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第五話 言葉に出来ない
Act.2-03
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「とにかく飲め飲め」
半ば強引に押し進められる形でビールを注がれる。それに朋也が口を付けたところで、宏樹はおもむろに続けた。
「さっきも言ったけど、俺は男だし女性の気持ちの全ては分からんから想像で言うけどな。――彼女、恐らくお前から他の女性の話なんて聴きたくなかったんじゃないか?」
「どうして?」
「どうして、って……。それぐらい察しろ」
「俺は鈍感なんだ。それぐらい知ってんだろ?」
「そうやって開き直るのがお前の悪いトコだ」
宏樹は片肘を着き、もう片方の人差し指でテーブルを叩いた。
「お前の気持ちは分かってる。だから、俺に口出しする権利がないってのも理解してる。けどな、今日だけはあえて言うぞ? お前、自分が好きな女性に他の男の話をされて気分がいいか?」
「そんなの、兄貴に言われるまでもねえよ……」
「だろ? だったら紫織に相談される立場を朋也に置き換えて、朋也に相談する立場を紫織に置き換えてみろ。それなら分かりやすくないか?」
宏樹が出した例に、朋也は黙り込むしかなかった。鈍いから、などと宏樹に言い放ってしまったが、本当は気付かないふりをしていたのかもしれない。涼香の、自分に対する想いに。
だが、涼香の気持ちを理解しても、それに応えることは出来ない。たとえ、誓子に積極的なアピールをされていなかったとしても、応じられないという気持ちに変化はなかっただろう。
「俺、どうしたらいい……?」
戸惑うことしか出来ない朋也は、兄に縋るしかなかった。こういう時ばかり頼るのは都合が良過ぎると自覚はしていても、自ら答えを導き出すことも出来ない。
宏樹は相変わらず片肘を着いた姿勢のまま、冷や酒をゆっくりと喉に流し込む。コップの中を空にし、静かにテーブルにそれを戻してから、再び朋也に視線を向けた。
「何もする必要はないだろ」
あっさりと返され、肩透かしを食らった。
「何もする必要はねえ、って……。無責任じゃねえか、それって……」
口を尖らせて睨むと、宏樹はわざとらしく肩を竦めて見せた。
「無責任も何もないだろ? じゃあ、逆に訊くけどな。朋也は自分に直接告白もしてない相手に、『君の気持ちには応えられないから』って言えるか?」
「それは……、言えねえよ……。勘違いだったら恥ずかしいし……」
「だろ? だったら朋也からアクションを起こす必要はなし。もし、彼女が何らかのアクションを起こしてきたんだったら、その時はちゃんと向き合ってやればいい」
「断ればいいのか?」
「お前の選択肢には〈断る〉しかないのか?」
「別に、それは……」
「じゃあ、存分に悩んどけ。ああ、真っ向アピールしてきた子もいたんだっけ? その子のことも含めて真剣に考えるんだな」
「めんどくせえ……」
「楽な恋愛なんてあるわけないだろうが。全てが丸く収まってしまえば誰も苦労しない。――てか、朋也だって辛い経験はしてるだろ……」
最後は消え入るような声だった。はっきりとは聴こえなかったものの、口の動きから、「俺のせいで」と言ったのは察することが出来た。
「だよな」
朋也は短く答えるだけに留めた。よけいな詮索をされることを宏樹は好まない。だったら、鈍い弟のままでいた方が兄のためにもなる。相談に乗ってもらえたことに対しての感謝でもあった。
「なあ兄貴、俺、まだ食い足りないんだけど?」
「お、そっか。だったら思いきって丼ものでも頼むか? ここは親子丼も美味いぞ」
「それいいわ! ちょうどガッツリメシ食いたいって思ってたんだよ!」
「若いな」
「兄貴は食わねえの?」
「俺はいいわ。年寄りはそんなに食えねえし」
「また言うか……」
呆れて溜め息を吐いたものの、すぐに気分を変え、大声で従業員を呼んだ。意気揚々と親子丼とウーロンハイを注文する朋也の姿を、宏樹はニヤニヤしながら眺めていた。
半ば強引に押し進められる形でビールを注がれる。それに朋也が口を付けたところで、宏樹はおもむろに続けた。
「さっきも言ったけど、俺は男だし女性の気持ちの全ては分からんから想像で言うけどな。――彼女、恐らくお前から他の女性の話なんて聴きたくなかったんじゃないか?」
「どうして?」
「どうして、って……。それぐらい察しろ」
「俺は鈍感なんだ。それぐらい知ってんだろ?」
「そうやって開き直るのがお前の悪いトコだ」
宏樹は片肘を着き、もう片方の人差し指でテーブルを叩いた。
「お前の気持ちは分かってる。だから、俺に口出しする権利がないってのも理解してる。けどな、今日だけはあえて言うぞ? お前、自分が好きな女性に他の男の話をされて気分がいいか?」
「そんなの、兄貴に言われるまでもねえよ……」
「だろ? だったら紫織に相談される立場を朋也に置き換えて、朋也に相談する立場を紫織に置き換えてみろ。それなら分かりやすくないか?」
宏樹が出した例に、朋也は黙り込むしかなかった。鈍いから、などと宏樹に言い放ってしまったが、本当は気付かないふりをしていたのかもしれない。涼香の、自分に対する想いに。
だが、涼香の気持ちを理解しても、それに応えることは出来ない。たとえ、誓子に積極的なアピールをされていなかったとしても、応じられないという気持ちに変化はなかっただろう。
「俺、どうしたらいい……?」
戸惑うことしか出来ない朋也は、兄に縋るしかなかった。こういう時ばかり頼るのは都合が良過ぎると自覚はしていても、自ら答えを導き出すことも出来ない。
宏樹は相変わらず片肘を着いた姿勢のまま、冷や酒をゆっくりと喉に流し込む。コップの中を空にし、静かにテーブルにそれを戻してから、再び朋也に視線を向けた。
「何もする必要はないだろ」
あっさりと返され、肩透かしを食らった。
「何もする必要はねえ、って……。無責任じゃねえか、それって……」
口を尖らせて睨むと、宏樹はわざとらしく肩を竦めて見せた。
「無責任も何もないだろ? じゃあ、逆に訊くけどな。朋也は自分に直接告白もしてない相手に、『君の気持ちには応えられないから』って言えるか?」
「それは……、言えねえよ……。勘違いだったら恥ずかしいし……」
「だろ? だったら朋也からアクションを起こす必要はなし。もし、彼女が何らかのアクションを起こしてきたんだったら、その時はちゃんと向き合ってやればいい」
「断ればいいのか?」
「お前の選択肢には〈断る〉しかないのか?」
「別に、それは……」
「じゃあ、存分に悩んどけ。ああ、真っ向アピールしてきた子もいたんだっけ? その子のことも含めて真剣に考えるんだな」
「めんどくせえ……」
「楽な恋愛なんてあるわけないだろうが。全てが丸く収まってしまえば誰も苦労しない。――てか、朋也だって辛い経験はしてるだろ……」
最後は消え入るような声だった。はっきりとは聴こえなかったものの、口の動きから、「俺のせいで」と言ったのは察することが出来た。
「だよな」
朋也は短く答えるだけに留めた。よけいな詮索をされることを宏樹は好まない。だったら、鈍い弟のままでいた方が兄のためにもなる。相談に乗ってもらえたことに対しての感謝でもあった。
「なあ兄貴、俺、まだ食い足りないんだけど?」
「お、そっか。だったら思いきって丼ものでも頼むか? ここは親子丼も美味いぞ」
「それいいわ! ちょうどガッツリメシ食いたいって思ってたんだよ!」
「若いな」
「兄貴は食わねえの?」
「俺はいいわ。年寄りはそんなに食えねえし」
「また言うか……」
呆れて溜め息を吐いたものの、すぐに気分を変え、大声で従業員を呼んだ。意気揚々と親子丼とウーロンハイを注文する朋也の姿を、宏樹はニヤニヤしながら眺めていた。
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