天空のピエタ

伊藤哲典

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天空のピエタ

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 ルイス・コッタは困っていた。というのも工場の親方に届けなければいけない、大事な部品を無くしてしまったようだ。それは技師のブンガ・クッタがルイス・コッタに渡した、大事な部品だった。ルイス・コッタは取りあえず一旦来た道を引き返して見ることにした。確かにバラスコイの通りのパン屋の曲がり角までは、あった筈なのに。仕方なく、ルイス・コッタは来た道を引き返して見ることにした。
 「これは・・・・あの部品ではない・・・・」サングラスの男は呟いた・・・・
 「そんな、旦那確かに、あのチビな小僧からかっぱらったものですぜ・・・」
そう、言い返している男はやせ形で少しセムシで出っ歯のセバスチャンといった。半分薄くなった髪と擦り切れた靴が生活の乱れを如実に表していた。
 「・・・・・」サングラスの男は怒りを堪えていた。・・・バラガスとの戦争の最中だというのに・・・・この体たらくか・・・サングラスの男は吸っていた煙草を吐き捨てると、右足の革靴で一気に踏み消した・・・・
 ルイス・コッタは思い出しつつあった・・・大切な物は隠しておきなさい。まだ、両親が健在でロースクールに通っていた頃、大好きなエリザベート先生が言っていた。そう、ルイス・コッタが、アマルガンの武器工場で働くようになったのは、彼の両親が敵国バラガスの空爆に会い死亡したからだった。ルイス・コッタは無造作に右のポケットをまさぐってみた。何かがカツンとその手に当たった・・「これだ!」ルイス・コッタは思い出した。あまりに大切なこの部品だからこそ。工場の中古のトラックのエンジンギアの部品とこっそりとすり替えておいたのだった。「俺としたことが・・」ルイス・コッタは舌打ちした。こんな簡単な出来事をすっかりと忘れてしまうなんて、うっかりもいいとこだ。おかげで親方との約束の時間にはとっぷりと遅れてしまう。ルイス・コッタは少しの危険を冒してでも、通りの狭い路地を行くことにした。そこは薄暗く、また厄介者が沢山潜んでいるろくでもない通り路地だったのだ。
 「や・奴だ!!」と例のセバスチャンが叫ぶ。サングラスの男はげんなりしていた。こういう時に大声をだすバカがいるのか?例の小僧に聞こえでもしたら台無しだろう。つくづく、セバスチャンを選んだ事を後悔していた。「ケチるんじゃ、なかったぜ・・」こんな事なら夕べ、愛しのアイリスの店で飲むんじゃなかった。その金があればこの町の一流のスリ師でも頼めたのに。よりによってこのセバスチャンくされを雇うのではなかった。後悔しても始まらない。これで奴セバスチャンがみつけてくれたものが奴の借金を請求してくる借金取りでもあったなら流石にサングラスの男もセバスチャンを殴り倒していたかもしれなかった。
「あっ」ルイス・コッタは叫びそうになった。そうだパン屋の門ですれ違った男!「やばいな・・・気づかれた」どうも直感的に奴らはこの、貴重な部品を狙っているのだと、ルイス・コッタは感じた。ヤバいし面倒だ。ルイス・コッタは瞬間、パン屋に飛び込んだ。「パン屋のおばちゃん、今日も精が出るね。また今度来るね」「じゃ」ってパン屋の女将はいかぶしがった。そう言ってもわたしゃこの子を知らない。何かがある?また、路地の連中ね。パン屋の女将は裏口をバタンと閉めた。「坊や・・・」と、、もうルイス・コッタは表口からパン屋を出ようとしていた。しかしその前に黒ずくめの男が立ちはだかった「部品を渡してもらおうか・・小僧」サングラスの男であった、男は我ながらに思った。これではまるで一端の悪党ではないか。しかし、手段を選んでいる場合ではなかった。バラガスは待っているというのに、この仕事を果たせなければ祖国に残した二人の娘の身柄が案じられる。そう、サングラスの男はバラガスの制圧地、コロナから来た、バラガスの工作員であったのだ。俺は情けない、見れば祖国コロナに残した二人の娘と年恰好も同じくらいの小僧ではないか。本来ならロースクールに通っているくらいの子供ではないか。サングラスの男はひどく自戒の念に囚われていたが、気を取り直して、ルイス・コッタを捕まえることを試みた。ルイス・コッタは絶体絶命危機一髪を感じていた。この男は路地の連中とは違う。そう何か背負ってる物が違う。そう半端な奴ではないということだ・・・ルイス・コッタはポケットの中の貴重な部品を渡してしまおうか考えあぐねていた。と、その時、ルイス・コッタの手を引っ張る者があった。ルイス・コッタは本能的に振り向いたそこには女がいた。女といっても自分とはあまり年恰好も変わらない女だった。「早く来て」女はいうと「おばちゃん、ごめん」とうなり腰から手榴弾を取り出し裏口を吹っ飛ばした。なんだこの女、半端ない。ルイス・コッタは思い出していた。ロースクールに数名いた特殊な子供。そう、軍直属の子供だ。噂ではサイボーグではないかとも言われていた、あの子供たちだ。似ている。そんな悠長な考え事はすぐに止めなければならなくなった。サングラスの男も腰に下げてあった、銃を構えた「早く!」女は叫んだ。ルイス・コッタは訳も分からず女についていくことにした。「ままよ」。
 「あの、うすのろなオジサンしくじったみたいだね、サム」
 「ああ、最初からわかっていたさ、こうなることは。ネ。ルイ」二人ともルイス・コッタと同じくらいの子供だった。「ジポンの僕らと同じものが動き出したね」・・・・そう、この二人もまたバラガスの工作員であった。一人の男の子のほうが、サム。刈り上げた髪の毛に、近眼用の眼鏡をかけていた。少しインテリにも見えた。もう一人は、ルイ。ピンクのショートカットがチャーミングで活発そうに見せていた。「先回りするか?ルイ?」とリーダー気取りでサムが聞く「そうね、アマルガンの武器工場に先回りしたほうが良いわね。」鬼ごっこはあの凸凹コンビなオジサンたちに任せておけばいい。
 ルイス・コッタは息が切れてきた、女は足が速すぎるのだ。ルイス・コッタといえども、ロースクールにいた頃は駆けっこは苦手な方ではなかった。むしろ得意なくらいだった。汗ひとつかいていない。女いや少女といった方が正確だった。これだけの距離を全速力でかけてきて汗一つかかないなんて、普通じゃない。やはり特別な子だ。しかし、ルイス・コッタはまだいいほうであった。その遥か後方を例のサングラスの男が追いかけてきていた、差は開く一方であったが、サングラスはずれ、ネクタイも曲がったまま、ゼイゼイ言いながら追いかけて来ている。夕べ飲みすぎたか・・いや相手が速すぎるのだ。くっ、ついてないぜ。特別な子供か・・・・
 噂には聞いていたのだ、双方の軍部は、アンドロイド型の人間型生物兵器を開発していると・・・それが、この自分が追いかけている、貴重な部品と密接な関係があることも、サングラスの男は噂にはきいていた。では、アマルガンの武器工場に向かっているのか・・・やはり、ジパンは「あれ」を既に完成させているのか・・・「旦那ーーーーー!」後ろからポンコツの車がサングラスの男を追いかけて来た、セバスチャンである。まるで、博物館からかっぱらってきたような年代物である。「セバスチャンその車は・・?」「ああ、旦那町の外れの歴史博物館からちょいと借りてきたんでさあ」・・・「絶句」
 「あっ」少女は、ふと後ろを振り向いた。ルイス・コッタも同じくつられて振り向いた。そこには、例の二人組が例のポンコツ車で迫ってきていた。サングラスの男は考えていた。もう、いいではないか。相手は特別な子供・・・追いついたところで貴重な部品が奪えるとも思えない。セバスチャンの奴。・・・考えもなしに。・・・待てよ。サングラスの男は決意した。アマルガンの武器工場に先回りして「あれ」を押さえる。そうだ、貴重な部品は「あれ」の部品なのだから・・・・サングラスの男は懐から無線機を取り出すと、彼の本部との回線を開いた「あれの所在を突き止めた、援軍を頼む」むろん、一か八かのはったりである。あれが、アマルガンの武器工場になければ俺の人生も終わり、悪いお父さんだった。とサングラスの男は自嘲気味に笑った。
 運命は、アマルガンの武器工場に向けて動き出した。空は奇妙に青かった。 つづく
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