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16話
輪廻する想い
しおりを挟む「おねがいっ!綾先生ぇ、ぜったい、みにきてね!やくそくっ!」
塾の講習を終え教壇で資料の整理をしていた綾のもとへ勢いよく駆けて来た美緒が、
無垢な表情で必死に訴えている。
その懸命な姿に苦笑いして、
「分かった。都合つけて行くようにするよ」
そう言うと、綾はポンポンと美緒の頭を優しく宥めた。
――毎年、お盆の頃になると、先祖の霊を供養する意味も込めて、この町恒例の夏祭りが行われる。
〝送り火祭〟
その祭りに、今年、中学最後の思い出として、美緒は友達と一緒にアンサンブルの演奏をすることになり、
綾に見に来て欲しいと哀願していた。
幼い頃からフルートを習い、今でも吹奏楽部でフルートの演奏を続けている。
そんな美緒の夢は、音楽大学に進学して、世界中にフルートの演奏を届けたい――
しっかりした夢を、いつか・・・綾に話したことがある。
「おねがい!やくそく!」と言い告げて、急いで教室を出て行った美緒を送り、
綾は資料を手に教壇から下りた。
「・・・約束よ・・・か――」
渡り廊下を歩く綾は、切なげな笑みを微かに浮かべてそう呟く。
何の迷いもなく、ただ純粋にその想いをぶつけてくる。
菊千代の心で、その姿が重なっていた――
(・・・豊香姫――)
いつの世か、きっと貴方と巡り逢うことを信じて。
貴方が男であろうが、女であろうが、そんなことは関係ない――
ただ、眼の前にいる大切な人を守りたい。
それだけ―――
夏季休暇で、大学病院では学生の研修生たちがそれぞれの学科の医師に就いて学んでいた。
最後の患者の巡回を終えて病室から出ると、そこには数名の研修医たちが義明を待っていた。
皆、軽く義明に一礼する。
「三〇一号室の森山さん、今日から入浴しても大丈夫かな・・・伝えて下さい」
付き添いの看護師にそう告げると、義明はゆっくりと歩き出した。
「・・・で、レポートはできましたか?」
義明の周りを囲むようにして一緒に歩き出した研修医の一人に声を掛けた。
「はい。よろしくお願いします」
そう言いながら、数十枚にも及ぶレポートを義明へ渡す。
歩きながらそのレポートに眼を通している。
長身の彼の纏う白衣が、彼の歩調に合わせてなびく。
「君たちには簡単なレポートだったかな?あと二十枚くらい提出してもらおうかな?」
そう言って義明は笑う。
「え?・・・・え?本当ですか?マジで?」
焦る研修医に、義明が苦笑する。
「嘘だよ。もう少しゆっくり眼を通すから・・・・」
「先生、冗談キツイっすよ・・・・」
周りの研修医たちも揃って笑う。
「次のオペの時は、君たちにも立ち合ってもらいます」
「はいっ!」
歯切れのいい返事が一斉に返ってくる。
義明はレポートを持った手を軽く上げるとその場を後にした。
白衣をなびかせて歩いて行く義明の後ろ姿に、また研修医たちは一礼する。
いつものように四階の部屋へ戻った義明は、ソファに腰を下ろしてゆっくりと一息ついた。
《・・・お前が解んねぇ・・・・》
切なげにそう呟いた保の姿が浮かぶ。
その唇を重ねた感触が、まだ残っている。
――また、同じことを繰り返すのだろうか?
――また、貴方を失ってしまうのだろうか?
ソファに躰を預けて、彼は瞼を閉じた。
真夏の太陽が容赦なく照りつけている。
その暑さに負けじと、蝉たちがあちこちで啼いていた。
土曜の午後――
さすがに補習授業はなくても、朝早くから学校に通うのは部活が好きだから。
サッカーが好きだから。
そん時だけはなんも考えなくていい。なんも考えない。
ただ、無心にサッカーを楽しんでるだけ。
「ふぅ・・・あっちぃ――」
ひたすらトレーニングで汗を流し、部室に戻ってきた部員たちが、我先にとシャワー室へ飛び込む。
汗でぴったりと躰に付いたシャツを脱ぐ。
腹部と腰の辺りには、以前の痛々しい疵痕が残っていた。
俺の横で亮介が同じようにシャツを脱ぎながら携帯で誰かと話してる。
「・・・・おぅ、了解。」
軽快な返事を返すと、携帯をバッグの方へ放り投げた。
「・・・てなわけでぇ、保、今度の日曜、あけとけよ!」
脱いだシャツを丸めながら亮介はそれを投げつけてきて意地悪気に笑う。
「うわっ!きったねぇ!バ―カ!」
またそれを投げつけ返す。
また始まった。
仔犬のじゃれ合い。
周りの奴らも、いつものこと・・・って、気にしない。
「・・・で、何だよ、さっきの電話」
もみくしゃにされたシャツを拾いながら亮介に訊ねる。
「姉さんから。今度の日曜、あれだろ?・・・送り火祭。
それにお前の従妹の――・・・」
「美緒が・・・・?」
「そう。何か演奏するらしいから見にきてくれって頼まれたんだと。
んで、俺たちにも一緒に行かねぇか?って話よ」
俺は手にしていたシャツを見つめながら抑えた口調でまた訊ねた。
「・・・あいつも来んの?」
シャワー室に向かおうと立ち上がった亮介が背中越しに、
「・・・さぁな。あいつも仕事、忙しいんじゃねぇの?」
そう応えてシャワー室へ行った。
ベンチに座ったまま、握り締めたシャツを睨んでた。
昨夜の記憶がまた蘇ってくる――
重ねた唇の感触、伝わってくる切ない想い。
まだ、唇の温かさが残ってる気がする。
《貴方が・・・欲しい――》
判ってる。
その想いは、直臣に向けられているもの――
(保は・・・?どうすればいい・・・?)
ただ今ある命を生きてきた。
迷うものなんてなくて、自分を生きてきた。
これからもそのつもりで生きていくつもりだった。
自分が生きてる価値って・・・・?
そんなこと、考えなくてよかったのに・・・咲弥と逢うまでは。
一点を見据えて動かない保に、部員の一人が恐る恐る声をかける。
「・・・おい、おいっ保!大丈夫か?」
「え?あ、あぁ・・・俺、シャワー入るっ!」
夏休みの土曜は、どの部活も午後からの練習は休みになってる。
昼前には練習を切り上げて解散。
洗いたての濡れた髪を拭きながら亮介の背中に向かって、
「亮介ぇ—、昼メシ食ってく?」
「ん――、今日は寄るとこあっから、また今度な」
片付けに手間取ってた亮介の両手が一瞬、止まったようにも見えたけど、
さらりと俺の誘いにそう応えて身支度を終わらせた。
夏の空は変わりやすい・・・・
風が少しずつ湿り気を帯びて吹いてくる。
空はどんよりと分厚い灰色の雲に覆われて、遠く雷鳴が聴こえてくる。
いつの間にか、あんなに啼き続けていた蝉の声がピタリと止んでいた。
自然に生きるものの、感。
もうすぐ、雨が来る――
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