて思わなかったな。)

「海里君?」
「あっ・・・すみません。終わりましたか?」
「うん。いつもながら大きく直すところはないよ。あるとしたら中盤のここと、終盤のこの辺りを少し。」
「分かりました。修正は今日中に終えますが・・・次はいつにします?」
「3日後くらいで頼むよ。予定が立て込んでいてさ。」
「3日後ですね、分かりました。」

 手短な打ち合わせを終えて立ち上がろうとした時、海里のスマートフォンが鳴った。

「真衣?どうしました?」
『急にごめんね。打ち合わせもう終わった?』

 真衣が自分の仕事に干渉してくることは基本的になかったので、海里は驚きながら尋ねた。

「はい。まさか事件ですか?」
『うん。私の職場の近くに大きな研究所があるでしょ?そこで殺人だって。さっき警察の東堂龍っていう人が来たの。』
「東堂さんが・・・。すぐに行きます。連絡ありがとう。」

 海里は急いでレストランを出て、犯行現場であるSOJ研究所へ向かった。

 研究所は大きく、美術館のようなお洒落な外装をしていた。入り口にはパトカーが何台も止まっており、マスコミらしき人間も多くいた。

「連日ごめんね、江本君。」
「いえ、気にしないでください。それより、どうしてマスコミが?」
「えーっと・・・ここの責任者が有名な科学者なんだ。芸能界とかにも顔が効く人らしくて、君を連れて来るよう“依頼した”のもその人。」

 長い廊下を歩いていくと、広い部屋から話し声が聞こえた。中を覗き込むと龍とアサヒがおり、部屋の奥にある椅子に1人の男が腰掛けていた。
 黒い短髪に、綺麗な茶色の瞳をしている。歳は武虎と同じくらいだろう。

「お初にお目にかかります。江本海里と申します。」
「初めまして、江本海里君。私は西園寺茂。この研究所の責任者です。」
「はい。よろしくお願いし・・・・西園寺?」

 海里は思わずアサヒの方を向いた。彼女は視線を逸らし、窓の外を見る。茂は笑いながら、

「ええ。ここにいるアサヒの父です。先ほど対面した時は驚きましたよ。」
「そうなんですか。お会いできて光栄です。それで・・・事件とは?」
「現場はこっちだ。」

 龍の案内の元、海里は地下にある研究所へ降りた。大勢の研究員と刑事がおり、何かを囲むように立っている。

「被害者はここの研究員の堤一香。遺体は傷が複数あって、殴られた後、切り傷など様々。致命傷になったのは・・・・」

 龍はブルーシートをめくって海里と中に入った。彼は遺体の胸元を指さす。

「胸の弾倉。」
「弾倉・・・?銃殺ってことですか?」
「今のところそうなってるが、ここは研究所だろ?弾丸に似た物質を作ることも可能だと、西園寺茂が言っていた。」

 すると、遺体を検案していた女性が顔を上げた。アサヒは思わずハッとする。

「姉さん!」
「アサヒ?久しぶり~。元気そうだね。」
「え?アサヒさんってお姉さんがいたんですか?」
「ええ。江本さんは会ったことなかったわね。姉の氷室日菜。法医学者よ。」

 海里は日菜とお辞儀を交わし合った。日菜は頭を掻きながら、

「他殺は間違いないね。遺体をここまで痛めつけたのは謎だけど、死後硬直がほとんど起こっていない。犯行から1時間も経ってないんじゃないかな?」
「なるほど・・・。」

 海里は遺体の側にしゃがみ込んだ。龍の言葉通り身体中に傷があり、胸の血はまだ流れている。両手にはビニール手袋をはめており、服も破れていた。

「切り傷はともかく、この殴打された痕・・・これって、死後についたものでは?他の所より血が新しく見えます。」
「多分そう。ここまでやるってことは、犯人は被害者に強い恨みでも抱いていたのかな?ただ抵抗した後が見当たらないのが気になるから、解剖に回すね。」
「お願いします。じゃあ俺たちは聞き込みをしようか。えっと・・今が午前11時半だから、今朝の9時~10時くらいまでの動向を聞かせてもらおうかな。」
「江本は兄貴と聞き込みしてくれ。俺は研究所の中を調べる。」
「分かりました。」

 海里たちはいそいそと仕事を始めた。日菜は大学へ行き、龍は現場に残って研究所の調査を始め、海里と玲央は二手に分かれて事情聴取を行なった。

「じゃあ、私は警視庁に戻るわ。鑑識の仕事は終わったし。」
「うん。夕方には一旦帰るよ。」

 アサヒが踵を返すと、様子を見に来た茂が声をかけた。

「今夜、お前の家に行く。久しぶりに親子水入らずで語り合おうじゃないか。」

 茂の言葉にアサヒは顔を歪めた。

「はあ?ふざけないで。私だって仕事があるのよ?」
「夜中までには帰って来るだろ?偶には付き合え。」

 アサヒの顔に影がかかった。玲央は怪訝な顔をしたが、アサヒが何でもないという風に首を振ったので、考えるのをやめた。

「好きにすれば。」
「そうさせてもらうよ。」


 海里は聞き込みを終えた後、現場へ戻っていた。凶器を探したが見当たらず、犯人の痕跡もなかった。

「困りましたね・・・。血が被害者のものだとしても、あの切り傷はナイフにしては小さかった。一体どうしてあんな傷が・・・?」
「お困りですか。」

 突然現れた茂に驚いたが、海里は笑って答えた。

「・・・・ええ。科学には詳しくないので、余計に。ただ、ここの入り口は上の扉だけで窓がありませんから、内部犯であることは確実だと思っています。」
「しかしここには100名以上の研究員が在籍していますよ。1人1人調べられるのですか?」
「いいえ。遺体の側に被害者と別の血液がありました。検査の結果B型でしたから、B型の研究員の方だけ調査しますよ。」

 海里の言葉に、茂は人の良い笑みを浮かべた。

「そうですか。協力できることがあれば申し付けてくださいね。研究所の長として、きちんと事件を見届けなければなりませんので。」
「ありがとうございます、茂さん。」
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