蜩の軀

田神 ナ子

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15話

ほんとは・・・

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複雑な気持ち――

色んなこと考えて、色んなこと思ってたらいつの間にかマンションの前に立ってた。
ズボンのポケットに入れてる部屋の鍵を握り締めて、ためらう。
また・・・咲弥の機嫌、悪かったら・・・?
また・・・いゃな思いしなきゃいけなかったら・・・?

それでも、ここまで来たからには覚悟して!

「・・・おじゃましま――ㇲ・・・・」

重く感じる戸を開けて玄関に入ると、真っ先に視線に入ったのは・・・

明らかに、女の靴?!
黒い光沢のあるハイヒールが、そこにはきれいに揃えてあった。

(・・・・・女――?)

不審感を持ちながらも、いつものように?リビングへ行こうとした時だった、

覚えのある部屋から微かな灯りが漏れてた。


半分ほど開いてたドアの横の壁に背凭れて、俺は部屋に居る人物を横目に、ちょっと抑えた声になって、

 「・・・とこ、ジャマして悪ィな・・・パソコン、借りる」

今度は・・・選りによってこんな状況?!

だよな、で、おまけにイケメンの医者!
ほっとく女はいねぇだろ?彼女の一人や二人、当たり前な話。

俺の声に驚いた様子もなく、相変わらずな落ち着きぶりでは、

 「邪魔なんて・・・気にしないで下さいって言ったでしょ?・・・ですので」


ベッドサイドに腰を降ろして両膝に肘を付いたままのは、上目がちに向こう側の保を見やる。

 「・・・・保さん―――?」

呼んでんの?

その声に、ちらっと部屋の方へ顔を覗かせた。
あんまいい気分しねぇ。
の最中でしょうが?
んなとこ、見に来たわけじゃねぇし。

中のと眼が合った。
上等じゃねぇか!その眼!

その視線を逸らすことなく、は意味深な笑みを口許に浮かべながら立ち上がろうとした時、

 「誰――?・・・あら、可愛い子じゃない」

奴の背中越しから、茶髪の巻き毛の女が顔を覗かせた。

 「・・・私の、だよ・・・・」

そう言って女の頬に手を添えて軽くキスをする。

 「もう少し、おやすみ――・・・」


口許に微笑みを湛えて女を見つめる咲弥の眸が、銀色に変わったんだ!
 
  (なにっ?!なにっ?!なんだぁっ・・・あいつ!!)


次の瞬間、
女の躰から力が抜けていくように、咲弥の腕の中へ堕ちてった。

その躰をゆっくりとベッドへ預けると、静かに立ち上がってサイドボードに置いてたシャツに腕を通してる。

 「・・・何、やったんだよ・・・・」
 「大丈夫ですよ・・・眠ってるだけです」

相変わらず、落ち着いてやがる。

腰の辺りまで伸びた漆黒の髪をやんわりと揺らしながら、奴が近寄って来る。

思わず後退りして身構えてた。

 「そんなに怖がらなくても・・・・何もしませんよ」

ふ・・・って笑っただろ?今。

俺、自分でも分かる。
咲弥こいつの変容ぶりに躰が硬くなってる。

強張ってる表情を察して、咲弥はいつもの優しい笑顔になってドアを開けて促す。

 「どうぞ――・・・ごゆっくり」

そして、何事もなかったかのようにして俺の横を過ぎて部屋を出てった。



 (――こいつ、何考えてんだか・・・・)

咲弥の姿を眼で追いつつ、隣の部屋のドアを開けた。

確かここだった。
照明スイッチを入れる。
中は変わらず、キレイに整理整頓してる。
持ってた荷物を床に降ろして、早速、パソコンの電源を入れた。

 (あぁ見えて?あいつ医者だもんな・・・・)

医者には変わり者が多いってどっかで聞いたことがあるけど。
それは世間の勝手な見解で、すべての医者がそうってわけじゃない。
でも・・・咲弥あいつに限っては絶対そうだ!って認める!

頭ん中であ―だの、こ―だの言いながらデスクチェアに腰掛けた。

パソコンの画面が開かれて、操作を始める。


知りたいのは―――
 のこと。

――もしかしたら・・・ネットを通して、そのことが分かるかもしれない。
少しでも、何か手懸りが見つかれば・・・って。

検索する――

画面に出てきたのは、眼が眩むほどの文字。
あ―俺には苦手。
ゲームや動画なんかは飽きもしないで時間を忘れるくらい没頭するんだけどなぁ。

画面に食い入るようにして文字を読み始める。


それが――いつの間にか、我を忘れてた。
周囲の物音なんて、耳にも入らなかった。

の生涯―――
それは、前にあのから聞いたことと同じだった。

なによりも、頭ん中が新開して、少し未知まえが見えて来たような気持ちになった。


 ――母と呼ばれる〝凜〟の亡骸を祀る祠堂があると云う。

子、を守りその命を絶った母親と、父である〝本条 清正〟の亡骸が、村人たちの計らいによって共に葬られているということ。

それは、この町ではなく、幾つかの地域を隔てた山奥に祀られてるらしい。

 (贔田ひいだ町――遠いな・・・)

往ってみたい気もする――
だからって、何になる?
複雑な思いを懐きながら、俺は前髪を掻いた。

そうしながらも検索を続けるけど、それ以上のことは出てこない。
確かに共に過ごしてきたはずのの存在が、何一つ検索できなかった。

 「・・・何だよ・・・ったく」
歯痒さに、ぼやく。

 「・・・何を調べているんですか?」

突然のその声に、心臓、ドキィってして肩がビクゥってなる。
気配も何も気づかなかった。

振り返るとすぐ後ろに、いつもの穏やかな笑みで咲弥が立ってる。

 「お前・・・驚かせんなよっ!音も立てねぇで入ってくる?ふつう・・・」
 「コーヒーを淹れたので、良かったらどうぞ・・・」 
驚いている俺を見ながら、咲弥が苦笑いする。


コーヒーの深い香りが部屋中に広がった。
その香りに少し落ち着いたかな、またパソコンの画面に喰いついて、

 「・・・悪ぃな、サンキュ。」


面と向かって言えない、ぶっきらぼうな保の性格を知っている。
そんな保の後ろ姿を、咲弥は眼を細めて見つめていた。

 「・・・・で、は・・・?」
パソコンの画面を見ながら訊ねる。

 「彼女・・・?――あぁ・・・まだ眠ってますけど?」
 「・・・ふ――ん・・・・」
やけに愛想のない返事。

俺はそれきり黙ってしまった。

〝本条 直臣〟の歴史の文字が、さっきからずっとPCの画面には綴られたまま。

しんとした部屋の中には、コーヒーの香りとPCの電源の音だけが漂ってる――



 「・・・・ほんとは・・・」

不意に、俺の耳許で微かな低い声が囁く。

 「!!・・・わっ・・・な、なんだよっ!」
 「ほんとは・・・貴方が欲しい・・・・」

マウスを握っていた指に、咲弥の指が重なる。

振り払おうって立ち上がろうとした瞬間、デスクチェアから滑り落ちてしまった。
その反動でデスクチェアが倒れて、キャスターが空回りしてる。

 「・・・痛ってぇ・・・なんだよ、お前ッ!」

衝撃で腰の辺りを打ったらしく右手で押さえながら、俺は思いっきり咲弥を睨みつけた。

咲弥は俺から目線を離さない。
それどころか、ゆっくりと両膝を付いてその躰を寄せてきた。

 「――――――っ!」

その視線を避けるようにして顔を背けた俺は躰を硬直させてた。

 ――貴方を、愛している・・・
     直臣様―――

咲弥の切ない想いが、脳裏に聞こえてくる気がしたんだ。


咲弥が自分の鼻先でそっと俺の鼻先に触れる。

それからゆっくりと俺の顔を鼻先で押し上げてキスをする。
その柔らかい感触と伝わってくる温かさに、躰の緊張が溶けてく感じがした。


――長いのような気がした。

重ねてた唇を離すと、咲弥が俺を見つめてる。

赤くなった顔を見られたくなかった。
立ててた両膝の中へ伏せた。


俯いた保の表情が切ない。
眉を寄せ、下唇を噛んでこらえている。

 「・・・保さん――?・・・泣きそう・・・・」

――どうして・・・?そんな顔をするの?
――そんな顔しないで・・・辛くなる・・・・

今までに見たことがない保の表情に、咲弥の胸が締め付けられる。

その繊細な指先が保の頬をそっと・・・撫でた。

 「・・・お前が・・・・分かんね・・・・・」
保の声は微かに震えていた。


ずっと、聴こえてるんだ―――
記憶の底で。
分かってる―――
その想いは。
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