小説探偵

夕凪ヨウ

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Case175.料理人の失敗③

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「おい、江本!それ以上入るな‼︎」

 海里は強い力で肩を掴まれ、ハッとした。振り向くと、龍と玲央が混乱した表情で自分を見ていた。

「あ・・・すみません。急に・・・・」
「ニュースを聞いて来たの?何でそんなに急いで・・・。」
「いや、えっと・・・これって、猟奇殺人なんですか?ニュースを見た真衣が、そう言っていました。」
「そう言われているよ。特徴として、右手の手の平に何らかのアルファベットが血文字で書かれている。これで7件目・・かな。」
「7件・・・。」

 すると、海里は急に指を折りながら何かを数え始めた。

「あと3件・・・そのうちの1つは・・・・」
「江本君?」

 海里は顔をあげ、玲央の肩を掴んだ。

「捜査して欲しい人物がいます!住所は分かりませんが、勤め先は分かりますから、調べてください‼︎」
「ちょ・・ちょっと待って。捜査?犯人ってこと?」
「そうです!急ぎ捜査を・・・。」

 海里が何か言おうとすると、アサヒが手を叩いて場を沈めた。鑑識たちは驚いて仕事の手を止め、刑事たちも思わず彼女に視線を向ける。アサヒはゆっくりと海里に近づき、冷静に言った。

「・・・・江本さん。今私たちがしている“捜査”は、被害者のことよ。何の脈絡もなく犯人の話をされても分からないわ。それにあと3件って何?その人物を犯人だと思う根拠は?」
「それは・・あるにはありますが、まだ確定は・・・・。でも、すぐに・・・」
「根拠のないことを調べて人を疑うことはできないわ。私も元々捜査一課にいたから言わせてもらうけど、もし冤罪だったらどうするの?1度被せられた罪は被害者の人生を大きく狂わすのよ?無罪であっても有罪だと思われる。真っ当な根拠を知らない一般人はただ非難する。」

 アサヒは一旦言葉を止め、続けた。

「私たちは個人ではなく、“組織”で動いているの。あなたのことは信頼しているけど、こちらの知らない情報を開示もせず誰かを容疑者にはできない。私たちの力は簡単に人の白黒を決められるからこそ、慎重に捜査しなくてはいけないのよ。」

 そこでようやく冷静になったのか、海里はふっと息を吐いた。

「すみません・・・。取り乱して・・・・」
「怒りはしないが、アサヒの言葉は最もだ。お前が思うより、俺たちの権力は強大であることに間違いはない。」
「東堂さん・・・。」
「だが、お前がそこまで取り乱すのも珍しいだろ。」

 龍は壁に預けていた体を起こし、海里に近づいた。

「根拠があるにはあると言ったな?」
「はい。」
「ならその根拠も含めてこの場で話せ。お前が犯人だと感じる人物の情報も全て。」
「東堂警部!間違いでは済みませんよ⁉︎」
「分かってる。江本の話を聞いて、違うと感じればそこでその話は終わりにし、可能性があるなら捜査する。それが俺たちの仕事だろう。江本1人の判断で動けずとも、俺たちが判断すれば動ける。アサヒが言っているのはそういうことだ。」

 海里は龍に礼を言い、息を呑んだ。

「今日の昼、現場の側である人物とぶつかったのですがーーーー・・・・」

 話を聞き終えた刑事たちはざわついた。

「確かに筋は通っているが・・・。」
「まだ確定は難しいのではないか?」
「いや、小説探偵が推理を間違えたことはない。ここは信用するべきでは?」
「警部の判断にお任せしよう。」

 玲央と龍は少し小声で互いに何かを話していた。やがて、2人は頷き合った。

「筋の通る話であることは確かだね。でも江本君。次に狙われるのが“君の妹”かもしれないとはどういう意味?何か・・・恨みでも買ったかい?」
「いいえ。正直、不確定なことはそこなんです。少し・・調べて頂きたいことがあるのですが、構いませんか?」
「・・・・曖昧な部分はあるが、疑わしいのは間違いないか。明日に調査結果は知らせる。狙われる可能性があるなら、今日は早く帰ってやれ。」
「ありがとうございます・・・!」
                      
         ※

「兄さん!どこ行ってたの?まさか事件現場?」
「はい・・・。」
「何で急にそんなこと・・・!」
「すみません。理由は後々お伝えしますから、今日はもう寝て結構ですよ。」

 真衣は不満そうな顔をしながら寝室へ行った。海里は深い溜息をつき、ソファーに体を沈める。

(私は・・・何てことを。危ない橋を渡りかけた・・・。自分のエゴのために、警察に捜査を強いるなんて・・・!私にそんな権利はないというのに、とんだ失態だ。東堂さんたちはフォローしてくださったが、確実にあの3人の立場を危うくしてしまった。あの3人から人が離れていったら、私のせいだ。)

 海里は両手を組み合わせ、額にその手を置いて強く目を瞑った。

(これが現実だ。私はただの小説家で、物語のために謎を解く。私は・・・信頼に甘えて警察の権力を軽んじていた。自分にどれだけ力がないか、こんな形で思い知ることになるなんて思わなかった。)

「・・・・ダメですね。私は。」

(あの3人や、今は亡き九重さん、武虎さんが味方していることを当たり前だと思っていた。組織という巨大な力で、その信頼が崩れる可能性すら考えなかったなんて・・・‼︎なんて浅はかなんだ。私は・・・自分の限界を知らなければならなかった。これは、私の甘えへの罰だ!)

 重い後悔を知りながら、海里は硬い眠りについた。

「・・・・目、腫れてるよ。兄さん。」
「え?ああ・・本当ですね。後で冷やさないと。」

 真衣はそんな海里を見て、わずかに顔を曇らせ、言った。

「事件を解くことってそんなに重要?」
「えっ?」
「兄さんは、先輩の小説家さんたちからも認められる文才があるじゃない。有名になって、フィクションの小説も売れてたのに・・・。どうして事件に・・ううん、危険な環境に身を置こうとするの?探偵のように振る舞うことは、自分の本を書くことよりも大事なこと?」

 真衣の言葉に、海里は息を呑んだ。

(そうだ。私は、謎を解いて物語を書くことが普通になっているけれど、長らく入院していた真衣にとっては、普通ではないことなのか。)

「兄さんの小説が面白くないとは言わないよ。でも、事件に関わって恨みを買われたりしたらどうするの?兄さんが危険に身を晒す理由って存在する?両親はもういないんだよ?私にとって、血の繋がりのある家族は海里兄さんだけなの。失ったりしたら・・・‼︎」

 真衣は苦しげにそう叫び、何も言わずに外へ出て行った。海里は追いかけようとコートに手を伸ばしたが、すぐにその手を引っ込めた。

(追いかけて、どうするつもりなんだ?真衣は私の考えを理解していない。私も真衣のことを理解できていなかった。
この状態で、どうやって話を聞くことができる?私の中で何か答えが見つからないと、あの子と話し合うことは不可能だ。)

 海里は拳を握りしめ、朝食を終えてから重い足取りで警視庁に向かった。

「おや。昨日のお客さん・・・真衣さんでは?」
「あ・・山地シェフ。こんにちは。」
「こんにちは。何か・・あったんですか?」

 山地の問いに真衣は苦笑した。

「ちょっと兄と喧嘩しちゃったんです。」
「そうなんですか?では・・・一緒に店に行きましょう。丁度開店時間なんです。食べたら気持ちがすっきりするかもしれませんし、ご馳走しますよ。」
「ありがとうございます・・・。じゃあ、お言葉に甘えて。ご飯、まだですし。」


 兄の苦悩。妹への魔の手。危険が側にあることを、海里はまだ知らない。
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