蜩の軀

田神 ナ子

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1話

2 宿命

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 それは――十余りの年の頃・・・・・
 訳あって離れて暮らせばならない、父と子の姿――。
 
 忍びのおなごと一人の武士の間に産まれたその子は、世に夜叉子やしゃごと恐れられ、人里離れた山奥にひっそりと暮らしていた忍び衆の集落である、忍びのきょうへと預けられたのだった。

 「父上っ!」
長い月日を待ちその父子おやこは再会を喜び合う。
父は確と我が子を腕に抱き、子は父を呼び、逢えた喜びに涙する。
 「すまぬ、直臣なおただ・・・お前には辛い想いをさせてしまうが、これだけは覚えておいておくれ・・・・」
父は我が子の純な双眼を見つめ優しく諭すように言う。
 「お前は大切な我が子・・・お前が鬼になろうが、夜叉子であろうが、この命に代えてもお前を護るぞ。」
涙で滲む父の顔を忘れまいと、子は強く強く頷く。

 それが、父子の最後の姿だった――。
夕闇が竹林に広がり風が葉を揺らしてゆく。
それから、静寂がこの夜を包んだ――。
 「本条ほんじょう 清正きよまさ殿・・・・先程、山中にて地蜘蛛衆じぐもしゅうの奇襲に遭われ亡くなられました――」
激しい雨の中、飛脚の者が伝えたのは・・・・果敢ない父と子の別れの報せ。

 また逢えることを信じた父の姿は・・・・
  「父上・・・・父上――っ!」
泣き叫び、父の跡を追おうと駆け出して行く余りにもまだ幼すぎる子。

「直臣様!行ってはなりませぬ!この結界から出ては、貴方までも命を失うことになります!」
泣き崩れる幼き子の震える躰を男はひしと抱き締めた。
この冷たい雨から、この哀しみから護るように・・・・。
そして、男は切なくも力強く告げた。
 「直臣様、貴方を御護りすることを、父上様に御誓い致しました――。」
 やらずの雨が降りしきる・・・・
 重なる二つの影が、夜に震えていた。


 それは、夢・・・・。
最近、何となくっほいんだけどリアルな夢を見る。目が覚めるといつも涙で濡れてるんだ。
 (俺・・・また泣いてんの?なんで・・・・?)
 わだかまりを懐きながら不快な朝を迎える――そんな日が、ここ何日か続いている。

 小さな町は、四方を山々に囲まれた澄んだ町だった。
 慣れた扱いで自転車を漕ぐ保は、いつもの帰り道を急いでいた。夏を迎える生暖かい風を受けながら制服のシャツが膨らんで、その胸許が見え隠れする。
 小さな川に掛かった橋を過ぎ、桜並木に沿った歩道を通って坂道を下ると、入り込んだ裏道へと自転車を走らせた。しばらく道成りに走ると、眼の前に商店街のアーケードが見えてきた。
 小さな町の商店街は、顔見知りの人たちばかりで人情溢れる温かい通りだった。
 保はアーケードを入って行くと、とあるスーパーの店先に自転車を置き、店内へ入って行った。
 
 「お疲れさんです。」
挨拶をしながら店の奥に入ると、店長らしき男性が事務用のデスクに向かっていた。
「おう、保か――お帰り。」
「伯父さん、美緒みおは?今日も、塾?」
 そう、この人はこの店の店長で、俺の伯父さんなんだけど、俺自身のことでは、ちょっと家庭的に問題があって・・・スーパーを営んでいる伯父さん(母さんの三つ上の兄になるんだけどぉ)にお願いしてバイトで雇ってもらってる。俺がまだ小さい頃に両親が離婚、それからは母さんが一人で俺を育ててくれてるんだけど、もう俺も小さな子どもじゃねぇし、ちょっとでも母親の負担にならないように。もちろん部活(サッカー)は辞めたくないし、そこは配慮してもらってる。
 「あぁ・・・塾って言ってたがな・・・・」
 「分かった。後でまた迎えに行くよ。」
 「悪いなぁ、いつもお前に頼んでしまって・・・・」
店で忙しい伯父さん夫婦の代わりに、俺は従妹の塾の迎えをしてる。それくらいしか俺に恩返しできることないからさ。
 「大丈夫。」
さてと・・・着替えてくっかな。
 俺は店内の奥の通路を通って従業員専用のロッカールームへ足を運んだ。

 
 二人は境内の庭木を見やっていた――。
少しずつ辺りが薄暗くなってきていた。
 ふと、住職が耳を澄ますように遠方へ視線を向ける。
  「・・・ほぅ・・・もう、蜩が啼き始めましたなぁ・・・・。」
そう言われ耳を澄ますと、遠く山間から微かな蜩の声が聴こえる。清んだ、どこか切ないその啼き声が、深く耳に心の奥に広がる。
 「清んだあの啼き声も、一時ひとときのもの・・・・果敢ないものですなぁ・・・・。それでも、与えられた命を全うする――命の尊さを教えられますなぁ。」
感慨深い表情を浮かべ、住職は微笑んだ。
 そんな住職の横顔を見つめていた咲弥もまた、また遠くの空を仰いだ。
  「この身も、この心も、御縁あってのもの――合掌・・・・」
住職は分厚いその掌を静かに合わせてそう呟いた。
 うっすらと暮れてゆく空を見上げていた咲弥は、ゆっくりと視線を戻し切れ長の瞼を軽く伏せながらじっと拳を握り締めていた。
 「・・・そういえば、先週ほどでしたかのぉ・・・菊千代きくちよ殿も此処へ来られて、、と預かっておりました。」
住職はそう言いながら、浄衣の袂から小さな紙切れを取り出し咲弥に渡した。
 握り締めていた拳の力を緩めて、咲弥はその紙切れを受け取った。
そこには、携帯番号が書かれている。
 「菊千代殿の、連絡先だそうですぞ。」
 「・・・そうですか・・・・ありがとうございます。」
その紙切れに視線を置きながら、咲弥は微かに笑んでいた。

 宿命――それは、季節を感じ花が咲くように・・・
生きとし生けるものが子孫を残していくように・・・そして、親が無償の愛で子を護るように・・・・
誰に決められた訳でもない、自然の常理――。

 幾数年、時を越えて輪廻するこの魂も、全ては、貴方の為に。
それを〝宿命〟と呼ぶならば、全てを、貴方の為に――。
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