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5話
逸話
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枕許に置かれた名刺を手に取っていた。
(・・・大学病院の外科医・・・・)
名刺に書かれていた肩書きに目を通して驚いた。外科医ってどんだけの奴なんだよ。あんな容姿しててスゲーやつなんだ・・・。
「タチバナ、ヨシアキ――?」
咲弥と呼ばれていたあの男・・・しかも、名前が違うのは・・・・・?
何もかもが理解できない。整理がつかない頭の中にイライラして俺はぐしゃぐしゃに髪を掻いた。名刺と一緒に置いてあった携帯に眼が止まり、はっと我に返る。
「やべぇ、母さんに電話しとかねぇと・・・・」
まだ鈍い痛みが残ってる。携帯に伸ばした自分の手に向けた視線が止まる。片手だけでもこんなに傷跡が生々しく残ってる。何か、自分の躰じゃない感覚がしてた。それから俺は躰の痛みを感じながらもゆっくりと立ち上がり部屋の外へ出た。
障子を開けると、廊下になっていて寺の庭を眺めながら歩けるって感じ。そこは本堂って言うのかな?(じいさんが言ってた気がする。)に近い縁側で、ここからその本堂が見える。月の明りが蒼白く光っていて、庭に敷き詰められてる玉砂利に反射してキレイだった。知らない場所なんだけど、今の俺には落ち着く。
時間の感覚が分からない――
どれだけの時間を自分は彷徨ってたんだろう。
とにかく、心配してるだろうな、母さんに連絡を入れる。でも、なかなか繋がらないのは、電波が届きにくい所なんだろう・・・少しでも電波が届く場所を探し出して母さんの携帯に連絡を入れた。
(どんだけ、山ん中なんだよ・・・・)
月明かりの中で境内は幻想的だった。
あまりの静かさに虫の声だけが賑やかに聴こえてた。
――『はい、荒木です・・・』
聞き慣れた声だ。
安心した。母さんのその声を聞いてほっとした。
「・・・母さん?俺だけど・・・ごめん、連絡もしねぇで・・・・」
『保?あんた何やってんの?!今、どこ?もう二日も連絡ないから、心配してたんだよ!』
(――あぁ・・・いつもの母さんの声・・・・)
何だかその言い草におかしくなって俺は少し笑いながら言う。
「ごめん・・・ちょっと色々あって・・・・。暫く帰れないけど、友達んとこ居るから。落ち着いたらまた連絡する・・・・じゃあな!」
『な、何?保――?!』
一方的な俺の電話に母さんは戸惑ってる。でも、母の性格なら自分がよく知ってる。連絡さえ入れておけば安心する母だから・・・・。母さんの顔が浮かんで俺はちょっとだけ苦笑いしてた。
それと、もう一つ・・・・。
携帯のLINEに亮介からのものが数件入ってた。
ようやく少しいつもの自分が返ってきたようだった。届いたLINEは俺のこと心配してる。
(怒ってっかなぁ・・・亮介・・・・)
亮介のイラっとした顔が眼の前に見えるようで、俺は携帯に向かってごめんの仕草をする。
「ここにおられましたか・・・・」
丸いお盆に水を入れたコップをのせて、じいさんが静かに歩いて来た。
「水を置いておくように咲弥殿に頼まれましてのぉ・・・・」
そうだ――痛み止めの薬を飲んでおくように・・・ってことなんだろう。医者がそう言ってた。
「・・・・なぁ、じいさん――」
俺は月に照らされた境内に眼をやりながらじいさんに訊ねた。
じいさんは持ってたお盆をゆっくりと床に置いて俺の横に座った。
「・・・何で俺のこと直臣って呼ぶんだ?意味が解んねぇ・・・。それに、あんた達って何なの?咲弥って奴、あいつ何者なの・・・?」
俺の横で穏やかに座ってるじいさんに目線を戻した。聞いてどうなるのかって話だけど、悶々としたこの気持ちを解いて欲しかった。解決の糸口を与えてくれるだけで楽になれると思ったから・・・・。
縁側の板間がひんやりとして気持ちいい――
俺とじいさんの間を僅かな沈黙が流れた。
「・・・さて――、何からお話しするとしましょう・・・・・」
まるでおとぎ話でも聴かせるような言い振りで、じいさんは軽く瞼を閉じていた。
――幾度となく転生を繰り返し、宿魂体を換えながら我らの魂は生きている。
「其方の名は――本条 直臣。」
そう言ってじいさんが俺をぐっと見つめる。
その視線に応えるようにして俺もじいさんを見入る。
「其方は――当時、藩に仕える上役であり、一の家来として信頼されておった本条 清正殿と、忍びの境で呪術を使う娘、凜との間にできた子じゃった――」
そう語りながらじいさんは遠くへ視線を流してまた話の続きを始めたんだ。
――しかし、幸せは続かなんだ・・・・
良からぬ噂を流され、愛しい我が子を手放さなくてはならなかった。
まだ幼子の其方をわしに託し、凜はその命を絶ってしまった。それから、其方の成長を待ち、忍びの境へ其方を預けることにしたのだ。
そこには凜と同じく呪術を使う者がいた。
一人は、そう――咲弥じゃ・・・・。
咲弥もまた哀しいことに親を亡くしておっての・・・・他に、菊千代と美緑という名の忍びの者が居たのじゃが、この者たち、皆、同じ儕輩――。
〝地蜘蛛衆〟という凶賊の残虐な作為によって親を亡くした者同士。そして、呪術を操るのもこの三人だけじゃった。
しかし、凜だけは違った・・・・。
同じ忍びの境に住み、忍びの者として生きていたのじゃが、凜の持つ力だけは生まれつき与えられたものだった。
時に、天地を揺るがし、風を生み、雨を降らせ、時に、傷付いたものを癒すという不思議な治癒力を持った娘じゃった。しかし、凜は自分に与えられた力を人に知られるのが怖かったのじゃろう・・・・ひっそりと忍びの境で生きる覚悟を決めた――。
凜は誰よりも優しい娘じゃった。そんな凜を天人と崇める者もいたが、よく思わない者も多かった。その力を恐れ、化け物と罵り疎外する者たちが優しい凜の心を傷つけた。そんな中、清正殿と出逢ったのじゃ・・・・。心優しい清正殿の人柄に支えられ、やっと凜は自分という人間を自分の中で認めることができた。
二人の出逢いは運命だったんじゃよ――。
だが、運命もまた宿命・・・・・
そんな凜の力を利用しようと、地蜘蛛衆の者たちが狙ってきた。
自分に与えられたこの力を決して悪用してはならないと、愛しい人の子を身篭った凜は、その命と引き換えに我が命を絶ったのだ――。
そして、まだ幼い其方を弟のように大事に可愛がり、清正殿との約束を果たすべく其方を心より護ってくれたのは、彼らなのじゃよ。
何故にそんなにまで其方を護ろうと――?
それは、清正殿の人柄がそうさせるのだろう・・・・。
皓々と月の光が夜を包んでいた。
だいぶ俺たちは話に耽ていたようだ。
「・・・・遅くなってしまいましたのぉ・・・・。早う、薬を飲んでお休みになられませ・・・。」
昔々のことを想い出して、じいさんはつい話に夢中になったんだろうな。
じいさんは水の入ったコップを俺の傍に添えると、お盆を手に取り立ち上がった。
「・・・何で、記憶が無い――?俺は、どうすればいい――?」
俺は呟くようにそう言って蒼い夜を見上げた。
「何故なのかは私にも分かりません。それは、直臣様自身の想うことがあってのことでしょう・・・・。ただ、一つ云えることは、何が大切なものか、それだけを見失わぬことですぞ・・・・。」
「それでは、私は先に――」と、じいさんは奥の部屋へ戻って行った。
そんなじいさんの後ろ姿を横目に見ながら、俺は数分前に届いていたLINEを開いた。
――亮介からだ。
『心配したんだぞ!生きてんなら、安心だ!』
と送られてきたLINEに、俺はほっとして笑った。
信頼する友の顔が浮かぶ――。
自分は自分であって、今を生きてる。だけど、その自分が誰なのか、今、ここに居るのは誰なのか、解らなくなる・・・・・。
(俺は・・・・荒木 保だろ――?)
応えてくれ・・・
記憶を失くしたのは、何故なんだ――直臣・・・・。
(・・・大学病院の外科医・・・・)
名刺に書かれていた肩書きに目を通して驚いた。外科医ってどんだけの奴なんだよ。あんな容姿しててスゲーやつなんだ・・・。
「タチバナ、ヨシアキ――?」
咲弥と呼ばれていたあの男・・・しかも、名前が違うのは・・・・・?
何もかもが理解できない。整理がつかない頭の中にイライラして俺はぐしゃぐしゃに髪を掻いた。名刺と一緒に置いてあった携帯に眼が止まり、はっと我に返る。
「やべぇ、母さんに電話しとかねぇと・・・・」
まだ鈍い痛みが残ってる。携帯に伸ばした自分の手に向けた視線が止まる。片手だけでもこんなに傷跡が生々しく残ってる。何か、自分の躰じゃない感覚がしてた。それから俺は躰の痛みを感じながらもゆっくりと立ち上がり部屋の外へ出た。
障子を開けると、廊下になっていて寺の庭を眺めながら歩けるって感じ。そこは本堂って言うのかな?(じいさんが言ってた気がする。)に近い縁側で、ここからその本堂が見える。月の明りが蒼白く光っていて、庭に敷き詰められてる玉砂利に反射してキレイだった。知らない場所なんだけど、今の俺には落ち着く。
時間の感覚が分からない――
どれだけの時間を自分は彷徨ってたんだろう。
とにかく、心配してるだろうな、母さんに連絡を入れる。でも、なかなか繋がらないのは、電波が届きにくい所なんだろう・・・少しでも電波が届く場所を探し出して母さんの携帯に連絡を入れた。
(どんだけ、山ん中なんだよ・・・・)
月明かりの中で境内は幻想的だった。
あまりの静かさに虫の声だけが賑やかに聴こえてた。
――『はい、荒木です・・・』
聞き慣れた声だ。
安心した。母さんのその声を聞いてほっとした。
「・・・母さん?俺だけど・・・ごめん、連絡もしねぇで・・・・」
『保?あんた何やってんの?!今、どこ?もう二日も連絡ないから、心配してたんだよ!』
(――あぁ・・・いつもの母さんの声・・・・)
何だかその言い草におかしくなって俺は少し笑いながら言う。
「ごめん・・・ちょっと色々あって・・・・。暫く帰れないけど、友達んとこ居るから。落ち着いたらまた連絡する・・・・じゃあな!」
『な、何?保――?!』
一方的な俺の電話に母さんは戸惑ってる。でも、母の性格なら自分がよく知ってる。連絡さえ入れておけば安心する母だから・・・・。母さんの顔が浮かんで俺はちょっとだけ苦笑いしてた。
それと、もう一つ・・・・。
携帯のLINEに亮介からのものが数件入ってた。
ようやく少しいつもの自分が返ってきたようだった。届いたLINEは俺のこと心配してる。
(怒ってっかなぁ・・・亮介・・・・)
亮介のイラっとした顔が眼の前に見えるようで、俺は携帯に向かってごめんの仕草をする。
「ここにおられましたか・・・・」
丸いお盆に水を入れたコップをのせて、じいさんが静かに歩いて来た。
「水を置いておくように咲弥殿に頼まれましてのぉ・・・・」
そうだ――痛み止めの薬を飲んでおくように・・・ってことなんだろう。医者がそう言ってた。
「・・・・なぁ、じいさん――」
俺は月に照らされた境内に眼をやりながらじいさんに訊ねた。
じいさんは持ってたお盆をゆっくりと床に置いて俺の横に座った。
「・・・何で俺のこと直臣って呼ぶんだ?意味が解んねぇ・・・。それに、あんた達って何なの?咲弥って奴、あいつ何者なの・・・?」
俺の横で穏やかに座ってるじいさんに目線を戻した。聞いてどうなるのかって話だけど、悶々としたこの気持ちを解いて欲しかった。解決の糸口を与えてくれるだけで楽になれると思ったから・・・・。
縁側の板間がひんやりとして気持ちいい――
俺とじいさんの間を僅かな沈黙が流れた。
「・・・さて――、何からお話しするとしましょう・・・・・」
まるでおとぎ話でも聴かせるような言い振りで、じいさんは軽く瞼を閉じていた。
――幾度となく転生を繰り返し、宿魂体を換えながら我らの魂は生きている。
「其方の名は――本条 直臣。」
そう言ってじいさんが俺をぐっと見つめる。
その視線に応えるようにして俺もじいさんを見入る。
「其方は――当時、藩に仕える上役であり、一の家来として信頼されておった本条 清正殿と、忍びの境で呪術を使う娘、凜との間にできた子じゃった――」
そう語りながらじいさんは遠くへ視線を流してまた話の続きを始めたんだ。
――しかし、幸せは続かなんだ・・・・
良からぬ噂を流され、愛しい我が子を手放さなくてはならなかった。
まだ幼子の其方をわしに託し、凜はその命を絶ってしまった。それから、其方の成長を待ち、忍びの境へ其方を預けることにしたのだ。
そこには凜と同じく呪術を使う者がいた。
一人は、そう――咲弥じゃ・・・・。
咲弥もまた哀しいことに親を亡くしておっての・・・・他に、菊千代と美緑という名の忍びの者が居たのじゃが、この者たち、皆、同じ儕輩――。
〝地蜘蛛衆〟という凶賊の残虐な作為によって親を亡くした者同士。そして、呪術を操るのもこの三人だけじゃった。
しかし、凜だけは違った・・・・。
同じ忍びの境に住み、忍びの者として生きていたのじゃが、凜の持つ力だけは生まれつき与えられたものだった。
時に、天地を揺るがし、風を生み、雨を降らせ、時に、傷付いたものを癒すという不思議な治癒力を持った娘じゃった。しかし、凜は自分に与えられた力を人に知られるのが怖かったのじゃろう・・・・ひっそりと忍びの境で生きる覚悟を決めた――。
凜は誰よりも優しい娘じゃった。そんな凜を天人と崇める者もいたが、よく思わない者も多かった。その力を恐れ、化け物と罵り疎外する者たちが優しい凜の心を傷つけた。そんな中、清正殿と出逢ったのじゃ・・・・。心優しい清正殿の人柄に支えられ、やっと凜は自分という人間を自分の中で認めることができた。
二人の出逢いは運命だったんじゃよ――。
だが、運命もまた宿命・・・・・
そんな凜の力を利用しようと、地蜘蛛衆の者たちが狙ってきた。
自分に与えられたこの力を決して悪用してはならないと、愛しい人の子を身篭った凜は、その命と引き換えに我が命を絶ったのだ――。
そして、まだ幼い其方を弟のように大事に可愛がり、清正殿との約束を果たすべく其方を心より護ってくれたのは、彼らなのじゃよ。
何故にそんなにまで其方を護ろうと――?
それは、清正殿の人柄がそうさせるのだろう・・・・。
皓々と月の光が夜を包んでいた。
だいぶ俺たちは話に耽ていたようだ。
「・・・・遅くなってしまいましたのぉ・・・・。早う、薬を飲んでお休みになられませ・・・。」
昔々のことを想い出して、じいさんはつい話に夢中になったんだろうな。
じいさんは水の入ったコップを俺の傍に添えると、お盆を手に取り立ち上がった。
「・・・何で、記憶が無い――?俺は、どうすればいい――?」
俺は呟くようにそう言って蒼い夜を見上げた。
「何故なのかは私にも分かりません。それは、直臣様自身の想うことがあってのことでしょう・・・・。ただ、一つ云えることは、何が大切なものか、それだけを見失わぬことですぞ・・・・。」
「それでは、私は先に――」と、じいさんは奥の部屋へ戻って行った。
そんなじいさんの後ろ姿を横目に見ながら、俺は数分前に届いていたLINEを開いた。
――亮介からだ。
『心配したんだぞ!生きてんなら、安心だ!』
と送られてきたLINEに、俺はほっとして笑った。
信頼する友の顔が浮かぶ――。
自分は自分であって、今を生きてる。だけど、その自分が誰なのか、今、ここに居るのは誰なのか、解らなくなる・・・・・。
(俺は・・・・荒木 保だろ――?)
応えてくれ・・・
記憶を失くしたのは、何故なんだ――直臣・・・・。
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