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21話
面影
しおりを挟む葬儀場の手配が済み、悲しみに浸る間もなく、刻々と葬儀の段取りが進められていた。
喪主を務める美緒の母が、気丈にも葬儀場のスタッフと打ち合わせをしている。
式場のロビーには、喪服に身を包んだ親族や知り合いの顔が並んでいた。
通夜が明け、身内の者たちの表情にも少し疲れの色が見えていた。
その中に、
ロビーのソファに座りずっとうつむいたまま手にハンカチを握り締めている美緒の姿と、その横には両膝に肘を付いて足許に視線を落としたままの兄、和弘の姿もあった。
丁度、その位置から、父――隆信の遺影が穏やかな笑顔で座しているのが見えていた。
誇り高い、大好きだった父。
式場にセッティングされている親族席に座り、その遺影をただじっと無になって見つめている保の姿もそこにはあった。
通夜の一晩、夜通しで灯を絶やさぬようにと、交代で番を当たっていたが、さすがに精神的な疲れが辛すぎた。
父親のいない自分に、本当の父親のように厳しくも優しく接してくれた父。
保は遺影を見つめていた双眼をゆっくりと閉じる。
一旦、自宅へ戻り制服に着替えてから、式場のロビーに着いたのと同時に、彼の母親が泣き崩れるようにして歩み寄ってきた。
その躰を優しく支えながら震える母を見つめた。
(・・・ごめん、母さん・・・独りにして・・・・・)
こんな状況になって、家族の温もりを痛いほど感じた。
大切なものを失う辛さを知った。
母が少し落ち着きを戻し、やっと話せる状態になり、か細い声でその報せを聞いた。
――自殺、だったと。
いつもなら遅くても帰りは深夜を廻ることはないのだが、
心配した美緒の母が様子を見に店に行った時には、すでに息絶えていたという。
事務所で首を吊っていた・・・・と。
いつも忙しく向っているデスクには一枚の遺書が。
そこには、
『すまない』
と、その一言しか書かれていなかった・・・・と。
あの伯父が――、
自殺するなんて考えられなかった。
どんな逆境の中でも決して弱音を吐かなかった。
苦しい姿を見せまいと、いつも笑顔を忘れない伯父だった。
なのに・・・・
こんなにも簡単に――?
それを信じたくない。
そんなはずはないと、伯父のあの背中に戒めて真実に縋りたい。
けれど、もうその伯父は居ない――。
通夜の晩、気休めにでもと、夜風にあたっていた保の傍らに美緒が歩み寄り言った。
「・・・・お父さん、自殺なんて・・・するような人じゃない・・・・・」
その声は、泣いて泣いて泣き嗄れた声だったが、そう言い告げる彼女の言葉に、父を想う強い心が表れていた。
保もまた、美緒と同じ気持ちでいた。
うつむいている美緒を片方の腕で抱き寄せ、ポンと優しくその頭を撫でた。
―――真実は、貴方の大切な人の心に在る。
大学病院の敷地内の周囲には、舗装された散歩コースが設けられていた。
入院患者のリハビリや、家族との面会時に散歩をしながら団欒をしたりと、多様な目的で利用されている。
東側の駐車場から入り、この散歩コースを二人は歩いてきた。
その歩調は、少し急いでいるようにも感じられる。
その歩調が、二人同時に止まった。
「・・・・よっ。」
軽い挨拶を交わしながら、美緑が前方から同じように歩いてきた咲弥を見やる。
彼の歩調に合わせて風を受けた白衣が揺れていた。
三人は、大学病院で待ち合わせていた。
「・・・・やっぱり、咲弥が思ってたとおりだった・・・・。」
美緑と一緒にいた菊千代が、眉を寄せ抑えた声で言う。
彼女の言葉にわずかに頷いただけの咲弥は、足許に視線を落とした。
その横顔を長めの前髪が流れる。
ただ――、眼鏡の奥の双眼は厳しい光を帯びていた。
あの時、保の伯父の訃報を聞いた咲弥の勘に違和感が奔った。
すぐに美緑と菊千代に連絡を取った咲弥は、保の伯父が亡くなった真相を調べるように手配した。
もちろん、保の伯父の店は物々しい警備体制で、警察関係者や検察官までもが事故と事件、両方からの捜査を行っており、立ち入ることはできなかった。
が、そこは彼らの持つ呪術の功力。
その時、彼らの気に感じたのは、人間以外の者の力の存在だった。
明らかに、そこには〝地蜘蛛衆〟の目論見が渦巻いていた。
保の伯父の死の真相――、
それは自殺ではなかった。
自殺を装った謀略。
完全に、奴らの企みに流されている――。
三人の間に、しばし沈黙が漂う。
「このことは、保さんには言わない方がいいだろう・・・・。」
響きのある低い声で咲弥はそう言うと、眼を細めて遠くを見やった。
美緑と菊千代がわずかに顔を見合わせる。
咲弥の心に保の存在が生きていることをこの二人は感じていた。
「あたしら、今から葬儀場に向かうけど・・・咲弥はどうする?」
「・・・・あぁ、仕事が終わったら向かう。」
挨拶代わりに軽く手を上げ、咲弥は白衣を翻して仕事に戻った。
美緑と菊千代もまた、彼の後ろ姿をちらと横目に見送り先を急いだ。
――失ったものは大きすぎて・・・・
償いに命を転じて、己を許否しながら生き存らえている。
心に、愛しい大切な貴方がいるから・・・・。
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