6 / 22
Melting Sweet
Act.4-03
しおりを挟む
ところが――杉本君は私の予想を見事に覆す行動に出た。
嗚咽を漏らし続ける私を杉本君の元へと引き寄せ、そのまま強く抱き締めてきた。
「そんなに自分を貶めないで」
杉本君が私に囁く。
「完璧な人間なんてどこにもいません。俺だって、表面上ではいい顔をしているかもしれませんが、これで好き嫌いがはっきりしているんです。――俺は、付き合ったことのある女に、『思いやりがない』、『考えてることが分からない』って散々言われ続けました。当然ですね。だって、告白されて何となく付き合ったようなものでしたから」
杉本君は抱き締める腕の力をわずかに緩めた。そして、私の顔を覗き込むと、微かな笑みを向け、親指で涙を拭ってくれた。
「俺はガキだったから、女と寝られたらそれでいい、って思ってたんです。言ってしまえば、性欲を満たす道具程度にしか考えてなかったってことです。
さっきは唐沢さんに偉そうなことを言いましたけど、俺の方がよっぽど最低ですよ。唐沢さんは少なからず、相手の男に恋愛感情は持っていたわけでしょ? でも俺の場合、恋愛感情なんてなくても……、女なら誰でも抱けたんですよ……」
私は目を瞠った。杉本君の言葉はとても信じられない。けれども、彼の目を見る限り、冗談を言っているようにも思えない。
「――今も……」
私は杉本君に真っ直ぐな視線を注いだまま、ゆったりと続けた。
「杉本君は誰とでも寝られる? ――例えば、私なんかとでも……」
言い終える間もなく、杉本君は私の唇に彼の人差し指をくっ付け、首をゆっくりと横に振る。これ以上は言うな、という合図のつもりだろう。
「俺がこれから言うこと、聴いてくれますか?」
私は少しばかり固まったまま、瞬きを数回繰り返す。でも、すぐに我に返り、静かに首を縦に動かした。
「さっきも言いましたけど、ちょっと前の俺だったら、女ならば誰でもいいって思ってました。でも、今は違います。あなたと出逢って、あなたに恋をしてから、あなただけをずっと見つめてきました。だからと言って、あなたを今すぐに抱きたいというわけではない。――あなたが大切だから、傷付けたくないから、あなたが望まないならば、俺は黙って身を引くつもりです……」
何を言ってるの? と私は思った。私に、付き合って、と言ってここまで連れて来たのは他でもない杉本君なのに。
「――狡い……」
私は杉本君から視線を外し、そのまま額を杉本君の胸元へと押し付けた。
「杉本君は私に逃げ道を与えようとしてくれてるのかもしれない。けど、それってかえって傷を深くするだけだってどうして気付かないの……?」
口にしながら、私は自分の言動に驚いていた。けれど、歯止めが利かず、思うがままに吐き出した。
「私は逃げない。杉本君が私を抱きたいと思ってくれてるんなら抱けばいい。――私は、利用されることに慣れてるから……」
ここまで言うと、私はゆっくりと頭をもたげた。
杉本君は何も言わない。ただ、私を神妙な面持ちで見つめている。
「――唐沢さん」
しばしの沈黙のあと、杉本君が重い口を開いた。
「もしかして、自棄になってませんか? 俺が、変な話をしてしまったから……」
痛いところを衝かれた気がした。職場では仕事をバリバリこなし、プライベートでは男達を潰すほどの、自他共に認める酒豪。けれども本当は、誰かに依存したくて仕方ない甘えたがり。
結局、私も――いや、私こそ杉本君を利用しようとしている。杉本君が私に想いを寄せていてくれていたことをいいことに、私の中にぽっかりと空いた隙間を埋めてもらおうとしている。
「――自棄になってない、とは言いきれない……」
私は素直な気持ちを吐露した。
「でも、杉本君に抱かれたいと思ったのも嘘じゃない。恋してるかどうかは別にして……、今はただ、杉本君と……」
言いかけた言葉は、杉本君の口付けによって封じられた。最初は唇同士が重ねられているだけだったけれど、しだいに深さを増し、割れ目から舌を絡ませてくる。
静まり返った室内に、唾液を吸い上げる音がやけに煩く響き渡る。頭の中もぼんやりとしてくる。飲み続けていたお酒のせい、というよりも、杉本君のキスに私は完全に酔っている。
私達は時間をかけて貪り合った。飢えた獣のように求め、やがて、どちらからともなく唇を離した。
「――まだ、間に合いますよ……?」
キスまでしておいて、まだそんなことを言ってくる。私は眉をひそめ、杉本君を睨んだ。
「そんな怖い顔をしないで」
杉本君は困ったように微苦笑を浮かべながら肩を竦める。
「唐沢さんが突き放してくれなきゃ、ほんとに歯止めが利かなくなりますから。もちろん、ここで押し倒すつもりは全くありませんけど」
再び、私の唇に杉本君のそれを軽く押し付ける。そして、「後悔、しませんか?」と念を押してきた。
「後悔なんてしないわ」
私は杉本君を見据えたままで続けた。
「今はとにかく、杉本君が欲しくて仕方ないもの。私を、杉本君で満たして……?」
杉本君はわずかに目を見開いた。でも、すぐに笑みを取り戻し、「敵わないな」と溜め息を交えながら口にした。
「唐沢さんにおねだりされたら、これ以上我慢出来なくなっちゃうじゃないですか」
杉本君は私の肩を抱くと、耳元で囁いた。
「ここを出たら、あなたを抱きます」
嗚咽を漏らし続ける私を杉本君の元へと引き寄せ、そのまま強く抱き締めてきた。
「そんなに自分を貶めないで」
杉本君が私に囁く。
「完璧な人間なんてどこにもいません。俺だって、表面上ではいい顔をしているかもしれませんが、これで好き嫌いがはっきりしているんです。――俺は、付き合ったことのある女に、『思いやりがない』、『考えてることが分からない』って散々言われ続けました。当然ですね。だって、告白されて何となく付き合ったようなものでしたから」
杉本君は抱き締める腕の力をわずかに緩めた。そして、私の顔を覗き込むと、微かな笑みを向け、親指で涙を拭ってくれた。
「俺はガキだったから、女と寝られたらそれでいい、って思ってたんです。言ってしまえば、性欲を満たす道具程度にしか考えてなかったってことです。
さっきは唐沢さんに偉そうなことを言いましたけど、俺の方がよっぽど最低ですよ。唐沢さんは少なからず、相手の男に恋愛感情は持っていたわけでしょ? でも俺の場合、恋愛感情なんてなくても……、女なら誰でも抱けたんですよ……」
私は目を瞠った。杉本君の言葉はとても信じられない。けれども、彼の目を見る限り、冗談を言っているようにも思えない。
「――今も……」
私は杉本君に真っ直ぐな視線を注いだまま、ゆったりと続けた。
「杉本君は誰とでも寝られる? ――例えば、私なんかとでも……」
言い終える間もなく、杉本君は私の唇に彼の人差し指をくっ付け、首をゆっくりと横に振る。これ以上は言うな、という合図のつもりだろう。
「俺がこれから言うこと、聴いてくれますか?」
私は少しばかり固まったまま、瞬きを数回繰り返す。でも、すぐに我に返り、静かに首を縦に動かした。
「さっきも言いましたけど、ちょっと前の俺だったら、女ならば誰でもいいって思ってました。でも、今は違います。あなたと出逢って、あなたに恋をしてから、あなただけをずっと見つめてきました。だからと言って、あなたを今すぐに抱きたいというわけではない。――あなたが大切だから、傷付けたくないから、あなたが望まないならば、俺は黙って身を引くつもりです……」
何を言ってるの? と私は思った。私に、付き合って、と言ってここまで連れて来たのは他でもない杉本君なのに。
「――狡い……」
私は杉本君から視線を外し、そのまま額を杉本君の胸元へと押し付けた。
「杉本君は私に逃げ道を与えようとしてくれてるのかもしれない。けど、それってかえって傷を深くするだけだってどうして気付かないの……?」
口にしながら、私は自分の言動に驚いていた。けれど、歯止めが利かず、思うがままに吐き出した。
「私は逃げない。杉本君が私を抱きたいと思ってくれてるんなら抱けばいい。――私は、利用されることに慣れてるから……」
ここまで言うと、私はゆっくりと頭をもたげた。
杉本君は何も言わない。ただ、私を神妙な面持ちで見つめている。
「――唐沢さん」
しばしの沈黙のあと、杉本君が重い口を開いた。
「もしかして、自棄になってませんか? 俺が、変な話をしてしまったから……」
痛いところを衝かれた気がした。職場では仕事をバリバリこなし、プライベートでは男達を潰すほどの、自他共に認める酒豪。けれども本当は、誰かに依存したくて仕方ない甘えたがり。
結局、私も――いや、私こそ杉本君を利用しようとしている。杉本君が私に想いを寄せていてくれていたことをいいことに、私の中にぽっかりと空いた隙間を埋めてもらおうとしている。
「――自棄になってない、とは言いきれない……」
私は素直な気持ちを吐露した。
「でも、杉本君に抱かれたいと思ったのも嘘じゃない。恋してるかどうかは別にして……、今はただ、杉本君と……」
言いかけた言葉は、杉本君の口付けによって封じられた。最初は唇同士が重ねられているだけだったけれど、しだいに深さを増し、割れ目から舌を絡ませてくる。
静まり返った室内に、唾液を吸い上げる音がやけに煩く響き渡る。頭の中もぼんやりとしてくる。飲み続けていたお酒のせい、というよりも、杉本君のキスに私は完全に酔っている。
私達は時間をかけて貪り合った。飢えた獣のように求め、やがて、どちらからともなく唇を離した。
「――まだ、間に合いますよ……?」
キスまでしておいて、まだそんなことを言ってくる。私は眉をひそめ、杉本君を睨んだ。
「そんな怖い顔をしないで」
杉本君は困ったように微苦笑を浮かべながら肩を竦める。
「唐沢さんが突き放してくれなきゃ、ほんとに歯止めが利かなくなりますから。もちろん、ここで押し倒すつもりは全くありませんけど」
再び、私の唇に杉本君のそれを軽く押し付ける。そして、「後悔、しませんか?」と念を押してきた。
「後悔なんてしないわ」
私は杉本君を見据えたままで続けた。
「今はとにかく、杉本君が欲しくて仕方ないもの。私を、杉本君で満たして……?」
杉本君はわずかに目を見開いた。でも、すぐに笑みを取り戻し、「敵わないな」と溜め息を交えながら口にした。
「唐沢さんにおねだりされたら、これ以上我慢出来なくなっちゃうじゃないですか」
杉本君は私の肩を抱くと、耳元で囁いた。
「ここを出たら、あなたを抱きます」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
独占欲全開の肉食ドクターに溺愛されて極甘懐妊しました
せいとも
恋愛
旧題:ドクターと救急救命士は天敵⁈~最悪の出会いは最高の出逢い~
救急救命士として働く雫石月は、勤務明けに乗っていたバスで事故に遭う。
どうやら、バスの運転手が体調不良になったようだ。
乗客にAEDを探してきてもらうように頼み、救助活動をしているとボサボサ頭のマスク姿の男がAEDを持ってバスに乗り込んできた。
受け取ろうとすると邪魔だと言われる。
そして、月のことを『チビ団子』と呼んだのだ。
医療従事者と思われるボサボサマスク男は運転手の処置をして、月が文句を言う間もなく、救急車に同乗して去ってしまった。
最悪の出会いをし、二度と会いたくない相手の正体は⁇
作品はフィクションです。
本来の仕事内容とは異なる描写があると思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる