蜩の軀

田神 ナ子

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閑話 『SECOND SEASON』

というわけで、息抜きにきました

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 案の定・・・
咲弥の仕事の段取りをつけてから、姉さんが予約してくれてる旅館へ向かうことになった。

朝早くに亮介からのLINEで、
『先に行っとくわぁ!』ってスタンプ付きで。つれないよな。

 話に聞けば何か雰囲気のいい旅館らしくて、早くに出よう、って姉さんから連絡があって、バタバタ準備もそこそこに出発したらしい。
亮介も世話焼くのに大変だわぁ。
みんなで行けば楽しかったんだろうけど。
仕方ない・・・そこは小さい子どもじゃねぇし、我慢、我慢。

 
 変わり映えしない景色。
一定の速度で走行する音だけが車内に届いてた。
高速に入って、もうしばらく走ってる気がするけど、何だかんだ話しながら来てるから苦痛じゃないかな。
ズボンの後ろポケットに入れていた携帯を取り出して画面を開く。

 (もう、2時間ぐらい?走ってんなぁ――・・・)

時刻は13時を回ってた。
仕事の段取りをつけて俺ん家まで迎えに来てくれたんだけど、ゆっくり休む暇もなくって振り回されてる気がして少し申し訳ない。
安定した運転で車を走らせる咲弥の横顔をちらって見る。
相変わらずきれいな顔して落ち着いてる。

 (いつか、咲弥は俺の傍から居なくなんのかな・・・)

ふと、そう思ってしまう。何だろ胸がきゅんとする。

 「・・・どうかしました?」

視線を感じたのか咲弥が窺う。眼鏡越しの両眼が優しい。

 「・・・いや・・・何でもない」

助手席の窓に肘を付きながら、気づかれないように、って視線を携帯に戻した。

 「ちょっと休憩します?」
 「・・・ん――・・・いいや。咲弥の方こそちょっと休めば?ずっと運転きついだろ?・・・悪ぃな」
 「大丈夫です。保さんと一緒なら」

そう言って微笑む。

 「高速を降りて、あと、一時間くらいですよ」

たぶん、夕方には亮介たちと合流できるかな。
学生の身分でこんな旅行なんて・・・滅多にないことだろうから、せっかくだから楽しもう。



 『一時間ぐらい』

 「・・・だって。あいつら、あと一時間ぐらいだってよぉ」

亮介の携帯に保からのLINEが届いた。

 「じゃぁ、先にチェックイン、済ませとこっか?」

途中、ICで休憩がてら昼食を摂って、先に旅館に向かっていた亮介と菊千代の二人は、ロビーのソファで寛いでいた。
保からの連絡を受けて、了解した菊千代が受付で予約の確認をしに行く。


 落ち着いた和風の旅館で、日本古来の屋敷を改装した造りになっていた。
和の要素を洒落た感じに活かしている。旅館の木戸口から石畳が続き、周囲には高低のある庭木が植わっている。
石畳の両脇には現代風に造られた灯篭ライトが箇所ヵ所に設けられていた。
彼女がお勧めする理由も分かる。幅広い年代に人気の旅館らしい。

 「えっと・・・後から連れが二人来る予定で、部屋は三部屋、予約してたんですけど・・・」 
 「磯部様ですね。・・・はい、承っております。二泊三日の予約でよろしかったでしょうか?」

受付の担当が予約を確認すると、カウンターの奥から深い紺色の作務衣を着た従業員が出てきて、

 「では、お部屋へご案内させて頂きます」

その声音は薄く柔らかいものだった。
まだ年の若い――二十代前半ぐらいだろうか、やや細めの躰つきで、さらりとした少し長めの茶色い髪とその風貌がどこか謎めいた感じがした。

 「行くよ――」

菊千代の呼び掛けに、振り返り立ち上がった亮介の視線がその従業員の青年に止まった。

 「・・・・・!」

作務衣姿の青年は亮介を見やると軽く会釈する。
そして慣れた物腰で二人を部屋まで案内するためにゆっくりと歩き出した。

その少し後ろから付いて行きながら亮介が菊千代の肩を軽く引き寄せて耳打ちする。

 「・・・あいつ・・・菊千代、お前知ってたの?」

亮介の言葉に声を抑えて彼女が応えた。

 「風の便り・・・ってやつ?かな・・・・」
 「あ――ぁ。・・・俺、知らねぇぞ」

 
部屋までの廊下の脇は、組んだ竹を渡していて上品な趣きを漂わせていた。
和紙で造られた淡いライトが等間隔で埋め込まれている内装になっている。

 「お部屋はお一人様がこちらと、奥の部屋になります。あと、お二人様用のお部屋がこちらです」

そう言いながら少し先へ曲がった右手にある部屋を案内する。
客人の様子を窺いながら従業員の青年は淡々と部屋の設備やカードキーの説明をすると、

 「どうぞ、ごゆっくりと――・・・様、様」

微かに笑みながら柔らかな声で一言添えると、またカウンターの方へ下がって行った。



 『着いたら、海、直行だからなっ!』

亮介からのLINEに保が微かに笑う。

 『、よろしく!』と、保が返信する。

車のナビの画面には、右側に海の地形を記した表示がされてた。

目的地までもうすぐ。
休む間もなく付き合わされてる(?)を労ってやろう。

そうこうしてるうちに海岸沿いの国道を走って、車は山手へ向かってた。
緩やかなカーブの車線を登って行く――

今は、夏真っ盛りで山間の木々が青々としてて気持ちいい。
少し細い道を入って五分ぐらいだったかな、左側に古風な旅館が見えてきた。
反対側には隣接した駐車場が設けてあって、細かい砂利を敷き詰めたその駐車場にゆっくりと車を停めた。

長距離の車ん中、躰が硬くなってる。さすがに・・・長時間は俺には向かないかな、って思った。
車から降りてぐ――って、背伸びをした。

 「・・・うぅ―――っん」

蝉時雨が一斉に耳に届いてきた。

 「お疲れさまでした」

眼鏡を外して車越しの向かい側から咲弥が声を掛ける。

 「お前も・・・。運転、ありがとな」

後部座席に頭突っ込んで、積んでた荷物を引き寄せる。


ぶっきらぼうで・・・
照れ屋でいて・・・
可愛い人――

 「・・・保さん――」
 「?!・・・・・ぅわ・・・っ!」

いつの間に?
荷物を取って出ようって時に、咲弥の躰が覆いかぶさってきた。

で・・・そのまま、キスされた。
こんなとこで!
人に見られたらどうすんのぉ?

で・・・長いっ・・・て。

 「咲・・・弥っ・・・見ら・・・れるっ」

少し開いた唇の隙間から小声で俺は言う。

 「・・・ん・・・運転代♡」

って、おどけて笑いやがる。


 「・・・ん・・・じゃ、後で」

って、仕方なし?に俺も応えた。


旅館の木戸を潜って俺と咲弥は受付へ向かった。

 「予約していた・・・」って、咲弥がそこまで言うか言わないかのうちに、奥から作務衣姿の、俺より少し年上のような?茶色い髪の奴が出てきた。

 「お待ちしておりました。どうぞ――」

客を迎え入れる慣れた物の言い方で案内するそいつが咲弥を見つめてる。

 「・・・彌景みかげ――・・・・」

咲弥もそいつを見つめてる。

何?なんだ?この空間――

 「・・・ご無沙汰しております。咲弥様――・・・」

咲弥の口から微かに聞こえた名前・・・・
彌景――・・・?って呼んだ?
そいつは親しそうな笑顔で、

 「お連れの方がお待ちです」

右腕をロビーの方へ示した――
その先に、ソファに座ってた亮介と姉さんの姿が見えた。

咲弥と俺の到着に気づいたようで、姉さんが手を振ってる。
その向かい側に座ってた亮介も俺たちに視線を向けてた。


  (この二人・・・知り合い・・・?)

こんな場面、前にもあった。
姉さんと亮介ん時・・・

  (・・・またぁ・・・?)


息抜きに来たはずなんだけど、なぁんか・・・複雑な気持ち。


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