蜩の軀

田神 ナ子

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閑話 『SECOND SEASON』

叶えたい夢がある

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 静かだった。

まだぼんやりとする頭の中。
開いているのかいないのか、瞼に微かに光が届いてくる。

 (・・・・・ここ・・・は・・・?)

次第に意識が戻ってきて辺りを確認するようにゆっくりと見渡した。


 「気が付かれましたか?」

開けた浴衣姿の格好でベッドに横たわってた。
状況を確認したくて上半身を起こそうとしたけど、重い頭痛が後から押し寄せてきて起きてられない。

 「まだ無理されないほうが・・・・」

ここは――咲弥の泊ってる部屋?
部屋に置かれているものは、俺が今寝てるベッドと、二、三人は寛げるソファに、旅館備え付けのテレビや冷蔵庫といったもので、洋室の落ち着いた雰囲気の部屋だった。

部屋の中央にあるソファに座ってそう言いながら咲弥がこちらを窺う。


 あの後――どうなったんだろ?
あれから意識が遠退いて覚えてない。
確かなのは、彌景あいつに躰を弄られたこと。
現実なのか夢うつつの中だったのか、躰は反応してた。
それだけは感覚が覚えてて・・・今、考えただけでも誰にも言えない恥辱。

せっかく息抜きに・・・ってみんなで楽しもうって来たのに、こんなことってある?
やっぱり来なきゃ良かったって後悔もしてる。
だけど、誘ってくれた姉さんを恨むわけにはいかねぇしな。


あぁ――・・・頭痛が・・・
起き上がるのを諦めて俺はまたベッドに横になった。
背後に気配を感じたけど動く気にもなれなかった。

ベッドの端に腰掛けてきて耳許で咲弥が言う。

 「どれだけ湯に浸かってたんですか?ま、軽い逆上のぼせみたいでしたがね・・・・」

背中越しに、呆れたように微笑む咲弥の表情が見えた気がした。
また上手を取られた―――

 「・・・うっせぇよ。俺に触んな・・・・」

仕返し。
あん時、すっげぇ~寄せ付けない雰囲気で俺に言ったよな?
どんな気持ちだったか分かるかよ?

 「・・・また・・・拗ねちゃいました?」

くすっと笑って咲弥は立ち上がった。

 あれから――
それほど時間は経ってない感じはしたけど・・・
外の景色が一望できる出窓からは、少しずつ夏の暑さを迎える蝉の声が聞こえてた。


横向きになって躰の力を解いてく。
この頭痛・・・逆上せって言ってたけど、こんなきついもん?

あ――、楽しい旅行どころじゃない。
治まるまで仕方ないから寝てよ。

って思ってたら・・・
さっき立ち上がった咲弥がまた戻ってきて、ベッドに腰掛けながらゆっくりと俺の躰を自分の方へ向き寄せた。
俺を見下ろすその眼と眼が合った。

咲弥の口許が少し意味深に微笑んでいるようにも見えるけど――?
緩やかに肩から垂れる漆黒の長い髪が、俺の躰に優しく触れるように揺れた。

 「・・・・触んなって言っただろ・・・・」
って、言い終わるか終わらないかの瞬間、

咲弥は唇を重ねると強引に舌で俺の唇を開いてきた。

 「!・・・・っ」

何――?!
口の中に生温かい液体が―――?

 「・・・・ん``―――っ・・・くぅ・・・ん``っ・・・!」

咲弥の口からいきなり注がれたを、訳分かんないまま飲み込んでしまった。
ごくり、って喉が鳴った。

うまく注ぎきれなかったその液体が、重なってる唇の隙間を伝って頬を零れ落ちてく。
と同時に、微かに鼻に届く匂い――と、喉が熱くなる感覚・・・これって、

 (・・・はぁ?・・・アルコール・・・?)

口に含んでいた液体を全て流し込むと塞いでいた唇を放し、

 「気付け薬です」
 「なっ・・・お前、これアルコールだろぉ?俺、未成年だってよ!ばかじゃねぇの?!」
 「はい。私は医者ですから・・・」

にこっ、て笑う。
にこっ、じゃねぇよ!
医者が未成年に酒飲ましてどうするよ。犯罪だろ?

 「何かあった時は迅速に対応しますので、安心して下さい」

そしてまた、にこって笑うぅぅ!
優しい顔して何考えてんだか。

それから・・・
咲弥はゆっくりと俺の躰を覆うように自分の躰を重ねてきた。
じっと見つめられてる俺は自分の躰が熱くなってくるのを感じてた。
これってさっきのアルコールのせい?
まだ微かに残る頭痛と体内なかからじんわり熱くなってくる感覚に意識が遠退きそうだ。
それに追い打ちをかけるように咲弥が、

 「・・・我慢してたんですよ・・・・」
耳許で囁く。

その声に反応して俺の躰は一気に熱を帯びてくる。
俺の反応をからかってんのか、優越を含んだ微笑みを浮かべてまた囁く。

 「ずっと・・・こうしていたい――」

――この感覚・・・・包み込まれるような安心感と落ち着いた匂い・・・

俺は咲弥の傍ここに居ていいのかな。
いつまでも俺を必要としてくれるのかな。

咲弥の眸に映ってる俺に問いかけてみる。
ただ、真っ直ぐに咲弥が俺を見つめてる。
うん。まぁ、これでいいんだろう。
お互いにそれ以上を求め過ぎず、それ以上を欲せず・・・

絡めた指先がお互いを感じてる。
ここに居る―――。



 「先に車を回してきます」って、駐車場へ向かった咲弥の後ろ姿に軽く視線を送る。


旅館の木戸口で待ちながら、それから一呼吸して空を仰いだ。
今日も変わらず青く高い夏の空が広がってる――


〝息抜きに――〟って、との旅行も何だかんだで帰路に就く。

果たして、息抜きになったんだろうか・・・?
思っても見ないことだらけで正直、精神的に疲れた。
次、来るときは穏やかな旅行にしたい・・・ま、俺の小さな夢・・・かな。
でも、何だかんだはあったけど、と一緒にこんな風に過ごすのもいいもんだ。
何よりも――

夏の風が髪を揺らした。
その風に爽やかな葉音を立てて庭木がささめく。


背後にを感じてた。

 「・・・あんたに誤解されてちゃ、気分悪ぃから――・・・」

変わらず俺は高い空を仰ぎながら言った。

 「俺は咲弥あいつを束縛するつもりはねぇし、たぶん、これからも。咲弥あいつ咲弥あいつでいいんじゃね・・・俺はおれで自由に生きてる。ただ、それだけ・・・・」

何か、気持ちがすっとした。
何でだろ、俺、笑ってた。

背後に居たやつがゆっくりと一礼しながら、

 「またのお越しをお待ち致しております」

そう見送った。


咲弥が車を回してきたのと同時に、旅館からが悠々と姿を見せた。

 「お待たせ。じゃ、帰りますかな」
 「余裕ぶっこいてんじゃねぇよ!遅ぇんだよっ!」

笑いながら俺は亮介の頭を小突いて、咲弥の車へ向かった。


助手席に乗り込む前に軽く旅館の方を振り返る。

数人の従業員が丁寧に一礼して俺たちを見送ってた。
何事もなかったかのように冷静な表情のもその中に並んでる。

何よりも――自分の想いを再確認できたような気がする。
咲弥こいつの存在が俺にとってどんなものなのか。
そのままでいい。自由でいい。

 「・・・・保さん――?」

運転席側から咲弥が問いかける。

俺はまた青い青い空を見上げて少し笑った。
それから、助手席に乗り込んだ。

 ―――叶えたい夢がある・・・・
     今度は二人で・・・・

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