Melting Sweet

雪原歌乃

文字の大きさ
15 / 22
Extra.2 壊されるほどに

Act.2-01

しおりを挟む
 衛也君の住むアパートは、会社から車で十五分ほどの場所にある。
 私は衛也君が運転する車の助手席に乗り、そのまま一緒に彼のアパートへと向かう。
 ちなみに、私も車は所持しているけれど、会社までは徒歩でも通えるから車での通勤はしていない。
 アパートの駐車場に車を入れると、私が先に降り、少し遅れて衛也君も運転席から出てくる。
 衛也君の部屋は201号室。私の所とは対照的に、階段から一番近い端にある。
「どうぞ」
 鍵を開けた衛也君に促された私は靴を脱いで上がり、一度それを揃えてから台所を経由して部屋に入った。
 本人は、散らかっている、とよく言っているけれど、男性の部屋にしてはわりと片付いている方だと私は思う。台所には紐で括られた雑誌の束が置いてあるものの、邪魔にならないように隅の方に置かれているからそれほど気にならない。
「夕純さんが来るようになってから、出来る限り綺麗にしようと頑張っているんですよ」
 コタツに入り、無意識に部屋を見回していた私に衛也君が言う。
「本来、片付けが大の苦手ですからね。と言っても、足の踏み場がないほど散らかっていたわけでもないですけど」
「これだけ片付けられたら上等よ。女でも酷いのは酷いからね。私も得意な方じゃないけど、実際に散らかり放題の部屋に行った時はドン引きしたもの」
「あはは……」
 衛也君は誤魔化すように笑いながら、ジャケットを脱いでハンガーにかけた。
「でも、夕純さんに上等だと思ってもらえてるんなら俺の部屋は大丈夫ってことですね」
 そう言うと、衛也君はコタツに入らず、そのまま部屋から出た。トイレかな、と思っていたのだけど、台所で足を止め、流し台下の戸棚を開け始めた。少し背中を伸ばして様子を覗ってみると、形も大きさもまちまちな瓶を四本取り出してシンクの上に並べる。
 私はそろりとコタツから出た。何をするのかやっぱり気になる。
「衛也君」
 台所へ足を踏み入れてから呼んでみる。
 衛也君は瓶を一本持ったままの状態で首を動かした。
「何してるの?」
 少しずつ近付きながら訊ねると、衛也君はワイシャツの袖を捲りながら、「カクテルを作ろうかと思って」と答えた。
「カクテル……?」
 まさかとは思ったけれど、確かにシンクに並べられた酒瓶は全て、カクテルのベースとなりそうなものばかりだ。ただ、その中に日本酒があったのが不思議だった。それだけ妙に浮いている。
「カクテルなのに日本酒使うの?」
 怪訝に思いながら訊く私に、衛也君は、「日本酒が主役のカクテルですから」とにこやかに頷く。
「この間、ネサフしていてたまたま見付けたんですよ。ただ、材料は買っていたけど作るのは今日が初めてだから、どんな味かは全く分からないんです。多分、不味くはないと思いますけど……」
 自信なさげに言いながら、衛也君は私に、一枚の紙をそっと差し出してきた。どうやら、そのネットで見付けたというカクテルのレシピをご丁寧にコピーしたらしい。
「今日作るのは一番下のやつです」
 数種類あるカクテルのレシピの中で衛也君が指差したのは、グリーン系の優しい色合いのカクテルだった。芽吹きの春をイメージしたものらしく、確かに見た目も春らしい温かみを感じさせる。
「まだまだ寒いですけど、もうじき春になりますしね。今の時季にちょうどいいかな、って」
 衛也君はコピーしたレシピをシンクに置くと、それを見ながらカクテル作りを始めた。
「手伝おうか?」
 黙って立っているのもどうかと思い、衛也君に声をかけてみた。けれども、衛也君はそれをやんわりと拒否した。
「この間の肉じゃがのお礼ですから、俺に全部作らせて下さい。――まあ、不味かったらお礼どころじゃなくなりますけど」
 衛也君は私に肩を竦めて見せると、ぎこちない手付きでお酒の調合をする。しかも、計量カップなどというものは衛也君の所にはないから、当然、全て目分量だ。ふるふる震えながら最初に日本酒を、続けてジンをグラスに注ごうとした結果、一気に三分の一ほど入ってしまった。予想通りといえば予想通りの展開だった。
「あー……」
 多量に入ってしまった日本酒とジン入りのグラスを持ち上げながら、衛也君は呆然と眺める。
「レモンジュースで調整したら?」
 よけいなこととは思いつつ、ついつい口出ししてしまった。
 でも、それが衛也君にはありがたい助言だったらしい。「そうですね」と素直にニッコリ頷き、今度は先ほど以上に慎重にグリーンティーリキュールを注いでから、レモンジュースを多めに入れてゆく。
 出来上がったカクテルは、思ったよりも緑が薄めだ。グリーンティーリキュールに対し、レモンジュースが多かったせいかもしれない。ただ、その分、ジンが余分に入ってしまったから、色に関しては仕方ないとしか言いようがない。いや、そもそも、カクテルはシェーカーを使って作るものだから、グラスで直に作ること自体が間違っているのだけど、そこはあえて何も言わないことにした。
 さらに、混ぜ合わせるのにマドラーではなく大きめのスプーンを使ったことも、彼らしいと言えば彼らしい。さすがに私の所にはマドラーはあるけれど――ただし百均で買ったもの――、衛也君にマドラーを買うという発想は元からないのだ。こういう、変に細々としていないところも私は好きだけど。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

ヤクザは喋れない彼女に愛される

九竜ツバサ
恋愛
ヤクザが喋れない女と出会い、胃袋を掴まれ、恋に落ちる。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

独占欲全開の肉食ドクターに溺愛されて極甘懐妊しました

せいとも
恋愛
旧題:ドクターと救急救命士は天敵⁈~最悪の出会いは最高の出逢い~ 救急救命士として働く雫石月は、勤務明けに乗っていたバスで事故に遭う。 どうやら、バスの運転手が体調不良になったようだ。 乗客にAEDを探してきてもらうように頼み、救助活動をしているとボサボサ頭のマスク姿の男がAEDを持ってバスに乗り込んできた。 受け取ろうとすると邪魔だと言われる。 そして、月のことを『チビ団子』と呼んだのだ。 医療従事者と思われるボサボサマスク男は運転手の処置をして、月が文句を言う間もなく、救急車に同乗して去ってしまった。 最悪の出会いをし、二度と会いたくない相手の正体は⁇ 作品はフィクションです。 本来の仕事内容とは異なる描写があると思います。

苺の誘惑 ~御曹司副社長の甘い計略~

泉南佳那
恋愛
来栖エリカ26歳✖️芹澤宗太27歳 売れないタレントのエリカのもとに 破格のギャラの依頼が…… ちょっと怪しげな黒の高級国産車に乗せられて ついた先は、巷で話題のニュースポット サニーヒルズビレッジ! そこでエリカを待ちうけていたのは 極上イケメン御曹司の副社長。 彼からの依頼はなんと『偽装恋人』! そして、これから2カ月あまり サニーヒルズレジデンスの彼の家で ルームシェアをしてほしいというものだった! 一緒に暮らすうちに、エリカは本気で彼に恋をしてしまい とうとう苦しい胸の内を告げることに…… *** ラグジュアリーな再開発都市を舞台に繰り広げられる 御曹司と売れないタレントの恋 はたして、その結末は⁉︎

お義父さん、好き。

うみ
恋愛
お義父さんの子を孕みたい……。義理の父を好きになって、愛してしまった。

処理中です...