小説探偵

夕凪ヨウ

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Case178.料理人の失敗⑥

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「ああ、起きましたか?」
「山地シェフ・・・。ここ、は?さっきの場所と・・・違う。」
「ここはホテルです。明日の評論会のために泊まり込んだんですよ。」

 山地はそう言うと、自分の荷物の中から包丁を出した。真衣は息を呑む。

「2度も包丁とは芸がないですが、仕方ありません。私は現在指名手配ですし、早々に“料理”を作ってまた逃げなければ。」
「料理・・・?あなたまさか、人肉を使って・・・・。」
「ええ。だって気になりませんか?動物の肉はあんなに美味しく食べていても、人間の肉は美味しく食べられるのか・・・・。今回の評論会でそれを試します。」
「冗談でしょ⁉︎狂ってる・・・!」

 山地は笑った。真衣は縄を解こうと体を動かす。

「無駄ですよ。かなりキツく縛っていますから、解けることはない。」
「・・・・他の人も・・こうやって殺したんだ。眠らせて、殺して、料理のために臓器を奪って・・・!」
「はい。まあ、あなたはあまり薬が効かない人間でしたので、そこだけは計算外でした。しかし、特に問題はありません。あなたの死を持って、私の料理は完成する。」

 真衣は歯軋りをした。すると、何かに気がついた彼女は床に頭をつけ、耳を澄ました。

「助けなんて来ませんよ。さあ、大人しく・・・私の糧となってください。」

 包丁が振り下ろされた、その時だった。
 豪快に扉が破られる音がし、複数人の足音が聞こえた。山地は瞬時に警察だと判断したのか、ギョッとする。

「馬鹿な!早すぎる!」

 自分から目を離し、包丁が離れた一瞬を、真衣は見逃さなかった。彼女は自由に動く両足で、思いっきり山地を部屋の奥へ蹴り飛ばしたのだ。

「真衣!」
「海里兄さん・・・!」

 勢いで起き上がった彼女を、海里は強く抱き締めた。

「良かった・・・!無事で・・・‼︎」
「複数人の足音が聞こえたから、もしかしたら・・・って思ったの。兄さんたちで安心した。」

 海里は泣きそうな顔で真衣を抱きしめた。彼は山地の鞄にあるナイフをハンカチで包んで持ち上げ、指紋がつかないようにしながら真衣の縄を切った。

「少し痕になっていますね。病院に行かないと・・・。」
「・・・・なぜだ・・。なぜ、私が犯人だと分かった⁉︎ただの料理人として振る舞っていたはずなのに、なぜ⁉︎」

 山地は龍に手錠をかけられながら叫んだ。海里は真顔になり、冷静に告げる。

「出会った時から、何かおかしいと思っていましたよ。」
「何?」
「あなたが飛び出して来たあの道は1本道・・・つまり行き止まりなんです。買い物袋を持った人が、あんな場所から出てくるなんておかしいと思っていました。事件現場があの奥の建物でしたから尚更です。もし間違って入って遺体を見たとしても、警察に通報すればいい。でも、通報者はあなたではなかった。被害者の死亡推定時刻はあなたと出会う少し前ですから、時間は一致します。」

 海里は淡々と説明を続けた。

「次に、お店に行った際の買い物袋の中身です。私とぶつかった時、あなたは包丁を落とし、私に怪我はないかと尋ねた。それなのに、お店に行って他の従業員が買い物袋から買った物を出した際、包丁はありませんでした。
しかしそもそも・・・刃物を生身のまま店員が渡すわけがない。となると、あの包丁はあなた個人の物で、あのご遺体の殺人に使った物ではありませんか?凶器は見つかっていないと聞いていますから。」
「・・・そうだとしても!一体どこに隠したと⁉︎」
「普通にゴミ箱に捨てればばいいでしょう。傷んだとか不良品だとか言えば、誰も怪しまない。あなたはあそこのオーナーシェフだったのでしょう?」

 山地の顔が見る見る青くなった。すると、今度は玲央が説明を引き受ける。

「被害者に残した血文字も酷かったね。順番はA、Y、A、M、J、I、A、T、U。最後はKかな?これを並び替えると、君の名前になる。俺たち警察が被害者の名前に気を取られ、自分の名前に気がつかないよう細工したつもりだったんだろうけど、江本君には通じなかったみたいだよ。」
「自分の名前を堂々と名乗って猟奇殺人か。殺人者の考えは理解できないな。」

 2人の言葉に、山地は歯軋りをした。

「・・・なぜ女性ばかりを手にかけたのですか?男性より抵抗しないからですか?」

 そう尋ねる海里の声には怒りがこもっていた。山地は歪んだ笑みを浮かべる。

「ちげえよ・・・。女の方が、取れる“パーツ”が多いのさ。男より体が小さくても、筋肉質のない、しかし脂肪の多い体は料理に使いやすいんだ。獣の肉とおんなじさ・・・!だって、殺される時の奴らの顔、獣みたいな醜い声で叫んでる・・・・」

 海里が動こうとした瞬間、真衣が立ち上がろうとする山地の胸ぐらを片手で掴み、床に投げ飛ばした。

「・・・あなたってさ、その女性たちよりも醜いよ。私は容姿なんて気にしないから知らないけど、命を奪う人のどこが素晴らしいの?どこに誇りを感じるの?」
「真衣、待ちなさい。あなた体が本調子では・・・・」

 海里の制止を無視し、真衣は言葉を続けた。

「獣の肉だなんて馬鹿馬鹿しい。あなた自身が獣じゃない。醜く、卑しい、人の心を持たない獣。それが、あなた。」

 山地は動こうと立ち上がろうとしたが、玲央がすかさずこう言った。

「殴って気絶させられたまま同行されるのと、大人しく同行するのとどっちがいい?」
「はあ⁉︎何だと、お前・・!」
「聞いてるんだから答えろよ。それともこの距離で俺の声が聞こえないくらい耳が悪いのか?違うなら返事しろって。」

 普段滅多に笑顔を崩さない玲央の真顔と冷徹な声に、その場が凍りついた。山地は完全に尻込み、動きを止める。それを見た玲央は、胡散臭い笑みを浮かべた。

「分かってくれて嬉しいよ。じゃあ、行こうか。」

 玲央が山地と出ていくと、龍が軽く溜息をついた。

「悪いな。兄貴が本気でキレるとああなるんだ。驚いたか?」
「はい・・・かなり。」
「だろうな。お前は妹と病院に行け。磯井が救急車呼んだから。」
「ありがとうございます。行きましょうか、真衣。」
「うんっ!」
                    
         ※

 翌日、神道病院。

「手の傷は大したことありませんが、数回睡眠薬を打ち込まれているので数日入院してください。」
「はーい。」

 海里と真衣は病院におり、真衣は大和診察を受けていた。

「しかし真衣さん・・・腕を縛られた状態で犯人を蹴って投げ飛ばしたって本当ですか?病院内で噂になってるんですけど。」
「本当ですよ、神道先生。私、昔から柔道やってるのでそこまで弱くないんです。薬さえなければ山地さんも投げ飛ばせましたし。」

 大和は驚いて海里を見た。海里は苦笑する。

「昔から人一倍強かったので日常生活でやらないよう言ってはいました。ただあの時は非常事態でしたし、怒るつもりはありません。」
「そうそう!怒られる理由は無ーし!」

 大和はそうですね、と笑って部屋を出て行った。海里は息を吐き、真衣を見る。

「本当にごめんなさい、真衣。危険なことに巻き込んでしまいましたね。」
「兄さんが謝ることじゃないよ。ぶつかったのは偶然だったんだから。」
「それでも、危険な目に遭わせました。私が事件を物語にしていなければ、入院する必要すらなかったはずです。」

 真衣は少し考えた後、下がっている海里の頭にチョップをした。

「痛っ!何するんですか⁉︎」
「いや・・・何か・・深く考えすぎて、面倒臭い。」
「はあ・・⁉︎」

 海里が頭を押さえながら真衣を見ると、彼女はどこか申し訳なさそうな顔をしていた。

「謝るのは私の方だよ。私、兄さんのこと何も分かってなかった。」
「そんなこと・・・・」
「あるよ。入院中、兄さんが眠っていた時に龍さんと玲央さんにこれまでの兄さんのこと聞いたの。私が眠っている間に、どんな事件を解決して、何を想っていたのか、どんな別れを経験したか。
その結果、兄さんが小説家としても、探偵としても、色んな人の信頼を得ていたことを知ったんだ。」

 真衣はベッドに体を預けた。両腕をゆっくりと上げ、天井に向ける。

「私・・・兄さんのこと、この世の誰よりも分かってる自信があった。実の両親が死んで、江本家に引き取られても、進む道が変わっても、それは変わらないって信じてたんだ。だからその・・何て言うのかな・・・・。」

 真衣は恥じらうように両膝を抱えた。

「兄さんが一緒にいないことが、寂しかったんだ。・・・・馬鹿だよね・・・。兄さんの方がそう思っていたかもしれないのに・・・本当、私ったら自分勝手。」

 海里はそっと真衣を抱きしめた。わずかに彼女から嗚咽が漏れる。

「ありがとう真衣。そして、ごめんなさい。私・・真衣はもう大人だから、強いと思い込んでいました。でも、あなたはあなたでしたね。甘えん坊で、泣き虫で、活発で、優しい真衣のままでした。」
「・・・・褒めてるのか貶してるのか分からないんだけど。」
「どちらにせよ、本心ですから。」

 真衣は照れ笑いを浮かべた。海里は微笑を浮かべる。

「私は、これからも小説家として謎を解きます。自分が危険な目に遭うこともあるし、あなたを危険な目に遭わせてしまうかもしれない。でも、それでも・・・辞めたくないんです。信頼できる方たちが、いらっしゃいますから。」

 真っ直ぐな言葉だった。真衣はにっこりと笑う。

「海里兄さんなら、何となくそう言うと思ってた。いいよ、って言うのも変だね。兄さんがやりたいなら、やったらいいと思う。それに、私自分の身くらい自分で守るよ。寧ろ、私が兄さんを守るべきじゃない?」

 海里は目を瞬かせ、苦笑した。

「先程の言葉、訂正します。真衣は甘えん坊で、泣き虫で、活発で、優しくて、少し生意気な妹ですよ。」

 少しの間の後、2人は同時に笑った。大きな病室に、明るい2人の笑い声が響き渡った。
                      
         ※

「山地拓・・・。早く刑務所に連れて行ってくれって叫んでいたそうだけど、何か心当たりはある?玲央、龍。」

 愛海は笑って尋ねた。玲央は苦い笑みを浮かべる。

「わざと聞いてるの?母さん。」
「あら、何のこと?理由はどうあれ、裁判はきちんとやるわ。心配しないで。」
「してねえよ。お袋の裁判に今まで間違いはなかった。」
「ふふっ。嬉しいわ。」

 愛海はコーヒースプーンをかき混ぜながら笑った。すると、彼女はふと手を止め、悲しげな表情を浮かべる。

「“次”は私も一緒に行きましょうか?」
「必要ないよ。」
「武虎さん。」
「君に嫌な思いはさせたくない。」

 そう言って武虎は愛美の前に座った。玲央と龍も険しい顔をしている。

「これは俺たち3人の問題だ。既に片付いているのかもしれないけど、生きている以上、終わらない話さ。それに・・・元はと言えば俺が巻いた火種。消すのも当然、俺の役目だよ。」
「・・・・そう?それならいいけど、あまり抱え込まないでね。」

 愛海の言葉に、3人は静かに頷いた。
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