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18話
nostalgia
しおりを挟む空には無数のトンボが、行っては帰り、止まっては宙返りをして飛んでいた。
この時期になると、こうした風景が当たり前のように眼の前に広がる。
夏の日暮れの風が流れて、その風に高く飛び、低く飛びを繰り返しているトンボの羽が夕陽に輝いていた。
いつの世も、何一つ変わらぬ風景――
その背には先祖の魂をのせて還ってくると云う――
還ってくる先祖の魂を供養する〝送り火祭〟
あちこちから人々の波が祭り会場へと押し寄せていた。
〝供養〟の意味すら知らない幼き頃・・・・
大きな肩に、肩車されながら見上げた色鮮やかな花火。
あれや、これや、と目移りして駄々をこねて困らせた露店巡り。
着慣れない浴衣や甚平を羽織り、手を引かれながら歩く嬉しさ・・・
昔からの風習が、今も心温かく残っている。
祭り会場の特設ステージでは、司会者がさらにこの祭りを盛り上げようとにぎやかに声を上げている。
会場の笑い声、宴に酔いしれる人々で熱気が溢れていた。
陽がかげり始め、風がようやく涼しくなってきた。
その風に、露店からの馨しい香りが誘うように漂ってくる。
所狭しと軒を並べて開店している露店には、すでに人集りができている。
さらに祭りは、ボルテージを上げて人々の心を魅了していく――
ステージ下の裏側には、祭りに出演する各団体の控え用のテントが設けられていた。
そのテントからは、出番を前に気持ちを高めようとしているのだろう、気合いの入ったかけ声が聞こえてくるところもある。
そんな中に、美緒たちアンサンブル仲間の姿もあった。
譜面に眼を通しながら片手でリズム打ちをしたり、息を吹き込んで楽器を温めたり、
最後の調整に余念がない。
「美緒、音合わせするよ~」
美緒と共にアンサンブルを構成しているメンバーは十一名で、ほとんどが中学三年の仲間だ。
同じ中学の仲間もいれば、違う学校に通っているけど同じ趣味をもっている者が、
何かの縁でこうしてアンサンブルを結成するようになった。
ここに集まる仲間の共通は〝音楽が好き〟〝楽器が好き〟
その気持ちが仲間を集めた。
たくさんの人に音楽の素晴らしさ、楽器の魅力を伝えたくて、美緒は仲間と共に演奏することを楽しんでいた。
そして、これから先もこの思いを伝えていこうと、自分の信念をもって頑張っている。
それに、中学最後の仲間との思い出として、これから別々の道を歩んでいく友との絆の証として、
今日、この祭りでの演奏を決めた。
何よりも、この決意を感じてほしいのは、父だった。
(お父さん、きてくれるかな・・・)
美緒の心の中に、そんな不安もあった。
この町を慈しんで大切に思い、ありのままのこの町を、いつまでも守り続けようと決意した父のそんな姿を誇りに思い、自分にも信念を貫く強い決意があることを伝えたかったのだ。
音合わせをしながら、美緒の心に様々な不安が横切っていく。
その表情は、いっぱい、いっぱいの思いだ。
「そんな固い顔してたら、おもしろくないぞ。」
突然の声に、美緒が驚いて入り口の方を見やる。
片手でテントの入り口の幕を押し上げながら中を覗き込んだのは、
「!・・・綾先生~っ!きてくれたんだぁ!」
美緒が必死になって哀願していた人だ。
その姿を見た美緒の表情が次第に和らいでいく。
嬉しさと驚きの交錯する表情で、彼女は綾のもとへ駆け寄った。
「先生、一人できてくれたの?」
綾を見上げる美緒の眸が真っすぐに問う。
その眸に少し戸惑う綾は、テントの外を気にするように苦笑いを浮かべた。
綾の素振りに違和感を感じ取った美緒が、綾の腕の下を通ってテントの外へ出てきた。
「・・・あ?えぇ――っ!!なんで?!なんで?!保にいちゃんがきてんの?」
美緒の声音がワントーン上がった。
全く予想もしなかった人物が、眼の前にいることにあ然となってしまった。
美緒の驚いた様子に、
「・・・悪かったな、俺で!」
半分、不貞腐れたような表情で保がぼやく。
この二人のやり取りに挟まれながら、綾は引きつった笑顔を浮かべていた。
急にテントを飛び出して行った美緒を心配して、中にいた仲間たちが彼女の方へ駆けてきた。
「どうしたの?美緒?・・・何?・・・この人たち・・・だれ?知り合い・・・?」
その中の一人が、不審に思って美緒に訊ねる。
それもそうかもしれない・・・・
この四人――
わりと高身長で、一緒にいると目立つ存在だ。
身形や格好というものではなく、個性なのだろう――
周囲から眼を惹く存在感を漂わせている。
「・・・えっとぉ――こちらが塾の先生で、磯辺 綾先生。」
美緒の紹介に、綾が爽やかな笑顔を返す。
「で、こっちが、あたしの従兄の保にいちゃん。」
「んあぁ?こっちって何だよ、こっちって!」
美緒の紹介に、またさらに保はムキになって言う。
そんな保のことを気にする風もなく、美緒は紹介を続ける。
「こちらは、保にいちゃんの友達の、芳賀野先輩。」
「ど――も。」
美緒の紹介に、軽いノリで亮介が挨拶をする。
「で、こちらは・・・・・?」
と、紹介する美緒の視線に、見慣れない姿が映る。
美緒の様子を察して、彼が穏やかに微笑んで後を続けた。
「初めまして、橘と言います」
落ち着いた優しい声が届く。
「・・・あ・・・、は、初めまして・・・・」
美緒は、彼の風貌に一瞬、言葉が出なかった。
それは、美緒だけではなかった。
美緒を囲む仲間の間にも、瞬間、時が止まったようだった。
(・・・キレイな男性・・・・)
初めて会う男性にキレイだなんて、不躾な言い草かもしれない。
でも、正直に美緒はそう思った。
「・・・ね、ちょっと・・・渋くない?」
「・・・うん。うん。ちょ―イケメンじゃん!」
彼女たちの間でささめきが沸き起こっている。
そんな様子を綾が苦笑いして見ている。
「・・・だってよ、よッ、色男。」
さらに亮介が茶化すような笑みを浮かべて、義明の左腕を肩で小突く。
義明は呆れた顔つきで亮介を見やる。
「・・・でも――、どういう関係なんですか?」
美緒が不思議に思い綾に訊ねた。
「どういう・・・ってぇ・・・まぁ、古い友人ってとこかな。」
少し返答に困った綾がそう応えながら髪を掻く。
綾の言葉に、三人は微かに笑んでいるようにも見えた。
夏の夜、少し涼しさを帯びた風が緩く吹き抜けていく――
「もうすぐ、出番?」
ハスキーな綾の声に、
「はい。先生、みててくださいね!」
美緒はしっかりとそう応えると、満面の笑みを浮かべた。
どこかすっきりしたような、緊張が解れたような、そんな表情。
その笑顔に応えるように片手を上げ、綾は微笑み返した。
「がんばれよ。」
そう声をかける保が少し照れ臭そうに前髪を掻きながら、彼なりの励ましで美緒を後押しする。
「じゃぁな。」と、
挨拶がてらに手を上げ、保は歩き出す。
その後に続いて、三人もゆっくりと歩み出した。
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