ダークサイド・クロニクル

冬青 智

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現代篇

01

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「まったく、腹の立つ。エレベーターくらい設備しておけよ…」

エレベーターくらい設備されているだろうと確認を怠った自分にも非があるが、思わず文句が出るほどのアナログさだ。

築15年と資料には記載されているが、それは絶対に嘘だ。モルタルとコンクリートでできているこの建物は、古び具合から推測するに築40年以上は経っているだろうに。
くそ、とんでもない詐欺だ。こうなっては、住んで都にするしかあるまい。

古びた濃鼠のコンクリートが不気味な階段を2階まで昇り、廊下に面している端から3番目の部屋が今日からの我が家だった。

「そういえば…」

さっき視線を感じたエントランス前が、現在地メゾンハイツ2号棟-203号室から真直ぐに見える。
間違いない。視線の主が居たのは、おそらくこの部屋の前だ。

「エントランスが、ここから見えるんだな」

ボロさ具合は半ば諦めて、冷たく湿ったコンクリート独特の匂いが充満する玄関を抜けたソラは、真っ先にベランダに面した窓を空け放つ。
吹き込む風と扉の立て付けの兼ね合いで物凄い音をたてて玄関扉が閉まった。

「…いい風だ」

強く押し寄せてくる、夕暮れ間近の少し冷たい風が心地よい。
滔々と清流のごとく流れ込んでくるイスナの記憶を閲覧しつつ、ソラは本日何度目かの溜息を吐いた。

流れ込んでくるのは、寂寞感と志半ばに没してしまったイスナが生前懐いていた自身へ対する怒りと、遺してしまった仲間たちへの心配ばかり。
どうやら、想像に違わず責任感の強い女性だったらしい。

「故人のためにも引き摺ってはいけない、ということは理解しているのだがな……未だに後ろ髪を引かれるとは、自分もまだまだ甘い」

“今もなお、本家に恩を売り付けたい親類が虎視眈々と期を狙っているから気をつけろ”と丁寧に映像+氏名付きで「敵」を教えるイスナ(の残滓)にソラは苦笑する。
触れた胸部の奥から尚も滲み出す怒りの感情から察するに、イスナは責任感も然ることながら随分と苛烈な性格をしていたのだろう。

イスナの記憶によると藤咲家は由緒のある旧家で、藤咲家が所有する多くの土地財産に目が眩んだ不届きな遠縁の一家が執拗に養子縁組を申し出るなどして、とんでもなくタチが悪かったらしい。
“とにかく、さもしい奴らだったんだ!”と言わんばかりに、尚もイスナの残滓は胸の奥から赤々と明滅する。

さらに記憶へ意識を合わせると“遠縁のさもしい一家”の忌わしい肉声記録が脳裡で再生された。

『いくら容姿が良くても、あんなに性格がキツくちゃ…今まで貰い手がつかなかったのも納得だわ』

『そんな事を言うものではない、あの子は親を亡くしたばかりで可哀相なのだから』

『だってしょうがないじゃないの、事実なんだから! 莫大な財産以外で使えるものなんてないんだろっ』

奴らの目的は財産目当ての政略結婚でしかなく、イスナよりも一周り年上の末息子と籍を入れさえしてしまえば後はどうにでもなるという目論みだった。
イスナを軽んじ侮蔑する“声”は聞き手のソラにも確かな悪意として伝わってくるもので………当然いい気はしない。

薄笑い混じりの浅ましい声を聞いたその時、ソラの中で憎悪が砕ける音がした。

イスナ自身、最初から遠縁一家で世話になる気など毛先程もなかったのだ。
“どうしてもどうしても”と拝み倒され、果てには泣き落とされ…最終的には意のままにならないから、と遠縁一家から追い出された。

 “この守銭奴共が! まったく、さもしい事この上ない。”

 “悪意を向けるくらいならば最初から引き取るなどと軽々しく言わなければよかったのだ。”

(大変だったな、お前も)

胸中で返せば“他人事ではない、また来るとも限らないぞ”とイスナの残滓が激励(?)する。
ヤツらはイスナが死んだことを知らないのだから、まあその可能性もなきに在らずだ。
ソラは再度、深く短い溜息をついた。

「さて、暗くなる前に片付けようかね」

スマホの表示画面は16時50分。
無造作に床へ置いたスマートフォンに最後の斜陽がかかり、そこが温い日溜まりと化す。
窓から見える街は、迫る黄昏の気配に活気付き始めていた。

「…そうか、窓から商店街が見えるのだな…」

ゆるく吹き上げた風が、線路を走る列車の耳障りな軋音をひとしきり撒き散らす。
撒き散らされるノイズは、不快なはずなのに、何故か疲れた脳髄にはそれが心地よい。
夕暮れ時の風が弱々しく吹き付けて前髪を乱していくのを直しながら、ソラはベランダのサッシを静かに閉めた。

《感情を持つな、非情であれ…》

感情のほんの隙間…脆い部分に付け込んで蔓延する怪異から人命を最優先に護るため非情を義務付けられたイスナ。
どんなに本心が血を流しても真に心許せる友もなく、さもしい血縁者しか周囲にいない劣悪な環境下を細腕で生き抜くしかない生き様に、彼女は絶望していた。

どうにも吸収したイスナの感情と記憶が鮮烈で、ソラ自身は時折、火傷したような錯覚に陥る。

「辛い選択をしたのだな、だがもう安心しろ…。私が共に背負ってやろうな」

ガシャーーーー…ン。
パリーーーン!!

澱を積もらせる胸中に蓋をして、乱雑に積まれた段ボールからガムテープを引き剥がし中の荷物を取り出そうとした瞬間、硝子が割れる鋭い不協和音が薄暗い部屋に響き渡った。

「…今日は本当に賑やかだな。今度は何だ?」

硝子が割れる特有の破裂音がしたのは、キッチンの奥にある四畳半間からだ。
ソラは躊躇なく薄闇が漂う台所を横切って奥に進んでいく。

「いやな気配はないが…」

一足進む毎に、空気が重く冷えて感じられるほどの違和感が纏わりつく。ここに、確実に幽魂が「居」る証拠だ。
闇に眼を向けると、ひときわ暗い四畳半の部屋がまるで待っていたかのようにぽっかりと口を開けて佇んでいた。

「ふむ、ここだけ洋間なんだな…」

一歩踏み出した足裏に冷たく平らな感覚を感じ、同時にここが畳ではなく洋間だということに気付く。

「…これは、また…」

そしてどこか生臭く、饐えたような臭気が強く鼻を刺激した。
部屋を引き払う際に処理しなかったのか、はたまたできなかったのかは定かではないが、放置された家財道具がかつての生活感を残したまま埃を被っている。

薄く開いたクローゼットからはみ出ている衣類は多分、Tシャツかなにかだろう。
午前中に感じた視線と、この状況から推察して行き着く答えは1つ。

「ああ、そういうことか。私が、これに呼ばれたのだな…」

怪異として生きてきたが故に『こういうもの』を見るのは初めてではないが、何度見ても嫌になる光景だ。
暗視してもよかったが、うっかり硝子を踏みたくないので照明を点けることにする。
しかし、壁に沿ってスイッチを探るがなかなか見つからない。

「…ちっ…」

見つからない筈はない。マンションなのだから、必ず備え付けられている。

―――ぱちり。

闇雲に探していると突然、蛍光灯に明かりが点った。

「…いやな予感ほど的中するというものな。というか、スイッチ自体を押してないんだが…」

無機質な蛍光灯の光が満遍なく部屋全体を暴くと、フローリングには細かな硝子片が散乱していた。スリッパを履いていたから問題はないが、ガラス片は結構際どい距離にある。
ソラは踏まなくてよかった、と胸の片隅で小さく安堵した。

「ふーん…」

破片の中に、クモの巣状にヒビ割れた埃まみれの写真立てが落ちており、落下したのはどうやらこれの様だ。
しかし、拾い上げた写真立ては“その役目を果たした”と言わんばかりに粉々に崩れ落ちて無味の硝子片と化した。

(…これは…)

託された写真の埃を指の腹で取り払うと、埃の下から被写体が二人が表れる。
被写体の人物は、おそらく登山が趣味だったのだろう。
黒いバックパックを背負い、トレッキングポールを持った黒髪の青年と、金髪の怜悧な印象の青年が肩を組んで笑っていた。

しかし一緒に映っている黒髪の彼の顔の部分だけが不自然に赤黒く劣化して顔貌の判別がつかない。

恐らくこのどちらかが前の住人なのだろう、イスナと大して歳も変わらないように見える先住者に、ソラは少しだけ興味を懐いた

「ふん…っ」

……シャッ……

まず四畳半間のカーテンを開けて、窓を全開にする。とりあえず埃と忌々しい微醺を外に出してしまいたい。
床に蓄積する埃は粗方拭き清めたが室内の荒れようは凄まじく、微醺の本元はどうやらTシャツがはみ出している衣装箪笥のようだった。
……正直、触りたくはない。しかし、これを除去なんとかしなければ四畳半間は腐海に没してしまうだろう。

《スチャ…ッ》

予め用意していた防塵マスクと軍手を装着し、ソラは無心に黴たTシャツを始めとした箪笥の中身をゴミ袋へと詰めて一掃した。

「これで大体は片付いたが、問題はあの荷だな」

成り代わったとはいえ、すべきことは山積みである。イスナは有給休暇中だったらしいので、怪しまれないようまずは各所に情報共有をしなければならない。
とりあえず早く荷を解いてしまいたいソラがリビングに戻ろうと踵を反した次の瞬間、ぶつりと唐突に証明が消え、手を触れてもいない入口の扉が勝手に閉まる。

「タダで帰す気は無い…か」

立地的には駅から比較的近く、周辺環境に問題はないのに、破格の安価だった最大の理由……それは、ここが事故物件だということ。
 やはり安価というだけで飛び付いてはならない、甘い話には必ず裏があるのが世の常。お約束である。

今さら文句を言っても仕方がないが、そういった存在から好まれるイスナの体質と運の悪さが本当に恨めしい。
堕落者アン・シーリーの温床でしかない幽霊は生理的に嫌いだ。
しかし、頼る理由があると言うならば話を聞いてやるのがソラの流儀なのだが…今朝感じた視線から始まり、極めつけは先頃の騒霊現象ポルターガイスト

………要は、試されている………。

どうやら、此処に居残る「前住者」は随分といい性格のようだ。

(態度にもよるが、ふざけた奴なら消し炭にしてやる!)

 ソラの蟀谷こめかみに、ぷっくりと青筋が浮かび上がる。
わざわざ霊的な根回しの末に招かれたのだ。
そう簡単に帰してもらえるわけがない事を逸早く察したソラは、これから起きるであろう接触に身構えた。

「そこに居るんだろ、隠れてないで出てきたらどうだ…」

【あ、そお? じゃあ遠慮なく】

「……今朝からずっと視線を感じていた。それだけ注視されれば嫌でも気づく」

霊魂との接触は、会話から始まることが多い。
返ってくる筈のない返事に相槌まで打ってしまったのだから、尚のことその後が如何なるか等……想像に難くはない。ソラは不機嫌も露わに渋面を作る。

【ちゃんと俺の声が聞こえてるんだよな? ああ良かった。全うな反応返してくれたのって、オタクだけなんだよ~】

…ぽわん。

シャボン玉の薄膜が弾けるように空気が切り替わる。そして、淡く軽い小鈴の音と共に人の形をした輪郭が浮かび上がった。

「ここの前住人で、間違いないな」

男の容姿は、間違いなくさっき見つけた写真に写っていた、金髪の青年である。
…微妙に昭和臭い背格好なのは、笑っていいのだろうか。

【ご明察。へえ、あんたが次の住人か。仲良くしてくれよな?】

鼻が触れるか触れないかの距離で顔を覗き込まれたソラは、大きな瞳を更に大きく瞠る。

「~~~~~~…っ!!」

今すぐにでも喝を入れて追い出してしまいたいけれど喉の奥に逼塞した声がどうしても出てこなくて、頭の奥が朦と熱を持つ。

後退り距離をとる………そんなソラの様子を見て前住者である青年(霊)は何処か嬉しそうに口端を上げた。

 「はあ……」

 幽霊とシェアハウス? 冗談も大概にしてくれ。
ほよほよと宙を漂う彼を傍目に、ソラは先から頭痛を訴える額を押さえて屈み込んだ。

【お、おい…どした? いきなり屈み込んだりして、具合でも悪いのか?】

「やめろ…。よせというに。私に、不用意に触るな…」

心配してか、指先が触れようと近づいてくる。
その不用心な行為に苛立ちが湧いて自然、声が荒くなる。

………ゴォ…ッ!!

冷たい気配が触れたその一瞬、慌てて身を翻したが間に合わず、あっという間に青白い焔がソラの全身を包みこんだ。

【な、なあ平気かよ? すっげー燃えてっけど…熱そう。てゆうか、なんなんだ? この火】

劫々ごうごうと燃え盛る火力を纏ったまま溜息を吐きだすソラに、青年霊は怯えた目を向けている。
いくら霊的なほのおだとしても火は火、恐怖感は拭えないようだ。

「これはまといといって、主に防御に使うものだ」

【へえ~~~。ゲームでいうバリアみたいなやつ?】

「まあそうだな。だから、私にとっては特に問題はない。……だが君は触れない方がいいね。これは霊体を燃やす」

【こわっ】

「……それに、私は幽霊の類いが嫌いだ。君も今しがた見ただろう、とても仲良くできるとは思えないがね」

【おいおい、んなもん、まだ分かんねえじゃねえか】

背を向けて視界から青年霊の姿を閉め出すソラに対し、構ってほしい青年霊はめげずにポニーテールの先を引っ張る。
それがまた地味に痛く、しかも執拗しつこいときた。ソラのストレスゲージはいまにも振り切れそうになる。

「やめてくれ。…好きではないと言わなかったか?」

【んな毛嫌いしなくたっていいだろうが…。幽霊だって元は人間だァ。今まで俺の姿は見えても、声が聞こえる奴なんていなかったから…嬉しかったんだよ…】

「貴様…」

不満げに唇を尖らせる青年があまりにも悲しそうに項垂れるので、ソラは面食らう。
こうして撥ね付ければ大抵の霊は畏れて近付かなくなるのだが、この青年の霊は食らいついて離れない。
  ……こんな事例は、今かつて初めてである。

「キミ、なぜ私に構う。怖くはないのかね」

【べつに、怖くないって言えば嘘だけどさ…同じ部屋に居るんだし、気になるじゃねえか】

「変わっているな」

【そういうアンタも、な】

眉が下がった情けない顔で笑う青年につられて、つい頬が弛む。
否が応でも気が向いてしまい、これ以上の意地を張るのが馬鹿らしくなったソラは、僅かに警戒心を弛めた。

「ま…まあそうだな。すまない、少し言い過ぎたようだ」

【うあっち! も、燃えるんだろそれ…っ】

  対霊用の浄化火を無効化してから隣に並んで座るが、青年は弾かれたように後ずさる。

「…燃えないよ。燃えないようにしたから、平気さ。戻っておいで」

【マジで?】

「ああ、マジだ。ほら」

指先が触れ合い、やがてそっと手が握り合わされる。触れ合う体温は若干低いけれど、質感は生きた人間と変わりはないのがやや悲しい。

【お前、いい奴だな。こんなんでも、ちゃんと触られた感覚は解るんだぜ?】

「此処には、いつから居るのだ?」

【わからねえ…っていうか、覚えてねえんだよ。気付いた時にはここにいてさ、おかしいだろ?】

「そうだな。ならば、自分の年齢や名前も覚えていないのか?」

明確な意識と人格を残して記憶喪失の死霊、そんなケースなどは初めて直面する。
なぜなら、大体の魂魄は死の衝撃で人格が破壊されてしまうのだ。
判別を行う上で必要な手順を踏みつつ、ソラはいくつかの“質疑”を試みることにした。

「おまえ、自身の名を言えるかね…」

【おいおい…流石にそれくらいは覚えてンぜ。小田切啓司おだぎり けいじ。ちなみに25歳、彼女募集中~♡】

「…そこまで聞いてはおらん。判別の手順として名を訊ねただけだ。正直、貴様の名前などどうでもよい」

【いやいや、それぐらい聞けよ!】

フレンドリーにベラベラ自己紹介を捲し立てる青年霊がウザったくて、ソラは長ったらしい口上をシベリアの永久凍土もかくやの塩対応で寸断した。

「…異論は受け付けない。それに、キミは私の質問に回答すればいいだけだ(ギロリ)」

【ん、なっ、なんだよ…イチイチ憎ったらしい言い方しやがってっ!】

なにも難しいことではないだろう…と言い切る冷徹なソラに、青年霊・啓司はグッと深い怒りを貯めて悸きながら、遂に叫んだ。
もしも啓司が生体であれば、唾が盛大に飛んでいたであろう。

「は? それ以外に必要性を感じなかった、理由はそれに尽きるのだが」

素直に感情のまま雄叫んだ啓司は毅然とソラを睨むが、当の本人はというと“だからどうしたんだ?”と首を傾げている。

【けっ。なんでェ、まったくツンケンしやがってよ…。キレーな顔してても、そんなんじゃお里が知れるぜ】

「ふーーーん、そうか」(ごそごそ…)

【……って、聞いてんのかよ!】

無関心+冷徹なソラの態度に憤慨する啓司だが…本人は聞いているのかいないのか、ダンボール箱の中身を精査している。

「…ふむ、それにキミは(イスナより)年上かね…」

【そうそう。年上なのだよ】

ようやく返ってきたレスポンスに目に見えて機嫌を直した啓司が、調子に乗ってソラの口調を真似て返事をする。

「控えめに見ても、そうは見えないがな」

【はうっ!】

「阿呆め、気を許すよう仕向けてから取り入る魂胆か、だがそうは問屋が卸さない」

調子に乗った青年霊の態度ペースに流される気が毛頭ないソラは、彼を横目で見て再び鰾膠にべもなく一蹴する。

【おまっ、辛辣だなぁ…でも諦めないもんね】

毅然と構えるソラだが、唐突な流し目の視線と共に流れてきた啓司の “いかがわしい気配”にゾッと背筋を粟立たせた。

「なんだ……やめろ、気色の悪い」

明らかな婀娜あだを含んだ視線を半目で睨めば案の定、熱視線に搗ち合う。

【アンタの名前。まだ聞いてねーんだけど?】

あまり気が乗らないが、名乗るまで彼の熱視線から逃れる手立てはないのだろう。

「貴様の思惑に巧く乗せられたようで面白くないが、背に腹は代えられないんだろうな。……名はソラ」

【へえ、歳は歳は?】

渋々名乗れば「待ってました」とばかりに、啓司は身を乗り出してくる。隠し立てないナンパに、ソラは毅然と向き直った。

「止めておけ…」

おんぼろアパートに住む羽目になり、おまけに部屋にはチャラ男の幽霊つき。どれだけ運がないのだろうと情けなくなる。
今までだって、他の入居者にどんなようにして関わって居たか分かったものではない。
どうせ、顔さえ良ければ何をしても許されると、おかしな思い込みをしているのではないだろうか。

【うへ、ひでぇ言われよう。取り憑いたりしねぇよ】

「人の、心を読むな!」

───ビシッ!!

【ほげっ!?】 

思いきり何かに頬を撲たれた啓司は無様な悲鳴をあげて段ボール群に突っ込んだ。

「…霊体で不可抗力とはいえ、その部分は礼儀を持つべきだと思わないか?」

【えっ、なに……ハエ叩き…? え?】

「そうだが? …むしろ逆にこれがそれ以外のものに見えるのか」

しゅん、と風を切るハエ叩き。
ちなみに、コレもしっかり呪具である。
それをまるでラケットのように素振りしながら叱責され、今しがた頬を撲ったものがハエ叩きだと、ようやく理解した啓司はザッと青褪めた。

【んぎゃああっ、汚ねえぇぇぇぅええ!!】

「丁度いいところにコレがあったのでな。ああ、安心したまえ。未使用だ」

 火に炙られたイモムシの如く身悶える啓司バカを、ソラはやはり冷徹200%で睥睨する。

【そんな情報いらねえええぇぇぇ!!】

「逐一喧しいヤツだ。黙って居れないのか!」

……べしっ!!

【痛って! ちょっ、おま…蝿叩きで叩くんじゃ…ふぎゃっ!】

「うるさい」

ビシっ!バシッ、バシッ!バシッ!

そんな気休めは要らないと憤慨する啓司を再びハエ叩きで黙殺したソラは、何気なくスマートフォンの時間をみて一瞬だけ硬直した。
存外に長居していたらしく、携帯の液晶ディスプレイの表示は既に翌日を示している。















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