蜩の軀

田神 ナ子

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17話

その眸に  (咲弥 視点)

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 言葉はない――

ただ微かにR&Bの曲が耳に届くだけ。


さっきからずっと助手席の窓に肘をおいて、流れていく外の景色を見ている。

 「・・・先ほどは、すみませんでした・・・・」

その沈黙を押し開いて、声をかけてみる。


――聞こえているのだろうか・・・・?

何の反応もない。

――まだ、怒っている・・・・?

気づかれぬようにと、ため息。


蛇行する山間の道を、できるだけ緩やかに車を走らせる。

両側を覆い茂る木々の間を、夕陽が差し込んで輝いていた。

その風景が眩しいのか、眼を細めて見つめている。
そんな保さんの横顔に視線を送り、また前方へ。


――すぐここに、愛しい貴方がいるのに・・・

触れることも、その頬を撫でることもできずにいる。


 「・・・なぁ・・・・」

不意に、保さんが声を音す。
視線は変わらず窓の外を向いて。

 「・・・はい・・・・」
 
 「・・・咲弥――、お前の眼の前にいるのは、誰だ?・・・・」

突然の言葉に、理解できなかった。

 「お前のなかにいるのは誰なんだ?お前がほんとに愛してんのは――・・・」
 「・・・保さん・・・・?」


走らせていた車を路肩に停め、保さんの方を見やる。


今まで窓の外を見ていた視線を足許に落として顔を伏せている。

今、眼の前で、

自分が見つめている愛する人は・・・・?
自分のなかにいる大切な人は・・・・・?

今、こうして眼の前にいるはず――?

そう――、いつもこの想いに悶々として、曖昧で・・・卑怯で・・・
それでも、
貴方を愛しているという・・・
貴方が欲しいと願う・・・

が・・・・・・?


伏せたままの横顔に手を伸ばす―――

 「・・・応えろ、咲弥、お前がほんとに愛してんのは、なんだよな?・・・それとも・・・それとも・・・応えろ、咲弥っ!」

伸ばした指先がその言葉に躊躇っている?

頬に触れる寸前で止まってしまった。

保さんの眸が、しっかりと眼の前の自分をとらえている。

真っすぐに自分をとらえて放さないその眸に動けなかった。
ただ真っすぐに〝己〟をぶつけてくるその姿に、言葉を失った。

 「・・・保さん・・・・・」

なぜ、応えられない?

本当に自分が愛しているのは・・・・・?


返す応えが見つからない。



――トゥルルル・・・・・・


沈黙を離くように、携帯に着信が届いた。

しばらく、そのままでいた。

着信音は鳴り響く――

 「・・・・・出ろよ。」
 
有や無やな空気の中、電話に出る。

 「・・・はい――・・・・あぁ、一緒だ。今からそっちへ向う・・・じゃぁ、後で――」



保さんは、また――
窓の外へ視線を戻していた。


それから―――
何も話すことはなかった。



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