宵月桜舞

雪原歌乃

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第九章 恣意と煩慮

第六節-01

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 ◆◇◆◇◆◇

 本家に来ると、自由に出歩くことが出来ない。結局、学校も強制的に休まされ、このままだと入学して間もないのに留年してしまうのではないかと不安になった。非常に不本意だ。
 さらに、自由が利かないだけではなく、ここでは話し相手が全くいない。以前、強引に連れて来られた時には優奈がいたからだいぶ気持ちが紛れた。
 昨晩、藍田の車に乗っている時にも考えていたが、この家で頼れる者は誰もいない。むしろ、藍田に限らず、綾乃や藤崎も警戒しないといけない。藤崎には、いきなり唇を塞がれ、力ずくで組み敷かれたという前科がある。
(やっぱり、南條さんに連絡ぐらい入れれば良かった……)
 時間帯的に迷惑だと思い、美咲は家を出る時はもちろん、本家に着いて一人きりになった時も南條に知らせることを躊躇った。だが、南條ならばどんな時間であろうと関係なく、美咲のために飛んできてくれる。
 南條は今頃、どうしているだろうか。夜はとっくに明けているから、恐らく藍田は貴雄に連絡を入れただろう。そして、貴雄か理美が全てを話したに違いない。
 美咲は枕元に置いていた携帯電話を掴んだ。電波の状態は良い。今さらではあるが、ちゃんと自分から南條に話をしたい。
 何度も深呼吸を繰り返す。微かに震える指で着信履歴のカーソルを動かし、南條の所で止めた。
 コール音が鳴る。固唾を飲んで携帯を睨んでいると、五度目で音が途切れた。
 美咲はそこで、ようやく携帯を耳に押し当てた。
『美咲か』
 いつもとは違う、怒ったような声が真っ先に飛び込んできた。
 美咲は少し間を置き、「はい」と小さく答える。
『お前、本家にいるのか?』
 やはり、連絡が届いていたらしい。だから怒っている。
「――います……」
 ようやく答えたものの、それ以上言葉が続かない。仕方なかったとはいえ、勝手な行動を取ってしまったことへの罪悪感と、何より、南條の声を聴いたら堪らなく恋しくなってしまった。
『どうして、本家に行った? 自分の意思か?』
「――多分……」
『多分?』
「伯父さんに押し切られたのもありますけど……、私も……」
『何故?』
「私は……、危険な存在だから、って……」
『危険? お前が危険だと誰が決めた?』
「だってそうでしょ? 私には……、桜姫の魂がいるんですよ……? だから……」
『そんなことは問題じゃない!』
 突然、南條が声を荒らげた。怒っているとは察していたが、怒鳴られるのは予想外だった。
 美咲の身体がビクリと小さく跳ね上がる。徐々に涙が込み上げ、とうとう嗚咽が漏れた。
『――すまない……』
 しばらくして、南條から謝罪された。
『美咲のことが心配で、つい取り乱してしまった……。許してくれ……』
 南條も美咲に泣かれたことで動揺している。
 美咲は何度も首を横に振る。電話越しでは見えないと分かりつつ。
『ただ、これだけは分かってくれ。俺は、美咲に怒ってるんじゃない。何にもしてやれなかった俺自身に怒ってるんだ、って。どちらにしても、俺はまだまだ未熟者だな……』
 すまない、と南條はまた重ねて謝罪をしてくる。分かっていた。南條は美咲を無闇に責めたりしない。何が起こっても、まずは自分自身を責める。そういう人間だ。
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