ダークサイド・クロニクル

冬青 智

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現代篇

02

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【お、スマホ最新のヤツじゃねえの。見して見して!】

ふい背中に不快な重さが乗る。流石に表情には出さないがまた嫌悪感が込み上げてきて、ソラは無表情で重く溜息を吐いた。

「離れないか。まったく、何でこうまでして私に構うんだ…」

【そりゃ、興味あるからだろ?】

「この、離れ、ろ…っ!まったく不作法なやつだな、質問を質問で返すんじゃない」

取り憑く気がないなんて言う戯言は今の処の確証がない訳で、信憑性にも欠ける。
本来、霊というものは非常に嘘つきなのだ。
この男のように、躾の悪い犬の如く絡んでくる霊はたまに居る。だから、そういう輩にはまといの浄化火で炙ってやるのだ。

ジュウウゥゥゥ─────…っ

【あ…だだだだ燃える!焦げる!今度こそ離れるからっ、離れるからソレやめてぇ…っ】

浄化火に怯えてようやっと剥がれていった啓司の背中に、ソラは再び苛立ちを込めた重い溜息を吐き出した。
汚部屋にゴキブリ。事故物件に幽霊。
世に云われる“お約束”とはいえ、ソラにとって幽霊などゴキブリと同列でしかない。

【悪ノリして、本当にすんませんでした】

「まったくだ…。あと、執拗しつこい男は嫌われるぞ。覚えておけ」

もうしないから許してくだせえ…。とフローリングに三指をついて土下座する啓司を睨めつけて、不機嫌も露なソラは鰾膠にべもない。

【ま、まあ善処するからよ…んなこと言わんでさ、仲良くやろうぜ?】

「さて、どうしたものか…」

灸を据えられたにもかかわらず能天気な啓司に対して、(仲良くする)その気が全くないソラは冷徹な視点で彼を識別していく。

幽霊の定義、それは死して肉体を離れた思念体である。とはいえ、どうにも啓司コイツは生気の配分が多いようだ。
つまり死霊ではなく、生霊である可能性が高い。
おそらくは“霊体剥離”だろうか、何らかの困難な状況によって肉体から魂だけが剥離してしまっている状態なのだろう。

それに生霊はすぐ姿形が崩れてしまうので、長期間輪郭を保っていられる事例はかなり珍しい。意外なことに、この青年霊も潜在的に魔力を持っているのだ。
しかし、しかしである。
生霊だろうが死霊だろうが、幽霊であることには変わりは無い。本来なら今こうして相手にするのもイヤで堪らない。

「ふむ…」

ぶん殴った衝撃で、本体に戻らないだろうかと……そんな物騒な「妙案」を不意に思い付いたソラは、口笛を吹きながら宙を漂っている啓司を視界の端に捉えて、辞書(形状から暫定)の背表紙を思いきりよく振り被る。

    すっ、こ―――――――――――――ん!!

【ん、ぐぁああああああああああああ!?】

埃を巻きあげてクローゼットに突っ込んだ啓司を見遣るソラの瞳には、晧々と好奇心が燃えていた。

【あーー…くそ、いってえ、何すんだよ……ヒィ!】

「おや、仕留め損じたか…」

舞い上がる埃に咳き込みながらクローゼットから壁を抜けて現れた啓司は、満面の笑顔で分厚い辞書を翳して仁王立ちするソラにじっとりと顔色を青くさせた。

【バカヤロウ! 滅多なこと言うんじゃねえやいっ、おい止せ…】

事も無げに言い捨てて一歩、また一歩とソラが近づいて来る。
始終笑顔のソラも恐ろしいが、それ以上に彼女(?)が持つ分厚い辞書からとてつもない恐怖が蔦のように絡みついてきて、啓司は小さな肝を更に縮み上がらせた。
鋭利なナイフを突きつけられるような恐怖が、身体の奥底から湧きあがるのは何故だろう。

【な…なんだよ、その紙束タバ!】

「ああコレか? 中身は全て呪符や、それに関する物だよ。そこいらの雑魚霊なら消滅させるだけの威力があるだろうな」

相応の能力者だったイスナの持ち物だ。
その威力は、そこいらの雑魚にとっては凶器そのものだろう。

【げぇぇ…!?】

ソラは、分厚い祓魔呪符の束を片手にドス黒いアルカイックスマイルを顔面蒼白の青年霊に向けた。
えも知れぬソラの気迫に顔面蒼白になった啓司は、情けなくも壁に張り付いたまま震え上がる。

「どうだね? もう一遍…試してみるか?」

【へ、う…】

鼻先が触れ合うその距離で艶然と冷笑するソラに、啓司は度肝を抜かれて床にへたり込んだ。

「…と、いうのは冗談で」

【じょ、冗談にも程があんだろ……マジで消滅するかと思ったぞ…っ!】

趣味の悪い冗談に付き合えるほど肝が太い訳ではない啓司は死ぬ気で抗議するが、当のソラはというと、さっきまで纏っていた負のオーラなど微塵もなく(ニヒルに)口角を上げていた。

「しかし困った。幽霊とシェアハウスするつもりはないのだよ。アンタは何故か居残ってしまうしな」

【おい。またブン殴るとかヤメロよ…?】

および腰で肩を竦める彼の挙動に、ソラは目を微かに瞠る。幽霊だから無理もないが、随分と怖がらせたようだ。

「ふむ、そんなに怖かったかね。…さっきは悪かったな」

【俺だって、困ってるんだよ。気づいたら此処で幽霊だもんよ…】

悄然と項垂うなだれた啓司は、ふいに頭に乗った手の感触に顔を上げる。

「ソラ?」

思えば彼女(女性…だと思いたい)は不思議な人間だ。初対面なのにも拘わらず、警戒心を抱かせない。
ソラは、雰囲気が他の人間とは明らかに違う……そんな気がする。
人を見抜けるほど観察眼が備わっている訳では無いけれど、間違いなく彼女からは清廉な印象が見受けられるのだ。

人は誰しも血縁関係のある身内以外の傍ではどうしても気張り、気負い…無意識に遠慮をしてしまうものだが、自然体でいられるなんて初めてではないか。

「…なんだ」

【そう言えば、オレ幽霊なのに…なんでアンタには触れるんだ? こんな身になってから色々と試したけど、物体にも人にも触れねぇ。みんな擦り抜けてくのに…】

「それは……」

【それは…?】

固唾を飲んで返答こたえを待ちながら、啓司は生じた妙な緊張感に(ないハズの)肺が縮む感覚に陥った。
ソラが纏う空気は常にギザギザに尖っていて、まるで鋸刃のようだ。今だって無意識に敵を探索しながら逆立っている。

「…私が、他と違って甚大な魔力を持つ特別製だからだ。他とは違って、一度受肉してしまえば消滅することはない」

それはまるで、自分を含めた世界全てに憎悪をぶつけているかのようにも思えた。

【よく分かんねえけど…特別って、なにが特別なんだよ? 手も足も、顔も、それに身体だって俺と変わらないぜ?】

「な…っ」

啓司は却ってソラの自信が不思議でならず、言い切りの断定で反論の隙をって更ににじり寄る。

「おい近すぎる、もう少し間をおけ…!」

壁に追い詰められたソラは、いつの間にか鼻先が触れる至近距離まで肉薄してきていた啓司から身を捩って逃げようとするが、タイミング悪く退路を塞がれた。

【なあ、逃げないでくれよ…】

「貴様っ、一体なにを…」

【言ったじゃねえか、一目惚れだって。分かんだろ?】

ソラが僅かに高い位置にある啓司の顔を見上げて睨むと、僅かな時差で二重で色素の薄いブラウンの瞳と搗ち合う。
刹那げに揺れる眼差しに、喉元まで出掛かっていた文句が遂に詰まった。

「お…おい…こら、やめろっ!」

強く、きつく握り合わされた手と手。
聞こえない鼓動に冷たい体温を除けば、彼のいう通り生身の人間と殆んど差異はない。

「っ…」

震える手をとおして、ゆっくりと記憶の断片がソラの中へと吸い込まれていく。
春も夏も、秋も冬も、何度住人が入れ代わり立ち代わり過ぎ去っても、稀に幽霊の存在に気づく者がいる以外、変わり映えのない歳月が過ぎ去っていく。
長いこと啓司は、常に独りだった。

「…そうか。…お前は、別ればかりを見送ってきたのだな…」

【なあ、俺って生霊なんだろ?】

「その様だな…」

【じゃあよォ、どこかで身体は生きてるんだよな。なあソラ、俺の身体を探してくれねえかな?】

戯れのあと、さっさと離れて身繕いをするソラの背中に、啓司は深々と頭を下げた。

【頼むっ。どうか、このとおりだ!!】

「は…?」

自身の記憶すらないのに荒唐無稽な願いではあるが、寄る辺のない啓司には、ソラに頼る他に手立てがない。
それに───今は生き霊だが、ゆくゆくは身体を取り戻して、堂々と彼女(性別不詳)の傍に立ってみたいと、思ってしまったのだ。

【それでさ……身体が見つかるまででいいから、此処に置いてくれると非っ、常に助かる…!】

「貴様の場合、案外そっちが本音だったりしてな」

【ひでー言われよう。ちがわい。なあ…ソラってよ、キツいように見えて困ってる奴を放っとけないタイプだろ】

「……藪から棒になにを言うかと思えば。何故そんなことが貴様に分かる」

毅然と睨むソラを、啓司は真正面から見据えて見つめ返す。

【だって俺、幽霊だし…お前には悪いけど、少し読んだんだ】

「……変態が」

忌々しげに吐き捨てるソラに、啓司はかか、と朗らかに笑った。

【誤魔化しちゃいるが、アンタ…目に濁りがねぇんだよ】

「バカにしているのか? 言うに事欠いてヒトを市場の青魚と同列に扱うとは……身の程知らずが。今度こそ、本当に散るか?」

五百数十年単位で生きてきたが、今かつて鮮魚と同列に例えられるなど、前例のない不測のことだ。
まったく、無礼にも程がある。
強制成仏させようかと考えかけた一瞬、また思考を読んだらしい啓司から「待った」と合いの手が入った。

【まあ聞けって。そんなヤツは大抵、根はいいヤツなんだ】

短時間でそこまで観察できる啓司を凄いと感じると共に、察された己の不甲斐なさに何とも言い難い虚脱感が渦巻いてきて、ソラは物凄く凹んだ。
それに、この話の流れだともう諦めしか選択肢は残っていない。

「…生霊の癖に変なヤツだ」

最大限に皮肉ったつもりだが、まったく堪えた様子もなく啓司は能天気に首を傾げている。
鋭いのか、バカなのか全く以て判りにくい男だ。

【ん?】

「まったく、貴様というヤツは。どうしても…と云うのならば置いてやらんこともないが……どうする?」

【本当かっ、そうこなくっちゃなあ! これからよろしく頼むぜっ】

「こらバカ、近い!髭が障るっ」

ソラは盛大に抵抗して、必要最低限のパーソナルスペースを確保すべく暴れる。
しかし、大型犬のごとく喜ぶ啓司には届いておらず結局は揉みくちゃにされてしまった。

「くそ、やっぱり幽霊にロクな奴はいない…」

【まーまー…そう言うなって】

人好きのする懐っこい笑顔を向けられて、ソラは口ごもる。
綿密に練っていた霊的存在追い出し計画は、まったく生霊らしくない幽霊・小田切 啓司との出会いでかなりシナリオが歪んでしまった。
とりあえず、しばらくのお預けである。

しかしこの出会いが、波乱を織り込んだ日常の始まりとはまだ、誰も知らないのであった。

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