蜩の軀

田神 ナ子

文字の大きさ
54 / 67
19話

奇襲

しおりを挟む
 盛大な打ち上げ花火に余韻を残しつつ、今年の送り火祭は幕を閉じた。

熱気冷めやらぬ中で、人々は祭り会場を後に帰路に着き始めていた。
会場から路上にまでずらりと人の波が蠢いている。
路上に軒を並べている露店も、まだ大勢の客でごった返していた。



 ――その時だった。


ドォォ―――ン!

激しい爆音と、人々の悲鳴が吹き上がった。


すぐさま、異変を感じとったが後ろを振り返る。

その恐ろしい光景に、言葉を失った。

露店からの爆発?

軒を並べている露店が、次々と火柱を上げて燃え広がっていく。
一瞬にして辺りが火の海と化し、その火が飲み込むように人々を襲う。
慌てふためく叫び声と驚愕の中で、我を失い逃げ惑う人々の波が押し寄せてくる。

振り返った先に見たものは――、

燃え上がる炎を掻い潜って、無数もの白い影がこっちへ向かって飛んで来る。
は、凄まじい勢いで逃げ惑う人々の間を通り抜けた。
瞬間、悶えるような叫び声が上がり、多くの人々が倒れていく。
その躰のあちこちから流血しているのが見える。

 「!・・・・なっ、なんだよ、これっ!」

今、眼の前で起きている状況が理解できない。

何が起きてる―――?
俺はただ、この光景を唖然として見てるしかなかった。


瞬時にこの殺気を感じて、菊千代が先導に立って結界を張る。

ドォォォ――ン!

また激しい爆音が響いたのと同時に、無数の白い影が形を成していく。
やがては、牙を剥いて鋭い眼光を奔らせながら、一斉に俺たちに向かって襲い掛かってきた。

 「なんなんだよっ・・・・!!」

俺は状況が飲み込めなくて苛立って声を荒立てた。

 「あれは弧鬼こきってんだよ。ま、言えば、鎌鼬かまいたちみてぇなもんだな・・・・」

傍に寄って来た亮介の口許は笑ってるけど、前を睨んでる眼には強く光るものを感じた。

 「・・・チッ、せっかくの祭り、台無しにしやがって・・・・」
前を睨みながら舌打ちする。


キィィ――・・・ッ!

牙を剥いて襲い掛かろうとする弧鬼が、菊千代の張った結界に正面から体当たりしてくる。
耳を劈くような甲高い奇声を上げくうを激しく旋回する。

 「・・・くッ・・・美緑!早くっ!これ以上はもたないっ!」

弧鬼の来襲を防ぐため必死で結界を張り続ける菊千代が、唇を噛みしめながら耐えている。

 「保っ!いそげっ!走るぞッ!」

亮介に急き立てられるけど、俺は動こうとしない。

この状況に躰が竦んでる――?
・・・そんなんじゃねぇ

 「ふざけやがって・・・罪もねぇ人たちを・・・・」

俺は眼の前の惨劇を睨みながら一気に走り出した。

 「うわっ、ばか!保ッ!戻れっ!」
亮介が叫んだのと同時、

 「・・・・・くっぅ!」

結界から飛び出した一瞬の隙を突いて、弧鬼が襲ってきた。

 「保さん――っ!」

すぐに咲弥が盾になるようにして俺の眼の前に。

灼けるような痛みを覚えて、左腕を押えた指の間から、血が流れ落ちてる。
痛みに耐えながら前の光景に眼をやると、炎と黒い煙の中から人影が・・・?

咲弥が何かの気配を感じたらしく、前を睨んでいる。

 「・・・雪彦・・・・・」

低い抑えた声がその名前を呼んだ。
影の正体を、咲弥は知ってる・・・?

その影がはっきりとした時、
黒いスーツに身を包んだ男が俺たちの前に立ってた。

 (・・・んだ・・・こいつ・・・・!)

見下したような眼つきで、不快な笑いを浮かべてやがる。


――雪彦・・・咲弥がそう呼んだ男。
地蜘蛛衆・頭領――棕玄の右腕とも言われる男。
この弧鬼を自在に操ることのできる呪術を持つ。

 「咲弥、お前に用はない。直臣の首、この私が捕ってゆくぞっ!」

厚みのある深い声が、威圧感を与える。

その威圧にも怯むことなく咲弥は、

 「これ以上の手出しはさせぬ・・・・」

躰中に響くような低い声で静かに言い告げる。


瞬間―――、

咲弥の躰から気が溢れ、結わえた長髪が緩やかに揺れる。
その両眼はいつか見た時の――銀色に変わってた。

 「咲・・・弥?!」

いつにない咲弥の雰囲気を察した。

自分を呼ぶその声に、
 「・・・・大丈夫――」

それだけ言うと、いつものあの微笑みを浮かべてた。
そしてすぐ、前の雪彦やつに視線を返して、

 「美緑、保さんを頼む。」

咲弥に応えて、亮介はニヤリって笑って、

 「保、急げっ!走るぞ!」

俺の肩を掴んで走り出す。

 「ちょっ、ちょっと待てって・・・ッ!」

引っ張られるようにして急かされるから躰がよろめく。

 「待てって!咲弥が・・・っ!」
 「心配すんなって!あいつの力は半端ねぇ。俺たちとは比べもんになんねぇんだよッ!」

亮介はまたニヤリって笑う。

亮介に腕を引っ張られながら、遠くなってく咲弥の背中を睨んでた。



 「菊千代・・・呼べるか――?」

咲弥が背後にいる菊千代に言う。

落ち着いた、それでいて張りのある低い声が届いて、
菊千代はその声に頷くと、ゆっくりと瞼を閉じ気を集中し始める。

気が躰を包み込み、風が沸き上がる。

「我が名に於いて、その御霊みたまを我がうちの力とせん――!」

力強く告げた時、
沸き上がった風が一気に勢力を成して天へと吹き昇っていく。

風が雲を呼び、やがて雨を降らす。
次第に雨は強くなり辺りが霞んで見えている。

強い雨に勢いのあった炎が少しずつ衰え始めていた。

 「ふん、さすがは・・・尋常一様とはいかぬ・・・か。ならば、お主らの首を捕るまで!」

鼻であしらう雪彦の躰から気が立ち昇り、無数もの孤鬼は巨大な弧鬼へと姿を変える。


――ドォォォン!

躰を貫く空音と共に、地面が大きく揺れ動く。

 「これ以上、お前たちの好きにはさせぬぞ・・・・」

そう言って静かに瞼を閉じて立ちはだかる咲弥の全身に気が溢れる。

――これ以上、犠牲にしてはいけない。
――貴方を傷つけてはいけない。

 (・・・・保さん――)

カッ、と見開いた咲弥の両眼に鋭い光が奔る。

咲弥の躰から放たれた気が昇天し、四方を包み込んでいく。

 「我が名に於いて、その御霊を我が身の力とせん――」


静かにそう告げると、同時に咲弥の躰からうねりを上げて気が放たれた。

―――ゴォォォ・・・・・ッ


空間と空間が裂けていく――




 「・・・くっ・・・・ぅ」

激しい耳鳴りが襲ってきた。
そのキツさで唇を噛み締める。

亮介に半分、強制連行で引っ張られながら走ってきた後を振り返ったけど・・・
もうその先は見えない。
まだわずかに残る炎と、空を覆うほどの煙が遠くに見えてた。

 
 (・・・咲弥・・・・・)

――大丈夫・・・・
――なにがだよ!

自分を守ろうと、心配させないように、って咲弥あいつの微笑んでた顔が浮かんできて、

そうやって、いつも自分を犠牲にして・・・
そうやって、いつも微笑んでればいいのかよ・・・?

 (だったら・・・だったら、そんな悲しい顔して微笑むなよ・・・・)

きつく瞼を閉じた。


――この名を呼ぶ、その眸に、その声に・・・・
     想いは募る・・・・

――触れた指先に、肌に、唇に・・・・
     いつしか、想いは爆ぜる・・・・


―――傍にいるから・・・・

―――傍にいて欲しい・・・・
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

処理中です...