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閑話
おい、おい、これって?! (亮介編)
しおりを挟む夏場の練習は、さすがに体力を消耗する。
熱せられた地面からの反照で、躰中が熱を帯びた感覚になる。
四方に駆け回るサッカー部員らのかけ声が、グラウンド中に響いていた。
彼らの飛沫する汗が夕陽にきらきらと輝いていた。
「集合――っ!」
監督の張りのある号令に、彼らは駆け足で集合する。
「三年は、来週、西商高との試合で終了だ。気を抜かないようにな!二年、一年はその次の週――、確か土曜の九時からだったと思うが、北瀬ノ高との練習試合になってるからそのつもりでいるように。片付けして、解散!」
監督兼、サッカー部顧問の藤本は、部員全員の顔を見回しながら言い渡す。
「はいっ!」
部員たちの歯切れのいい爽やかな返事がグラウンドに反響する。
そして、一斉に片付けや整備に掛かった。
「おーい、芳賀野!」
グラウンドに戻ろうとする亮介を、藤本が手招きしながら呼び止めた。
その声に亮介が駆けて来る。
「何すか?」
相変わらず・・・教師を前にタメ口だ。
「そう言えば、荒木どうした?連絡ないんだけど?それと、次の練習試合からはお前と荒木はレギュラ—で出てもらう予定だから・・・・」
少々、困った顔つきで藤本は後頭部を掻く。
「保なら体調悪いって言ってたけど・・・熱でも出たんじゃないっすかぁ?保には俺から練習試合のことも連絡しときます。」
(・・・てか、あいつのは精神的なもんだけどねぇ――)
そう心の中で呟く亮介の口許が微かに引き攣って笑ってる。
「・・・そうか。じゃ、連絡頼んだ。悪いな、芳賀野・・・」
藤本の言葉に応えるようにして亮介は片手を上げると、グラウンドへ戻り片付けに入った。
片付けを済ませた部員たちが部室へ戻り、帰り支度を始めている。
軽くシャワーを浴びて着替える部員や、シューズを履き替えながら、仲間とたわいもない会話に弾んでいる姿がそこにはあった。
バッグに自分のスパイクや着替えを片付けながら亮介が声を張り上げて、
「いちばん最後に残った奴は、一ヶ月間、俺に奢りだかんなっ!」
悪戯っ子のように笑う。
「芳賀野、今日鍵当番?」
「そうっすよ!先輩たちにも容赦なしですから!」
そう言って亮介はニヤリと笑う。
部員たちは慌てて身支度を整え、押し出されるように次々と部室から出て行く。
「おつかれっ!」
亮介は軽い挨拶を交わしながら、カバンに忍ばせてあった携帯を取り出していた。
基本、校内では携帯電話は禁止。当たり前だが。
取り出した携帯に着信が届いていた。
練習が終わって頃合いを見はからって、こうやって部室内で使用しているのは亮介だけではないが。
着信の相手を確認し、亮介はリダイヤルする。
コール音が数回鳴り、相手が出たのを確認すると、
「何だよ――」
不躾な言い草で応答する。
それでも、電話の相手には構わない様子だ。
「・・・てか、お前さぁ、連絡ぐらい入れろや・・・」
呆れた言い草で亮介は電話の相手に言う。
そう――、昨夜から携帯に何度か連絡を入れるが、返答すらなかった。
咲弥のことだから・・・と、分かってはいたが、安否を気にしていた。
『・・・すまない・・・。で、保さんは――?』
電話の向こう側から、低い落ち着いた声が届く。
人の心配をよそに・・・・
呆れとも、苛立ちともつかない深い溜息を吐き出して亮介が応える。
「・・・保――?」
「知らねぇよ」と、応えたい気持ちはあったが、保のあの姿を想った。
「近くの公園で、気晴らしでもしてんじゃね?」
さらりと跡を残さずそう言う亮介が、くしゃっと髪を掻く。
『・・・分かった・・・・。』
気のせいだろうか?
そう応えた咲弥の声が弱々しく聞こえた。
また携帯をカバンに放り込んで言い捨てるように呟く。
「ったく・・・気づいてねぇんだろうな、咲弥・・・どこまでバカヤローなんだよ・・・・。」
その言葉と一緒に、またやるせ無いような溜息を吐き出した。
「・・・先輩・・・・」
突然、背後からの声に亮介は肩を揺らして振り返る。
「わ・・・っ!な、なに?・・・木下・・・え?お前、まだいたの?」
振り返った部室の入り口に立っていたのは、亮介もよく知っている一つ下の同じサッカー部員だった。
「先輩、今日・・・鍵当番すよね?」
木下と呼んだ彼は手に持っていた部室の鍵をチラつかせている。
「・・・え?なに?お前、持ってきてくれたの?・・・てか、お前、何か企んでんだろぉ?」
後輩の方に向き直り上目遣い気味に亮介が言う。
「別にィ・・・なんも企んでなんかないですって。」
どことなく引き攣った笑みが浮かんでいる。
「でも・・・・」と、僅かに開かれた口許に真剣さが漂う。
亮介よりは、ほんの数センチほどは背があるだろうか?亮介もわりと高身長の方だが。
短髪に目鼻立ちのはっきりとした顔つきが爽やかな印象を与えている。
後輩は背中向きに部室の鍵を内側から閉めてしまった。
それから、持っていた鍵を制服のズボンのポケットにしまい込んだ。
「なに・・・?・・・なにやってんの、お前・・・」
亮介の四肢が威嚇の体勢になる。
「あのさ・・・先輩・・・俺・・・・・」
突然、後輩の躰が亮介に迫ってくる。
その反動で亮介の躰が背後にあったロッカーにぶつかった。
「・・・・ってぇ」
勢いで後頭部を打った亮介は手で押さえながら顔を上げた瞬間だった、
さらに勢いを増して後輩の唇が亮介の唇に重なった。
突然の行為にさすがの亮介も抵抗できないでいた。
(・・・なんか・・・これって?!ヤバくね?)
ゆっくりと離れる唇の隙間から吐息混じりに、
「・・・俺・・・・先輩のこと・・・・・」
後輩は伏し目がちに囁く。
そんな彼の心境を察してか、
「あのなぁ・・・お前なぁ、そんな勢いつけてたら、歯ぁ当たって危ねぇだろうが。キスする時は優しくしろよなっ。」
冗談ぽく、戯けて言う。
「・・・てか、俺、いたってノーマルなんすけど・・・?」
「・・・・それでも、いい。」
そして、もう一度、熱い想いを湛えた唇が亮介の唇に重なっていく。
(・・・なにやってんだぁ・・・俺・・・・・)
そう心で思いながらも、亮介は為されるがままで躰の強張りを解いた。
「・・・・すみません・・・先輩・・・・」
長いキスから解かれた唇が微かにそう呟く。
その声に軽く閉じていた瞼をゆっくりと開いて、
「お前なぁ・・・謝るくらいなら、んなことすんなよな・・・・」
穏やかに笑いながら亮介は後輩の頭を指先で軽く小突く。
そして、この雰囲気を切り替えるように、
「帰るぞぉ!最後になったら、お前の奢りだからなっ!」
荷物を取ると、いつもの悪戯っ子の笑顔で亮介がいる。
「ちょっ・・・ちょっ、先輩、ずるいっすよっ!」
慌てて後を追う後輩の表情は、さきほどまで塞ぎ込んでいた気持ちがどこかふっ切れたような、そんな表情に変わっていた。
開け放たれた戸から夕陽が射し込んで、薄暗かった部室に明るさが戻る。
射し込んだ夕陽の光に亮介の姿が重なり、後輩は眼を細めた。
「急げよっ!」
そう言っていつもの調子で笑う亮介の後を追って、後輩もまた部室を出て行く。
夏の夕暮れ――
沈みゆく陽が山稜を照らし、茜色の空が広がっていた。
何も変わらない、普段通りの景色。
変わる必要はない。
ありのままの自分で。
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