小説探偵

夕凪ヨウ

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Case177.料理人の失敗⑤

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「こんな朝早くからどうしたの?姉さん。」
『突然ごめんね~。夜のニュースで、今そっちが追ってる事件のこと聞いたからさ~。』

 電話の相手はアサヒの姉・日菜だった。アサヒは眠い目を擦りながら話を続ける。

「そういえば、今回の事件の解剖・・・姉さんじゃないのよね。」
『そう。で、その事で話がある。』
「えっ?」

 飲み物を啜る音が聞こえると、日菜は軽い溜息をついてこう言った。

『今から私が言うこと、よーく聞いてね?今回の解剖結果の報告、偽装されてる可能性がある。』
「はあ⁉︎」

 アサヒは思わず大声を出した。日菜は電話の向こうで宥める。

『今回の事件で解剖を担当したのは、二条靖人っていう青年なんだけど、彼からの報告を聞いてたら、司法解剖にしては報告内容が薄かったの。で、気になって調べたら案の定、きちんとした解剖を行なっていなかった。』
「どういうこと・・・⁉︎」
『そうだね、単刀直入に言うと・・・警察が追っている犯人と、共謀している可能性があるってことだよ。』
                    
         ※

「共犯者?」
「ええ。姉からの話によると・・・今回の事件の被害者は、全員内臓や目などの“体の一部”が取られていたらしいわ。恐らく・・殺した後に解剖して、臓器移植を行なった。解剖は法医学者に任せるから、その作業を怪しむ理由はない。」
「二条靖人・・・だっけ?そういえばその人、以前解剖した人の体の一部を持ち帰っていたとかで問題になってた気がする。」

 玲央の言葉に龍は顔を顰めた。

「そんな問題起こして何で法医学者を続けられるんだよ。」
「医学界のお偉いさんが父親なんだって。」

 玲央は肩をすくめた。龍は深い溜息をつく。

「どいつもこいつも権力に依存しやがって・・・。磯井。二条靖人の自宅を調べてくれ。」
「分かりました。逮捕状は出されますか?」
「ああ。同業者からの証言に合わせ、アサヒの捜査で証拠は出揃ってる。逮捕には十分だ。」

 義則は頷き、走り去って行った。龍は事件の写真を見る。

「共犯か・・・。確かに納得がいくな。第一の事件・・・全身の骨はほぼ同時に折られたのに、どうやって1人でやったのか気になっていた。もう1人いるなら、可能な話だ。」
「しかし医師が共犯だなんて・・・。無茶苦茶な話だよ。」

 すると、バタバタと走ってくる音がし、海里が部屋に入ってきた。

「すみません。義則さんから連絡を頂いて・・・。」
「うん。この事件共犯者がいたんだ。正体は法医学者。調べたところ、遺体の内臓の一部などが抜き取られて別の物に移植されていたらしい。」
「そんなことが・・・。」

 海里は重々しく頷き、思い出したように顔を上げた。

「昨夜、皆さんが疑問に思っていたことが解決できたかもしれません。」
「えっ⁉︎」

 海里は息を整えながら言葉を続けた。

「明日の料理評論会です。多くの料理人が食事を出す中で、“特別な料理”があったら、どう思いますか?」

 海里の言葉に3人は息を呑んだ。

「・・・・まさか・・冗談だろ?」
「そう考えると納得がいきます。犯人が求めているのは・・・“人肉を使った料理”です。そのために、被害者の臓器を抜き取って“調理”の準備を進めている。そして、それが可能なのは人体に精通した医者であり、遺体を解剖する法医学者ではないですか?」

 龍たちは何も言えなくなった。玲央は険しい顔をする。

「そうなると・・・今日中に探し出さないと間に合わなくなるね。行こう。タイムリミットが近づいてる。」

 海里たちは頷き、警視庁を飛び出した。
                   
         ※

「人肉を得るための殺人・・・?随分と趣向が変わっているのね。」
「いわゆるシリアルキラーだよ。」

 武虎はそう言うと、妻・愛海の前にコーヒーを置いた。彼女は礼を言って一口啜る。

「やっぱり判決は死刑?」
「それか無期懲役が妥当だわ。本人に反省の意が有れば違うかもしれないけど、現時点では何とも言えないわね。」
「・・・・そっか。」
「珍しく沈んでいるのね、武虎さん。江本さんの妹が誘拐されたから?」

 愛海の言葉に武虎は苦笑した。

「まあ、私も会ったから分かるけど良い子そうね。礼儀もなっていたし、さすがは社長の義娘さんってところかしら。」
「俺と同じく人を疑う仕事をしている君がそんなことを言うなんて珍しいね。・・・最高裁判所長官の君がさ。」

 愛海は微笑を浮かべた。

「あら、正直な感想よ。でも、犯人も随分と無茶をするのね。自分を見つけてくれと言わんばかりに証拠を残して・・・。」
「そうだね。お陰で、江本君の頭がフル回転してる。ここまで早い犯人特定は初めてじゃないかな。」
「嬉しいくせに。彼も、彼の妹もまた、あなたが必要とする“力”の一部でしょう?」
「意地の悪い言い方をしないでよ。信頼していることは事実だし、真衣君に関しては純粋な一般人だから、江本君ほど深く巻き込ませるつもりはない。そもそも・・・・」

 武虎は紅茶を啜り、息を吐いて言った。

「巻き込まれたくなくても、巻き込まれるのがあの兄妹の運命だ。龍たちとの関わりはもちろん、兄妹の何かを知っている圭介君共々、危険な目に遭うのは仕方のないことさ。」
                    
         ※

「真衣!どこにいるんですか⁉︎返事をしてください‼︎真衣!」

 海里は街中を駆け回って真衣を探した。龍たちは警察として犯人を指名手配し、徹底的に捜索した。

「一体・・どこに・・・!」
「江本君!」
「玲央さん。何か、分かりましたか?」
「ああ。昨晩、山地拓に襲われた従業員の1人が目を覚ましたんだけど、その人が・・・」


『山地シェフは、評論会が行われるホテルに昨夜から泊まっていると思います。部屋番号は存じませんが、そこで料理の“仕上げ”をしたいと言っていました。』


「仕上げ・・・⁉︎じゃあまさか。」
「そのホテルに君の妹がいると思う。急ごう!」

 海里たちは龍の車に乗り込み、目的のホテルへ向かった。
 そこは30階建ての大きなホテルで、最近オープンしたばかりの新しいホテルだった。

「警察です。宿泊客の名簿を見せて頂けませんか?」

 フロントは少し渋ったが、龍は非常事態だと説明し、名簿を受け取った。海里は横からそれを除く。

「・・・あった!605号室!」

 海里はすぐに駆け出した。龍と玲央は慌てて後を追う。

「わざわざ他の部屋から離れた部屋を選んでる。ホテルマンの話によると、用事がなければ部屋にも入らないよう言ったらしいよ。」
「怪しいが、宿泊客の要望である手前、深くは詮索しないしできないってことか。」
「そういうこと。」


 目指すは犯人逮捕と妹の奪還。邪悪な企みを阻止できるのか?
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