春風 ~四季の想い・第二幕~

雪原歌乃

文字の大きさ
22 / 32
第五話 言葉に出来ない

Act.2-03

しおりを挟む
「とにかく飲め飲め」
 半ば強引に押し進められる形でビールを注がれる。それに朋也が口を付けたところで、宏樹はおもむろに続けた。
「さっきも言ったけど、俺は男だし女性の気持ちの全ては分からんから想像で言うけどな。――彼女、恐らくお前から他の女性の話なんて聴きたくなかったんじゃないか?」
「どうして?」
「どうして、って……。それぐらい察しろ」
「俺は鈍感なんだ。それぐらい知ってんだろ?」
「そうやって開き直るのがお前の悪いトコだ」
 宏樹は片肘を着き、もう片方の人差し指でテーブルを叩いた。
「お前の気持ちは分かってる。だから、俺に口出しする権利がないってのも理解してる。けどな、今日だけはあえて言うぞ? お前、自分が好きな女性に他の男の話をされて気分がいいか?」
「そんなの、兄貴に言われるまでもねえよ……」
「だろ? だったら紫織に相談される立場を朋也に置き換えて、朋也に相談する立場を紫織に置き換えてみろ。それなら分かりやすくないか?」
 宏樹が出した例に、朋也は黙り込むしかなかった。鈍いから、などと宏樹に言い放ってしまったが、本当は気付かないふりをしていたのかもしれない。涼香の、自分に対する想いに。
 だが、涼香の気持ちを理解しても、それに応えることは出来ない。たとえ、誓子に積極的なアピールをされていなかったとしても、応じられないという気持ちに変化はなかっただろう。
「俺、どうしたらいい……?」
 戸惑うことしか出来ない朋也は、兄に縋るしかなかった。こういう時ばかり頼るのは都合が良過ぎると自覚はしていても、自ら答えを導き出すことも出来ない。
 宏樹は相変わらず片肘を着いた姿勢のまま、冷や酒をゆっくりと喉に流し込む。コップの中を空にし、静かにテーブルにそれを戻してから、再び朋也に視線を向けた。
「何もする必要はないだろ」
 あっさりと返され、肩透かしを食らった。
「何もする必要はねえ、って……。無責任じゃねえか、それって……」
 口を尖らせて睨むと、宏樹はわざとらしく肩を竦めて見せた。
「無責任も何もないだろ? じゃあ、逆に訊くけどな。朋也は自分に直接告白もしてない相手に、『君の気持ちには応えられないから』って言えるか?」
「それは……、言えねえよ……。勘違いだったら恥ずかしいし……」
「だろ? だったら朋也からアクションを起こす必要はなし。もし、彼女が何らかのアクションを起こしてきたんだったら、その時はちゃんと向き合ってやればいい」
「断ればいいのか?」
「お前の選択肢には〈断る〉しかないのか?」
「別に、それは……」
「じゃあ、存分に悩んどけ。ああ、真っ向アピールしてきた子もいたんだっけ? その子のことも含めて真剣に考えるんだな」
「めんどくせえ……」
「楽な恋愛なんてあるわけないだろうが。全てが丸く収まってしまえば誰も苦労しない。――てか、朋也だって辛い経験はしてるだろ……」
 最後は消え入るような声だった。はっきりとは聴こえなかったものの、口の動きから、「俺のせいで」と言ったのは察することが出来た。
「だよな」
 朋也は短く答えるだけに留めた。よけいな詮索をされることを宏樹は好まない。だったら、鈍い弟のままでいた方が兄のためにもなる。相談に乗ってもらえたことに対しての感謝でもあった。
「なあ兄貴、俺、まだ食い足りないんだけど?」
「お、そっか。だったら思いきって丼ものでも頼むか? ここは親子丼も美味いぞ」
「それいいわ! ちょうどガッツリメシ食いたいって思ってたんだよ!」
「若いな」
「兄貴は食わねえの?」
「俺はいいわ。年寄りはそんなに食えねえし」
「また言うか……」
 呆れて溜め息を吐いたものの、すぐに気分を変え、大声で従業員を呼んだ。意気揚々と親子丼とウーロンハイを注文する朋也の姿を、宏樹はニヤニヤしながら眺めていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

私がガチなのは内緒である

ありきた
青春
愛の強さなら誰にも負けない桜野真菜と、明るく陽気な此木萌恵。寝食を共にする幼なじみの2人による、日常系百合ラブコメです。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

隣人はクールな同期でした。

氷萌
恋愛
それなりに有名な出版会社に入社して早6年。 30歳を前にして 未婚で恋人もいないけれど。 マンションの隣に住む同期の男と 酒を酌み交わす日々。 心許すアイツとは ”同期以上、恋人未満―――” 1度は愛した元カレと再会し心を搔き乱され 恋敵の幼馴染には刃を向けられる。 広報部所属 ●七星 セツナ●-Setuna Nanase-(29歳) 編集部所属 副編集長 ●煌月 ジン●-Jin Kouduki-(29歳) 本当に好きな人は…誰? 己の気持ちに向き合う最後の恋。 “ただの恋愛物語”ってだけじゃない 命と、人との 向き合うという事。 現実に、なさそうな だけどちょっとあり得るかもしれない 複雑に絡み合う人間模様を描いた 等身大のラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

僕《わたし》は誰でしょう

紫音みけ🐾書籍発売中
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

処理中です...